お買い物とアーティファクト
アンナと宿の食堂に入り、約半年振りに人間らしい食事を堪能した。味は塩味ベースばかりだったが、肉や魚を使った料理やサラダにパンといったものがテーブルに所狭しと置かれ、一心不乱に食べてしまった。
道端の猫が言っていた通り、料理については文句の無いものだった。最近果物ばかりだったアンナにも、動物性蛋白質や穀類などを食べさせてあげることができたので、ここで暫く生活できれば早いうちに栄養失調も改善されることだろう。
満足のいく食事を堪能し、部屋に戻って一息つく。
「クロさん美味しかったですね。あんな美味しい料理、村では食べたことなかったです」
「美味しかったね。僕も生まれてから果物しか食べてなかったから嬉しくて凄い食べちゃったよ」
日本での食事に比べたらさすがに劣るかもしれないが、それでも美味しかった。食べた者の心を満たすというか、家庭的な温かみがありまた食べたいと思ってしまうような料理だった。
「生まれてから……そういえばクロさんは今何歳なんですか?」
「えっと、人間の歳の数え方で言うと、今生まれて半年を過ぎたくらいだね。だから1歳にもなってないよ」
「ええ!? な、なんというか精神的にも見た目的にも全然そんな感じがしませんね……。竜は成長が早いんですか?」
まぁ精神的には人間だった頃の歳も入るだろうから見た目よりは上になるんだろうけども。
「成長が早いというのもあるかもしれないけど、それくらいに育った状態で生まれて来るんだよ。人間のような赤ん坊で生まれてくると野生で生き残れないからね。でも今変身している人間の見た目と同じくらいに体は成長はしてるから大体16歳とか17歳くらいだと思ってくれていいと思う。アンナの歳はいくつなの? 聞いたことなかったと思うけど」
女性に歳を聞くのはタブーとされているけど、アンナくらいの年齢ならそんなに気にすることではないだろうし、せっかくなので聞いてみた。
「私は今14歳ですね。だからあと1年で成人になります。け、結婚ももうすぐできるんですよ!」
最後だけなんだか必死の様子で訴えてきたのが気になったが、14歳だったのか。
やはり痩せた状態だったので実年齢よりも大分幼く見えていたようだ。肉付きが良くなればもう少し大人びて見えるようになるのかもしれない。……胸が小さめなのは栄養失調のせいなのか、それとも元からなのか……これは聞けないな……。
「15歳で成人なんだね。大体それくらいで成人扱いになるのが普通なの?」
「ボソボソ(そんなにあっさり流さなくても……)……はい。どこの国や地域でも15歳くらいで成人とするのが多いと思います。場所によっては12歳で成人とするところもあると聞いたことがありますね」
随分若い……と思ったが、そうでもないのか。負担の大小はあれど肉体的には精通や初潮が来た時点で子供も産めるようになるのだし、学校などが一般的ではなく6歳頃から労働力と見なされるような世界では日本のように20歳からとする意味も少ないだろう。過去の日本でも12歳から16歳前後で元服とし、成人扱いされていたのだ。
肉体的社会的に成熟していない場合もあるだろうが、合理的といえば合理的なのかもしれない。
「そうなんだ。アンナも栄養のある料理を食べてゆっくり休めばすぐ大人っぽくなれると思うよ」
実際、かなり美人なアンナである。痩せて酷い状態でそう思えるのだから回復すれば更に綺麗になれるだろう。村娘というのが嘘のように感じる。ただ、胸からはそっと視線を外した……。そこだけはご愛嬌である。
