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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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Chapter.06 「LOOKING FOR(後編)」

 ここから街までは徒歩三十分くらいで行くらしい。

 距離的にみるとリンネの工房は人里離れたというほどでもないが、森に近付くにつれて確かに民家の数は減少傾向にあるようだ。


「この辺にも昔は人が結構住んでいたみたいだけど、アタシが来た頃にはもうラウルさんとこだけだったわ」


 魔獣が出る森の近くで暮らしたいとは、まぁ普通は思わないだろうな。


「リンネ嬢はどうしてそんな危険な場所に工房を建てたんだい?」


 小次郎がそう尋ねると、リンネは「んー」と少し言いづらそうに頬を掻いた。


「こう言っちゃなんだけどさ、アタシにとっては魔獣が出るのは好都合な面もあるのよねぇ。試し切りできるし。あー、もちろん魔装を作るのに夜通し作業したり、音とかもうるさいし、そういったことも考えてのことだけどさ」


 リンネは魔装を作る魔導技師だ。

 完成させた魔装の出来を確かめるには、実際に魔獣を相手にするのが一番。だが、だからといって「魔獣が必要だ」とは言い辛いのだろう。魔獣の被害に遭った人もいるはずなのだ。

 しかし、職人としてそれで生計を立てている以上は作った魔装が売れなければ元も子もない。高尚な信念だけではままならない生活というモノがある。


「それでさっきも森にいたのか」

「あ、うん、まぁ、ね……」


 俺の呟きにはやけに歯切れの悪い返事をするリンネだったが、林道の終着まで来るとその声を高らかに上げた。


「ほらっ、あれが聖樹の街『フォレノス』よ!」


 今立っている場所は小高い丘になっており、林も開かれているおかげで街の光景が眼下に広がって見えた。

 勝手に寂れた田舎町を想像していたが、全くそんなことはなく、木製の市壁で囲まれた街には数多くの建物や大通りが見受けられる。そこには大勢の人が闊歩しており、喧騒がここまで聞こえてくるようだった。

 そして、何よりも目を引くのが街の中心に位置している巨大な樹木だ。

 周りに建ち並ぶ住居や店舗がせいぜい二階建てというのもあって、その雄大さがそれはもう顕著に表れている。多分、十階建てのマンションくらいの高さがあるだろう。枝葉も街の中心部を覆い隠さんとするように伸びている。

 俺も小次郎もその木に目を奪われ、思わずして「ほぉ~」と感嘆の声が洩れた。


「すごいでしょ~?

 あれは『聖樹』って言ってね、なんかあの木には魔獣が近付いてこないんだって。それで街をその周りに作ったらしいわ」


 あー、あれな。パワースポット的なヤツ。


「あの真下までって行けるのか?」

「フム。僕も是非近くで見てみたいのだよ」


 何やら縁起も良さそうだし、妹探しが無事に行くようにお参りしておくのもいいかもしれない。単に真下から見上げて見たいっていうのもあるけどな。


「行ける行ける。案内してあげるわ。あーでも、まずはこっちの用事済ませちゃっていいかな?」

「ああ、全然いいよ」


 噂に詳しい人を紹介してもらうのもそうだが、知らない土地、ましてや異世界を俺と小次郎だけで練り歩くのはなかなかに勇気がいる。リンネにはホント感謝だ。


「じゃ、こっちこっち」


 俺が頷くと、リンネも足取りを弾ませて歩き出した。

 隣では小次郎が「この~木なんの木~♪」と歌っていた。



    *****



「ちょっと、どういうことなのよ!」


 リンネは若い男店員に凄い剣幕で食ってかかっていた。

 俺たちがやってきたのはとある商店。

 店内は俺たち三人が入っただけでやや息苦しさを覚えるほどに狭く埃っぽい。棚などが置いてあるわけでもなく、商品はカウンターの上に並べられたケースに収まっている。

 色とりどりの宝石。確か魔晶石とかいったか、魔装に魔力を宿す石だ。

 ここはどうやらその魔晶石を扱う石商店らしい。

 ビー玉サイズの魔晶石が綺麗に並んでいるケースは一つ一つが触れないように仕切りと台座が設けられ、その台座部分に値札が付いている。同様の物がズラリと四つ。向かって左から赤・青・黄・緑と石の色別に整理されていた。

 こうして並べて見ると、その質に差があるのが素人目にもわかる。

 同じ色でもその鮮やかさと、そして中に渦巻く螺旋模様がどれも違い、綺麗な物ほど値札のゼロの数が増えていく。

 このアルマトリカの金銭価値がどうなっているかはわからないが、安い物と高い物では千倍近い差があった。


「どう見たって上物でしょ?

