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「はい、次だよー」


「(あーん……んー! どれも美味い! あの城で出される食事並みだぞ! 次! 次!)」


「むふー! 可愛い~。ぬいぐるみが食べてるみたいだ~」


「でも、よく食べるねぇ……お姉ちゃんや私より食べてる……」


「(ライカ……)」


「(ん? 何だそんな顔して。クロも食べろ。喰える時に喰っておくものだぞ。それに次からはここに忍び込んで食い物を探すのもいいかもしれんぞ。かなりいい味だ)」


 シラルとシェリアが自分を迎えに来たラドノールを含む数名の騎士と共に王城に出発して少しの時間が過ぎた。

 自分とライカは客室に通され、そこに用意してもらった遅めの昼食を頂いている。


 客間に案内される際、地下から階段を昇り窓が並ぶ廊下を歩いて一階にある客間に移動したのだが、その間に周囲を色々と観察させてもらった。

 屋敷の外に見えるのは手入れが行き届いた広い庭と、その向こうに見えるいくつもの大きな屋敷、そして(そび)え立つ王城の威容。自分の予想した通り、王城周辺に集まる身分の高い人間が住まう屋敷の一つがシラルの屋敷だったようだ。


 大きな屋敷だけあって使用人も結構な数がいる。日本では見る事など皆無だった生メイドさんの生息地である。

 ついつい珍しくて目で追いかけてしまうのだが、そんな自分を見ても一切表情を変えずにペコリと頭を下げて通り過ぎるのを待つ姿に、思っていた印象と違いすぎて気後れしてしまった。


 ただ使用人に混じって多くの騎士を見かけたことが気になった。庭を巡回する者、廊下や部屋の要所要所に立って警備している者、休憩や訓練をしている者など、生活する場にしてはかなり鎧を着けた人間が多い。自宅というよりも軍務を行なう場といった感じに思える。


 狙われていることと軍を統括する将軍が居るという関係上、信頼の置ける自身の部下を屋敷の警備に当たらせているのだろうと勝手に予想したのだが、実際の所ここは本当に王都で将軍としての仕事をするための場所で、自宅と呼べる屋敷はヴェルウォード家が管理する領地の方にあるらしい。それを聞き、改めてシェリア達の身分の高さを認識した。


 通された客間で食事の用意が整うのを待っている間にスイとレアは夜会に出るようなドレスから動きやすい服に着替え、自分達と一緒に食事をすることになった。

 二人は最初から城に行かないと決まっていたようなので、わざわざ自分に会って正式に礼を言う為だけにドレスを着てくれていたということだ。

 着替えてきた服は貴族の子女にしては随分と質素なものだと思ったのだが、日頃からよく運動をし、武術も嗜む二人は動きやすい服の方がいいのだそうだ。さすがは将軍の娘である。


 ライカは着替え終わった二人に当たり前のように抱っこされ、侍女達が運んできてくれたサンドイッチのような軽食を口に運んでもらって御満悦だ。人数にしてはかなりの量がある昼食だったが、ライカが旺盛な食欲全開で平らげていくのでかなりのペースで無くなっていく。

 ホント、ライカは何かを口に入れてやれば簡単に手懐けられる気がしてきた。もはやライカの野生は息をしていないのではないかと思ってしまう……。


「(何というか、ライカはどこでもライカだなぁと思ったんだよ……。で、話を聞いてどうだった?)」


「(何だそれは……。まぁ私とてさっきの話に思うところが無い訳でもないぞ。普通、群れの危機ならばこやつ等のように危機を回避すべく動くのが当たり前だ。

 だが、人間の群れはそうではない。一歩踏み出した先が巨大な猛獣の(あぎと)だというのに、正面で口を開けて待ち構える猛獣にすら気付いておらん。……いや、気付いていて気付かない振りをしている、もしくは自分だけは喰われぬとでも思っているといった方がいいかもしれんな。

 結局はこやつ等のような一部の者だけが割りを食うハメに遭う。私とて里という群れの中で生きてきたから、その苦労がわからんわけではないさ。一飯の恩ができた事だし、少しは手を貸してやろうとも思っている)」


「(……)」


「(な、何だその目は!?)」


「(あ、いや。食べる事以外にもちゃんと考えてたんだなぁって)」


「(どういう意味だコラァ!)」


「はい、これもどうぞー」


「(おお! あーん)」


 ライカ=食べるといった変な等式が頭に定着しつつあったので、シラル達の話を聞いて他人を、しかも他種族を(おもんばか)ることを言うライカに、つい生ぬるい視線を送りつつ失礼なことを言ってしまった。

