白
【飛翔】を上手く調節し、そのまま木々の間に音も無く、ふんわりと着地する。
竜の体重で地面が凹み、柔らかい土に深い足跡が残る。体重を量ることなどできないけど古竜姿の自分はどれくらい重いのだろうか……と、ふと思った。まぁ考えるだけ無駄なことなのだが。
翼を動かす必要が無いので制動の際に無駄な揺れや衝撃が無いのは【飛翔】のいいところだ。ついでに騒音も無いので下手な飛行機などより乗り心地もいいはずである。
弱っている王女もこれなら負担も少ないだろう。
「大丈夫か? どうだった?」
静かに着地した自分達にメリエが駆け寄ってくる。アンナとレアもそれに気付き、目を擦りながらモゾモゾと身体を起こした。が、大分眠そうだ。
気配に誰よりも敏感だったはずのポロだが、今回は珍しく起きずに眠ったままである。さすがのポロもここまで走ってきて疲れているのかもしれない。
駆け寄ってきたメリエが被っていた夜風避けの外套を脱ぐとそれが露わになった。
「おおおー!!」
「うわぁー……綺麗……」
「これは……城に出入りする貴族の婦人以上ですね」
「な、何だ。ど、どうしたんだ突然……」
開口一番に驚きの声を口にした自分に思わずメリエが後ずさる。スイとフィズも美しい星空を見たときのような感想を漏らして、同じく見惚れている。
メリエは人間の姿ではなかった。
それは当然だ。念のためにと王都を出る際に【転身】のアーティファクトを使って獣人になってもらっていたからだ。
宿を出る時には見られなかったメリエの美しい獣人姿を見て、思わずまじまじと眺めてしまった。
メリエ用に調整したアーティファクトはアンナ用の黒猫とは違い、狼の獣人になるように調整してあった。それも黒猫のアンナと対照的になるように、白狼になるようにイメージして作ったのだ。
艶やかで栗色だったメリエの髪は白銀の輝きを放つシルクのようにサラサラの銀髪に変わり、それをポニーテールに束ねている。見慣れたメリエのポニーテールも白銀色をしていると全く雰囲気が違って見えた。
そして頭にはピンと尖った肉厚で三角の狼耳が生え、髪と同じ真っ白な毛で覆われている。産毛のようなフワフワの耳毛が触りたい欲求を掻き立てた。
腰からはワイルドに毛羽立ったボリュームがある狼尻尾がスラリと伸び、モフモフと揺れている。尻尾も髪と同じ白い毛に包まれ、こちらもメリエの美しさと相まって思わず触ってみたくなる魅力で溢れている。
服は黒革の素材に白い布を合わせている獣人用のもので、ちゃんと尻尾穴も開けられている。以前王都に買い物に出かけた際、獣人に変装した時のためにとメリエが購入しておいた服である。
白が多めのモノトーンカラーが白狼の雰囲気に良く似合っていた。瞳の色もやや明るい茶色になっており、実際の白狼のイメージに近付けてある。
凛としたメリエの雰囲気によくマッチした狼獣人の姿。そこに白という清廉で穢れの無いイメージを湛えた色を合わせたことで、野性味溢れる凛々しさの中にも楚々とした美しさが組み合わさり、元々のメリエの美貌をより一層際立たせている。凜として咲く白百合のようだ。
我ながらバッチリなチョイスであった。
「思った通り……いや、これは思った以上にメリエに似合ってるよー。僕の見立ては間違いなかったね」
長い竜の首を振ってうんうんと頷きながら賞賛する。一目見れば誰でも褒めずにはいられないだろう。それくらい似合っているのだ。
「あ、ああ、この姿のことか。そうかそうか……フフフ。折角それに合わせて服も用意した事だし、今度王都を案内する時にはこの姿で行くか。うん!」
「え゛……そ、それはやめた方がいいんじゃないかなぁ……着飾って町中を歩こうものなら人だかりになりそうだよ……?」
「む? そうか? 確かに変装して夜の王都を歩いたらじろじろ見られはしたが……しかし折角買ったものだし、クロも褒めてくれたんだ。一度くらいはこの姿でクロと出かけるのもいいだろう?」
「うーん。まぁメリエがそう言うなら」
メリエも褒められた事で照れて頬を染めながらモジモジとしている。白狼姿で恥ずかしげに微笑むとまるで天使が微笑みかけてくれているかのようだ。男ならきっと誰でも見惚れるな……。
嬉しそうにしているメリエの感情に合わせ、狼尻尾が揺れてポフポフとメリエの太腿に当たった。
うーん、やはりあの尻尾は触りたくなる。お願いしたら触らせてくれるだろうか……?