 アタシの目をごまかそうったってそうはいかないんだからね!」

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

 リンネがここを訪れた用とは、手持ちの魔晶石を売り飛ばすことらしく、しかもそれは先程、森で熊の魔獣を倒した際に転がったあの赤い石のようだった。

 あれが魔晶石だろうことはイグニスに装飾されていた実物を見て予想はしていたが――、おそらくリンネが山分け云々言っていたのはこのことだな。


 それから想像するに、リンネが森に入る理由の一つには魔獣を狩り、魔晶石を手にすることも含まれていたと思われる。それを売ったり、魔装にしたりして生活していたのではないだろうか。

 そう考えると、リンネにとって魔獣の存在は飯のタネともいえ、いなくなったら困るという思いが歯切れを悪くさせていたのかもしれない。


 そんなリンネも、今は目の前で顔を真っ赤にして憤慨している。

 買取価格に納得がいかないご様子だ。


「これが今の適正価格なんだからしょうがねぇよ。オマエの言い値で買い取ったらこっちが大赤字になっちまう。この赤魔晶石みたいにな。ガハハハハ」


 やけにフレンドリーな店員だ。

 商売柄、リンネとは馴染みが深いのだろう。


「何笑ってんの、殴るわよ?」

「あ、いや、ああ……、すまん」


 男はリンネのド直球な威圧に息を飲む。

 リンネの方にも余裕が感じられない。


 黙ってその様子を見つめる俺たちを完全に無視し、二人は話を続けた。


「……なんでこんなことになってんの?」


 リンネは鋭い眼光で男を睨みながらそう訊いた。


「お、おう。この前ちょっと話しただろ?

 ほら、ヴォルノイン火山討伐隊の――」

「ええ」

「あそこの魔獣は赤魔晶石をよく落とすってんで有名だよな?

 それがかなりの数、討伐されたらしくてよ」

「…………」


 男はしどろもどろにそう説明するが、リンネは一言も発しない。

 簡単な話、この店にはその赤魔晶石の在庫がたっぷりと有り余っているのだろう。それで値が付かなくなってしまっているのだ。

 事実、カウンターに並ぶケースを見ても、赤だけはやけにギッシリと埋まっており、他の色はせいぜい半分ほどしかない。


「でもっ、た、確かにオマエの持ってきたのは上物だからよ、魔装すればいいじゃねぇか。そうすりゃ普段通りの値が付くかもしれん」


 これは俺たちの世界でもそうだ。

 原材料そのままよりも、職人の手で加工された物の方が高く売れる。


「……んなことアタシが一番わかってるわよ」


 だが、店員が慰めるように出した提案に、リンネはか細くそう呟く。


「でもね、もうお金がないの……。魔装にする材料も揃えられないのよっ!

 昨日から何も食べてなくて、ずっとお茶しか飲んでないっ!

 もうお腹ペコペコなのっ!!

 アタシの生活がコレに懸かってるのっ!!」


 そして、堰が壊れたかのように、そんな悲痛な叫びが店内にこだました。


 そう、だったのか……。

 俺は思わず小次郎と目を合わす。と、コイツも複雑そうな顔をしていた。

 リンネはこんなにもひもじい思いをしていたにもかかわらず、俺たちに話をしてくれ、ここまで案内してくれたのだ。森で出会った魔獣から逃げなかったのもそういった止むに止まれぬ理由からかもしれない。

 そう思うと感謝の念が一層と濃くなってくる。同時に、申し訳ない気持ちも沸いてきた。今のところ、俺たちにできる恩返しは何もない。


 所在なく縮こまる俺と小次郎。そして、意図せず逆鱗に触れてしまった男が気まずそうに立ち尽くしていると、俯き加減のリンネがボソッと呟いた。


「……お金貸してよ、お兄ちゃん」

「えっ?」

「へっ?」

「げっ!!」


 今度は男三人の声がこだました。



    *****



「コレね、アタシのお兄ちゃん」


 俺たちは近くの食堂へと場所を移していた。

 この世界の食文化がわからない俺と小次郎は注文をリンネに任せ、それが済むと、リンネは石商店の男のことをそう紹介した。


「コーエン=トルディアだ」


 リンネの兄、コーエンさんはそう名乗ると、向かい側に座る俺と小次郎を訝しげに眺める。その目は明らかに「何なのコイツラ?」と語っていた。


「お兄ちゃん、こっちの髪が短い方ね、あのサクラのお兄さんなんだって」

「サクラ、ってあのサクラかっ?」

 