「大人っぽく……はい! 早く大人っぽくなれるよう頑張りますね!」
「張り切るのはいいけど、体に無理させないように程々にね。そのためにもゆっくり休んで体力をつけようね」
そう言って興奮するアンナをなだめ、その日はベッドに入った。色々なことがあった疲れる一日だったため、お世辞にも寝心地が良いとは言えないベッドではあったが二人ともすぐに眠りに落ちることができた。
翌朝、鎧戸の隙間から朝日が差し込む、薄暗い室内で目を覚ます。光が少なくても朝になると目が覚めるのは体内時計が優秀だからだろうか。
それにしても今までは岩や土、草の上で寝るのが当たり前になっていたので違和感を感じる。疲れは取れているのだが、どうも自然の中ではなく建物の中というのが落ち着かない。半年ほどで随分と野生に染まっていたのだなぁと順応していた事実を感じてしまった。
少し気が咎めたが気持ち良さそうに寝ているアンナのほっぺたをつついて起こし、寝ぼけ眼を擦りつつも朝食を食べに食堂に下りる。昨晩と違い多くの宿泊客の姿も見られた。朝食は大体時間が重なるようだ。
夜と違って軽めだが美味な朝食を堪能し、部屋に戻ると宿を出る準備をした。荷物をまとめ、部屋を後にする。
「美味しい食事をありがとうございました。また来るかもしれませんのでその時はお願いします」
「こちらこそ当宿をご利用頂きありがとうございました。是非また御越し下さいませ」
忘れ物を確認し、受付のお姉さんにお礼を言うと丁寧に挨拶を返してくれた。感じもいいし、料理も美味しかったのでお金に余裕があるならまたここに泊まろうとアンナと決めておいた。
宿を出ると昨日の打ち合わせ通り、まずは服を買うために商業区をうろうろする。華美なものは必要ないが仕事や旅でも問題ない丈夫な服や靴が欲しかった。
服などについては自分よりもアンナの方が詳しいだろうということで、店を選ぶのはアンナに任せてみた。今まで服なんて着てこなかったため、この世界での一般的なものというのがわからない。それに買い物や服選びは女の子が喜びそうだし、気分転換にもなるからその方がいいだろう。いざとなれば店の人に聞けばいい。
商店街を一通り見て回り、アンナが少し奥まった場所にあった店を選んだ。
「ここなんてどうでしょう。街着だけじゃなくて旅装束とか靴も置いてるからいいと思います」
「うん。じゃあ入ってみよう」
店に入るとすぐに店員と思しき女性が近づいてきた。見た目は20台後半くらいだろうか。頭に乗せた帽子から兎の耳が出ている。……帽子についてる飾りなのか、獣耳が生えてるのか判断がつかなかった。
「いらっしゃいませー。どんな服をお探しで?」
割とフランクな店員さんだ。堅苦しいよりは色々聞けるのでこの方がいいかもしれない。
「えっと。この子の街着と下着と靴、あと旅用の服も探してるんですが、値段がどれくらいなのか先に教えてもらっていですか?」
「そうですねー。ピンキリですけど普通にコーディネートするなら街着と靴の一式で銀貨3枚、旅着一式で銀貨5枚くらいでしょうか。下着は銅貨10枚からですね」
「ではそれくらいの値段になるようにこの子に似合いそうな服を選んでもらっていいですか?」
そう言ってアンナの背中を押して店員さんの方に行かせる。こんな場所で服を選んでもらうことなど無かったためかアンナの表情が緊張で強張っていた。
「お任せ下さい。あら、可愛らしいお嬢さんですね。これは気合が入りますよー」
アンナを見てどんな服を着せようかとワクワクしている店員さんの兎耳がピコピコと動いている。どうやら本物の兎耳のようだ。ウサギの獣人か、これはアリだね!
