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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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Chapter.04 「強欲な少女とモンスター?(後編)」

「えっ、嘘、でしょ……」


 そう呟く少女の声が耳に届く。

 これをその彼女が手にしていた時はもっとこう――、ぼんやりとした感じで、光も淡く、形もいうなれば棒がそのまま伸びたようだった。

 しかし今、俺の手にした棒からは見紛う事なく日本刀の刀身が形を為しており、しかも高熱を帯びたような赤とも黄とも見えるような濃密な光を放っている。完全なる別物に思えるほどだ。


 だが、その見た目以上に、俺自身、棒を握る両掌から並々ならぬ『何か』を感じ取っていた。

 これなら!

 そう思い、両腕に力を込めた時だった。


『ウガァアッオォォォォォォォン!!』

 

 獣が咆哮を放ち、その地面を踏み切った。


「キミっ!」


 小次郎が叫ぶ。

 間合いにして、まだ五メートルはあっただろう。俺も熊もその場からの一撃は届かない距離にあった。

 それを一歩、ただの一歩で詰めてきたのだ。


 俺は咄嗟に、転がるように横へと跳ぶ。

 すると、元いた場所が熊の振り下ろした一撃によって弾け跳んだ。


「おいおい、なんだこれ……」


 凄まじい衝撃ではあった。が、そんなことが消し飛ぶくらいに異常な現象が発生する。

 その辺りに生えていた雑草が、まるで腐食するように見る見るうちに萎れていったのだ。


「あ~、ソイツの爪に触れると危ないわよ」

「もっと早く言ってくれ!」


 どうやらこの異形の熊の手から伸びている爪に触れるとああなってしまうらしい。そこで倒れている大木もこれにやられたのだろう。断面が腐っていたのが思い出される。


「っていうかなんで避けるのよ! サッサとぶった切りなさい!」


 少女は焦れたように声を荒げた。


「マ、マドモアゼル……、あまり無茶を言うものでは――」

「はぁ?

 あれだけの魔力が出てるんだから、こんな魔獣くらい余裕でしょ?」


 なだめる小次郎を軽くあしらい、少女は俺に向かって吐き捨てた。


「こらーっ、ビビってるんじゃないわよ!

 それでもチンチンついてんのっー!?」


 ちょ……、このお嬢さんってば、なに大声で言っちゃってるんだ。

 女子の口から放たれるチンチンという言葉はなかなかに破壊力がある。

 だが、チンチンとまで口にするのだから、その言葉にも信憑性があるというもの。


 異形の熊は体勢を立て直すと、再び右腕を振り下ろしてきた。

 が、今度は避けない。突撃されたのには意表を突かれたが、今は先程よりも近く、いわば剣が届く距離、俺の最も得意とする間合いだ。これなら図体のデカイヤツの方が不利。


 俺は上から振り下ろされる熊の右腕を回り込む形で切り上げ、懐に入った状態でその一連の勢いのまま、胴を横一文字に薙ぎ払った。

 剣道でもよく使う戦法。相手の竹刀を打ち上げてから、空いた胴への一撃。


 それは、俺の手に切った感触すら残さなかった。


 直後、ドサッと音がする。獣の右腕が地面へと落ちた音だ。

 続き、上半身が滑るように横へズルズルと落ちていく。


 異形の熊は断末魔さえ上げず、その亡骸は次の瞬間、影も形もなく霧散した。


「やったのだよっ!」

「……ふぅ」


 俺が一息つくと、その場にビー玉のような石がポトっと転がる。それを拾い上げて見ると、ガラス玉のようなその中に赤い光が螺旋状となって輝いていた。


「あっはぁ~ん!

 これは上物じゃないのよぉ!」


 駆け寄ってきた少女は俺からその石を奪い取ると、生き生きとした奇声を上げた。おそらくその石が目的の品だったのだろう。なにせ肉も毛皮も消滅してしまっている。


 改めて俺はそんな少女を見た。

 身長は俺よりも頭一つ分は小さく、顔にも幼さが残っている。

 艶やかな髪を細い紐でサイドアップに纏めており、各所に装着した鉄製の防具の下には丈夫そうな生地の服を着ていた。

 

「ちょ、どこ見てるの?」


 緊張の糸が解けた俺に、少女はくぐもった声でそう呟いたのは、視線がちょうど胸当て部分に向けられていた時だった。


「あ、いや、別に……」 


 ホントにたまたまだ。別に胸を見ていたわけじゃない。その変わった格好を見ていただけだ。まぁでも、あえて言うならば小振りではある。


「あ、今『ちっさ』って思ったでしょ?」

「そそそそんなこと思ってない思ってない」

「フッ、女性の価値は胸の大きさでは決まらないさ。マドモアゼル」

「黙りなさい!

 そのウっザい長髪、刈り上げるわよ!」


 それでフォローのつもりだったのか、髪をかき上げた小次郎に少女は鋭く言い放つ。おお、さっきのチンチンといい、かなりズバッと言うタイプの子らしい。いいぞ、もっとやれ。


「てか、見たところアナタたちウィズも持ってないみたいだけど……、こんな森で何してたの?

