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明日の準備

「確かに受け取りました。鞘を留めるベルトなどは各自で調整をお願いします。矢筒などはこちらでは扱っていないので革製品を扱う工房か道具屋を当たってみて下さい」


「わかりました。それから、防具を売っているお店を紹介してもらいたいんですけど」


「ああ、畏まりました。懇意にしている職人を紹介します」


 ダランドさんに防具を専門で取り扱っている店を紹介してもらい、簡単に場所を聞く。ここからは結構距離があるようで、移動するとなるとかなり歩くことになるらしい。

 これで本当にここでの用事は全て終わった。買った物を手に入り口に向かう。


「色々とありがとうございました」


「大切に使いますね」


「世話になった」


「いえいえ。こちらこそ。何かありましたらいつでもお越し下さい。手入れなどもしていますので」


 ダランドさんと奥さんにそれぞれお礼を言う。二人ともにこやかに返してくれた。そのまま二人に見送られて店を出る。

 品質も人柄も申し分ない、かなりいいお店だった。また武器に関して何かあったら訪ねてみようと心に決める。


 二人は買った武器を早速身に付けている。メリエは古い剣を引き取ってもらったので、腰に新しい剣を佩いて満足そうだ。アンナも短剣を腰のベルトに止めて動きの邪魔にならないかを確かめた。さすがに弓は邪魔になるので今は荷物と一緒に背負っている。

 自分は今のところ剣は必要ないので、店を出たところでカバンにしまっておいた。今度少しメリエに教えてもらおう。


「(やっと終わったか。アンナー、抱っこしてくれー)」


「はいはい」


 アンナは苦笑しつつも足元に擦り寄ってきたライカを抱き上げる。ライカは抱えられた所でまた一つ欠伸をし、満足そうにパタパタと尻尾を振った。

 そして何かに気付いたように、視線を自分に向けてきた。


「(む? お前、もしかしてあの呪いが込められた武器を買ったのか?)」


「(あ、うん。面白そうだったから)」


「(……まぁ鈍感なお前なら気にならないかもな。私はあの気配が気になるからしっかりと仕舞って近くに置かないでくれよ)」


「(そんなに嫌な気配なの?)」


「(好き嫌いの問題ではない。呪いの気配が近くにあると落ち着かないだけだ。少しでも離れれば気にならない程度ではあるが、不死種が使うものと同じだからな。お前達で言うならば、耳元で絶えず小虫が飛び回っているようなものだ。お前達もそれは気になるだろう? それと同じだ)」


 あぁ、確かにそれは鬱陶しいな。

 あのヤブ蚊が耳元でプーンと飛ぶような感じということか。それは近くに置いて欲しくはない。自分も訓練して気配を感じ取れるようになったら、ライカのように感じることになるのだろうか……。せっかく買ったのにお蔵入りしそうな気がしてきた。


「(わかったよ。気を付ける)」


「(うむ)」


 わかったのなら宜しいとでも言わんばかりに一つ頷いたライカから、視線をメリエに移す。


「このまま防具も買いに行っちゃう? まだ時間もあるし」


 移動やら買い物やらで時間はかかったが、まだ時間的には15時を回ったくらいだと思う。買い物をする時間はまだありそうだ。


「いや。防具はまた今度にしよう」


「そお? 明日も依頼があるんだし、行っておいた方がいいんじゃない?」


「まずは武器にある程度慣れてからの方がいいぞ。どんなスタイルで動くかや、体の動かし方が決まっていないと選びにくいからな。下手なものを選ぶと動きの邪魔になるし、重さも考えないといけない。

 それに明日の仕事は武器防具が必要になるものは選ばない。町中での雑用系だ。急ぐことも無いだろう」


「ふーん。そっか。じゃあどうする?」


「少し早いが、宿に戻らないか? 午前中は訓練もしたからゆっくり汗を流したい。それに明日は朝から依頼だから早めに休む方がいいだろう」


 体力のあるメリエは大丈夫そうだが、アンナは休息して疲れを取った方がいいか。ここからのんびりと歩いて宿に戻れば日も地平に近付く時間になるはずだし、夕食の前に風呂を用意して汗を流すのも悪くない。