ちなみにアーティファクトで生えてきている耳や尻尾にもちゃんと神経は通っているので傷つけば痛いし、くすぐられればくすぐったくなる。感情に合わせて動くのもそのためだ。
「一瞬誰かと思いましたけど、変装したメリエさんだったんですね。お待たせしました。こっちは上手くいきましたよ」
「王女殿下も無事お連れすることができた。が……」
そこでフィズがライカに身体の自由を奪われている女騎士に視線を向ける。メリエもそんな二人の報告で現実に戻ってきた。
女騎士は着地するまで自分にしがみ付いたまま固まっていたが、着地すると操り人形のようにライカが動かして草の上にペタンと座らせた。
その女騎士は驚愕の表情でこちらを見つめていた。……同性の女騎士から見てもメリエは驚愕するほどに美しかったということだろうか?
「……誰だ?」
初めて見る女騎士にメリエが訝しげな目を向ける。そんなメリエの疑問にフィズが淡々と答えた。
「王女殿下の寝室の警護をしていた近衛隊の騎士殿だ。脱出の際にクロ様にしがみ付いてきてしまった」
女騎士はパクパクと口を動かして何か言いたそうにしていたが、ライカの幻術によって喋る事も制限されている為、言葉を発することはできなかった。
反抗的な意思は感じられず、相変わらず自分を見つめて固まったままだ。……あれ? メリエじゃなくて自分の方を見てる?
「……この人、何か言いたいみたい。ライカ、一回幻術を解いてみてくれる?」
「また何かしてくるかもしれんぞ?」
「平気じゃない? そんな様子もないし」
とりあえず突然襲い掛かろうというような態度は感じられない。
「……まぁいいと言うなら」
ライカがツイッと指を動かし、女騎士をつついた。すると女騎士の肩から力が抜けたようで、強張っていた腕が垂れる。これで解除されたらしい。
ライカの幻術が解かれたことで、パクパクと動くだけだった女騎士の口から言葉が漏れ出る。
「竜……飛竜が……喋っている……何がどうなっている……? まだ夢の続き……?」
「あ゛、しまった」
白狼獣人姿になったメリエのインパクトで思わず声に出してしまっていた。こちらを見て驚いていたのはメリエの美しさのせいではなく、飛竜の姿をした自分が普通に会話していたためだったようだ。
そりゃあ普通なら驚くよね。
今更隠しても……無駄か。いや、どうも呆然自失気味だし、誤魔化せるかも? ……しかしまぁどうせこの後に知られる事になりそうだし……。
などと考えていたら女騎士が現実に戻ってきた。
「喋る飛竜!? た、ただの飛竜などではないな!? アルドレッドのブレスを受けて無傷なことといい、何者なんだお前達は!? 何故姫様を狙った!? 目的は!?」
身体が自由になったと気付いたからか、呆けていた表情から出会った時のような険しい表情に戻る。が、腰を抜かしているのか立ち上がることは無かった。
しかしここで騒がれるとまずい。
「ラ、ライカごめん。もう一回幻術かけといて」
「だから最初に言ったのだ。まったくもう……」
「あぐっ!?」
ライカが呆れ顔でもう一度幻術を使い、女騎士を静かにさせてくれた。
ばれてしまったのはもう仕方が無い。それにぐだぐだと説明する時間も無い。ここまできてしまったらどの道やる事に変わりは無いのだ。
「ま、まずは治療を済ませないと。メリエも手伝って」
ライカの視線が痛いので誤魔化すように話題を変える。
女騎士のことは気になったが、口で助ける為に王城を襲撃したと言うよりも実際に治療するところを見せた方が説得力があるだろう。
どうも王女に対する忠誠心が高いようだし、王女がこちら側に付いてくれれば自ずと協力してくれそうだ。もしダメだったらまたライカに頼んで何とかしてもらおう。
つくづく便利なライカである。