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治療に向けて

 テーブルに組んだ手を置いたシラルが沈んだ表情で口を開く。


「まずクロさんに診て頂きたい王女殿下の状態ですが、王城に赴いていた文官の話によると芳しくありません。典医などが治療を行なっていますが衰弱が進んでおり、このまま解毒する事ができなければいくら治療を続けても持って十数日といったところだそうです。……失礼ながら、本当にそんな状態の者を治癒することができるのですか?」


 以前シェリアに聞いた時と同じか。

 いや、シェリアが話してくれた時は何とか現状を維持できているとのことだったが、シラルが言うにはいよいよタイムリミットが迫ってきているようだ。

 人間の使う癒しの魔法がどの程度のものなのかは未だにわからないが、一切の食事も出来ない状況では体力は減る一方だ。魔法での体力維持も限界があるということか。


「生きていれば……毒を消すことは可能だと思います。しかし、死亡してしまえばもう何もできません」


「……レアの目を元通りにしてもらった実績がある以上、疑うわけではないのですが、念のため確認させてもらいました。申し訳ありません」


「いえ、気にしません。それから、そちらが懸念している戦争については?」


 自分の仕事は王女の治療だが、シェリアやシラルの本来の目的は戦争を止める事だ。自分には直接関係ない事ではあるが気になったので水を向けてみた。


「……よろしくありません。恐らく王女殿下の死が、そのまま開戦の合図となるでしょう。

 開戦すれば遠くない将来、この国は瓦解します。シェリアからこの国が戦争していた事実を民に秘匿していたことを聞いているかと思います。それは以前の戦争が民の心に残した傷跡があまりに大きかったからです。その傷跡が癒えぬ今、大規模に戦争を始めれば民から噴出する不満は大きなものになる。それこそ国を維持する事が出来ないほどの……。陛下も推進派の貴族も怒りや欲望に目を濁らせ、その事実を見失っている。

 陛下は敵国が刺客を放ったと思っておられるので、敵国に対して解毒薬や毒の種類の提供・開示を求めていますが、相手国から返答はありません」


 それはそうだ。

 シラルやシェリアが読んでいる通り、国内の戦争推進派が王女暗殺を企てたのなら相手国は知らないわけだから答えようが無い。恐らく相手国は意図不明な陽動工作か何かとでも思っていることだろう。

 仮に本当に敵国が刺客を放っていたのだとすればわざわざ殺そうとした相手を助ける手助けなどするはずが無い。したとしてもヴェルタが不利になるような様々な要求を吹っかけてくるはずだ。


 そしてシラルが見据える開戦後の懸念。

 以前メリエは先の戦争によって大勢の男手が死亡し、危険なハンターや兵役でも女性が目立つようになってしまったと言っていた。そんな悲惨な爪痕が十年やそこらで癒えるはずがない。

 シラルの言う通り次に泥沼の戦争が勃発すれば、この国には勝っても負けても地獄のような未来が待ち受けていることだろう。


「現状はわかりました。まぁ何となくですけど……。ではいくつか聞いておきたい事を聞いても?」


「ええ。どうぞ」


「まず報酬に関してですが、王様が報酬に難色を示したらどうします?」


「……治療の件を切り出す際にクロさんが希望する報酬についても申し伝えますが、陛下がどう判断するかは私も予想しかねます。王国が管理する歴史や書物などであれば王女殿下の治療と引き換えなら許可が下りるだろうと思うのですが、地図に関しては難色を示されるかもしれません。特に現在の状況では……」


 やはり厳しいか。

 戦時下ということもあり、地図は機密中の機密だろうし、おいそれと見せられないのもわからなくはない。

 しかし地理情報が一番欲しい情報でもある。【竜憶】にある記録と照らし合わせるためには地図と、それを理解できる知識をもった人間が不可欠だ。


「ですが、御安心を。仮に陛下が開示を拒んだとしても、私の責任でクロさんに必要な情報は御渡しします」


 これは妥協も必要かと思った矢先、シラルはそう切り出した。


「……できるんですか?」


「穏健派の中に禁書や焚書、それに王国機密を含む情報管理を任されている貴族がおり、懇意にしていますので、何とかなるでしょう」


「王国の重要機密なんですよね?」


「ええ、それは間違いありません。もし無断で持ち出したと知られる事になれば、私共は貴族位を剥奪され、将軍の任も解かれるでしょう。公爵の血筋である以上、命を奪われることは無いと思いますが、隠棲は余儀なくされるかと思います。……が、どの道……いえ、何でもありません。

 公爵は王族の血族、言うなれば今の王族に不幸があった場合にその血を絶やさないための予備、分家のようなものです。血筋を絶やさぬためにも処断は免れます。そうなるよう根回しもしておきます。