アンナを店員さんに任せて、自分は壁際で着せ替え人形状態のアンナを待ちながら男物の服を少し見て回った。値札が読めないので値段はわからないが、生地はどれも綿のような手触りでしっかりしていた。アンナが選んだ店は品質的には当たりということだろうか。
ただ自分の服をどうするか決めていない。正直なところ高いお金を出して買っても竜になる時には邪魔になるし、脱ぎやすいから今の服に裸足でもいいような気がしている。多少周囲の人間の視線が気にはなるのだが……。
しかしよくよく考えるとおかしな見た目で悪目立ちしてしまうのはよくないかもしれない。余計なトラブルを呼び込まないためには多少はまともな見た目でいるべきだろうか。
あれこれ考えつつ店をぐるっと見ると、隅に着古したような服が並んだコーナーを見つけた。所々ボロボロだが、着られない訳じゃない。あまり必要のない自分にはこれくらいでいいような気がする。人間の姿だと寒さや暑さは普通に感じるが、まだそこまで寒いわけでもないのでお金に余裕の無い今はこういった物で済ませても問題無さそうだ。
アンナの服選びが終わったところで、店員さんに着古しのような服のことを聞いてみる。
「このコーナーにある服はどういうものですか?」
「ああ、それは必要なくなったという服を買い取って手直ししたものになります。値段は全て銅貨50枚になります」
なるほど。やはりリサイクル品のようなものか。自分の服はこの中から脱ぎやすいものを選んで買うことにしよう。これなら咄嗟の時に服を着たまま竜の姿に戻って破いてしまってももったいなくはないだろう。
アンナは選んでもらった服一式をそのまま買うことにしたようだ。替えも必要なのでアンナには着替え用の服も買わせることにする。自分は古着コーナーから今着ているワンピースに似た脱ぎやすい服を二枚とサンダルのような靴を選んだ。
「ではこれをお願いします。ああ、服はここで着ていくことってできますか?」
そう言って選んだ服を店員さんに手渡した。
「ありがとうございます。ええ、ここで着ていくこともできますよ。では全て合わせて銀貨15枚と銅貨30枚ですね」
店員に銀貨16枚を渡すとお釣りに銅貨を20枚に少し大きい四角い銅貨を1枚手渡された。今まで銅貨が何枚で銀貨1枚分の価値になるのかわからなかったが、お釣りから予測すると銀貨1枚で銅貨100枚分。はじめて見た四角い銅貨は恐らく銅貨50枚分ということだろう。
店の奥にある部屋でアンナは街着に着替え、自分はサンダルのような靴だけ履いて店を後にする。これで手持ちのお金は大分少なくなってしまった。残りは銀貨が3枚と銅貨が少しだ。このままでは宿にも泊まれなくなってしまうので収入源の確保が最優先事項だろう。
「アンナよく似合ってるね。ちょっとしたお嬢さんみたいだよ」
アンナの着てる服はシンプルながらも女性らしさを意識したワンピースのような服だった。アンナの金髪と服の白がよく似合っている。もう少し肉付きが良くなれば誰もが振り返るような美少女になれそうだ。
「あ、えっと、ありがとうございます。でも、私ばかり服や靴を買ってもらってよかったんですか?」
褒められて赤くなりながらも、自分だけがいい物を着ていていいのかと尋ねてくる。
「うん。正直なところ僕には服ってあまり必要じゃないしね。竜になるときは邪魔になるし、着たまま変身したら破いちゃうし、安いので十分なんだよ。それにまだお金に余裕がないし今はアンナの分があれば問題ないかな」
「うぅ……すいません。色々と」
自分だけが手をかけてしまっているという罪悪感を感じているようだが、日本で生きてきた記憶がある自分としてはこれくらいの子供は親に頼って生きるのが普通だと思ってしまう。その辺の価値観の違いが意識の齟齬を生んでいるのだろう。今まで辛い思いをしてきたアンナには素直に甘えてくれる気持ちを持って欲しいと思ってしまうのはおかしいことなのだろうか。
「気にしない気にしない。じゃあ次は日用品を……ん?」
次は日用品の店を探そうかと言いかけたところで足を止めた。立ち止まったすぐ横に建っている店から
