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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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Chapter.05 「LOOKING FOR(前編)」

「――で、アルと一緒にそのサクラがここを訪ねてきたのが、今から半年くらい前だったわけ」


 リンネはそう言うと木製のジョッキに注がれた飲み物をグイッと呷った。

 俺と小次郎もそれに倣うようにジョッキに口を付ける。

 ちなみにジョッキの中身は冷たいお茶だ。やや変わった味ではあるが香りは良く、ジャスミン茶によく似ている。


「そのアルって子からもあとで話聞けるかな?」

「あー、残念だけど今は留守なのよ。お父さんが行商をしててね、それに同行しちゃってる。一人息子が生きて帰ってきたからから後を継がせるんだって意気込んでたけど、ホントは嬉しくて、家族水入らずの旅行がしたかったんじゃないかなぁ」


 リンネはそう言って目を細めた。


 熊の怪物を倒した俺たちは、リンネに連れられてこの『工房』とやらまでやってきていた。どうやらこのログハウスが彼女の職場兼住居となっており、この先に見えていたもう一軒の似たような造りの建物が今の話に出てきたアル少年の自宅なのだろう。


 ここの一階部分には作業スペースと台所、あとはくつろぐ為のリビングスペースがワンルームで設けられている。扉は二つだけで、玄関と、おそらくバストイレ。二階のロフトが寝室か。


 室内には金槌やノミ、鋳型などから用途不明の物まで様々な工具類が多く見受けられ、外には炉まであった。工房というだけある。


 だが、さすがは女の子だ。

 物は溢れているがしっかりと整理整頓されており、ところどころに利かせたワンポイントが女性の住む家なのだと実感させる。

 目の前のテーブルに飾られていた花もその一つ。

 俺はその花に目をやりながら、やや重く感じる口を開いた。


「あの、さ……、話の続きを聞く前に確認したいことがあるんだけど――」


 俺がそう切り出すと、隣に座った小次郎も神妙な顔で一つ頷いた。

 当然ながらコイツも気が付いている。


「うん、なに?」


 軽く聞き返すリンネに、俺はたっぷりと間を取ってから問いかけた。


「――ここ、どこだ?」


 別に「ここはどこ? わたしはだあれ?」とか記憶喪失を演じたいわけではなく、本当にここがどこだかわからなかった。

 ただ逆に、ここがあの合宿先で訪れた旅館近くの森林公園ではないということはわかる。

 おそらくは……、日本ですらないのだろう。


 目の前にある花瓶に活けられた花。

 鮮やかな黄色で可愛らしいが、こんな花は今まで見たことが無い。

 もちろん俺は草木に詳しくないし、ただ知らないだけかもしれないが、それだけではない。

 室内を見渡せば文化圏が違うのは明らかで、テレビもない、パソコンもない、冷蔵庫もない。もっといえば電気すらないんじゃないか?


