竜のお医者さん
い、言えない……。
「どうですか? クロさん。似合いますか?」
言えない……そんな期待に満ちた目をされたら尚のこと……。
アンナ用に作ったアーティファクトを新しく買った街着と一緒に身につけ、見た目の感想を求められているのだが、正直これは酷い。
自分の脱皮した鱗は漆黒のため、作られる装飾品類は必然的に全て真っ黒になる。攻撃系や防御系、補助系に便利系と分けて用意された複数の指輪、首飾り、腕輪や足輪など今アンナの身を飾っている装飾品の数々は全て真っ黒になってしまった。新しく買ったアンナの街着は白と薄いピンク色で、そこにゴテゴテとたくさんの真っ黒な装飾品を頭から足までつけたために何と言うか、新手の怪しい宗教の司祭のようになってしまった。要するに、とても不気味で似合わないのである。
しかし、作った装飾品をアンナにつけてあげるととても嬉しそうに目を輝かせ、似合っているかと問いかけてくるのである。鏡でもあれば自分の格好がおかしいことに指摘せずとも気付いてくれたのかもしれないが金銭的に余裕が無いのでそんなものは買っていない。あの目を見るととても良心が痛むのだが、これをつけたままにして外出されたら変な目で見られてしまうのは想像に難くないだろう。それは可哀想だ。仕方が無い、とても言い難いが……。
「えーと、に、似合ってはいるんだけどたくさんつけすぎるとちょっとケバケバしいから、何個かだけつけて他は必要な時につけるようにしようか」
微妙な作り笑いをしながらそう提案する。言える筈が無い。お姫様になったように瞳を輝かせる少女に邪教の司祭のようだとは。
「そうですか? せっかく作ってもらったんですし、私は全部つけていてもいいんですけど」
ひぃ。やめてアンナさん。お願い。そのまま外に行ったらせっかくの美少女が台無しになってしまう。何だか自分がそうさせているようで罪悪感に押し潰されそうだ。
「うーんと……、えーと……、そういう装飾品はちょっとのアクセントみたいにつけた方が大人っぽくて素敵な感じがすると思うんだけど……」
「大人っぽい……素敵……、そ、そうですよね。あんまり着飾りすぎるのも慎みに欠けますもんね」
あら。思ったより簡単に引き下がってくれた。まぁとにかく外してくれるならそれでいいか。
希少で高価なアーティファクトを町の露店で買うアクセサリー感覚で付けている普通の少女など世界を探してもいないだろうな……。
結局いつもつけておいた方がいいだろうというものを残して他は外しておく。つけているのは指輪、首飾り、腕輪、足輪をそれぞれ一つずつ。首飾りにはアンナの強い希望で【伝想】の術が込められ、指輪は防壁の術、腕輪は治癒の術、足輪には悪意を持って持ち主に触れようとすると自動で電撃カウンターを発動する術をそれぞれ込めておいた。やろうと思えば一つのものに複数の術を込めることもできそうだったのだが、凄まじい集中力が必要で大変だったので今回はやめておいた。竜の姿で作ることができればできそうだし今度試してみようと思う。
「じゃあ僕は総合ギルドに行ってくるから、留守番しててね。宿のお姉さんには明日の分の宿代も払っておくから何も言われないと思うけど、何か危ないことがあったらそのアーティファクトを使えば大抵は大丈夫だからね。あ、それがアーティファクトだってバレると問題になりそうだからそこだけ注意してね。暇なら散歩くらいは平気だと思うからいってきてもいいよ」
「はい。わかりました。クロさんも気をつけて行ってきて下さいね」
なんというか、気分は朝仕事に行くお父さんのようだ。こんな何も無い部屋に一日いるのは苦痛だろうし、町の中を散歩するくらいなら大丈夫だろう。危険があっても余程のことでない限りは作った装備品が守ってくれる。スリや誘拐などは電撃で一発である。まぁスタンガン程度の威力に抑えてはあるのだが。
ちなみに自分の鱗で作ったためか、ある程度ならこの装備品の位置がわかるようになっている。意識して探そうとしなければ感じないが、大まかな方角が感じ取れるのだ。これで迷子になったとしても装備品をつけている限りは大体どの辺にいるかがわかるのである。例の魔法商店で違和感を感じたのと同じ原理が働いているらしい。