 まぁ怒りを露わにしたがそこで口に食べ物を運ばれ、そちらに夢中になっているからその程度の怒りなのだろう。


 だが日も中天を通り過ぎ、自分もライカのことは言えず、かなりお腹が減っている。

 なので有難く出されたお茶を啜りながら同じくサンドイッチのようなものを頂いた。

 さすがは貴族に出される食事というだけあって味付けが大衆食堂のものよりも繊細で美味しかった。香辛料などでしっかりと風味も付けられており、塩味など単調な味付けが多い食堂のものとは一線を画している。美味しい。


 そんなこんなで一通り出された料理を堪能し、食事も一段落。

 さすがのライカも満腹に近付き、眠そうに欠伸をし始めたのだが、しっかりと最後に出されたタルトのようなデザートまで平らげていた。

 午後の穏やかな日差しが差し込む静かな部屋で食後のお茶を楽しみながら、レアの膝の上でウトウトとするライカにほっこり顔のスイとレアと当たり障りの無い会話をして時間を潰した。


 スイ達が王都に戻るまでにあったことや、貴族の生活、シェリアやシラルの一日の仕事や迎えに来てくれたフィズやラドノールなどの親しい騎士のこと。そして自分やライカのことも問題の無い範囲で二人に話して聞かせた。


「へー。将軍って凄いたくさんの兵隊を抱えてるって思ってたけど、違うんだ」


「はい。騎士団や軍隊は基本的に陛下が最高責任者、総司令官ですからね。将軍が抱えられる私兵は多くても領地にいる数百とかです。たくさんの兵を個人で持つのは謀反を起こされたりする危険があるので、そうならないために一定以上の私兵を個人で抱えるのは禁止されています。

 将軍は砦や国境とかの赴任先にいる兵隊のまとめ役というだけで、率いた兵が全て将軍の配下というわけではないんですよ」


 さすがは貴族であり将軍の御息女。貴族社会や国政の事など色々と知っている。

 もうちょっと自分の知らない貴族社会の事を聞きたいとも思ったのだが、それよりも気になっていたことを聞いてみることにした。


「ところで話は変わるんだけどさ。二人は何と言うか、落ち着いているよね?」


「え?」


 自分の問い掛けにスイとレアはきょとんとして首を傾げる。自分が聞かんとしたことが伝わっていないようだ。


 昼寝をするライカの耳や尻尾をいじるスイとレアの様子を何となく眺めていたのだが、最初に出会った頃と結構印象が変わっている気がした。

 二人ともハーフエルフで均整のとれた顔立ちをし、背中まで伸ばした明るい金髪に碧眼の美人なのだが、性格はそれぞれ違っている。


 出会った当初のスイは妹を心配するしっかり者の姉といった感じだったが、レアが元気になったからか幾分幼さというか歳相応の明るさが強くなっている気がする。それでも貴族としての気品はしっかりと併せ持ち、公的な場と私的な場の切り替えができているのはさっきのシラルとの話し合いの様子でわかった。


 レアの方も目の怪我が治っていなかった時は儚げな印象が強かった。しかし今はスイよりも口数は少ないものの儚さは薄れて感情表現も豊かになっている。ただ貴族として振舞う必要がある時以外は活発な感じのスイと違い、レアは普段も貴族令嬢のような淑やかさがあった。

 そんな変化は別にいい。いいのだが、気になったのは現在の状況と、二人の態度の差異だ。


 スイとレアは自分が見た限りではそこまで悲観的な様子は無い。状況を考えれば死地に赴いたともいえる両親のことを心配するものだと思ったのだが、ライカに食事を与える二人の表情には影のようなものは見られなかった。

 さっきのシラル達を見送るスイやレアに感じた違和感もそれだ。


「普通に考えればシラルさんやシェリアさんは戦場とも言える場所に行ったわけだし、もっと心配しているのかと思ったんだけど、意外と気にしていないように見えたから」


 そう付け加えると、自分が疑問に思っていることに気が付いたスイが口を開いた。


「心配……は、していますよ。とっても……けど、貴族の血に生まれた以上、これは覚悟しなければならないことなんです。それから、そう見えないのは父や母に日頃から言われてきたからです」


