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≠ 神

 草の上に仰向けに横たわる王女にズリズリと近付いて様子を観察する。

 竜の姿をした自分が王女に近付こうとしたことで、ライカの幻術で動けなくされている女騎士が怒りの目を向けてきた。が、今はそれどころではないので相手にはしない。

 メリエが火を灯したランプを持ってきてくれた。暗いとただ眠っているようにしか見えなかったが、その明かりに照らされた王女を見るとかなり弱っているのが素人の自分でもわかった。


 一目で酷く衰弱していると判断できる病的に痩せた顔、目の下には濃い隈ができている。

 肌の色は土色に近くなっており、唇までが肌の色と同じになってしまっていて厚みが無い。髪も張りが無く、スイやレアと同じ明るめの金髪のようなのだが、その顔色も相まって随分と色褪せて見える。


 だが首から上の方はまだマシだった。

 身体に掛けられた外套に爪を引っ掛けてどけてみると、首から下の肌には赤黒い斑が浮き出ていてスイ達と同じ10台半ばという歳相応の美しい肌は面影も無い。


 一応濡らした布を口に含ませて水分を摂らせていたようではあるがそれも十分とはいえず、皮膚は水気が無くなってしわがよっており、手足だけを見れば恐らく誰もが年老いた老婆のものだと答えるだろう。

 栄養失調で爪にはひび割れが走り、痩せ細った手足とは対照的に関節は浮腫んでいるかのように腫れている。


 言われなければとても王女とはわからない、出会ったばかりのアンナよりも酷い状態だ。今までに死相なんて見たことはなかったが、今の王女に現れているのが正しく死相というものなのだろうと思える。

 辛うじて胸が上下しているので息はしているようだが、確かにこれではいつ呼吸が止まってもおかしくないだろう。


「……これは、解毒しただけじゃダメだね。毒が抜けたとしても身体がもう相当弱っている。まだ数日は持つって話だったけど、この様子じゃあ一日も持たない気がするよ」


 本当に陽の目を見る前に死んでしまいそうだった。こんな状態でも延命させることができていた人間の魔法に驚くべきか。

 大した医術知識も無い素人の判断だが、自分が下した診断にレアが憔悴した顔で問いかけてくる。


「そんな……な、治せませんか?」


「大丈夫。アンナも出会ったばかりの頃はかなり衰弱していたんだけど、問題なく回復したからね。解毒して体力を回復させて、あとは水分と栄養を摂ることかな。完全に回復するには少し時間がかかると思う」


 アンナと同じと考えると、今まで通りの生活が送れるようになるには数週間はかかると思われるが、瀕死の状態からそこまで回復するのにかかる時間としては破格の短さである。

 完全回復は無理でも、少し動いたり会話ができるくらいにはすぐに戻るはずだ。


「それじゃあまずは解毒するよ」


 それぞれが固唾を呑んで見守る中、王女に集中して解毒の星術を使う。

 静かな夜の森に満ちる星素を王女に集め、体内の異物を除去するイメージ。

 別に光が出たり音が出たりすることもなく、静かに術は進行していく。時間にして数秒。それで解毒は完了した。


「……よし。これで除去できたはず」


 見た目には殆ど変わっていないが、ちゃんと解毒の術は発動した。どんな毒が使われたのかは知らないが、星術の解毒の前にはそんなことは問題にならない。体内の毒素も問題なく除去されているだろう。

 その証拠に幾分呼吸と眠る表情が和らいでいる。

 しかしまだ予断は許さない状態だ。


「……あまり、変化はありませんね」


「まぁ毒が消えても今までに失った体力が戻ったわけじゃないからね。このまま体力も回復させちゃおう」


 続いて癒しの星術も使い、消耗している体力も回復させる。

 もう一度星素を集め、今度は体内を巡るように循環させ、エネルギーに変えるイメージで王女の身体に送り込む。癒しの星術なら体力だけではなく、身体が元々備えている自己回復力も高まるので腫れや斑の消退も早まるはずだ。


 数十秒ほど術を使い続けると、ようやく土色だった顔色に血の気が戻ってくる。唇にも少し赤みが差した。

 完全には無くなっていないが目元の隈も薄くなり、身体に浮き出ていた赤黒い斑も薄くなって消えていく。いくつか残っているものも時間が経てば完全に消退するだろう。関節の腫れも治まり、元通りになった。


