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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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Chapter.03 「強欲な少女とモンスター?(前編)」

 理解を越える出来事を前にすると、人ってのはこうも動けなくなるのか。

 獣と目が合ったまま、まるで車に轢かれそうになった猫のように、俺の体は固まってしまう。


「こんなところで何してるのっ下がって!!」


 しかし、直後聞こえた女の声が、その硬直を解かしてくれた。

 ビクンと跳ね上がるように丸太から降り、その陰へと身を隠す。


「ななななんだい、アレは……、くくく熊なのかい!?」

「お、俺が知るかっ」


 そこにはすでに小次郎が屈んでいた。

 小次郎の声は完全に震え上がっていたが、それを嘲笑うことなんて出来やしない。俺の声だって震えている。今になって全身から纏わりつくような汗も噴き出してきていた。


『ウガァアッオォォォォォォォン!!』


 森全体を震わすほどの雄叫びが耳をつんざく。

 その瞬間、ピンと背筋が凍る感触を得た。

 明確な敵意。殺意。脳裏に過るはあの禍々しい赤い瞳。


 全身が、全霊が、『逃げろ!』と叫んでいる。

 だが、先程聞こえたギィィンという金属音がまたも鳴り響き、同時に獣の『グルゥゥゥ――』という呻き声と、「ったくもう!」という女の苛立った声が聞こえる。


 足音が迫ってくる様子はなく、俺は恐る恐る丸太の陰から顔を出した。


「――っ!?」


 声にならなかった。

 その視線の先では、獣から俺たちを庇うように一人の少女が対峙していたのだ。

 チラッと覗かせるその風貌は確かに少女。俺より二つ三つは下に見える。

 当然ながら、あんな怪物を何とかできるようには見えない。


「おいっ早く逃げろ!」


 俺は無意識の内にそう叫んでいた。むしろ再び目の当たりにしてしまった危険に俺の方がすぐさま逃げ出したかったのに。


 しかし、その少女は獣から目を逸らさず、殊更もなくこう言う。


「イヤよ勿体無い。アナタたちこそさっさと逃げれば?」


 勿体無いって、なにが?

 もしかして猟友会とかソレ系の人なのか?

 毛皮でも剥いで売りさばこうとか考えているのか? 


 確かに妙な格好はしている。

 サイドアップにした長い髪はともかく、首から胸に掛けて、それと左腕、両足に鉄製の防具を装備しており、腰の革製ベルトには括りつけられているのはおそらくナイフだろうか。

 そして、右手には短い棒のような物を握っている。

 

 あたふたしている俺を他所に、少女は気合いの篭った一声を上げた。


「イグニス!」


 するとその声に反応するように、少女が手にしていた棒から赤光が伸びた。それはさながらビームサーベルとかライトセイバーかのように。


「バカかっ、そんな子供のおもちゃじゃどうにもならんだろ!!」


 俺は突っ込むようにそう叫んだ。

 獣が放つ存在感は遠目に見ても圧倒されるほどの現実味を放っているのに対し、それに立ち向かわんとするのは少女であり、しかも構えたのが猟銃ではなく、光剣ときている。

 せめてモデルガンとかなら――ってそれでもダメか。


 しかし、少女は俺の叫びにピクリと反応を見せただけ。

 そのまま何も言わずに異形の獣へと突撃を仕掛けた。

  

 おもちゃだろうがなんだろうが、それを獣が黙って見ているはずもない。

 黒い毛皮に覆われた極太の両腕が少女目掛けて振り下ろされる。


 羽交い絞めにしてでも止めるべきだった。

 少女を抱えてでも逃げるべきだった。

 そんな後悔の念が胸を刺してくる。

 

 だが、目の前で少女がぺしゃんこに押し潰されることはなく、何とも信じられない光景が繰り広げられた。


「おっ、おっ、おおっ」


 赤光の剣と剛腕が何度もぶつかり合い、その度にギィンという音が響く。先程から聞こえていたのはこの音で間違いない。

 見た印象ではこんな音が響くはずもない両者のぶつかり合いだが、獣の体は鋼のように硬く、少女の光剣もそれに匹敵するほどの硬度を持っているということなのだろう。


 猛獣と闘う可憐な少女。

 まるで映画のワンシーンでも見ているかのように、俺はそれに釘付けにされた。


 しかし、現実は映画のように事が進まない。


 どこからどう見ても少女が不利。

 互いの得物が互角でも本人の身体能力の差は如何ともし難く、単純に腕力の差が歴然とし過ぎている。

 それでもよく善戦していた方だとは思う。

 が、六度目のぶつかり合いの際、少女は大きく吹き飛ばされてしまった。


「キャッ!」


 少女は苦痛の声を漏らしながら地面を転がる。

 その瞬間、頭よりも先に、体と心が動いた。


「小次郎っ!」

「わかっているのだよ!」


 俺たちは丸太の陰から飛び出した。

 熊の怪物は少女の元へと向けていた注意をこちらに向け直してくるが、一直線に突進する俺と、少女の元へと駆け寄る小次郎の、そのどちらに狙い定めるか、若干の逡巡が見受けられる。

