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 薄暗い倉庫の中を先導する女性は、ある地点まで進むとしゃがみ込んだ。そのまま埃っぽい床を探るように手を動かすと、ギギッという音と共に床板を持ち上げる。

 よく見ると床の一部が隠し扉のようになっていて、その下には斜めに下りていく階段が続いている。


「暗いので足元に御気を付け下さい」


 女性は自分にそう注意すると先に床の穴へと入って行った。男の方は最後に付いてくるつもりのようで自分の後ろに立ち、先に入る気配は無い。

 どうしてこんな場所へという疑問も二人に対する猜疑心もそのままだが、今のところは大人しく従う事にする。敵意などに敏感なライカも特に何も言わないし、今のところこちらを害そうとする意思はなさそうだ。


 下に続く階段に足を踏み入れると、ムワっと湿った空気が頬を撫でる。前を歩く女性は少し進んだ場所に掛けられていたカンテラに火を灯して手に取ると、今までと同じように先導していく。


「(むぅ……纏わり付くような湿気だな。カビ臭いし不快この上ないぞ)」


 自分に続いて下りてきたライカが愚痴を零す。ライカの言う通り、坑道のような狭い通路に満ちる空気は湿度が高くベタベタしている。暑いということはないのだがじっとりとした水気が服の中にまで入り込み不快指数が高い。


 最後に通路に入った男が入り口の蓋を閉めると、先導する女性が持つカンテラの明かりだけとなる。気配に敏感なライカはともかく、自分は視界が頼りなので夜目の星術を使っておく。

 そのまま長く狭い通路を黙々と進み続けると、音が聞こえてきた。


「……水音?」


 狭く細い通路に響く水が流れるような音が徐々に大きくなり、やがて少し広い空間に出た。


「(湿気の原因はこれか)」


「……暗渠(あんきょ)みたいだ」


 日本で生きていた頃に何かで読んだ気がする。それとよく似ている気がした。


「(アンキョ? 何だそれは?)」


「(んー簡単に言うならフタをされた川かな)」


 広い空間には下水道とはまた少し違う川のような水の流れがあった。自分達が出てきた細い通路とは別の大きな穴にぶつかったらしい。天井はレンガのような石で覆われているので人工的に造られた穴のようだ。

 水量は多くないが流れの速い暗い川が流れている。水の匂いは清涼なものなので生活排水が流れ込んでいる感じは無い。こうした暗渠の多くは生活排水の匂いを防ぐために造られたらしいのだが、王都では違うのか。


「よくご存知ですね。これはこの地に王都が築かれたばかりの頃に造られた遺構(いこう)です。今では知る者もごく一部しかおらず、こうした造りの都市構造物は他の国には無いので知っている者は少ないのですが……学者様ですか?」