「改めて見ると凄いな……殆ど一瞬で……高額の依頼料を取るベテランの治癒術師の魔法でも重傷者の治療は長ければ丸一日近くの時間がかかるという話だが……」


「私もこんな風に治療してもらったんですね……さすがクロさんです」


 瞬きするのも忘れて見入っていたメリエとアンナが感想を漏らす。

 見る見るうちに王女の体が元通りに近付いていくのを少し離れた位置から見守っていた女騎士からは剣呑さが消えたが、代わりに何度目かわからない驚愕で染まっている。


「……これで大丈夫。完全にじゃないけど体力も戻ってるはず。少なくとも瀕死の状態からは脱したはずだよ。あとは目覚めるのを待ってしっかり食事と水分を摂らせる。そうすれば少しずつ良くなると思う」


 風前の灯だった命に活力が吹き込まれ、身体を蝕んでいた毒物も消えている。身体が必要とする栄養などは足りていないが少なくとも今すぐにどうこうなるという危機的状況は過ぎ去った。

 あとは予後の対応を誤って感染症などを引き起こさない限り、人体が備える恒常性(ホメオスタシス)によって元通りの体調に戻っていくだろう。


「本当ですか!? はぁ……良かったぁ……」


「さすがは伝説にも謳われる古竜種の竜語魔法……ですね。人間の魔術師や高位司祭、他国から招いた医学者でも解毒できずにいた毒だというのに……。それに死に瀕した人間を癒すのは高位の術者だとしても運に任せるしかない難事、それをここまであっさりと……お嬢様の件で話には聞いていましたが、こうして目にするとやはり信じられない思いです」


 スイとレアは胸を撫で下ろし、フィズは星術の凄まじさに改めて驚嘆する。そんな面々をライカは当たり前だというように嗜めた。


「それはそうだろう。クロ達古竜種が使う竜語魔法を人間が使う魔法と比べることがそもそも間違いなのだ。

 数多の命の原型(オリジン)になると云われている星の血。その根源たる力を用い、お前達人間が歴史の元型(アーキタイプ)で語るような天変地異をも現実に引き起こし、世界の理そのものを変質させることすら可能だと云われている究極の技法だ。我々幻獣種の中にもそこまでの力を有するものはいない。

 クロにかかれば人一人を癒す程度なら造作も無いだろうな」


 元型……って確か神話とかって意味だっただろうか?

 随分とまぁ持ち上げてくれていますが、それは言い過ぎではないかと思ってしまった。

 ライカの言うことが本当ならば神様のようなことができるということになる。

 ……いや、それに近いことは出来ている気がしないでもないが……でもさすがにそこまでは無理だ。


「そこまで何でもできるわけじゃないよ。古竜種が使う竜語魔法にも限界はあるし、できないことも一杯ある。ライカがどこで竜語魔法のことを知ったのかは知らないけど、誇張されている部分が多いと思うよ」


「本当にそうか? 現に今まで、いくつもの見たことも無い事象を引き起こしてきた。少し学べばオサキの幻術すら模倣できるようになるだろう。

 更に成長すれば今までできなかったこともできるようになったり、文字通り想い描いたことなら何でも可能にする力を得ることができるのかもしれないぞ」


 確かに現実の物理法則をも超越した術を起こす事もできる。

 現に切り札として隠し持っている術のいくつかもそんな現実離れした、文字通り夢に見る魔法のようなもので、使えるとわかった時は自分ですらそれは無いだろうと思ってしまった。

 しかし、それでもやはり何でもは出来ないし、出来てはならない。


「それは無いってば。そんなことができたら、もう生き物じゃないよ。僕だってこの世界で生きている生き物であることに変わりは無い。この世界を根底から変え、バランスを崩壊させるようなことができたら、それは僕達古竜種をも破滅に追いやることになるんだ。古竜種にそれが可能な力があったら、最初の古竜が生まれた時点でこの世界が崩壊しているか、力に飲み込まれて古竜種が滅んでる」


 実の所もしやと思い、死者の蘇生や時間を巻き戻せたりしないかと考え、試したこともあった。だがやはり無理だった。これは力がどうとかの問題を超越しているということだろう。


 【竜憶】にもそんな神様のようなことまでできたという記録は一つも残ってはいない。今までの古竜が思い付かなかっただけということもないだろう。実際思い付いた自分が試して無理だったわけだし。

 古竜種は生き物としてずば抜けた万能性を持ってはいるが、やはり生き物という枠から逸脱しているわけではないのだ。

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