 その隙に、俺は少女の手から弾き飛ばされた短棒を拾い上げた。

 長さはちょうど拳二つ分。固い素材でできているが、丸みを帯びており質感はいい。他は宝石のようなものが装飾されている以外、特に変わったところは見当たらない。

 ただ、こうして手にしてみて、これがおもちゃでないとはわかったが、先の赤い光刃はすでに消えており、振ってみたところで再度出てはくれなかった。


「マドモアゼル、大丈夫かい」


 小次郎が倒れた少女を抱き起こすと、しっかりと意識はあるようで「う~ん……」と頭を振る。


「あ~、大丈夫、大丈夫……、痛っ~」

「右手かい?

 動かさない方がいいのだよ」


 しかし少女は小次郎の心配を華麗に無視すると、ハッと目を開け、その目に映った光景を見て更にハッとした。


「ちょ、ちょっとっ、なにしてんのよ!

 それアタシのエモノでしょ!!」


 少女はすぐさまそう叫んだ。『得物』か『獲物』か、どちらを気にしたのかは不明だが、声を聞く限りは問題なさそうだ。


 しかし、今の俺は少女へ言葉を返している余裕を持ち合わせていない。

 獣は武器を手にした俺を脅威と判断したのか、完全にその双眸を俺だけに向けてきており、研ぎ澄まされた牙が飛び出る口元からは『グルゥウウ』と息が洩れている。


 とりあえず、俺は刃のない棒を正眼へと構え、化け物熊を睨み返した。

 山などで熊に遭遇してしまった時は絶対に目を離してはいけないと、そんなことをどこかで聞いたこと覚えがあったのだ。死んだふりなどは愚行中の愚行らしく、背中を見せて逃げるのもダメで、最も効果的なのは目を逸らさず、ゆっくりと後ずさる形で逃げること。

 それがこの熊と呼んでいいのかわからない獣に通じるのかは当然知ったことではないが、今この瞬間、こうして対峙出来ているということは少なからず効果があると見ていいかもしれない。

 獣は警戒するように俺の動きを見つめたまま仕掛けてこなかった。


「小次郎、その子を連れて逃げろ。走るなよ、慎重に、な」


 熊を刺激しないように俺がなるべく小声でそう言うと、小次郎は「ウム」と頷き、少女に手を差し伸べた。


「無理」


 だが、少女は首を横に振る。

 何が無理なのかは聞くまでもない。逃げきれないということだろう。

 その抑揚のない一言には妙な説得力があり、そもそもそんな上手くいくとは期待してなかった。


 俺は短く息を吐き、頭の中を切り替える。


 なら、あとはもう、やるしかない。

 心の弱さが敗北に繋がることを俺はよく知っている。

 やると決めた以上、相手がどんな強者であれ、必勝の意志を持って挑まなくては勝てる試合も勝てない。

 俺の家は代々、真剣を扱う古剣術道場を営んでおり、俺も咲良も小学校に上がったくらいからずっとその心構えを教えられてきたのだ。


 だが、俺にとって大事なことは、あくまで妹を迎えに行くことであり、それは生き残らなければ叶わない。


 熊だろうが化物だろうが、邪魔する奴は捻じ伏せる!


「教えてくれ。コレ、どうすれば使える?」


 俺は怪物を睨みつけたままにそう呟いた。

 少女はそれが自分に向けられた問いだとすぐにわかったようだったが、答えが返されるまでは一拍の間があった。


「……山分けだからね」


 この期に及んでそれ心配するぅ!?

 俺は呆れ半分、若干吹き出しそうになるのを堪えて、ほんの少しだけ首肯した。こんな意味不明な獣の肉も毛皮も一切欲しくないし。


 少女はそれで納得したようで、仕方なくといった雰囲気を醸し出しながら口を開いた。


「頭で炎をイメージして。それからそのウィズ(・・・)の名を言葉にするの」


 ウィズとはこの棒のことだろう。

 色々と思うところはあるが、百聞は一見にしかず。

 つい先程、俺は実際にこの柄から光刃が出るところを見ているのだ。

 あれこれ考えるのは後からでも遅くはない。


 炎をイメージ――、俺はその昔、家の近所で起きた火事のことを思い出した。

 煌々と夜闇を照らしながら燃え盛る廃倉庫。

 離れた場所にいながらも肌をジリジリとさせる熱。

 背中が疼くのを感じ、そして――、


「イグニス!」


 俺は叫んだ。渾身の気迫を込めて。



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