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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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--Sakura's Chapter-- 「女子高生魔装士の異世界生活」

「ただいま帰りましたー」


 私が扉を開けて入っていくと、カウンターで繕いものをしていた女将さんが出迎えてくれました。


「サクラちゃん、お帰り」


 今、私はヴァルカンという街にある温泉宿にお世話になっています。

 もう十日くらいになりますが、居心地良いんですよ~、ものすごく!

 温泉に入ればポカポカで疲れなんか吹っ飛びますし、料理も絶品です!


「そんで、アケオス荒野の方はどうなったかい?」

「はいっ、もう心配無いですよ!」


 私がVサインを掲げると、女将さんは安心したように微笑んでくれました。


「疲れたろう?

 温泉で汗流しておいで」

「はーい」


 確かに今の私、ちょっと埃っぽいかもです。

 では、温泉にれっつごー!




 ここから馬車で一時間ほど行ったところに、砂と岩山に囲まれたアケオス荒野と呼ばれる場所があります。そこに現れた狼魔獣の群れを討伐することが今回の『お仕事』で、この十日間は毎日そこへと通っていました。


 ええ。実は私、魔装士として働いているのです!


 だってだって、このアルマトリカという世界を見て回りたくても、やっぱり先立つものが必要じゃないですか。それで私なりにリサーチした結果、このお仕事に目を付けました。

 魔装士というのは魔獣を倒すことで魔晶石が手に入りますし、魔装士協会というのがありまして、そこからの依頼を受ければ報酬も頂けます。いわゆる二度美味しいって感じですね。

 しかも!

 世界中を見て回れるし、剣の修行にもなる!

 という、私にとっては四度美味しい『ひつまぶし』みたいなお仕事なのです! 


 でもでも、なるのはちょっと大変でした。

 魔装士というその名の通り、魔装がなければなれないのですが、それが普通に買っても高いんですよ。オーダーメイドなんてしようものならもうヤバイです。そのお金でこの宿に三カ月以上滞在できます。豪華食事付きで。

 だから頑張ってアルバイトしました。お店番とかベビーシッターとか農作業とか。私、アルバイトしたことなかったですし、それも楽しかったですけど。

 アルくん家に居候させてもらっていたので、生活費がほとんど掛からなかったのがホントに助かりました。特に私ってばお料理が全くの苦手分野なので。

 で、その貯めたお金でお値打ちな魔装を手に入れることができまして、フォレノスの魔装士協会で試験を受けたら、見事一発合格!

 なんかよくわからないんですけど『A級魔装士』の認定を頂きました。

 それからいくつか近場のお仕事を経て、このヴァルカンにやってきたというわけです。

 近況報告おしまい。


 お仕事が一段落しましたし、明日は待ちに待った観光アンド食べ歩きタイムです!


「ふはぁ~、生き返る~」


 ちょっと熱めのお湯が気持ち良すぎて思わず吐息が洩れてしまいます。

 露店風呂から見える空は夕焼けに染まっていて、何とも気分が安らぎます。

 私がこのアルマトリカにやってきてからもう五カ月くらいが経ちますが、未だ興味が尽きることはありません。目に映る全てが新鮮で、起こる出来事全てが私を楽しませてくれています。


 だから……、こういうリラックスムードの時くらいです。

 元の世界を思い出すのは。


「今頃、心配しているだろうなぁ……」


 果たしてこの空は、お兄が見ている空と繋がっているのでしょうか。

 



 その夜、ヴァルカンの中心部に位置する魔装士協会へと、魔獣討伐完了の報告の為に足を運びました。この『協会』というのはある程度の街ならどこにでもあるそうです。

 なので他の街で受けた依頼でも、近場の協会で報告が可能です。

 とっても便利!