「じゃあ宿でお風呂にしよう。汗を流したら夕食かな」


「そうだな。その後は明日の準備をして早めに休もう。そう言えば、クロは明日はどうするんだ?」


「まだ決めてないけど、何も無いなら奴隷商人を探してみようかと思ってるよ」


 自分が王都に来た本来の目的は知識のある奴隷を探すためだ。シェリアからの連絡が来る前に探しに行ってみるのも悪くないだろう。

 それにアンナを連れて奴隷を買いに行くのは昔の記憶を思い出させてしまうのでできれば避けたいと思っていた。アンナとメリエが依頼でいないのなら好都合かもしれない。


 まだ夕暮れには早い時間の道をのんびりと歩き、宿のある商店街に向かう。

 せっかくなのであまり来たことの無かった王都の外周付近の様子を眺めて歩いた。やはり古びた住宅が多く、人々もあまり裕福そうではなかった。


 道端には物乞いがいたり、ガラの悪い連中が(たむろ)していたり、明らかに堅気ではないタイプの人間がいたりもしている。所々に壊れかけた空き家もあり、商店街よりもごみが散乱していたりと管理や手入れも行き届いていないような感じだ。ここはまだ貧民街とは違うそうだが、それでも賑わっていた門近くとは随分と印象が違う。


 一見すると栄えていて活気ある王都だが、その影の部分を見ているようだった。

 どうしたって人は完全な平等にはなれないというのも、納得はできないが理解はできる。裕福になる人間がいる一方で貧困に喘ぐ人間も生まれてしまう。特にこうした特権階級がモノを言わせている世界では。

 国がもっと底辺にも目を向けて親身に対応してくれれば変わるのだろうか。


 日本はどうだっただろう……。福利厚生にお金を掛けているといわれていたが、ニュースを賑わすのは現状を理解していないとしか思えない行政のいい加減なお金の無駄遣いばかりだった気がする。本当に必要とするべきところには十分な資金が行かず、お金を掛ける必要も急ぐ必要も感じられないようなことに大金が投じられている話ばかりが目や耳に入ってきていた。

 今となってはもう自分には関係の無いことかもしれないが、こちらの世界でも同じようなものなのかと気分が悪くなる思いだった。


 そんな国や行政に対する不愉快さをアンナやメリエに悟られないよう平静を装いながら歩き、途中でポロの夕食を買って宿街まで戻ってきた。

 日も傾き始める時間帯になってきているので、夕食を作る音や匂いがあちこちの宿から漂ってくる。


 〝深森の木漏れ日〟亭に入る頃には空も澄んだ空色からやや橙色に色を変え始めていた。武器屋に行く前に受付でライカも部屋に入れていいかを確認しておいたので、今回はライカを抱えたまま部屋に向かう。受付で特に何かを言われることも無かった。


「ふう。さすがに少し疲れたな」


 部屋に入ると、メリエが持っていた荷物を床に下ろし、凝った肩を回す。


「そうだね。町の中を歩くって旅をするのとまた違う疲労を感じるよ」


 何というか、人や周囲を気にしたりして歩くというのは旅とは違う緊張感を強いられている気がした。見知らぬ町を歩くというのもあったのかもしれない。


「(おお! いい寝床ではないか!)」


 アンナの腕の中に納まっていたライカが整えられたベッドを見て嬉しそうに声を上げた。綺麗に洗われたシーツにダイブしたいのだろう。早く下ろせとジタバタしている。

 しかしアンナはライカを床に下ろさなかった。


「だーめーでーすー。ベッドに乗る前に体を洗うんですよ。土の上で寝転がったり歩き回ったりしたんですから汚れを落としてからでないとシーツが汚れます。私がしっかり洗ってあげますよ」


