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迎え待ち

 服を着替え終わったので荷物をまとめ、移動の準備をしていく。着替えなどは置いていくが、改造カバンなどは全て持って出ることになるので割りと荷物は多い。

 忘れずにシェリアから渡されたヴェルウォードの家紋が入っている短剣も取り出せるようにしておく。


 昨日買った呪い付きの剣もせっかくなので腰にぶら下げてみた。

 アルデルで買った剣は殆どカバンに入れっ放しだったので、こうした武器を腰に下げると興奮するというか高揚するというか、ロマンのようなものを感じてしまう。

 寝巻きっぽいワンピースの服では全く似合わなかったが、ちゃんとした服を着て剣を佩くと自分のような剣の素人でも結構様になっている気がする。……気がするだけかもしれないが……。


「よっし。これでいいかな」


「(終わったか。で? 次はどうするんだ?)」


「この宿のロビーで迎えが来るまでのんびり待つよ」


 宿のロビーにはあまり広くはないが、談話スペースのようなものがあった。そこにいれば迎えが来たらすぐにわかるだろう。


「(そうか。じゃあ行くぞ)」


 準備ができたとわかると、ライカはヒョイとベッドから飛び降りて扉へと向かう。


「……アンナみたいに抱っこしようか?」


「(いらんっ! お前のような変態トカゲに抱かれるなら自分で歩くっ! フン!)」


 シャーっという威嚇と共にそっぽを向かれた。

 フルーツパイ効果も一時的で、やっぱりまだ根に持たれてるようだ。そりゃあそうか……。

 またライカの尻尾をモフりたかったのだが、これは暫く出来そうも無い。また後で何か美味しいものを買ってご機嫌を取ろう……。


 必要な物を持ち、宿の部屋を後にすると受付のあるロビーまでやってきた。

 受付でお客の対応をしていたお兄さんの手が空くのを待ち、部屋の鍵を預ける。ついでに払っていなかったライカを室内に入れるための料金を支払っておく。


「このままロビーで昨夜連絡してくれた迎えの人が来るまで待っていますね」


「畏まりました。お見えになりましたら声をおかけしますので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 窓際で空いているテーブルを探し、椅子に腰掛けて外を眺める。ライカはテーブルの下で丸くなった。

 時間は10時前後といったくらいか。この世界には時計が無いので地味に不便だ。一応日の出と正午、そして日没時には都市や村にある役所が鐘を打ち鳴らして知らせてくれるのだが、それ以外は日の高さで何となく判断するしかない。


 日本では常に時間に追われ、多くの子供が幼い頃から親や大人に「急げ」「早く」と言われて成長する。そのせいでかはわからないが、どうにも時間の奴隷になってしまったかのような感覚で日々を生きていた。

 それがこうした時間が緩やかに流れ、自然の時間の流れに沿って日々を送る都市に身を置くと、現代日本がどれ程に時間に縛られ、窮屈な環境なのかがわかるような気がした。


 ゆったりとした空気の中で通りを歩く色々な種族の人達や、見たことも無い動物に引かれる走車の様子を眺めながら座っていると、受付のお兄さんが近寄ってくる。

 何事かと思ったが、飲み物とお菓子を持ってきてくれたようだ。


「宜しければどうぞ。サービスです」


「わざわざありがとうございます」


「キミもどうぞ」


 お兄さんはテーブルの下で丸くなっていたライカにもお菓子のようなものを持ってきてくれた。ライカはそれを見てお皿に飛びつく。

 こちらも湯気と共に爽やかな香りの立ち上る飲み物のカップに口をつける。色は紅茶っぽく、香りと味はミントの入った少しの甘さと苦味があるお茶だった。意外と悪くない。

 鼻を抜けていく清涼感が何とも心地いい飲み物だ。


「美味しいですね」


「ありがとうございます。貴族様が嗜まれるものと同じものを使用していますので、味は好評です」


「そんなにいい物なのに、料金はいいんですか?」


「ええ、これは私が好きでやっていることですので、料金には含まれません。ロビーで待ち時間を過ごされる方へのサービスです」


「部屋も良くてこうした心遣いもしてもらえるとは、次もこの宿を利用したくなりますね」


「そう思って頂けるだけで十分です。ではごゆっくりどうぞ」


 笑顔で頭を下げたお兄さんにこちらも会釈を返す。細かな所まで気を配ってくれるお兄さんだ。


「(ふふん。なかなかの味だが、もうちょっと量が欲しい所だな)」


 ライカはお皿のお菓子を平らげると、テーブルの上に置いてある自分の分のお菓子にも目を付けたようだ。軽やかにテーブルに飛び乗ると食べていいかと目で訴えてくる。節操が無いというか、しっかりしているというか。