 リンネの格好もそう。今は防具を外しているが、それでも俺が今まで見てきた普通の女の子の服装とは違うと思う。


 何より決定的なのは、先程の獣と、それを切ったあの光剣だ。

 あんなモノ、俺が住む『世界』には存在しない。


 そう。世界だ。

 世界が違ってしまっている。


「うん。サクラもそれを最初に訊いてきたわ」


 リンネは俺の問いを予想していたかのように答えてくれた。


「ここは皇国アルマトリカ――、その東部に位置する深蒼の森と呼ばれる場所よ」

「…………」

「…………」


 予想はしていたとて、思わず絶句してしまう。

 口にしたことのないお茶。目にしたことのない花やモノ。耳にしたことのない地名。

 ここは俺たちが暮らす世界ではない。別の世界なのだ。

 そう認識する他は――、ない。


 本来なら奇声を上げて取り乱してもおかしくはない状況だが、最初に命の危険に晒されるというインパクトのある出来事があったせいか、妙に納得してしまっている自分がいる。

 ショックは受けている。

 けれど、なにせ俺にはやらなければならないことがある。


「うん、まぁわかった。で、リンネは咲良が今どこにいるかは知らないんだよな?」


 もちろんそれは妹、咲良を迎えに行くことだ。

 俺にはそれに勝る優先事項など存在せず、その行き先が近所だろうが地球の裏側だろうが、はたまた異世界だろうが、そんなことは関係ない。


「ええ。しばらくはラウルさん家で生活していたんだけどね、それ以来ここには顔を出してない。でも、噂は届いてる」

「噂……、それは――」


 俺が呟くと、小次郎も眉根をひそめた。

 リンネの話すサクラが俺の妹である武蔵野咲良であることは間違いない。が、そうなると不可解なのは半年という空白の期間だ。

 なぜそうなったのかは不明だが、それでも俺たちの知らないその半年の間、咲良はこの世界で暮らしていたことになる。

 ただでさえ注目を集めるタイプの咲良のことだ。何かをすれば噂くらいは流れるだろう。


 しかし、それが良い噂とは限らない。


「あ、訃報とかじゃないから」


 今の一瞬、知らず知らず俺は呼吸をするのを忘れていたらしい。心臓も止まっていたかもしれない。

 緊張が走った俺たちを見て、安心させるようにリンネはそう言った。


「ただね、ここは見ての通り人里離れちゃってるし、噂もどこまで本当かは判断し兼ねるところがあるし、その噂自体が古くなってるかもしれないわ」

「あ、ああ、そうか。うん、それでもいい。教えてくれ」


 俺は呼吸を整えつつ、ジョッキに手を伸ばした。震えている手を抑えながらお茶を一気に飲み干すと、リンネは水差しからおかわりを注いでくれる。


「んと――、それにはまず、コレについて話さないといけないか」


 そう言って取り出したのは、あの光剣を出した棒のようなものだった。刃が出るのとは逆の先端部分にキラリと赤い宝石のようなものが輝いている。


「これは『魔装ウィズ』というの。この石、魔晶石マナイトを埋め込むことによって魔力を宿し、使い手の力に応じた形を為す魔導武器よ。主に魔獣を倒す為に用いられているわ」


 リンネはそう説明し、「イグニス」と言葉を発する。

 すると、柄からは赤い光を帯びた棒状の刃が出現した。


「魔獣というのはさっきの怪物なのだね?」

「ええ、そうよ。魔獣はこのイグニスのような魔装でなければ傷一つ付けられない。もちろんそれを扱う人の能力にも左右するけど」


 そう言ってリンネは俺にそのイグニスを渡してきた。が、それを掴むと光刃は消える。

 やって見せろ、ということだろう。


「――イグニス!」


 俺は熊の魔獣と対峙した時のように、炎を頭で思い浮かべてそう声に出した。

 そして現れたのはやはりリンネの時とは違う、密度の濃い赤光を放つ日本刀の刃だ。


「うん、ホントに凄い」


 リンネはどこか嬉しそうにそう話す。


「どれ、僕にも貸してくれたまえ」


 そう言って小次郎がしゃしゃり出てきた。自己主張の強いヤツだ。

 リンネに目をやると頷いていたので、俺はイグニスを渡してやる。


「現れたまえ――、イグニス!」


 小次郎がなんともキザったらしくそう叫ぶと、俺ともリンネとも違う赤光刃が模られた。それは見るに突きに特化した細身の刀身、レイピアのようだった。光の密度も濃い。まぁ俺ほどじゃないけど。


 それを見た小次郎が自分で「おお」と感嘆の声を上げていると、リンネが口を開いた。


「魔装はその人に最も適した形へと姿を変えるのよ。二人とも魔装士ウィズリートの才能があるわ」

「ウィズリート?」

「魔装を扱い戦う者。それが魔装士よ。ちなみにそのイグニスを作ったのはアタシで、魔装を作る職人を魔導技師エンチャンターというの」


 俺にその魔装士やらの才能があるかは別としても、リンネは自分が作った魔装が力を発揮したことに喜びを感じているようだった。外見は俺たちより下に見えるが、どうやらマジに職人らしい。


「え、これリンネが作ったのか」

 