一応自分でも便利だと思うアーティファクトをいくつかつけておいた。アンナに渡したような術は自分で使用できるので他の効果のものだが。
アンナと別れ、総合ギルドに向かう。
アンナと町を散策したときに場所を確認しているので迷うことは無い。
総合ギルドの横には走車用の動物を繋いでおく小屋があり、更に少し奥には走車を泊める駐車場のようなスペースがある。総合ギルドは商人、傭兵、ハンターといったギルドが全部入った建物で、それに伴い色々な人間が出入りする。ギルドの職員は勿論、依頼を出す人や素材の買取、人材探しなど身分の貴賎を問わず人が来るのでこういった走車置き場があるらしい。
中に入ろうと扉を開くと大声が聞こえてきた。周囲の人も何事かと大声の主の方を向いて様子を伺っている。
「頼む! 命に関るかもしれないんだ! 急いで治療士を呼んでくれ!」
叫んでいたのは門のところで話をしたあのメリエという女性だった。血相を変えて受付の女性に向かって何かを頼んでいる。
「ですから、今は双子山の竜の監視任務で出払っていまして、すぐに呼び戻すことはできません。それでなくても国軍の駐屯地へ何人も引き抜かれ数が減っています。教会の方へ行っていただくしかないのです」
「教会には行った! だが診られるのは人間だけだと断られたのだ! 何とか頼む! 町には他にいないのか?」
何やら切羽詰った状況のようだ。
必死に訴えているがどうにもならないと断られ、悔しそうに受付を後にし、こちらに歩いてくる。
「メリエさん。こんにちは。どうかしたんですか?」
「ああ、キミは、確かクロ君だったか。突然ですまない。キミは誰か治療士の知り合いはいないか?」
今にも泣きそうな表情で腕を掴んで尋ねてくる。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。どうかしたんですか?」
「う、ああ、すまない。実は門の所でキミが見ていた相棒の疾竜が、突然動かなくなってしまった。暫く様子を見ていたのだが宿に併設されている走厩舎で蹲って苦しみだしたのだ。それで治せる者を探しているのだが生憎と出払ってしまっていて……」
疾竜……あの時親切に色々と教えてくれたあの疾竜の事だろう。世話になった手前、状況を聞いて放っておくこともできない。それに気になることがあった。
「いつからそうなってしまったんですか? ちょっと状態を診たいので連れて行って下さい」
「いや、キミが診てもどうしようもないだろう。それよりも治療士を探す方を優先しなくてはならない。すまないが……」
「いいから。このままここにいてもどうしようもないんでしょう?」
一体何を言っているんだというような怪訝な顔をされたが今はそれどころではない。竜は基本的に頑丈な生き物だ。種族によって違いはあるがちょっとやそっとのことでは病気になったりはしない。それが動けなくなるということは余程のことがあったと見るべきだろう。
自分に親切にしてくれた相手を見捨てたくはない。何ができるかわからないが星術で治療できる可能性もあるかもしれないのだ。時間をかけすぎれば手遅れになってしまう事も考えられる。
「……わかった。ついてきてくれ」
治療士を探し回ったが結局見つからず、他に手の打ちようが無いためか、藁にも縋る表情で案内してくれた。
メリエが利用している宿はかなり大きな建物で、走車用の駐車スペースや走厩舎が併設された立派なものだった。恐らく身分の高い者や商人などが利用する高級な部類の宿なのだろう。
メリエは足早に疾竜のいる走厩舎に入った。走車用の動物が入れられている小屋も個室のようになっており、中も門のところに比べると大分広く、動物達も快適そうだ。
小屋の中には目を閉じて横たわったまま荒い息を吐くあの疾竜がいた。
「今朝気がついた時には既にこの状態だったのだ。昨日も調子が悪そうだったので疲れているのだろうと思っていたのだが……」
沈痛な面持ちで状況を説明してくれる。どういう状態かはまだわからないが【伝想】を使えば詳しい体調などを知ることができるだろう。だがそれには問題があった。