 どうやら妹はホントに有名人になっているらしい。

 大仰な反応を見せたコーエンさんに向かい、俺は挨拶をする。


「あ、はい。武蔵野有馬といいます。咲良は俺の妹です」

「へぇ……」


 兄妹でも俺と咲良はあまり似ていない――と思うので、そんなに凝視されても困るのだが、かといって、今はそれを証明する物を持ち合わせていない。

 実際に俺の名前を咲良から聞いていたリンネはすんなり納得してくれはしたが、どうやらコーエンさんは違うらしい。咲良との面識はないのかもしれない。


「で、ソイツは?」

 続いてコーエンさんは顎で小次郎を指し示すと、

「ん、あ~、よくわかんないわ」

 と、リンネも首を傾げた。


 それについては俺もよくわからないな。誰だったか……、ええっと、粗大ゴミだったかな?


「フッ、僕の名前は小金城小次郎。コチラの彼とは鎬を削る、いわばライバル関係なのだよ。リンネ嬢には大変世話になり、お兄さんにも改めてお礼を申したい」


 小次郎は髪をかき上げながらに口上を述べた。

 相変わらずの鼻につく喋り方に俺がうんざりしていると、コーエンさんまでもその表情を険しくさせる。


「世話ってオマエ……、オレの妹に何かさせたのか?」

「へ?」

「つかオレはオマエのお兄さんじゃねぇだろ。なぁ、違うよなぁ?」

「はぁ、まぁ……」

「あ、もしかしてリンネを狙ってんのか?

 だったら冗談じゃねぇぞ。オレの妹はオマエみたいな豆もやし野郎にはもったいねぇし、いや、世界中探したってリンネと釣り合う男なんているはずがねぇ」

「…………」


 捲し立てるコーエンさんに小次郎は何も言い返せず、金魚のように口をパクパクとさせた。

 あ、そうだ。確かコイツは金魚のフンだったな。うん。


 そして、コーエンさんは隣に座るリンネの頭にそっと手を置き、今までで一番柔和な笑みを浮かべた。


「だからなリンネ。前からオレが面倒見てやるって言ってるだろ。金も貸すし、飯だって作ってやる。掃除もしてやる。背中だって流してやる。悪い虫が付かないようにお兄ちゃんが守ってやるからさ、もうこの街で一緒に住めばいいじゃないか」


 どうやらコーエンさんはこのフォレノスに居を構えているらしく、リンネと一緒に暮らしたいと思っているようだ。

 しかし、当のリンネは深い溜息を零す。


「それはできないって何度も言ってるでしょ。アタシには工房があるんだから、お金だけ貸して。ホント、シスコンって……」


 なるほど。俺が妹の話をした時にリンネがやけに気分を害していたのはコレが理由か。自らシスコンの兄を抱えているが為にその鬱陶しさが身に沁みている、というわけだ。


 しかし、俺にはわかる。コーエンさんの気持ちが。


「妹に集る虫けらを追い払うのは兄としての務めですよね」

「おお、アリマはわかってくれるか!」


 兄として、妹に向ける純粋な想い。共感できる!

 その言葉が、俺に妹がいることの証明になったらしく、コーエンさんは感嘆の息を洩らし、そしてサッと手を差し出してきた。


 ガシッと握るその手は燃え滾るように熱い。

 可愛い妹を持った兄たちのシェイクハンド――。

 それは世界すら飛び越えた友情の証だ!