 だが、俺がそう言うと、


「そうよ。だからね、アリマ。さっきアンタがこれを『おもちゃ』って言ったこと、しっかり憶えてるから」


 リンネはニコッと微笑んだ。

 あ~、根に持つタイプかぁ……。でも、いくら知らなかったとはいえ、職人の誇りに傷をつけたのは事実として俺が悪い。

 それに、リンネは俺たちに助けられたと言ったが、俺たちだってリンネがいなければどうなっていたかわからない。


「すまなかった。撤回する。イグニスはおもちゃなんかじゃない。すごかったよ」

「フフン、わかればよろしいっ」

「いや、でも実際すごいことなんだろ、こんなん作れるなんてさ。ちなみにリンネって齢いくつなんだ?」


 ここが異世界であっても、人の年齢というのは存在するだろう。

 しかし、俺たちと同年代に見えても実は何百歳とかいうことも有り得る。


「おいおいキミ、女性に年齢を尋ねるのはマナー違反なのだよ」


 だが、小次郎にそう言われてしまった。

 まぁそうかもしれないけど、コイツに言われるとムカつくのはなんでだろうな。


「ちょっとっ!

 アタシはこう見えても一七歳で、別に口にするのが恥ずかしい齢でもないんだけど」


 こう見えて、って見たまんまの年齢な気もするが、リンネはそう言って小次郎を睨みつけた。

 コイツが責められているところを見ると気持ちがスカッとするのはなんでだろうな。ああ、俺がコイツのこと嫌いだからか。うん。考えるまでもなかった。


 勇み足を踏んだ小次郎が気まずそうに「こ、これは失礼」と頭を垂れ、話題を変えた。


「フム……、し、しかし、その若さで工房の主とはすごいのだよ!」


 確かにそれはいえる。いわゆる社長――、職人だから親方か。いずれにせよ、俺たちとほぼ同年代で自らの職場を持っているというのはすごいことに思える。


「そりゃあね、アタシはこんなにも美少女だし~、魔獣をあっさり倒せるくらいの魔装も作れちゃうし~、すごいかって聞かれればそうだとしか言いようがないわねぇ~」


 リンネはフフンと鼻を鳴らす。

 うわぁ、根に持つだけじゃなくて、自分に自信も持っちゃってるタイプだ。確かに容姿的に見ても可愛い部類に入ると思うし、その年齢で自らの工房を開いているのだから腕もあるのだろう。

 でも、それを自画自賛しちゃうと急に安っぽく見えちゃうんだよな。


 しかし、小次郎はリンネの機嫌を取り戻す好機と見たのか、媚びるように畳みかけた。


「言う通りなのだよ、リンネ嬢は美しい!

 しかし、魔導技師というのは危ない職だろうに、アナタの美しさならもっと他に相応しいモノがあったのではないかい?」


 よくもまぁ、コイツはこう歯の浮くようなセリフを口に出来るな。

 俺が感心している内にリンネはすっかり機嫌を直したようで、軽快なリズムで話をした。


「ま、そうかもね~。でもアタシ、魔導技師になるのが小さい頃からの夢だったらしいから」

「なんだ?

 その『らしい』っていうのは」


 まるで他人事のような言い方に少し引っ掛かった。


「あ~、ううん。別に。夢だったってこと」


 リンネははぐらかすように手をバタバタと振り、「けどね」と続けた。


「サクラはアタシなんかよりも、もっとすごいみたいよ?」


 うむ、それはその通り。咲良はすごい。

 言われなくても世界中の誰よりそれを知っているのはこの俺だ。

 しかしながら、その世界とは俺たちが住む世界のことであり、このアルマトリカでの咲良のことを俺は全く知らない。


 俺は続きを促すように首を傾げた。


「サクラはね、魔装士としてどうやら活躍しているらしいわ」


 リンネは大袈裟に「しかも超絶に」と付け加えた。


「フム。それはどう超絶なんだい?」

「超絶に可愛いってことだろ」


 俺がすかさずそう答えると、小次郎も納得するように「一理あるのだよ」とフムフム頷いた。


 それをリンネが白けた目で見つめている。

 ……いや、ちょっと待て。


「あ~、いまさ、咲良がなにで超絶に活躍しているっつった?」

「魔装士よ、そう言ったでしょ」


 ええっと、リンネは今し方その魔装士とやらをどういうものだと説明したっけか……。ああ、そうだ、確か魔装と呼ばれる武器を持って戦う者だと言っていたよな。ででで、その魔装は魔獣を倒す為にあるという話で、ええ、だから、その、つまるところ、咲良は魔獣と戦っているということになるわけだ。


 ……………………。

 咲良が、戦っている?