「……メリエさん。これから起こることを絶対に秘密にできると誓えますか? できるのなら治療できる可能性があります」
竜と会話をしたり治療したりできる存在がその辺にいるとは考え難い。つまり正体が露見する危険が在るということだ。さすがに古竜が人間の姿になっているといきなり露呈はしないだろうが、異常だと怪しまれることは確実だ。それでも助けたい気持ちは変わらない。いざとなればそれなりの対応をしてでも口封じをする必要があるが、状況を考えると時間をかけるわけにもいかないかもしれない。
「本当か!? わかった! 何でもする。治せるなら治してやって欲しい! この子は大切な家族なんだ!」
涙を流しながら切実に訴える。本当に失いたくない大切な存在なのだろう。その気持ちが表情と切迫感からひしひしと伝わってくる。
「わかりました。約束ですよ。では少し静かにしていて下さい。何があったのか直接聞いてみます」
「……何?」
何を言っているんだというような不思議そうな顔をしているが、答えている場合じゃない。すぐに【伝想】を使って状態を確認する。
「(大丈夫か? 僕がわかる?)」
「(……貴方は……あの時の……? どうしてここに……?)」
苦しそうな意識が伝わってくる。何とか相手に伝えるだけの意識は保てているようだ。まずは状態を確認する必要がある。
「(今はキミの体の方が先だ。どういう状態か説明できるかい?)」
「(昨日……3人組の男達に……何かを口の中に……投げ入れられました……。それから……体に力が……入らなくなり……息苦しく……)」
ということは口に入れられたものが原因と見るべきか。とすると病気の類ではなさそうだ。アンナの時と同じように毒になる物を飲まされた可能性が高いだろう。メリエに向き直り状態を伝える。
「……恐らくですが。何者かに毒を飲まされた可能性があります」
「何!? なぜそんなことがわかる? ……いや、今はそんなことはどうでもいい。それは治せないのか!?」
解毒の術をかけて、更に癒しの術をかければ治せるかもしれない。だが絶対とは言い切れない。強烈な劇毒だったりしたらどうにもならない場合もある。尤も疾竜の状態を見るとそこまで毒性の強いものだとは考え難いが。
「確実に治ると断言はできませんが、治せるかもしれません」
「頼む! 治してやってくれ! 約束通り絶対に何も喋らない! ……頼む。大切な家族なんだ……」
最後は嗚咽で聞き取れなかった。だがこの人なら信じても良さそうだ。人間の状態で、小型とは言え竜種にも効くほどの毒を消すことは難しい。治すなら竜の姿に戻る必要がある。……もう一度確認しておこう。覚悟があるのかを。
涙を流すメリエに向き直り、威圧感を伴う真剣な眼差しでその瞳を見つめて再度問いかける。
「もう一度言います。何があっても、何が起こっても、絶対に他人に喋らない。これを誓えますか?」
雰囲気が変わり、強烈な威圧感を伴う瞳に見据えられ、一瞬怯むも変わらない意思を伝えてくる。
「ああ。絶対だ! 家族を救えるなら命を懸けてもいい!」
……いいだろう。それだけの覚悟が在るならこちらも腹を括ろう。何より親切にしてくれた相手だ。見捨てたくはない。
「……わかりました。周囲の人間にバレると困るので余計な声を出さないで下さい。それと万が一にも扉が開かないように押さえていて」
「……? わかった」
幸いここの小屋は扉と窓はついているがしっかり閉めれば中を覗かれることはない。広さも十分だ。メリエが黙っていれば平気だろう。閉まったことを確認し、念のため周囲に他の人間の気配がないかを確認する。大丈夫だと判断し、着ている服と靴を脱ぎ捨てる。
「なっ! 何をしているんだ!?」
自分が突然服を脱ぎだしたことに慌てているが、声を人に聞かれるのはまずい。威圧感を放って黙らせる。
「黙っていてと言ったでしょう」
竜の威圧感を滲ませてひと睨みし、黙らせると【転身】の術を解く。人間の姿が揺らぎ、漆黒の鱗を持つ竜の姿に変貌する。小屋はいくらか広いとはいえ、それほど余裕があるわけではないので背を丸め、壁や天井にぶつからないように身を縮める。尻尾もなるべく自分に巻きつくように丸めておく。