 それに、もし極刑を言い渡されたとしても、その覚悟は既に私共全員ができている」


 途中に言い澱んだのが少し気になったが、シラルは気にせずに話し続けた。

 シラルの言葉に、シェリアだけでなくスイとレアも表情を変えることなく頷いている。こうなるということは話し合っているということか。


 シェリアにも感じたが、凄い覚悟だ。

 シェリアはシラルから貴族としての在り方を学んだと言っていた。となればシラルもシェリア以上に自己犠牲の精神を持っていても不思議ではない。

 ここまで言い切る以上、報酬の件はシラルに任せて良さそうだ。


 まぁ仮に情報の入手が困難になってもここまでの覚悟で臨もうとしている人達をここまできて見捨てるのは後味が悪いなんてものではない。無理そうな場合はこちらで勝手にやって、情報も勝手に頂く事にでもしよう。

 前は難しかったが今はライカがいる。貸しもあることだしライカに頼めば地図を保管している場所にも潜り込めるだろう。


「わかりました。では次に、もしも僕が戦争推進派の人間だとして、王女を治療されるかもしれないと考えた場合、治療される前に今度こそ王女の息の根を止めようという強硬な手段も考えますが、その点はどうですか?」


 王女を治療されれば全てが水の泡となる可能性が高くなるのだとしたら、自分なら治療の妨害と同時に最悪のことを考えて昏睡状態の王女を始末することも同時に考える。


「確かにそれが無いとは言い切れません。が、可能性はかなり低いと見ています。というのも、陛下は暗殺未遂があってから王女殿下の身辺警護にかなり注力している。

 陛下の腹心であり王女殿下の護衛兼、教育係でもあるヴェルタ王国で最高峰の近衛騎士達が昼夜問わず護衛に就いている。その騎士達を抜いて王女を狙うのは如何に実力のある暗殺者でも並大抵のことではありません。

 仮にその護衛を出し抜けるとしても、今動けば私がそれを掴みます。推進派が我々を監視しているように、私達も独自の繋がりを使って推進派の人間の動きを監視している」


「王女を消すために動けば、それを掴んで先手を打てる、ということですか?」


「絶対に先手を打てる、とは言えませんが、少なくとも後手に回ることはありません。阻止するために身辺を固めるくらいは確実にできます。

 まずはその危険が減るように、なるべくなら推進派の人間に知られること無く陛下にこの件を伝えたいのですが……」


「難しい……と」


「ええ……陛下が王女殿下の治療に否ということはないでしょう。今までにも他国の人間を招いて治療を試みてきましたから、クロさんのようにヴェルタ王国の関係者ではないからといって拒むということはないはずです。ですがこの件を陛下だけに伝えるというのは極めて困難です。

 公爵、そして将軍という立場である私でも現在の状況で陛下と二人きりで話をすることは殆ど不可能……陛下には常に護衛の近衛騎士が最低でも三人は付いている。それでなくても重要な話となれば宰相や各方面に通じた貴族が必ず同席します。王女殿下の治療に関する話は身の回りの世話をしている侍女長や典医の耳にも入ることになる。そうなれば必然的に推進派の人間の耳にも入るため、妨害は確実にあるでしょう」


 王たる人間の傍に護衛もいないのではまずいだろう。刺客はどこから襲ってくるかもわからないのだし、例え王宮内であっても護衛は必要だ。世話係になっている侍女などにも連絡は必要になる。

 となると王女の安全よりは自分達に対する妨害工作を懸念すべきというシラルの考えは理に適っている。


「その対策は?」


「まず最も有効なのは、時間を与えない事でしょう。妨害するための手を講じる間を与えず迅速に治療をしてしまうのが理想です。

 刺客を送り込むにしても人を動かすにはそれなりの資金や時間が必要になる。ましてや我々のような身分の高い人間やクロさんのような強さを備えた存在に対して確実に事を為せる実力者となれば尚更です。

 そこで、クロさんにはこのままヴェルウォードの屋敷に留まっていて頂きたい」


「どういうことです?」


「私はシェリアと共に登城し、すぐにでも陛下にこの件についてを具申します。状況が逼迫してきた今であれば、僅かな可能性だとしても陛下はすぐに治癒術師を連れてくるようにと言って来るはずです。

 後は推進派が動くよりも先にクロさんを招聘し、治療に当たってもらう。先程申しましたとおり、下手に時間をかければ相手にも準備をする時間を与えてしまう。屋敷に居て頂ければすぐさま使いを送り、登城してもらうことができる。

 推進派の人間も今までの治療で解毒できなかった事から、今回もある程度は余裕があると踏むでしょう。その油断が推進派の次の手を何手か遅らせてくれるはずです」


 連絡や迎えの手間を減らして時間を短縮するということか。

 いや、待てよ?