「(何!? い、いやだ! 私は水浴びなどせんぞ!)」


 体を洗うと聞いて、ライカの目の色が変わった。何とかアンナの腕の中から逃げ出そうと体をよじって暴れている。

 水浴びが嫌いなのか。狐なのに猫のようである。


「はいはい。すぐに洗ってあげますから大人しくするように。クロさんお風呂の用意してもらえますか?」


「あ、うん。温めるだけだからすぐ準備できるよ」


 暴れるライカをがっちりと脇にホールドしたまま着替えなどの準備をするアンナ。ライカは尻尾や体をブルンブルン振り回して逃げ出そうと必死である。


「(私は必要ない! ちゃんと毛繕いもしている! 汚れてなどいないだろうが!)」


「洗えばもっと綺麗になりますから。それに気持ちいいですよー。あ、メリエさんも手伝ってもらえます?」


「あ、ああ……それは構わないが……」


 アンナは暴れるライカを無視して淡々と準備をしていく。駄々をこねる子供をあしらうお母さんみたいだ。

 メリエはまだライカに対する警戒心が完全に取れてはいないようだったが、アンナとライカの様子を見てきてそこまで心配している感じはなくなった。この調子ならもう少ししたらアンナのように接することができるようになるだろう。


 メリエも一緒に入るために装備を外し、着替えや水を拭う布を取り出した。

 その間に自分も浴槽の水に腕を突っ込んで星術を起動し、ちょっと熱いくらいまで温める。追い炊きなどができないので少し熱めにしておくのだ。


「できたよー」


「ありがとうございます。さ。いきますよー」


「(入らんと言うのに! このっ! かくなる上は!)」


 いくら(もが)いてもアンナの腕から脱出できないライカは目付きを変えた。

 この雰囲気は幻術を使った時のものだ。


「(ふははは! 私の幻術からは逃れられんぞ! そうら、〝もう水浴びは終わったのだ!〟)」


 自分との約束で危害を加えることはできないので、幻術で風呂は終わったと思わせようとしているようだ。アンナ達に幻術を使うということは攻撃をしていると判断できる気もしたが、今回は許してあげよう。

 無駄な努力だからネ。


「はいはい。じゃあ入りましょうね」


「(何だと!? な、なぜだ!? クロならばともかく、何故お前達まで!)」


 幻術を掛けたはずのアンナやメリエが平然とし、変わらずライカを抱えたまま風呂に入る準備をしていくのを見てライカが困惑する。


「あ、ライカ。幻術を無効化するアーティファクトを作って渡してあるからアンナ達も幻術は効かないよ?」


「(ぬぁにぃ!?)」


「ではクロさん。メリエさんと先に入らせてもらいますね」


「すまん。早めに済ませるからな」


「気にしなくていいよ。ごゆっくりどうぞ」


「(いやっ! いやだぁ! 水は冷たい!! 耳に水が入る!! おいクロ! 何とかしてくれ!)」


 ライカにはもう体面を取り繕っている余裕は無いらしく、泣きそうな声で懇願してくる。

 まるでプールや水を嫌がる幼い子供である。やっぱりまだ子供だというのは本当のようだ。

 ちょっと気の毒な気もしないでもないが、部屋を汚されたら怒られてしまうのでこればっかりは仕方が無い。それに一緒に居ると言い出したのはライカの方だし、少しくらいはこちらに合わせてもらわなければ。


「あー、僕もベッドを汚されるのは困るから、しっかり洗ってもらってきてね」


「(ぎにゃー!! 裏切り者ぉ!!)」


 裏切るも何もないと思うが……。

 最後まで必死に抵抗したライカだったが、抵抗むなしくアンナに抱えられたまま浴室のドアの向こうへと消えていった。幻術を無効化されているということに動転しすぎていたのか、人間の姿になれば逃げられるということを完全に失念しているようだ。まぁ教えないけど。