違和感というか、懐かしい感じというか、言い表しにくい不思議なものを感じたのだ。
「クロさん? このお店がどうかしました?」
突然立ち止まった自分に何かあるのかとアンナが問いかけてくる。
「……ちょっとこのお店見てもいい?」
「え? はい。いいですよ。ここって何のお店なんですかね」
店の扉の奥にはガラス瓶に入った薬、武器のようなもの、日用品のようなもの、果ては何に使うのか検討もつかないような不可思議なものまで様々なものが統一感なく並べられている。看板に書いてあることは読めないので正直なんの店なのかさっぱりわからなかった。
店の扉を開けて中に入ると、カウンターの奥にモノクルをつけてパイプを咥えている壮年くらいの男性が座っていた。
「ん? おお。いらっしゃいませ。ルネル魔法商店へようこそ」
どうやらカウンターの男性が店主のようだ。店内を見渡してみたが自分達以外に他の客はいない。店の名前は魔法商店、ということはここに並べられているのは何らかの魔法の道具ということだろうか。
「お邪魔します。店の中を見せてもらってもいいですか?」
「ええ。どうぞどうぞ。何なら説明も致しますので興味のあるものがあれば声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
商品を見る許可を得られたので、違和感の正体を捜すことにする。夜に一人でこの店に入るには勇気が要りそうな物が値札と一緒に陳列されている。アンナも初めて見るへんてこな物や虫や動物の干物などの奇妙な物を不気味そうな顔で見ていた。
店の中に所狭しと並べられている品々をぐるりと見て回ると、ある物に目に留まった。そして確信する。自分が違和感を感じた物の正体はこれだと。
それはカウンターのガラスケースのようなものの中に入れられ、展示されている指輪と剣だった。
「すいません。こちらの品を見せてもらってもいいですか?」
「おお。御目が高いですな。こちらの品は当店でも自慢の一品です。宜しければ説明致しますが」
「ええ。お願いします」
そう言うと、店主は商品の前に立った。
「申し訳ありませんがこちらの商品はとても高価な品のため、販売する際以外でこの防犯用魔法ガラスの中から取り出すことはできません。なのでお手に取ってご覧頂くことができないのですが宜しいですかな?」
「はい。どんなものかわかればいいのでそれで問題ありません」
「畏まりました。ではまずこちらの剣ですが───」
店主の男性はまず剣の方に手を向けた。剣は青く美しい剣身をしたチンクエディアと呼ばれる形の剣だった。全長は50cmほどで剣身に彫られた溝に光が反射し、神秘的な青い輝きを放っている。柄には綺麗で複雑な装飾が施され、隣に並べられた鞘にも美しい紋様が刻まれている。
「この剣は水精霊の剣と言いまして、アーティファクトの一つです。ランクは高くないのですが、それでも一般の魔法剣には及びもしない強力な魔法が込められています。当店自慢の一品でして、お値段も緑金貨50枚と値が張りますが、お値段に見合った性能を誇っております。
元々このチンクエディアという種類の剣は小回りの良さを生かし防御用の剣として利用されることが多いものです。例えば二刀流の際に利き手の反対側に持ちパリーイングダガーとして使う、もしくは盾の代わりとして使ったり後衛職の護身用といった使い方が一般的です。しかしこの水精霊の剣は、水によって生み出される刃により攻撃でも引けをとらず、魔術師が持てば水系統の魔法に補正がかけられるなど様々な用途に向いております」
随分と凄い効果のある剣のようだ。それにしてもアーティファクトか……。魔法の道具の一種らしいがアーティファクトが何なのかよくわからない。とりあえず聞いてみるか。
「凄い剣ですね。でも、アーティファクトとは何なのでしょう? それとランクとは?」
「アーティファクトとは失われた技術でもって作られた強力な魔道具のことを指します。現在は各地のダンジョンから発掘される以外では、高位エルフが特殊で希少な素材を使って作る以外に作成法がないといわれ、低ランクのものでも高価な値がつく場合が殆どです。