 でも何故かここの協会、今日はすごく混雑しています。皆さん魔装士の方々でしょう。もう日も沈みきっているにもかかわらず、受付カウンターには長蛇の列ができています。

 明日は朝から観光したいし、今晩の内に報告しておこうと思ったんだけどなぁ……。これだとどれだけ待てばいいかわかりません。頂ける報酬を明日のお小遣いにしようと思っていたので困りました。


 手持ちの魔晶石を売ってこようか、もしくは翌朝に出直そうか――、そう迷っていた時、見知った人の姿を発見しました。

 その人は顔に布を巻き、目だけを出した状態でしたが、真っ白に染まった髪の毛と、羽織っている純白のローブのせいもあってよく目立ちます。

 あ、アチラも私に気が付いたようですね。


「サクラ」

「あ、こんばんは~。その節はどうも~」


 こちらの男性はフォレノスで私が受けた魔装士試験の試験官だった方なのです。役職のある偉い方らしいので、この街の協会にいても不思議ではありません。

 ですが、ええっと、どうしましょうか……。お名前忘れてしまいました。

 私、人の名前覚えるのって苦手なんですよね。特に男性の。

 改めて伺うのも失礼ですし、ここは世間話で乗り切ろうと思います。ごめんなさい。


「き、奇遇ですね~」

「ああ」

「……え、えっと~、その節はお世話になりました」

「ん」

「…………」


 あ~あ~、間が持ちません。どうにも寡黙な方のようです。

 そういえば試験の時も「始め」と「結構」しか喋っていなかった気がします。合否も違う方から聞いたんでした。

 と、とにかく!

 こうしてお会いしてしまった以上は失礼の無いようにしないといけません。


「ご、ご出張ですか~?」


 なるべく名前が必要のない話題を振ろうと私がしどろもどろに伺ったその質問は、何とか会話を膨らませそうでした。


「ん。――この騒ぎについて、聞いていないのか」


 この騒ぎとは、この長蛇の列を指しているのでしょうか。ただたまたま混雑しているわけではないみたいですね。おそらくこの方の口振りからすると、何らかの事態収拾の為に出張してきた、ということなのでしょう。


「何かあったんです?」

 事件あるところに咲良あり!

 と言われたかどうかはわかりませんが、面白そうなことなら首を突っ込みたいなぁ、なんて思いながら私は聞きました。


「……ついてこい」


 しかし、お名前不明のお偉い方は何やら思案しつつボソッとそう一言呟くと、協会建物内の奥の方へと歩いていってしまわれました。

 どうせすぐにはお仕事の報告もできなさそうですし、お話だけでも伺ってみましょう!




 私はそのまま、とある一室へと通されました。置かれた机や椅子は装飾されたモノで、よくわからないですが高そうなオブジェのような物も飾ってあります。多分、これまた偉い人のお部屋でしょう。

 そして、この部屋の主と思われる方が一人、奥の椅子に鎮座しておられました。長い髭を生やしたおじいちゃんです。

 ダブル偉い人に囲まれてしまいました……。


「支部長」


 偉い人一号こと白髪試験官さんはおじいちゃんに向かってそう話し掛けました。このおじいちゃんはこのヴァルカン魔装士協会の支部長さんらしいです。


「おお、プロフェッサーか。わざわざお呼び立てして申し訳なかったのう」


 あっ、そうですそうですっ。この白髪試験官の人、プロフェッサーというお名前でした!

 ナイスですよっ支部長さん!


「いえ――。で、状況は?」

「うむ。受付は見たじゃろうが、現時点でも数は集まっておる。ただ――」

「質に問題が?」

「有体に言えばそうじゃな」


 お二人は私の存在を忘れてしまったかのように話し始めておられます。でもいいです。この方のお名前を思い出すことができただけでも収穫はありましたし。

 などと私がポケーっとつっ立っていると、急に話の矛先がこちらに飛んできました。


「腕の立つ者を一人連れてきた」

「……ふぇ?」


 プロフェッサーさんがチラリと私に視線を向けると、支部長さんもつられるように私を見ています。腕の立つってそれ、私のことですか?