 もしかして、首でも吊りに来た?」


 え……、この森はいわゆるそういったスポットなのか。


「いや、そうじゃなくてだな……」 


 そうだ。危険から解放された安堵に浸っている場合ではない。


「僕たちは咲良さんという、カレの妹君を探しているのだよ」


 その長髪をウザいと言われながらもへこたれなかった小次郎が本題を切り出した。聞きたいことは山ほどあるが、まずは咲良の安全が最優先だ。あんなことがあって俺ですらまだ動揺が残っているのに、小次郎のヤツ、なかなか冷静じゃないか。


「サクラ?」

「あ、ああ、もしかするとこの森に迷い込んでいる可能性があるんだよ」


 もし咲良がここに迷い込んでいるとしたら一刻も早く見つけてやらないと相当危険だ。もしもあんな獣に遭遇したら何があるかわからない。

 そう考え出すと、一気に気持ちが逸ってくる。


 俺は少女に咲良の特徴を話した。


「あー、やっぱあのサクラのことかな」


 すると、少女は「うんうん」と頷き、


「それなら覚えてる。へぇ~、アナタがあのサクラのお兄さんなんだ。納得。えっと、確か名前が――、アリマとかいったっけ?」


 なにが納得なのか。ともかく、この少女がまだ名乗っていない俺の名前を知っているということは咲良と実際に話をしたのだろう。しかもそれなりに親密に。

 間違いない。妹はこの森に来ている。

 つまり、これはヤバイ事態だ。

 物凄く。非常に。超ヤバイ。


「あ、あ、有馬はおおおお俺だっ。

 ささささ咲良に会ったの?

 どこ行ったかわかる?

 怪我とかしてなかったか?」


 矢継ぎ早に問う俺に、少女は首を傾げた。


「え、なに……?

 っていうか、アレ以来ココには顔を出してないと思うし、もしこの森に来てたとしても、サクラなら別に平気でしょ?」


 訝しげな表情を見せる少女。

 気が急いているせいか、俺にはどうにも少女の言っている意味がよく掴めなかった。


「あ~、マドモアゼル。アレ以来と言ったが、キミはいつ咲良さんと会ったんだい?」


 あたふたしてしまった俺の代わりに小次郎がそう尋ねた。


「ん、だからアレよ、行方不明になってたラウルさん家のアルを連れてきた――、え~っと……、半年くらい前、かな?」

「な?」

「ぬ?」


 俺と小次郎の疑問形がユニゾンした。ラウルさんが一体誰なのかはわからないが、半年前とはコレ如何なることか。

 今から半年前というと新年明けたくらいになる。正月か冬休みの間、咲良は一人でここまで来ていた?

 いやいや、そんなはずはないし有り得ない。

 わざわざ県外のこんな森まで何をしにくるというのだ。ここには俺も咲良も初めてで間違いない。


 とすれば、考えられる答えは『別人』ということになる。外見的特徴も名前も、有馬という兄がいることも一致した別人がたまたま半年前にこの森に来ていたのだ。


 ……そんな偶然があるか?


「おおおお、おい、小次郎……。お前、どどどど、どう思う?」


 ダメだ。頭が働かない。なんだ、どう考えればいいんだ?


「まぁ少し落ち着きたまえよ、キミ」


 諭すように小次郎が俺の肩に手を置いてきた。

 なんだコイツ、なんでそんな冷静でいられる?

 もしかすると咲良が今この瞬間に危険に晒されているかもしれないのに……、好きとか言っておきながらその程度かよ。やっぱコイツに咲良はふさわしくない。

 そうだ! ちゃんとそう言ってやらねば!


「お前ごときに妹はやらねぇから!

 つか誰にもやらんけど!!」


 カチンときた俺は小次郎の手を払ってそう言ってやった。


「……なに言ってんの、この人?」

「ああ、放っておいてくれたまえ。彼は妹君のことになるとこうなってしまうのだよ」


 少女の不審者を見る視線と小次郎の生温かい視線が俺をグサグサと突き刺してくる。

 そのおかげか、頭からスーッと血の気が引いていくような感じがした。

 うっ……、取り乱してすみません。


「して、マドモアゼル」

「あのさっ、その呼び方かなりキモイからやめてくれる?

 アタシはリンネ、リンネ=トルディアよ」

「うぐっ、これは失礼……、ぼ、僕は小金城小次郎というのだよ」


 ざまぁ見ろ小次郎。俺に上から目線でモノ言った罰だ。

 俺がそう思った瞬間。


「アリマ、アナタも十分キモイわよ。シスコン」

「うぐっっっ!」


 リンネと名乗った少女はまるで俺の心を読んだように、鋭い言葉のナイフを突き立ててきた。くそっ、俺はシスコンじゃない。いうなればサクコン、咲良専門なんだ。そこを間違えてほしくない!!

 ……が、それを弁明している場合でもないな、くそぅ。


「で、リンネ嬢。キミが知る、その『サクラさん』についてもう少し詳しく教えて頂けないだろうか。僕たちの探す『咲良さん』はつい今朝、この森に来たはずなのだよ」


 打たれ強さでいえば俺より上かもしれない。気を取り直した小次郎が話し始めた。


「うん、まぁいいけど……。じゃあこんなところで立ち話もなんだし、アタシの工房まで行きましょう」

「工房?」

「うん。こっから近いし、お茶くらい出すわ。結果的にアナタたちに助けられた形だしね」


 確かに少し落ち着きたかった俺たちは、リンネと名乗る少女の言葉に甘えるべく、その工房とやらまで同行することになったのだった。



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