 時間短縮を考えるのなら……。


「僕がシラルさん達と一緒にお城へ行く方が呼ぶ手間が省けてより早くなりませんか?」


「できればそうしたいのですが、今の状況ではそれができません。王女暗殺未遂があってから城の警備は厳重になっており、侵入者への警戒だけではなく出入りする人間の管理も厳しくなっています。

 外部の人間が登城する際には召喚状が必要で、私のような立場の人間が一緒でもそれが無ければ城門で止められてしまうでしょう。そうなれば不審者として投獄される可能性もあり、余計な遅れが生じます。

 面倒ではありますが私が陛下に具申し、召喚状を用意する方が結果的に手間が減ると考えています」


 急がば回れというやつか。


「……わかりました。最後にもう一つ。相手が形振(なりふ)り構わずに城内で強硬手段に出た場合、もしくは以前から狙われていたシェリアさんに城内で手を出してきた場合の対策は?」


 王女の始末、そして治療の可能性の排除。この二つを考えるなら狙われるのは王女、治療をする自分、そして治療の伝手を持つシラル達になる。それに加え、シェリアは〝真実の瞳〟の件で既に狙われている。

 自分は狙われても脅威を退けるくらいはできると思っている。だが、シラル達はどうなのだろうか。


「その可能性も否定できません。しかし、これもかなり低いと見ています。

 まず、陛下に伝えるまでは治療の可能性についてを誰も知りません。陛下に伝えたタイミングで私やシェリアを害そうとすれば、陛下や私以外の穏健派の貴族達に疑念を持たれる事になる。

 ですがクロさんの疑念は御尤も。シェリアの件もありますし、相手も窮地に追いやられれば陛下の前ででも強硬手段に走る可能性が無いとも言い切れません。

 なので城内では私が常に傍にいます。私も剣には覚えがありますので、必要ならば城内でも剣を抜きましょう」


 以前にシェリアが、シラルは自身の実力で将軍の地位を得たといっていた。シェリアと自分くらいは守り抜ける自信があるということだろう。

 だが安全を考えるのなら連れて行かないのが一番だと思うが……。


「シェリアさんを置いて行く事はできないんですか?」


「スイとレアはここに残して行きますが、今回はシェリアの知人ということでクロさんを紹介しようと考えていますのでシェリアには一緒に陛下と会って貰わねばなりません。私の知人ということにしてしまうと、何故もっと早くにそのことを言わなかったのかといらぬ嫌疑をかけられる可能性がある」


 言われてみればそうかもしれない。今までにも様々な人間が治療を試みて失敗していたのに、その間治療できる可能性があるのを黙っていたとなれば訝しく思うということも考えられる。

 王様は王女を溺愛していると言っていたし、家臣にも何か手段は無いかと訪ねただろう。その時には言い出さず、ここまで悪化してから言うのは心証が悪くなるし、不自然だ。


「他にはありますか?」


「いえ、大体はわかりました」


「では流れを確認します。まず私とシェリアで登城し、陛下に具申してクロさんの召喚状を用意します。その後すぐに屋敷へ使いを出し、クロさんを迎えに行きます。早ければ日暮れ前には使いが到着するでしょう。

 クロさんが登城したらすぐに治療を行い、王女殿下の覚醒を待ちます。無事回復すれば一時は開戦を遅らせる事ができるので、覚醒を待って暗殺当時の状況を確認し、戦争推進派の関与を証明、その後陛下に判断を仰ぐという流れになるでしょう。

 王女殿下は戦争を強固に反対していましたから、戦争推進派の関与を証明できなくても、王女殿下が目覚めてくれれば開戦を止められるはずです。

 全て順調に行けば、ですが……」


 予定通りに行く作戦は無い。これを言った人は現実が良くわかっている。

 シラルもそれを理解しているようで、どこか不安な様子で最後に言葉を付け加えた。

 実際不安要素はかなり潜んでいる。だが、それを気にしすぎて足踏みをすれば手遅れになるというところまで状況は進んでしまっている。今は動くしかない。


「わかりました。ではこのままここで待たせてもらいますね」


「ありがとうございます。部屋はこちらで用意します。また侍女も就かせますので昼食や身の回りで必要な事はそちらに申し付け下さい」


「ありがとうございます」


「では早速行動に移ります。スイ、レア、事前に打ち合わせた通りにな。必要な事は全てフィズに伝えてある。何かあった時はフィズに従うようにするんだぞ。シェリアは登城の用意を」


「畏まりました。すぐに」


「うん。お父さんお母さんも気を付けてね」


「私達の方は心配しないで」


 スイとレアはそう声を掛け、立ち上がった両親を見つめる。

 そんな二人の態度にどこか違和感を感じた。状況的にも普通ならもっとこう、表情に鎮痛な色が現れそうなものだが、スイもレアも表情は仕事に行く両親を見送るような感じだった。

 そんな二人の様子に疑問を抱きつつ、自分も席を立つ。


 結局スイとレアに抱かれていたライカは話し合いの最中には一切口を挟んでくることはなかった。約束があるからというよりは、以前自分に話したように人間の行動に積極的に介入する気が無いからだろう。

 今のところはライカの生活に何か影響があるというようなことは無さそうだし、ライカが動かなければならない理由は無い。しかし一応話しに耳は傾けていたので状況はある程度理解できたはずだ。


 今日は会談だけで治療する事になるのはもう少し先だろうと思っていたが、今日中に治療まで済ませる事ができそうだ。遅くなるようならスイ達に頼んでアンナとメリエに連絡してもらわないといけないかもしれない。

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