 指摘した事で初めて、スイとレアは歳相応に家族を心配する少女の表情(かお)になった。


「望む望まないに関らず、私達は貴族の、そして軍人の子弟です。私達は幼い頃から貴族の血に生まれた者は誰かのために身を削る義務があると教えられて育ちました。

 私達が頼りなければ人は付いて来てくれません。そうなれば国は衰退していきます。だから極力他人の前では顔に負の感情を出してはならないんです。

 不安な時も悲しい時も、毅然とした態度を心掛けるようにと言われてきました。……でも、さすがにレアの目が治るかもしれないと思った時には取り乱しちゃいましたけど」


「……そうだったんだ」


 最後だけ頬を染めて照れながらスイが言う。

 家族が危険な場所に赴いて、不安にならないわけが無い。ただそれを表に出さないように言われ、それを守ってきただけということか。


「ですけど、それももうすぐ必要なくなりそうです」


「……どうして?」


「クロさんが屋敷に来てくれる前に私達と両親で話し合いをしていたんです。その時に父は、王女の治療が成功し、戦争を止める事ができたとしても私達は貴族位を剥奪されるだろうと言っていました。

 王女暗殺に関する情報は機密中の機密です。それを陛下の許可無く部外者に、この場合はクロさんに開示してしまったとなれば糾弾は免れません」


 ……さっきの話し合いでシラルが言い澱んだのはそういうことか。


「……戦争を止めて多くの人の命を救うのに糾弾されるの?」


「例え英雄と称えられても、決まりごとを破ったということに変わりはありませんから。仮に陛下に恩赦をもらっても、父は自ら将軍の位を退き、隠棲すると決めています。

 私が立場を失うだけで済むのなら安い対価だとも言っていました。私も貴族の立場に未練はないので普通の町娘でも平気です。みんなで一緒にいられるだけで十分ですから」


「私も同じです。そうなったらお姉ちゃんと美味しいお茶を淹れるお店をやろうと思ってるんですよ」


 レアも笑顔でスイに続く。

 勝負に勝って試合に負けるというか何というか……。親子共々実直で自己犠牲を厭わない性格というのは良くわかった。

 これはシラル達の問題……自分がどうこう言うべきことではないのかもしれない。しかし、スイとレアは気にしていないと言ってはいるが多くの命を救って罪を問われるのは、やはりやるせない気分になる。

 フィズが自分を顧みないシラルを心配していると言っていたが、この性格では心配になるのも頷ける。


「私達も父の言う通りだと思いますし、失う覚悟もできています。ですけどこの国で暮らす多くの人達は失う覚悟なんてできていないんです。戦争が始まれば生活を、家族を、愛しい人を、突然失う事になる……。

 先の戦争の頃は、私達はまだ幼子でした。でもその悲惨さは何度も言われました。私達は今の生活を失う事になったとしてもそれを繰り返したくないんです。だから私達全員、クロさんに感謝しています」


「……」


 言葉が出なかった。

 現代日本で言えば高校生くらいの年の少女が、ここまでの覚悟を秘めているとは……。

 かく言う自分も、人間だった頃にそんな覚悟は持っていなかった。安穏とした生活も、家族も、そして平和も、あって当たり前。戦争はどこか遠い場所で知らない人が知らない時にやっているもので、自分にはテレビの中や本に登場する程度の直接関係の無いもの。それが人間だった時の認識だ。

 しかし実際当事者となる人間、そして知らずに巻き込まれる人間にとってはそうではないのだ。


 こんな少女が大切なものを失う覚悟をしている影で、他人の大切なものを食い物にしている人間がいる。

 以前森で自分やアンナに向けられた、他者の命を顧みないあの悪意……それが形を変えて窓から見える城の中で蠢いている。そう考えると、あの時に抱いた感情が沸々と蘇ってくる気がした。


 自分はシェリアとの契約で協力する立場であり、思い入れも何も無いこの国を救おうという大層な想いは未だに湧かない。

 でも、あの時のアンナと同じように悲壮な覚悟を抱きつつも毅然と顔を上げている目の前の少女くらいは救いたいと思った。せめて家族と穏やかな時間を過ごせるように……。


 スイからそんな話を聞いてやるせない気持ちになっていると、レアに撫でられながら眠そうにしていたライカがパチリと目を見開いた。


「あっ、あらら?」


 顔をあげたライカは耳をピクピクと動かしレアの膝から飛び降りて窓辺に駆け寄ると、窓の隙間から顔を出して外を見回している。


「(クロ。動きがあったようだぞ)」


「!!」


 その言葉で自分も立ち上がり窓に近付く。


「ど、どうかしましたか?」


 シラル達が屋敷を離れてから、時間にして3時間弱くらいは過ぎただろうか。中天付近から見下ろしていた陽も大分傾いてきている。夕方にはまだ少し早いが日の出ている時間は残り少ないはずだ。

 城と屋敷の距離を走車で移動したと考えれば30分もしないで到着するはずだし、時間的には戻ってきてもおかしくない。


 しかし近付いた窓の外から聞こえてきたのは、自分達を迎えに来たという呼びかけではなかった。

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