「いえ、前に何かの本で読んだことがあるだけです」


 この世界の本ではないですけどね。

 つまり今は利用されていないのか。


「そうですか……ここまで来れば大丈夫でしょう。申し遅れましたが、私はフィズ。シラル将軍の下で大隊長を任されています。お見知り置きを」


「……ラドノールだ。同じくシラル将軍付きの大隊長をしている」


「これはご丁寧にどうも……。クロです」


「……おいラド。シラル将軍からは礼を持って接するようにと言われていただろう」


「……失礼しました。ラドノールです。以後お見知り置きを」


 フィズと名乗った女性から咎めるような言葉を受けたラドノールとやらは、やや眉を顰めてから再度言い直す。別に気にしていないのだが……。


「申し訳ありません。気を悪く為さらないで下さい」


「気にしませんから、そこまで畏まらなくていいですよ」


 手をひらひらと振って気にするなと言ってはみたが、頭を下げたフィズはダメだと首を振った。


「いえ。大切なお客人です。貴人と同等の礼を以てとの命ですので」


 シェリアかシラルかわからないが、丁重に扱えとでも命令したということか。こちらの言い分は聞いてくれそうもない。

 ラドノールと名乗った男の方は嫌々といった感じだ。得体の知れない自分に(へりくだ)るのが嫌なのだろう。プライドが高いのかもしれない。


「ここは何なんですか?」


 変な空気になりかけているので話題を変えてみた。


「……本来ならば口にしていいものではないのですが、シラル将軍から許可を得ているのでお答えします。が、決して他言はしないで下さい」


「わ、わかりました」


 余計変な空気になってしまったかもしれない。


「ここは簡単に言えば脱出路です。この通路の先はヴェルウォード公爵家の屋敷に続いています。有事の際にはここを使って脱出するように造られた地下道ということです。王城や公爵、侯爵などの要人が住まう屋敷にはこうしたいくつかの脱出路が設けられています。本来は一部の人間以外は利用することはおろか、知ることも禁忌とされているのですが、この度クロ様をお迎えに上がるにあたり、シラル将軍よりここを使うように仰せつかりました」


 つまり、監視され見られているかも知れない屋敷の表から自分を迎えに行くのではなく、知る人間の限られる脱出路を使って迎えを寄越したという事か。

 状況を考えれば間違ってはいないと思うが、国の上層部に敵がいるならこうした脱出路も知られているのではないだろうかと思うのだが……。


 まぁシラルもシェリアもそこまで考えが回らないということはないだろうし、ここを使ったということは知られていないという自信があるからだろう。

 そんな重要な秘密を使ってでも自分を他に知られないように努めているという事はそれだけ自分を重要だと思っているということだ。ちょっと気持ちを引き締めておこう。


「では先を急ぎましょう」


 フィズに促され、再度歩き始める。

 暗い川の水音を聴きながら、川を遡るように壁面近くの細い通路を進む。すぐ隣が川でその水面から少し高くなっただけの石の通路のため、水によってやたらと滑る。

 何度も足を滑らせつつも何とかバランスを保ち、転ばないように歩いていく。


「(くそ……足が濡れるぅ! むぅ!)」


「(ライカ大丈夫?)」


 所々に水溜りもあり、暗くてわかりにくいので足がびちゃびちゃだ。水に濡れるのを嫌がるライカは、足を水溜りに突っ込む度に悪態をついている。

 なるべく濡れないようにと飛び石を渡るように移動してきたライカだったが、場所によってはずっと水溜りになっていたり、歩道が崩れ水没していて殆ど川の中を歩くような場所もあって濡れるのは避けられない。


 何とか濡れない場所を歩こうと四苦八苦しているため歩みが遅くなり、そんなライカの後を付いてくるラドノールはなかなか進まないライカにイライラしているのがわかる。ライカが立ち止まる度に眉をピクピクしているのだ。


「チッ。さっさと歩け。犬っコロが」


 そしてついラドノールが零してしまった言葉を聞いたライカがギロリと視線を動かす。

 あ、これはアカンやつじゃないですか?


「(いい度胸だ……100年も生きておらぬ矮小な小僧が私を侮辱するか! 分を弁えぬ人間が!)」


 ライカから怒気と幻術を使った時の気配が漏れ出る。

 不快な湿気に濡れる足場でライカもかなり鬱憤が溜まっていたのか、売り言葉に買い言葉で反応してしまっている。

 これはまずい。ラドノールが廃人にされてしまう。


「(ライカストォップ! 向こうはライカのこと知らないんだから! ここは僕に免じて穏便に!)」


 慌てて振り返り、思い留まる様に【伝想】を飛ばす。


「(ぐぅ! ……チッ)」


 何とか踏み止まってくれたか……。

 ライカと戦った後、自分を観察する代わりとして無闇に人間へ介入しないということを約束している。今回はそれとは少し違うかもしれないが、シラルの部下だとすれば一応は味方側ということだし、ここでライカに再起不能にでもされたらまずいだろう。