 しかし、首を傾げる私を無視してお二人は話を続けられました。


「私と彼女で件の輩に対応する。他の魔獣共は集まった有象無象にくれてやればいい」

「……ふむ。そうじゃな。数ばかりおってもどうにもならんことはキミがよく知っておるじゃろうしの」


 支部長さんがそう言うと、プロフェッサーさんはピクリと反応を示しましたが、話は終わりだと言わんばかりに「失礼する」と背を向けます。

 何が何だかさっぱりついていけませんが、私も支部長さんに会釈だけして部屋を後にしました。



    *****



 で、私は今、ここにいます。

 山です。火山です。熱いです。ところどころから溶岩が漏れ出しています。煙も噴き出ています。危ないです。

 私、ちょっと火って苦手なんですけど、それに負けないくらい、今の私は燃えています!


 結局、昨晩は詳しい話を聞かされず、プロフェッサーさんには翌朝、また協会に顔を出せと言われただけでした。それを無視して予定通り観光に行こうかと本気で考えたのですが、私の嗅覚といいますか、女の勘といいますか、面白センサーといいますか、そんなモノがビンビンと働いたので言われたとおりにしたわけです。


 朝、協会前には数台の馬車とおよそ二十人の魔装士さんたちが集まっていました。その皆さんが大きめの馬車に詰め込まれていく中、私はプロフェッサーさんと一緒にちょっと豪華な馬車へと乗り込むことになり、なにやらビップ待遇です。

 動き出す馬車の中で、プロフェッサーさんはようやく話をしてくれました。


「サクラ。『原魔げんま』を知っているか?」

「?」


 んー、玄米なら知っているんですけどね。

 私が首を横に振ると、プロフェッサーさんの講義が始まりました。


「まず、そもそも魔獣というのは瘴気に中てられたモノの成れの果てだ。熊や狼などの動物から、虫や植物まで、元は多岐に渡る」

「あ、はい」


 瘴気というのは簡単にいうと悪い空気のことみたいです。それを長い時間吸ったり浴びたりしていると動植物たちは魔獣になってしまうそうですね。私もちょこっと勉強したので知っています。一応は魔装士なので。


「当然、瘴気を吸えば人体にも影響が出る。が、人間は魔獣化せず、病に侵される。その理由は――」

「瘴気への耐性が他の生物より強いから、ですね」

「そうだ。人間は魔獣にならない。故に人型の魔獣は存在しない」


 この世界の人々は生まれた時より瘴気への耐性があるそうです。

 まず瘴気を吸い続けるなんてことが普通の暮らしの中には無いのですが、魔装士にとっては厄介事の一つに含まれています。なにせ魔獣を討伐しに行くのがお仕事ですから、当然その場所には瘴気が漂っている可能性があるわけです。なので、対瘴気用のお薬が必需品となっています。私もいつも持ち歩いています。


「だが、別の人型は存在する」

「別の、人型……?」

「それが『原魔』と呼ばれる存在だ」

「……はぁ」


 それだけではよくわからず、思わず気の無い返事をしてしまいましたが、プロフェッサーさんは構わず講義を続けました。


「原魔に元は無く、瘴気が人の形に具現化した存在だ。その存在はいるだけで辺りに瘴気を撒き散らす」


 おぉ、それはまた逆空気清浄機みたいな存在ですね……。

 楽しい集まりの中で一人だけ不機嫌オーラを出している人みたいな、その子に気遣う内に周りまで不機嫌になっていく感じでしょうか。


「しかも――、魔獣などより恐ろしく、強い」

「えっ強いんですか!」


 あわわ、意図せず感情が口をついてしまいました。でも、強い相手と聞かされては黙ってなどいられません。俄然興味が湧いてきました。


「それが今向かっているヴォルノイン火山に出現したとのことだ。すでに多数の魔獣も確認されている。私とサクラで原魔を討ち、その他の魔獣を後ろの連中が相手にする。それが今回の任務だ」


 やったっ強い人と戦える!

 って、あ~、人じゃなくて人型ですか。でもいいです! 

 

 というわけで、ヴォルノイン火山までやってきたのです。

 すでに他の魔装士さんたちは先陣を切って魔獣を相手取っており、それを横目に私とプロフェッサーさんは岩山道を上へと進んでいるところです。


「サクラ。これを」

「……はい?」


 その道中、プロフェッサーさんは私に指輪を差し出してきました。

 マジマジと見てしまいましたが、その掌に乗っているのは確かに指輪です。

 えっと、男の人が指輪をくれるっていうのは、その、あの、そういう意味、なんでしょうか?