 あんな怪物と?


「ちょっバッおいっ!

 すすすすぐに辞めさせないと!」


 のんびりお茶をすすっている場合ではない。嫁入り前の女の子がもし怪我でもしたらどうするっ!


「フム。キミの心配は然るべきモノなのだよ。ただちょっと落ち着きたまえ」

「コレが落ち着いていられるか!

 嫁になんて出すわけないだろ!」


 そうだ、妹を嫁になんて出すわけがない!

 なにせ咲良はすでに俺の嫁ポジに位置しているっ!!


「アリマ、アナタなに言っているの……、ホンっトにキモイわよ?

 ……てか、キモイわよ?」


 リンネはまるで止めておいた自転車のサドルに落ちた鳥のフンを見るような目で俺を見ていた。クッ、そんな白い目で俺を見ないでくれ……。いや、白いのは鳥のフンの方、俺か?

 うぅ、なんだ、頭が真っ白だ。自分でも何を考えているのかわからん。


「心配する気持ちはわからないでもないけど、言ったでしょ?

 サクラは超絶なの。どんな魔獣もものともしないほど、超絶に『強い』らしいのよ」

「ツ、ツヨイ?」

「そ、そうよ……。それにアナタたちの言うように、サクラは見た目もいいし」

「ミ、ミタメ、イイ?」

「う、うん。だ、だから、その強さと容姿が相まって噂が広まっているんだと思うけど……、てかなんでカタコトなのよ……」

「キミ、リンネ嬢は咲良さんが強くて美しいから魔獣になど負けるはずがないと言っているのだよ。たがらその悲愴漂う顔でオウム返しをするの止めてあげたまえ」


 お、おう……。確かにリンネの視線は汚物を見るような目から可哀想なモノを見る目に変わっていた。


 確かに咲良は強く、そして美しい。

 少なくとも剣道では同年代に敵はいない。

 容姿に関しては全世界に敵がいない。

 そして、おそらくは才能があったのだ。

 先程リンネが口にした、魔装士の才能というヤツが。


「リンネ嬢はその噂、具体的なことまで御存じなのかい?」

「ん~、ラウルさん家を出ていく時にね、うちにも『仕事決まりました~!』って挨拶しに来たんだけど~、その時は何の仕事に就いたのかは聞かなかったのよね。まさか家族が行方を追って訪ねてくるなんて思ってもいなかったし」


 確かに異世界からの来訪者がそうポンポンとやってくるなんてことは想定していなくても仕方がない。


「結局それは魔装士だったんだけど。で、その後に耳にしたのでいうと――、まぁ例えば、アケオス荒野で狼の魔獣を千体倒して絶滅させたとか、ヴォルノイン火山で厄介な魔獣を倒したとか、コルパの港を襲った巨大クラゲの魔獣を一撃で葬ったとか、そんな感じかなぁ。眉唾な話ばっかりだけど」


 リンネはそう言って首を傾げた。

 だが、俺にとってはその噂の内容がどれほどの信憑性を持つのかはさほど重要ではない。

 倒した狼の数が本当は五百でも、竜じゃなくてトカゲでも、クラゲじゃなくて木耳でも、別に何だっていいのだ。


 火のないところに煙は立たない。


 この工房が建つ場所は人里離れているということらしいが、そういったところまで煙が広まっているなら、それはもう国中に、世界中に広まっているとも考えられる。それほどまで広範囲に煙を放つのだから、火種を大きさもそれまた然り。

 噂とは知名度を現す代物だ。


「その噂をリンネに話した人さ、紹介してもらうことって可能か?」


 今知るべきは噂の鮮度と場所について。新しい噂を辿ることが咲良の居場所に近付くことになる。それを判別できる人間から話を聞くことが必要だ。


「うん、いいよ。ちょうどアタシも街に用事があるし、早速行く?

 お腹もすいたし、ついでにご飯も食べましょう!」


 

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