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紹介された店

 メリエの後について歩くこと数十分。

 さすがのライカもずっとアンナに抱かれっ放しで体が痛くなったと言って自分で歩くようになった。アンナもそれはそうだと思ったようで、降りたいと言った時には特に嫌な顔をせずにライカを放してあげていた。その代わりにライカの揺れる尻尾を楽しそうに追いかけている。


「この先を更に進むと貧民街だな。ギルドの情報によるとこのあたりのはずだが……」


「結構遠くまで来たよね。広い都市だなー」


「そりゃあな。王都が寂れていたらもうその国の先は見えたようなものだ。人の集まらない場所に先は無いさ」


「確かにね」


 今いる場所は王城からも離れた位置にある、王都の外周に位置した場所だ。

 繁華街からも遠く、商店よりも工房や住居が多くある場所だ。外から来た人間よりも王都で生活している人間が集まっているのだろう。

 周囲の建物はあまり綺麗とは言えず、裕福ではない人間が暮らしているようだった。逆に王城に近い場所だと綺麗で豪奢な建物が多い。立地で住む人間の身分というか、裕福度が分かれているらしい。


 工房が多いだけあり、歩いていると色々な音が聞こえてくる。金属を叩く音や水が流れるような音、ガタンガタンという何か機械的なものが動いているような音。時たま動物の鳴き声のようなものも聞こえてきた。


 匂いも華やかな商店が建ち並ぶ場所とは全く違い、何かを燃やすような焦げ臭い匂いや金属の匂い、嗅いだ事の無い薬品の匂いなど色々である。

 人々の生活臭とはまた違う匂いなので居心地が悪いと感じる人もいるかもしれないが、個人的にはそれほど嫌な匂いではなかった。

 何となく焦げ臭い匂いや金属の匂いは好きだったりする。まぁ一日中だと嫌になるが、たまに嗅ぐ程度なら割と嫌いではない。


「む。ここらしいな」


「……ここ?」


 メリエが立ち止まった店は見た目がちょっと変わっていた。建物の中からはガキィンガキィンという金属を叩くような音がリズム良く聞こえてくる。


「……変わったお店ですね」


「そうだね……」


 何が変わっているかというと、二つの店がくっついているのだ。

 一つの建物に二つの入り口があり、相変わらず読めないが看板もそれぞれ違うものが掲げられている。それだけなら一つの建物をシェアして使っているように見えるだけなのだが、この世界ではそうした造りの建物は見かけなかった。ほぼ全て一つの建物には一つのお店である。


「まぁ入ってみよう」


 メリエが扉を押して開けると、チリンと小気味良い音でベルが鳴り響く。中に入ると先程の作業音がより大きくなった。どうやら店の奥が工房のようになっているようだ。

 外から見ても変わっていたが、中も今までに見たことのない造りだ。

 外には入り口が二つあるのに中には仕切りのようなものは無く、一つの部屋に二つの店が入っているといった感じである。


 そして扱っている商品も何というか、変わっている……というよりもどうしてこの組み合わせで店をやっているのだろう? と思ってしまう商品が置かれていた。


 一方にはメリエが紹介してもらった通り武器が並んでいる。品揃えはそこまで充実していないが品質は鋳造の量産品ではなく一つ一つ丁寧に作り込まれたもののようだった。

 量産品が所狭しと置かれていたアルデルの武器屋とは違い、手入れが行き届いていると思わせる鈍い光沢を放ついくつもの武器が、壁にかけられていたり棚に飾られたりしていた。


 そしてもう一方には花や植物が置かれている。薬草のような花もあれば野原や道端に咲いているような花もある。中には魔法商店で扱っていそうな毒々しい植物も並べられていた。どうやら花屋さんのような店らしい。

 観賞用の花や植物だけを扱っているというわけではなく、香り水に入っている食用の花やハーブ、種など植物に関するものを全般に取り扱っているようだ。


 この国で花などは部屋を飾ったりする割とポピュラーな装飾品だ。なのでこうした花や植物を売っている店や露店は結構あり、ギルドには珍しい花を採取してくるという依頼もあったりする。泊まっている宿の部屋にも花が花瓶に生けられていて定期的に交換されていた。