ランクとはアーティファクトの素材や込められた魔法の希少性や威力などによって分類された希少度を表すもので、最高ランクの物をS、そこからA、B、C、Dと下がっていきます。こちらに展示している2品はどちらもDランクの物になりますが、例えDでも普通の店に出ることは滅多にありません。なぜならアーティファクトの多くはギルドや国主催のオークションにかけられるため、一般の商店に卸されることは殆どないのです」
「なるほど。ありがとうございます。では、こちらの指輪はどういった品なのでしょう?」
隣の何の装飾も無いシンプルな鉛色の指輪に視線を向けると、店主はこちらの説明も笑顔でしてくれる。
「はい。こちらの指輪は守護の指輪と言います。指輪の主が攻撃を受けると強力な結界を発生させて持ち主を守護してくれる魔法が込められています。こちらのお値段は緑金貨30枚となっています」
うーん。緑金貨というのがどれくらいの価値なのかがわからないが、話の流れからかなり高額なのは何となくわかった。お金の価値について聞くと怪しまれそうなのでとりあえずそこは置いておいて気になることをまた質問してみる。
「これも凄いですね。でも、守護の魔法がかけられた装飾品は他にもありそうですけど、そういった物とはどこが違うんです?」
「確かに一般の魔法具にもそういった品々はございます。が、通常の魔法が込められた装飾品は持ち主の持つ魔力を消費して術を起動しますので、魔法の才能が無い人間が使うことはできません。しかしアーティファクトは魔力ではない何らかの別の力を使って術を起こしているので誰でも使用することができます。そして先程の説明にもありましたが、通常の魔法で付与することのできない希少な能力や魔法が込められていたり、普通では考えられない程強力な魔法を起こすことができたりします。これらがアーティファクトが高価である理由ですな」
なるほど……。これで確信した。
「色々とありがとうございます。とても魅力的ではあるんですが今は持ち合わせがないのでまたの機会にしますね」
「然様ですか。確かに緑金貨などは余程稼ぎのいい冒険者か豪商でもなければ持つことは少ないかもしれませんな。ではもし購入の際は是非当店で宜しくお願い致します」
「はい、では」
そう言って足早に店を後にする。店を出ると不思議そうにアンナが聞いてきた。
「クロさん。あの店で何か気になることでもあったんですか? 見ていた商品は今の私達には高価すぎると思うんですけど」
「うん、買おうとは思ってないよ。詳しい話は後でするから先に宿を取ろう」
「え。まだお昼過ぎですけどもう宿に行くんですか?」
「ちょっと試してみたいことがあるんだよ。その時にさっきのことも説明するね」
「わかりました」
不思議な顔をしたアンナもちゃんと説明をしてくれるということに納得したのか、黙って後をついてくる。今朝出たばかりの宿、風の森亭に向かう。宿の中に入ると美人の店員さんがカウンターに座っていて、こちらを見つけると笑顔で応対してくれた。
「あら。お客さん。もう宿を取るんですか?」
「ええ。お願いできますか?」
「はい。大丈夫ですよ。また一泊で宜しいですか?」
「はい。それでお願いします」
昨日と同じように銀貨を1枚払い、部屋に案内してもらう。
「食事は先日と同じように食堂にお越し下さい。ではごゆっくりどうぞ」
店員のお姉さんはそう言うと、静かに扉を閉めて退室していった。
アンナと部屋に二人になったところで、リュックをベッドに下ろして自分も腰掛ける。
「それで、どうしたんですか?」
「実はあの魔法商店で見た道具なんだけど、どうも竜の魔法を使った道具のようなんだ」
「それってクロさんが説明してもらってた高価な道具のことですか?」
「うん。竜の使っている魔法はね、人間の魔法と違って魔力を使わない代わりに他の力を使っているんだけど、あのアーティファクトと呼ばれていた道具からはその竜の魔法で使っている力が見えたんだよ」
そう。アーティファクトと呼ばれていた道具は星素の揺らぎが漏れ出ていた。自分が違和感を感じた正体はそれだったのだ。