 ドアが閉まって暫くはライカのぎゃあぎゃあという悲鳴とバシャバシャという水音が聞こえてきていたのだが、それも数分で静かになった。どうやら諦めたらしい。


 二十分くらいが経った頃、ラフな部屋着に着替えたアンナとメリエ、そしてびしょ濡れのライカがアンナに抱えられて浴室から出てきた。

 ライカのフワフワだった毛は濡れてしぼみ、ガリガリになってしまっている。普段のライカの体積の半分以上が毛だということがよくわかる有様である。

 しかし入る前と違ってライカの表情は意外にも満足そうだった。


「上がったぞー。クロ」


「いいお湯でしたー。どうですか? 気持ち良かったでしょう?」


「(毛が濡れるのは不愉快だが、お湯に浸かるのがこんなに気持ちいいとは知らなかったなー。また一緒に入ってやってもいいぞ)」


 入る前と一転し、風呂が気に入ったようだ。そして相変わらず偉そうだ。

 ライカは今まで体を洗うと言えば水で洗うことが当たり前と思っていて、お湯に浸かるお風呂の良さを知らなかったらしい。ポロとは逆で水が苦手のようだし、公衆浴場に入りに行ったりもしていなかったのだろう。


「じゃあ乾かすよー」


 三人にまとめて温風の星術をかけて乾かしていく。ドライヤー代わりも板についてしまった。

 毎度毎度自分が乾かすのも面倒だし、次までにアーティファクトで温風を出すものを創ってしまおう。風呂上りだけではなく寝起き後の髪の手入れにも使えるから、あればかなり便利なはずだ。


「(おおおおおー。これは気持ちいいぞ!)」


 濡れた毛が一気に乾いていくのが気持ちいいらしく、ライカがご満悦である。

 数分もせずに完全に毛が乾き切ったライカはさっきまでの三割増くらいフワフワモコモコになった。尻尾も体も思わず抱きしめたくなってしまいそうだ。

 フカフカになったライカが一度身震いをし、首を回して自分の毛の様子を確かめる。


「(おおおお! いつも以上に美しい毛並みではないか!)」


「そうでしょう? これからは定期的にお風呂に入るんですよ」


「(よし! わかったぞ!)」


 フワフワになった毛をアンナに撫でられながら嬉しそうに返事をするライカだった。順調に、そして確実にアンナに手懐けられて行っているようだ。ライカの飼い狐化が止まらない……。

 しっかりと体を洗ったことで、アンナにベッドに上がっていいというお許しをもらったライカは、お待ちかねの洗い立てシーツにダイブしてゴロゴロし始めた。

 アンナとメリエは椅子に腰掛けて水を飲みながら、明日のことを少し話し合っておくようだ。


「じゃあ僕も入ってくるね」


「ああ、わかった」


「ごゆっくりどうぞ」


「(むふふー。何と寝心地のいい寝床だー)」


 夕食が控えているので手早く入浴を済ませる。アンナ達と違ってこちらは特に汗をかくようなこともしていないし、時間も半分くらいで終わってしまった。カラスの行水である。

 浴槽から上がる所でついでに新しい水に入れ替えておくのも忘れない。

 着替えてから髪を乾かし、浴室を出る。


「お待たせ。じゃあ夕食に行こうか」


「そうだな。先にポロに食事を届けてこよう」


「ほら、ライカー、行きますよー」


「(わかったぞ)」


 ベッドでゴロゴロとしていたライカをアンナが抱えると、みんなで部屋を出て一階に向かう。

 食堂に入る前にポロに夕食を届け、そのまま食堂で夕食を堪能する。ライカは相変わらずアンナの残りまでしっかりと平らげていた。

 そして食べ終わった後、少し食休みをしてから部屋に戻った。


「ふいー。お腹一杯だね」


「じゃあ早めに休むとしよう。私とアンナは明日の夜明け前に宿を出ることにした。予定通りポロも連れて行く」


「了解ー」


 部屋に戻って寝る準備をしていると、部屋の入り口のドアを叩く音が響く。夜になり周囲のお客にも配慮したのかやや小さめな音だ。


「誰でしょう?」


「あ、アンナ。僕が出るよ」


 ノックの音を聞いたアンナが出ようとしたところを呼び止める。

 アンナに代わって鍵を外しドアを開けると、そこには受付のお兄さんが立っていた。


「お休みの所すみません。クロさんに言伝(ことづて)を預かって参りました。『明日、昼前に迎えを遣す』との事です」


「!! ……わかりました」


「では、失礼しました」

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