「食べてもいいよ。僕はお茶でいいし」


「(おお。では遠慮なく)」


 そう言ってペロリと食べてしまった。食べ終わると舌で口周りを舐めて綺麗にし、テーブルの上でまた丸くなった。

 食っちゃ寝しているこの狐、そのうち太りそうだ。太ったらブタギツネとでも呼んであげようか。それはそれで触り心地が更に良くなりそうではある。モフモフにプヨプヨまで加われば最早向かう所敵なしだろう。


 視線をライカから窓の外に戻し、今度は空をぼんやりと眺めてお茶を啜った。

 今日は雲が多く、流れていくのも早い。空の上は風が強いようだ。あんな空を飛んだらさぞ気持ちが良い事だろう。また空を飛びたい欲求が膨らんでくる。

 まぁ時間はあるのだし、焦る必要は無い。今やるべきことを終わらせたらまた空を飛べばいいのだ。


 更に時間が過ぎ、受付で宿泊手続きをした人達が五組を数え、日も南の高みに向かって順調に昇っていく。

 昼前と言っていたがどれくらいの時間なのかと思い始めた頃、旅人にしては妙に荷物が少ない二人組みがロビーに入ってきた。そのまま真っ直ぐに受付に歩いていく。

 受付のお兄さんと僅かに言葉を交わすと、テーブルで寛ぐ自分達の方に顔を向けて一瞬訝しそうな表情を作ってからこちらにやってきた。

 ライカもピクピクと耳を動かし、テーブルの上で体を起こした。


「失礼。貴殿がクロ様ですか?」


 話しかけてきたのは長身の女性だった。ウェーブした金髪を後ろで束ね、目つきは鋭い。美人なのだが射抜くような目つきがそれを台無しにしてしまっている感じだ。

 その隣に立っているのは同じく長身で筋肉質な男性だった。こちらも鋭い目付きに剣呑な雰囲気を漂わせており、ちょっと恐い感じだ。応対は女性の方に任せているようで、何することなく黙って立っている。

 二人とも町の人間と同じような服装をしているが、しっかりと直剣を携えていた。


「そうですけど、あなた方は?」


「申し訳ありません、ここで名を名乗るなと厳命されております。さるお方の使いで参りました。失礼ですが、ある方から預けられたこれと同じ証をお持ちの筈、それを確認させてはもらえませんか?」


 女性はそう言うと大事そうに懐から短剣を取り出した。その短剣には自分がシェリアから預かったものと同じ女性の横顔のレリーフが入れられている。

 やはりシェリアの使いの人のようだ。どこに耳目があるかわからないのでなるべく情報を口にしないようにとでも言われているのかもしれない。

 カバンに入れておいた短剣を取り出して見せる。


「これですか?」


「……どうだ?」


 見せた短剣を黙って立っていた男の方に差し出すと、男は丁寧に調べていった。


「……本物だ」


「……ありがとうございます。ではご案内しますので、ご同行願えますか?」


「わかりました。ライカ行くよ」


 椅子から立ち上がり、荷物を背負う。ライカもテーブルから床に飛び降りた。


「あの、この動物は?」


「仲間です。気にしないで下さい」


「はぁ、仲間ですか……」


 付いてくるライカに不思議そうな顔をしたが、従魔のようなものとでも思ってくれたのか特に追求することはなかった。

 静かに歩き始めた二人の後に続いて宿を出ると、人通りの多くなった昼時の道をお城の方とは逆の商店街に向かって進んでいった。


 身分の高い人間は城の近くに屋敷を構えていることが多いらしいので、シェリア達の屋敷も恐らく城の近くだろうと勝手に思っていたのだが、前を歩く使いの二人の向かう方向は全然違っている。

 別な場所で会うのだろうか。


 暫く歩き続け商店街の横道に入ると、商品を置いておく倉庫が立ち並ぶ閑散とした場所にやってきた。

 いくつかの倉庫を通り過ぎ、一つの建物の前で二人は立ち止まる。ここも倉庫に使われているようだ。大きさは平屋の一軒家くらいだろうか。


 二人は静かに扉を開けるとその中に入った。自分とライカもそれに続き、中へと進む。中には色々な木箱が天井近くまで所狭しと置かれている。

 筋肉質の男性の方が周囲を気にしながら静かに倉庫の扉を閉めると、倉庫の中には明かりが無いので一気に薄暗くなった。男は閉まった扉の傍に立って耳を澄ましている。


 こんな場所で会談も無いだろうし、何でこんな場所に連れてこられたのか。もしかして……とちょっと不穏な予感が脳裏を過る。

 まぁ人間二人が古竜と幻獣をどうにかできるとは思えないので大して危機感は持っていないのだが、罠があったりすれば話は変わってくる。


「……付けられた気配や魔法を使われている様子はない」


「よし。ではこちらへ」


 倉庫の扉から周囲の様子を探るようにしていた男の言葉に、長身の女性が頷く。そのまま倉庫の奥へと荷物の隙間を縫って進んでいく。

 一応この二人にも警戒しながら自分とライカも倉庫の奥へと足を向ける。

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