 見かねたフィズが溜め息を吐きながら言う。


「ラド、いい加減にしろ」


「……犬にまで敬意を払えとは命令されていない」


「そうだな。だが従魔なら主人との信頼関係がある。クロ様は仲間だと仰った。従魔とはいえ仲間を侮辱して主人を怒らせることになるとは考えないのか?」


「……」


「今回の任務、そこまで気に入らないのならシラル将軍から命を受けた時に何故進言しなかった? シラル将軍は我々のこともしっかり考えて下さっている。言えば他の者と代えてくれただろう」


「……すまない……クロ様、申し訳ありません」


「……はぁ。クロ様、私からも謝罪致します。彼も彼なりに将軍を想っているのです。恐らくは将軍が古参である我々ではなく、理由も話さず部外者であるクロ様に重要な何かを任せようとしていることが不満なのでしょう。ここはどうか御寛恕を」


「……フン」


 どうも図星のようだ。ラドノールは心情を的確に言い当てられたためか、大人気ない態度を咎められたためかはわからないが、バツが悪そうにプイっと視線を逸らした。


「慕われているんですね。シラル将軍は」


「はい。将軍は他の多くの貴族と違い、いつも下の者のことを考えておられます。そのせいで自分のことはいつも二の次……そんな将軍を心配する者も多いのですが……。

 都市や領地の民、そして我々兵達もシラル将軍を慕っている者が多くいる。慎重なためか中には将軍でありながら戦いを恐れる小心者と揶揄する者もおりますが、シラル将軍は今までに戦いを恐れたことは無い。将軍が恐れるのはいつも民の不幸です」


 フィズは苦笑を交えながら自分の仕える主を称えた。

 ふむ。高い身分の人間にしては珍しいタイプではないだろうか。

 人間、富や権力を得れば自己中心的に物事を考えがちになるものだ。古今東西そうした人間は数多くいた。

 しかしフィズの言い方はそんな感じを微塵も感じさせないものだった。


 ラドノールの態度も信頼を寄せた相手が側近の自分を使ってくれないという不満と、ぽっと出の自分を優遇することへの嫉妬のようなものを感じた結果ということのようだ。

 意味の無いことだとは思ったが、シラルのような人間が王になっていればという考えが湧き上がる。


「まぁ皆さんの気持ちもわかりますし、気にしていませんから」


「お気遣いありがとうございます。ですが礼を欠いたのは事実、シラル将軍には私から報告しておきましょう」


「あー。じゃあ僕が気にしていないということもしっかり付け加えて置いて下さい」


 こう言っておけばラドノールが強く怒られる事も無いだろう。……たぶん。


「(ライカも機嫌をなおして。後で美味しい物買ってあげるから)」


「(……仕方ないな。今回は大目に見てやる。昨日露店で見かけた串焼き肉で手を打とう)」


「(はいはい……。じゃあ帰ったら買いに行こう)」


「(最低でも20本だからな!)」


 かなり不機嫌な様子のままだが、何とか怒りを収めてくれたようだ。


「(はぁ……癪だが濡れるよりはマシか。クロ、抱っこしてくれ。変なところを触るんじゃないぞ)」


「(あー、ハイハイ)」


 手足が濡れるよりは自分に抱えられる方がマシだと判断したようで、かなり不機嫌そうに抱っこを要求してきた。濡れて滑る足元で両手が塞がっているのは結構恐いのだが、拒否してまたラドノールといがみ合ってもまずい。ここは何も言わずに抱えて歩くのが正解だ。廃人をつくる訳にはいかないのだ。


 今のライカは湿気と水溜り、そしてラドノールの一言のせいで更に沸点が低くなっている。下手なことをするとまた怒らせることになるだろう。せっかくのモコモコライカを抱く機会だが、モフるのは我慢することにした。


 ライカを前に抱えたままフィズの先導で再び進み始める。かなりの時間、地下を流れる川を横目に歩き続けると、川の横に横穴が口を開けていた。

 その横穴に入って進むこと更に数十分。ようやくこの地下道の終わりが見えてくる。

 穴の終点は上に続く竪穴と梯子だった。

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