「!!!??」
メリエが扉に張り付いて口をぱくぱくさせて驚いているが、あまり時間をかけるわけにはいかない。異変に気付いて他の人間が来てしまったら目も当てられない状況になってしまう。
メリエに余計なことはするなという意味で首を回して一瞥しておく。かなりパニックになっているようだが問題はなさそうだ。
静かな目で疾竜を見据え、すぐに解毒の術をかけ、更に癒しの術をかけて体調を戻す。
苦しそうだった疾竜の呼吸が落ち着き、数十秒で目を開けることができるようになった。
「(何と……雄雄しいお姿で……。感謝の言葉もありません。私のために危険を冒してまで……)」
自分の竜の姿を見て、疾竜も崇敬の眼差しを向けてくる。自分にそんな目を向けられるとどうもむず痒い。助けたいと思った者を助けるという自分が在りたい自分でいるだけであって尊敬されたいと思っているわけじゃない。でもやはり嬉しいものだった。
「あ……あ……」
おっと。メリエがフリーズしたままだ。何か起こる前に元に戻ろう。
すぐに【転身】を使って人間の姿に戻る。男の素っ裸を見ても、さっきと違って余裕の無いメリエは固まったままだった。
正気に戻る前にいそいそと床に落ちた服を着る。
服を着終わってサンダル靴を履いた頃にメリエが再起動した。
「え……と。クロ……君? は……竜人種なのか? 魔法……?」
竜人種? ……ああ、そうか。この人間状態が通常だと思っているようだ。別にそのまま勘違いしてもらっていてもいいかもしれない。
「詳しいことは今度にしましょう。今はまだ貴方の大切な家族に付いていてあげて下さい。完全に治ったかどうかまだわかりません。今日一日は様子を見てあげた方がいいでしょう」
半分呆然としていたメリエだが、大切な家族と言われたところでハッとなり、表情を引き締めた。
「す、すまなかった! 約束は守る。そしてありがとう! 大切な家族を救ってくれて……」
そう言うと長いポニーテールを振り乱してお辞儀をした。驚きで引っ込んでいた涙がまた彼女の白く綺麗な頬を伝った。さっきまでの悲壮感による涙ではなく、感謝と喜びに溢れた涙だった。
よかったと思えた。救うことができたのだと。自分が役に立てたのだと。
「本当にありがとう。このお礼は必ず。良ければ泊まっている宿を教えてくれないか? 後日改めてお礼に伺いたい」
「……風の森亭という宿にアンナと泊まっています。あと一日はそこにいるつもりです。ただお金が無いのでこのあと総合ギルドに行かないといけませんので今日は失礼しますね。もし何かあったら呼んで下さい」
「わかった。重ね重ね感謝する」
最後にもう一度お礼を述べ、そのまま疾竜のところに行って涙を流しながら撫でていた。疾竜も扉を出ようとしたところでもう一度意思を伝えてきた。
「(古竜殿。本当に感謝致します。このお礼は必ず)」
「(気にしないで。キミだってあの時親切にしてくれたんだからそれのお返しだよ。感謝の言葉をもらったんだから気負う必要はないよ。それよりもまだ本調子じゃないんだからしっかり休んでね。家族を心配させたらダメだよ)」
「(はい。ありがとうございました)」
笑顔で手を振って走厩舎の小屋を後にした。その足で総合ギルドに向かう。
主従共に義理堅いというか何というか……。でも悪い気はしない。素直に感謝を伝えられて改めてよかったという気持ちが込み上げてきた。
ただ犯人がまだ特定できていない。毒になるような物を飲ませた理由がわからないので絶対に悪だとは言えないかもしれないが、それでもメリエ達がそこまでされるようなことをするとは思えなかった。
明日にでも疾竜のところに行ってみて体調が元に戻っていたら、男達の人相などを聞いてみようと思った。
しかし、完全にではないとはいえ正体がバレてしまったのはまずかっただろうか。一応口止めはしておいたが口止め料代わりに何か用意した方がいいかもしれない。メリエは義理堅い性分のようだし口は堅そうだからそこまで心配することも無いかもしれないが楽観はできない。自分だけならどうとでもなるがアンナもいるし、避けられる危険は避けるべきだ。