 あ、でもでもでもでも、ちょっと年が離れていますし、私はまだ高校生ですし、あの、お兄が、えっとえっと……。


「あっ、ギャグですね!」

「……何を言っている?」


 私が火を苦手に思っていることを見抜いたのか、それで場を和ませようという渾身のギャグ――かと思ったんですけど、やっぱり違うようです。 

 そもそもこの人はそういうことをするタイプには見えないですね。


 混乱してしまった私が固まっていると、プロフェッサーさんは淡々とした手付きで私の右手を掴み、小指にその指輪を嵌めました。

 あれ、こういうのって普通は左手の薬指じゃなかったですっけ?

 キョトンとした私に、プロフェッサーさんは言いました。


「『ナハトムジーク』、それがその魔装の名だ」

「魔装?

 あ、ああ~これ魔装ですか!」


 そうですよっ私はなに考えて――、あ~もう、恥ずかし。


「あ、でも私、自分の魔装持っていますよ?」


 私はアルバイトして買った愛用の魔装を取り出しました。青い魔晶石が装飾された、いわゆるスタンダードな棒状の形をしています。ここのところ手にも馴染んできて、より愛着が深まってきたところだったのですが。

 プロフェッサーさんはそれを見て、「フッ」と鼻で笑いました。


「そんな物では原魔相手に役に立たん」


 む、何か感じ悪いです。そりゃ安物って言われればそうですけど。

 私はそう思いつつ、小指に嵌った魔装に目をやりました。

 飾り気の全く無い、黒のリングです。素材は光沢を帯び、やや透明がかっていて、光にかざして見るとやや赤みというか青みというか、そんな深い味わいのある色をしていました。


 そこでふと疑問が浮かびました。


「あの、これ魔晶石は?」


 魔装には魔力の源である魔晶石が不可欠です。しかも、いざ使う時にはその魔晶石が宿す力を思い浮かべなければなりません。赤なら炎、青なら氷、緑なら風、黄なら地、といった感じです。そういった想像力が魔装の創造力を高めると武器屋のおじさんが言っていました。

 しかし、この指輪には肝心の魔晶石が見当たりません。


「その素材自体に魔晶石と同等の魔力が宿っている。使用時には夜の闇でも想像しろ」


 プロフェッサーさんはそれ以上、何も教えてくれませんでした。

 それも仕方ないです。


 前方に、原魔と思しき姿を発見しました。




 まだ距離があったので、一時、私たちは岩陰へと身を隠しました。

 そこから覗く原魔の姿は確かに人の形を模しています。見たところ身長は三メートルくらいあるんじゃないでしょうか。瘴気が具現化した存在と伺っていましたので、もっとこう、空気的なもやもやした感じかと想像していたのですが、この目にはハッキリとその存在が見て取れます。

 ただ、全身は黒く、ディティールもなにもありません。硬質でありながらも滑らかな、まるで黒い人形のようにも見えます。


 そんな原魔の辺りには薄紫色の瘴気が漂っていました。

 目に見えるということはそれだけ濃密だということでして、私は薬を口に入れました。瘴気を浴びても病気にならないようにする為の物です。


 そして、

「――ナハトムジーク!」

 先程言われたように、夜の真っ暗な空をイメージに浮かべ、私は魔装の名を口にしました。


 すると、指輪型魔装ナハトムジークはまるで私の手を浸食するように、その暗闇を拡げていきます。やがてそれは、私の手と一体化した漆黒の刃を生み出します。

 横ではプロフェッサーさんがジッとその刃を見つめ――、ふと目が合いました。


 顔には相変わらず布が巻かれているせいで表情までは分かりません。ですが、その目は笑っているように見えた気がします。


 ――私の記憶は、一旦そこで途切れました。


 次の瞬間、原魔の姿はどこにもなく。

 私の目に映ったモノは、真っ赤な血が滴り落ちる自身の右腕ナハトムジークと――

 足元でうずくまる、左腕を失ったプロフェッサーさんの姿でした。

 


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