そして更に指輪の方には竜の気配を感じた。恐らく竜の鱗などの素材を使って作られた品なのだろう。ということは特殊で希少な素材とはおそらく、星素に恵まれた生物などから得られる、星素との親和性が高い素材や鉱物のことで、そうした素材を使ってのみ作られるということではないだろうか。そしてあの店主の説明、これらを総合すると……。
「もしかしたらだけど、アーティファクトを作れるんじゃないかと思ったんだよ」
「え、作れるんですか? 魔法を込めたりとかはクラフターやアルケミストなどの専門の技術者でないと行えないと聞いたことがあるんですけど……。それにさっきの店主さんが高位エルフにしか作れないとか言ってたような……」
「試してみないと何ともいえないんだけどね。だから実験してみようと思って早く宿を取ったんだ」
説明も程々に早速試してみることにする。
リュックから自分の脱皮した鱗を取り出す。大きさは掌より少し小さいくらいで黒曜石のような輝きがある。あの見せてもらったアーティファクトは、周囲の星素を常に集め続けているというか星素が纏わりついているような感じだった。つまり術を使う時のように星素を集めて留めるようなイメージをすれば星術を道具に込めることができるのではないだろうか。
早速試してみようと思ったが、鱗のままでは術を込めたとしても使いにくいので、まず見せてもらった指輪のように形を変えられないか試してみることにした。手に持った鱗に星素を集め、指輪の形を思い浮かべながら形が変わっていく様子をイメージする。
すると、円形の薄い鱗が液状に柔らかくなり、一つの水滴のように丸くなった。暫くすると黒い水滴のようだった鱗が店で見せてもらったような指輪の形となり手の中に静かに納まる。見た目はガラス質の真っ黒いなんの変哲も無い指輪だ。
「わっ凄い! グニグニ動いたと思ったら指輪になりました!」
次に星術を込める実験をしてみる。指輪に星素が集まり留まるようなイメージをしながら防壁を張る術を込めるようにイメージする。星素の揺らぎが指輪に吸い込まれるように集まり、やがて見えなくなった。目を凝らすと僅かだが星素の揺らぎを見ることができる。
(できた……のかな?)
指に嵌めると指輪に意識を集中し、術が発動するか試してみる。すると星素を集めることなく術が発動し、体の回りに防壁を張ることができた。
できている……と、判断していいのだろうか。
「どうですか? 指輪にはできたみたいですけど……」
術が見えないアンナは成功したのか失敗したのかわからないため、不安そうな顔をしている。
「できてる、と思う。アンナ試しに使ってみて。アンナが使えればアーティファクトができてると思っていいはずだから」
これで魔法や星術を使えない者が防壁を張ることができれば完成していると考えていいだろう。
「わかりました。えっと、嵌めた後にどうすればいいんですか?」
「指輪に意識を集中して自分の周りに壁を作るイメージを思い浮かべてみて」
慣れればすぐにできるようになるが、最初は意識的に行わなければ難しい。
静かに指輪を見つめて集中するアンナ。すると数秒でアンナの周りを不可視の壁が覆い、術が発動した。
「おお! できてる! アンナの周りに壁ができてるよ。竜の魔法が使えないアンナが壁を出せたということはアーティファクトができたってことだ」
これを応用すれば様々な道具を作ることができる。
人間の姿では星素の制御が難しい【飛翔】などの術もアーティファクトを媒介にすれば使えるようになるかもしれない。もしかしたら体内に星素を集めて行使するタイプの術でも、指輪などの装飾品で星素を集める補助をさせて術を使えばアンナでも【伝想】の術を使える可能性もある。
【竜憶】にはアーティファクトに込めることができれば便利だろうという術もいくつかあった。素材とする竜鱗や牙などもまだまだリュック一杯ある。旅に必要な物や戦闘に役立つ物、アンナを守る物など作っておきたい物は山ほどあるし、今日一日潰してでもやっておくべきだろう。
「まだ絶対じゃないけど、もしかしたらアンナも動物とお話できるようになるかもしれないよ」
「え……。ホントですか!? 猫さんともお話したりできるんですか!?」