ただあの状況で疾竜を見捨てる選択肢は無かった。なので後悔はしていない。このために問題が発生するなら甘んじて受け入れようと覚悟を決めておく。
当初の予定とは変わってしまったが、お金を稼がなければならないという目的は変わらない。気を取り直して総合ギルドに向かい、仕事を探すことにする。
総合ギルドの扉を開け、中を見渡す。さっきはゆっくりと中を確認する暇がなかったので何があるのかと思ったのだ。
依頼を出したり受けたりする受付や、談話スペース、書き物スペース、依頼の掲示板、素材の買い取りカウンターに個室など多くの設備が備えてある。多くの人が利用するためかなり広く作られている。ちょっとしたスーパーマーケットのワンフロアぐらいの規模が在りそうだ。
早速登録を行うために総合受付らしい場所に向かう。受付はいくつかに分かれているのだが字が読めないのでどこが何の受付かわからない。
「すいません。総合ギルドへの登録をしたいんですけど」
「……えっと。新規の方ですか?」
声をかけ用件を伝えたら何やら不審者を見るような目をされてしまった。そういえば服装は相変わらず寝巻きっぽいままだ。やはりもうちょっとまともな服を用意しておくべきだったか……。
「はい。初めてです」
「わかりました。ギルド登録の規約などは大丈夫ですか?」
不信な目を向けられたがすぐに事務的な顔に戻って手続きを進めてくれた。
「えっと。字が読めなくてどういうものかよくわからないんですけど」
「ああ、じゃあ少し説明しますね。まず───」
その後受け付けの女性は丁寧にシステムを説明してくれた。
すごく大雑把に言うなら、登録して請けたい仕事を探して仕事を終わらせればお金がもらえるというゲームや小説などで見かけるシステムと大差ないようだった。
討伐や危険地帯に採集に行く仕事、護衛の仕事などは、相応の戦闘能力が求められるため試験を受けなければならないらしく、今日は仮登録という扱いになるらしい。後日試験官立会いの下で試験をして実力が認められればそれらの仕事を行えるようになるそうだ。
今回は町中での日雇いの仕事ができればいい。よって仮登録で問題ないのでそのまま手続きを進める。例によって字の筆読ができないので受付の人に代筆読をしてもらった。
「仕事はあちらの掲示板にまとめて張ってあります。掲示板が色分けされているのはそれぞれどのギルドから出された仕事かということです。また、依頼書にも色がついていまして戦闘能力を必要とするものが赤い紙、そうでないものは青い紙、特殊依頼が白い紙の依頼書になります。仮登録の場合は赤白の依頼は受けるけることができません」
特殊依頼というのが何なのかわからなかったが今の自分には関係無さそうなので気にしないことにした。
「わかりました。依頼書が読めないんですけど代読してもらうことはできますか?」
「はい。掲示板の前にいる職員に受けたい仕事の大まかな内容を伝えてもらえれば合う依頼を見繕いますのでそちらで代読をしてもらって下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
仮登録を終え、木でできた仮の身分証のようなものを発行してもらいそれを持って仕事を選びに行く。掲示板前の職員の人に日雇いでお金をもらえる仕事を探してもらい、簡単そうなものを選んで受けることにする。
選んだのは商業ギルドから出されている荷物運びの仕事だった。造ったり輸送したりした商品を保管している工業区から店舗のある商業区まで荷物を運ぶ仕事のようだ。仕事を無事終えると依頼主から完了証明書をもらえるのでそれを持って受付に行けばお金をもらえるらしい。
早速依頼先の工業区の建物に向かう。大きな木箱が山積みにされた倉庫のような建物だった。これらを運ぶのが今回の仕事だ。建物の中にいた男性に依頼で来たことを伝える。
「ん? おお。荷物運びを受けてくれたのか。助かるよ。運搬用の馬が体調を崩したようでな、人手を探していたんだ。荷車は使っていいからあそこに積んである木箱の一山を運搬してくれ。よろしくな」