 店の中は金属と油の匂いに、湿った土の匂いと花や植物の青く甘い香りが漂っている。武器と花が一つの店の中に並んでいるというのはかなりの違和感を覚える光景だった。


「(……古竜であるお前にこんな道具など必要あるまいに……その気になれば自前の爪で切り裂けるだろう。それとも、花でも買うのか?)」


 あ、そうか。ライカは自分が武器を買うために来たと思っているようだ。アンナやメリエの事情を詳しく知らないのでそれも仕方が無い。

 一応自分も怪しまれないために適当に武器は買うつもりでいるので指摘自体は間違ってはいないのだが。


「(まぁ僕は怪しまれないために持っているくらいであんまり必要じゃないから適当でいいけど、アンナやメリエは身を守るために必要なんだよ)」


「(あの二人の買い物か。何のためにお前が傍に付いている。お前が守ってやれば良いだけの話だろう)」


「(いつも一緒に居られる訳じゃないし、ただ守られるだけじゃ二人のためにはならないよ)」


「(……古竜のお前に頼り切るでもなく、利用するというわけでもない。やはり面白い関係だな。他の人間達とは違う)」


「あら。いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


 ライカと話していると、植物が置いてあるスペースの奥の方にいた20代後半くらいに見える女性が、入ってきた自分達に声を掛けてきた。

 クリーム色のエプロンが似合うほんわりとした優しい雰囲気の女性だった。お姉さん的な美人で、特に変わった見た目はしていないので普通の人間種のようだ。長い金髪を三つ編みにし、可愛らしい三角巾を頭に着けている。


「ああ、武器を見せて欲しい。それから彼女に合う武器を見繕ってもらいたいんだ。ギルドでここの店のダランドさんを紹介してもらった」


「あ、わかりました。ちょっと待ってて下さいね。あなたー! お客さんですよー!」


 女性が鳴り響いていた作業音に負けないくらいに声を張り上げて奥の工房と思われる方に呼びかける。すると音が鳴り止んで声が返ってきた。


「ああ、わかった。もう少しで一区切りのところだ。少しだけ待ってもらってくれ」


 そう返事をしたところでまた金属を叩く音が響いてきた。


「ごめんなさいね。主人は一度作業をはじめるとそれが最優先になっちゃうのよ。すぐに終わると思うから、ちょっとだけ待っててもらえるかしら」


 店の女性は困ったような表情でそう謝罪する。紹介されたのは商人という話だったが、作業に没頭する様は職人のようだ。


「ああ、構わない。急いでいるわけでもないので」


「ありがとう。待っている間、店の中は自由に見てもらって構わないわ」


 ということで待っている間に店の中を見せてもらうことにした。

 アンナは武器よりも花の方に興味が向いたようで、色とりどりの花の間を歩き、時折匂いをかいだりしていた。メリエは武器の方で丹念に作り込まれた剣を手に取って見ている。


 ライカは入り口近くで寝そべっていたのだが、さっきまでの無関心とは打って変わって店内をしきりに見回している。何か気になることでもあるのだろうか。

 自分は特にすることも無いので、キョロキョロと首を動かすライカの隣に立って店の中を巡っている女性二人を眺めた。


「ふふ。変わったお店でしょう?」


「え? あ、そうですね。こうしたお店ははじめて見ました。それにいい香りです」


 花を見ていたアンナに店の女性が話しかける。アンナは小振りの赤い花に向けていた視線を女性に向けると笑顔で答えた。


「昔は別々のお店だったのだけど、花屋の娘だった私が隣の鍛冶師の息子だった彼と結婚して、お店を一つにしたのよ。夫婦二人で店をやるのが夢だったんだけど、彼も鍛冶師を続けたいって言うし、私も花屋を辞めたくなかったから、思い切ってお店をくっつけちゃったの」


「そうだったんですか。いいですよね、仲良くお店をできるって。……あれ? でもギルドでは確か武器商人の方を紹介してもらっていたような……」


「ああ、私達の店は商人ギルドと鍛冶師ギルドの両方に登録しているの。工房と店舗を両方持っている鍛冶師は大体両方に登録しているわよ。じゃないとせっかく作った物も販売しにくいから。

 主人は商才はあまりなくて店も小さなものなんだけど、鍛冶の腕前はすごいのよ。まだ歳も若いのにギルドランクAになって、以前一度だけだけどお城に献上する剣を手がけた事もあるんだから」


 嬉しそうに夫のことを話す女性とアンナの会話を遠巻きに聞く。変わったお店の理由はそういった事情からか。

 言われてみれば両方に登録していてもおかしい事ではない。鍛冶師が製造と販売を同時に手がけていることが多いのでどちらも必要となるのだろう。

 展示されている武器の状態を見ると、商才が無いというよりは鍛冶の方に集中して店の方が疎かになっているようだった。


 それにしても鍛冶師ギルドの方はランクAか。比較できるほど武器屋を巡ったわけではないから何とも言えないが、店に並べられている武器も丁寧なつくりだし評価が高いというのは嘘ではないだろう。

 商人ギルドではCだったが、これはいい店を紹介してもらったのかもしれない。しかし、逆に商才はあっても鍛冶師の腕前はイマイチという職人もいるかもしれないということでもあるのか。ギルドに紹介された場合だとしても、当たり外れはありそうだなと思った。

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