笑顔でアンナにそう伝えると、一瞬呆けた後目を輝かせて喜んでくれた。どうやら動物と話をするのがとても羨ましく感じていたようだ。
その日は夜遅くまでアーティファクト作成に没頭した。アンナにきちんと機能するかどうかを確かめてもらいながら、指輪、首飾り、腕輪や足輪など色々な装飾品として作成する。一応武器に関しても考えたのだが、アンナが武器を使う場面は今のところなさそうだし、自分は特に必要ないので武器タイプのものはとりあえず保留にしてそれ以外のものを集中的に用意した。
当初の予定では、自分の脱皮した鱗などの素材を換金してお金にしようと思っていたのだが、これならアーティファクトにして売却した方がよさそうだ。ただ、素材を売るにしてもアーティファクトを売るにしても、たくさん売ると得たお金や入手経路に関してなど目をつけられる可能性が高いので、せいぜい目立たないように一回売って終わりにした方が無難だと考えていた。
魔法商店の店主の話が本当ならば、最低品質のアーティファクト一つ売るだけでもかなりの金額が得られるはずだ。それを考えればリスクを上げてまで複数を売りに出す必要性は感じられない。例え売るにしても他の町や国に行ってからにした方が危険は下がるだろう。
問題はその一回の売却をどのようにして行うかだ。現時点での残金はかなり少なくなっている。無論普通の仕事をして稼ぐという手段も無いわけではないが、早い内に旅用の道具や日用品を揃えていつでも町を出られるように準備しておくに越したことは無い。
正体がバレることは無いと思いたいが、絶対はないのだ。何かあったときのために早めにできることをしておくべきだろう。
「一応売却用のアーティファクトを一つ作っておくね。それを売れば奴隷も買えるだろうし、旅の道具も一式揃えられると思うからね。便利なものがあったら高くても買っておきたいし」
「そうですね。でもたくさんのお金を得ると色々危ないことも多そうですから気をつけないといけませんね。そういう人を狙った盗賊とかもいるそうなのでちょっと心配です」
「確かにね。なるべく目立たないように売りたいけど、どうしようかねぇ」
「オークションにかけるなら不正がないように総合ギルドに登録もしないといけないはずですから、名前とかは隠せないかもしれませんね。色々な人に目をつけられそうです……」
アーティファクトを手に入れられるということは大雑把に考えてもかなりの資金があるか、独力で獲得できるだけの実力者だと思われるだろう。近寄って甘い汁を吸おうという輩はたくさんいそうだ。
「まぁ一応手を考えてはいるんだけど確実じゃないんだよね。とりあえずすぐに換金できるわけじゃないと思うから、明日はお金を稼ぎに総合ギルドに行ってみるよ。アンナは宿で休んでてね」
宿代は後1~2日分しかない。オークションならば換金までに最低でも数日は時間を要するだろう。日雇いでも魔物狩りでも何でもいいので収入を得なければならない。
「えー! 一緒に行けないんですか!?」
「昨日言ったでしょ。暫くはゆっくり休んで体力回復に努めること。これは譲らないからね」
「うぅ……。わかりました」
「前にも言ったけど元気になったら色々やってもらうこともあると思うから、その時までガマンしてね」
「はい……」
とりあえず今後の大体の方針も決まったので、アーティファクトを作れるだけ作って眠ることにする。明日はギルドに行って仕事探しだ。正直ゲームや小説で出てくるようなギルドで仕事をするのがちょっと楽しみだった。情報収集に関してもギルドなら色々なことがわかりそうだ。
あまり期待はしていなが人脈を得る機会でもあるのでその方面も考えて動こうと思っている。良い人脈ならいいのだが、面倒な相手との関係を得てしまうと鎖になりかねないのでその点は十分注意しないといけないが……。まぁ最悪の場合は町を出てしまっても問題ないのであまり気負わずにいこう。
そんなこんなで一通り作りたいアーティファクトを作り終える頃には夜も大分遅くなっていた。明日のことを考えつつも明かりを落とし、また慣れないベッドに潜り込んだ。