そこまで荷物は多くないが荷車の大きさを考えると三往復はしないと運びきれないだろう。本来なら一人でやる量じゃないが竜の力を出せるので力仕事も体力も問題ない。積んで運んで降ろすだけなので2時間ほどで終わってしまった。
「いやー。すごいな。この量を一人でやったら半日以上はかかると思ったんだが、何にしても助かったよ。ほれ、証明書だ。馬は教会じゃ治してくれないからなぁ、もし明日も馬が治らなかったらまた頼むよ」
ぱっぱと仕事が済んだことに感心され、笑顔で完了証明を渡してくれる。
「ありがとうございます。教会では馬は治療してくれないんですか?」
「ん? ああ。ちょっとした怪我ならともかく、教会でも治療士でも人間以外の病気や大怪我は治せないらしい。何でも体のつくりが違うし動物だとどこが悪いのか、治っているのかが判断できないんだそうだ。言葉がわからないからな。まぁ仮に治せたとしても結構な寄付金が必要だからおいそれとは行けないんだがな」
なるほど。ちょっとした怪我程度なら治せるらしいが病気となるとさすがに無理か。
しかし自分なら意思疎通はできるし星術を使えば動物でも治せるのではないだろうか。現についさっき竜の治療をしてきたところだし、森の泉では狼親子も治療してあげたのだ。
「ちょっと病気の馬を見せてもらってもいいですか?」
「え? それは構わないが……」
不思議な顔をされたがきっちり仕事を終わらせて時間も余っていたので馬のところまで連れて行ってくれた。馬は厩舎の中にいたのだが言っていた通り元気がないようだった。
重症だったメリエの疾竜の時とは違い、竜に戻る必要もなさそうだしこれなら星術を使ってもバレる心配をしなくてもいいだろう。
「(こんにちは)」
「(!?)」
「(具合が悪いそうですが、どこがおかしいんですか?)」
「(……左後ろ足が痛い。体も重い)」
びっくりしているのかオドオドしてはいたが意思は伝わったようだ。知らない人間……まぁ人間じゃないのだが……だからか警戒しているようだが近くにいつも世話をしている飼い主がいたので答えてくれた。
おかしいと言っていた左の後ろ足を見てみると一部が腫れているようだった。小さな切り傷があったのでそれによって化膿し、細菌性感染症になったのではないかと予想した。
重症化したら治せるかわからないが、これくらいなら人間の姿でも術で治せるのではなかろうか。星術での治療は目で見えないし竜に戻らなくてもいいなら問題はないだろう。
「人間用でいいので傷薬はありませんか?」
「おお。あるぞ。ちょっと待っててくれ」
そう言って飼い主が薬を取りに離れていった。その隙に星術をかけてやる。自己治癒力を高めてやれば治りも早くなるだろう。
「(!! ……体、楽になった。足も痛くない)」
「(これで大丈夫だと思うけど念のためにまだ無理しないでね)」
「(……ありがとう)」
術をかけ終えて暫くすると薬を持って男性が戻ってきた。もう薬をつけなくても大丈夫だと思うが、取りに行ってもらった手前、怪しまれないように傷に少しだけ塗ってやった。
「多分これで大丈夫だと思いますけど、暫くは無理をさせない方が良いと思います」
「おお。そうかい、ありがとうな。おまえさんは動物の医者なのかい?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
詳しい説明はできないので苦笑いしながら言葉を濁して誤魔化した。
「そうか。まぁ何にせよ助かったよ。相棒の調子が悪いと気になっちまってしょうがなくてな」
「まだ絶対大丈夫というわけではないので油断はしないで下さいね」
こちらは医者でも獣医でもないのであまり過信されるのも問題だ。でも苦しんでいるならやはり助けてやりたかった。悪いことをしているわけではないので嘘は多めに見てもらおう。
ひとまずこれで初めての仕事は問題なく終わらせた。依頼主と別れギルドに向かい、完了証明を渡してお金をもらう。報酬の銀貨1枚を受け取り宿に戻ることにした。
一泊分の宿賃にしかならなかったが勝手がわかったので明日からはもう少し稼げる仕事を選んでもいいだろう。そんなことを考えつつ、治した動物たちの感謝の気持ちを思い出して顔をにやけさせながら足を宿に向けた。