 ……。

 …………。

 …………………。


 とかやっていると、リンネと小次郎が何とも凍えるような視線で俺たちを見つめていた。

 ただ妹を大切に思っているだけなのになぁ……。


 加えて、いつの間にか料理を運んできた食堂のおばちゃんが所在なさげに佇んでいたので、俺とコーエンさんはどちらからともなく手を離し、席へと座り直した。

 何とも重苦しい空気が流れる中、おばちゃんが「……はい、おまたせ」とテーブルに並べていく料理はどれもこれも一見美味そうなものばかりで、アツアツの湯気が立ち上がっている。どことなく中華っぽいかな。

 大皿に盛り付けられた丸ごと一匹の魚の酒蒸し。グツグツと音を立てる鉄鍋は真っ赤に染まっており、香ばしい匂いが鼻を刺激してくる。見ているだけで涎が出そう。

 他にも揚げ物、炒め物、点心と、次々に運ばれてきた。更にはそれぞれの目の前に丼ぶりに入った大盛りの――、いや、もうこれはマンガ盛りといってもいいほどのご飯がポンと置かれた。


 えっと……、何これ、満漢全席?

 いくら四人いるとはいえ、これはさすがに頼み過ぎだと思うが。


 俺が目を丸くしていると、隣で小次郎もゴクリと息を飲んでいた。


「よし、んじゃ食お――」

「いただきます!」


 俺も小次郎も、そしてリンネもお金を持っておらず、自然とここの払いはコーエンさんになる。そのスポンサーたる立場のコーエンさんを差し置いて、リンネは目の前の豪勢な食事に飛びついた。

 まぁ昨日から何も食べていないと言っていたし、我慢の限界だったのだろう。

 俺たちもそれに倣って「いただきます」と会釈をしてから手を付ける。


 うん、普通に美味い。慣れ親しんだ味からそうでないものまで様々だが、どれも美味しく食べられるし、ご飯も普段食べている米の味がする。異世界飯に多少の不安があったのだが、次第にそんなことも忘れて食べていた。


 が、いかんせん量が多い。多過ぎる……。

 ご馳走してもらっておいて残すのは気が引けるが、次の一口がキツイ。


 ふと横を見ると、小次郎はすっかり箸を置いていた。コイツは見た目のまんま、食も細いらしい。


 そうこうしていると、コーエンさんから声が掛かった。


「おう、腹いっぱいなら無理しなくていいぞ」


 そう言ったコーエンさんもすでに箸を置いてお茶を飲んでいた。

 テーブルの上にはまだ料理がこんもり残っている。


 するとリンネが俺に向かって「ん」と手を差し出してきた。


「?」


 俺が首を傾げると、リンネは何も言わずに俺の丼ぶりを奪っていった。そしてモグモグパクパクと一定のペースで食べ続ける。

 どうやらリンネはフードファイターだったらしく、残り全部を彼女一人で腹に収めるようだ。

 だが、決して食べるスピードが速いわけでもない。完食するまではまだしばらく時間が掛かるだろう。


 俺もお茶で一息入れ、コーエンさんに話を振った。


「あの、コーエンさんはサクラの噂を耳にしているんですよね?」


 先程、石商店でコーエンさんの口からナントカ火山の話題が出ていた。その流れから、リンネに咲良の噂を話したのはコーエンさんだと当たりが付いた。


「ん、ああ。仕事柄な、魔装士連中の話はよく聞くぜ」


 魔晶石を扱う商店を営むコーエンさんだけあって、その取引相手は魔獣を倒すことを生業とする魔装士となるのだろう。


「中でもここんところはサクラの話題ばっかりだな。人気も実力も本物らしい」


 コーエンさんは「オマエも大変だな」と付け加えた。

 確かに人気者の妹を持つと気苦労が絶えない。隣で満腹に苦しんでいるもやし君のような輩が寄ってくる。

 だからこそ、俺はすぐにでも咲良の元へと急がねばならない。


「咲良の居場所ってわかりませんか?

 もしくは、最近聞いた噂とか教えてほしいんですけど」

「……なんだオマエ、妹とはぐれたんか?」


 コーエンさんはハッとした表情をしていた。

 俺が神妙に頷くと、コーエンさんもまた「そうか……」と神妙に頷き返した。

 妹と離ればなれになってしまっている俺の状況に心を痛めているように見え、少し胸が熱くなる。


「悪いが……、居場所は知らねぇ。――けど、ここ最近に耳にした噂はいくつかあるな。今日から、あ~、三〇日くらい前になるか」


 三〇日。それだけ時間が開いてしまっていると、もうその近くにはいないかもしれないが、これといった手掛かりは他にない。


「聞かせてください」


 俺はコーエンさんの話に集中して耳を傾けた。



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