Chapter.04 「そして四人は」
「では、次にあなたたちの処遇についてですけれど――」
咲良たちを見送った後、ダニエラさんはそう切り出した。
おそらくは罪に問われないだろうと予測は出来ても、さすがに背筋がピンとする。
「状況が状況だっただけに、協会内へ無断で侵入したことは咎めないこととします。プロフェッサーの研究資料を持ち去ったことも同様です。ただ、その内容を知ってしまったこと――。それだけはどうしても、このままにしておくわけにはいきません」
やはり此度の召集は情報拡散を防ぐ為のものだったようだ。
無論、誰かにペラペラと流布して回ることなどするわけもなく、喋るなと言われればそれに従う。
しかし、プロフェッサーの研究が悪用されれば、その危険度は計り知れないものとなるだろうし、口約束だけで封じるには事が大きすぎるというのも十分に納得できる。
もしかすると、リンネが早々と嘱託技師に任命されたのも最も詳細を知る人物を抱き込むためのことだったのかもしれず――、とすると、ダニエラさんが俺たちにどんな処遇を下すのかも自ずと予想がついてくる。
「だからあなたたち四人にはこれからしばらくの間、私の監督下に入ってもらうわね。監視と報告が義務付けられてしまうのだけれど……、いいかしら?」
いいも何も、断れば拘束されるのが目に見えている話であり、これは事情を知ったダニエラさんが提示してくれた最大限の優しさだ。
断れるはずもなく、また断る理由も在り得ない。
俺たち四人全員は一斉に首を縦に振ると、
「よかったわぁ」
と、ダニエラさんはホッと胸を撫で下ろした。
「それでね、これは強制ではないのだけれど、アリマちゃんとコジローちゃんに一つお願いがあるの」
「フッ、なんなりとお申し付けください。グランマ」
「おい小次郎、馴れ馴れしいぞオマエ」
小次郎の態度にイラッと来た俺は肘で脇腹を小突いてやる。
「あら、いいのよ。アリマちゃんも気軽にグランマって呼んでちょうだいな」
「そ、そうですか……。じゃあ、グランマ。俺たちは何をすればいいんでしょう?」
そう伺いたてると、グランマは手のひらを重ね合わせ、
「あのね――、二人とも魔装士になってくれないかしら?」
と、おねだりするように小首を傾げた。
「それは、グランマの下で働くってことですか?」
「ええ。もちろんそれに見合った報酬も支払われますし、魔装士になれば自然と守秘義務が発生しますから、ある程度の自由も利くと思うわ。それとね――」
「……それと?」
「実は今、取り急いで対処しなければいけない案件があるのだけれど、それが少し厄介で、どうしても腕に信頼のおける子にしか任せられないの……。私はほら、まだこっちに来たばかりでしょう?
だからね、出来ることなら、S級魔装士と渡り合ったあなたたちにお願いしたいって思ってて」
「はぁ、なるほど……」
ん~、どうしたものか。
強制でないならば、断るという選択肢が与えられていることになる。
その場合、俺は今まで通りヴァルカンの温泉宿で働くだろうが、もしかすると監視が付くことで女将さんたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
しかし、仮にもしこの申し出を受けたなら、宿の人手が減ることになってしまう。
散々お世話になっておいて、いきなり『辞めます』ではいくら何でも申し訳が立たないだろう。
「あのですね。俺は今、ヴァルカンの温泉宿でお世話になってるんです。出来るだけそちらに迷惑が掛からない形にしたいんですけど……」
「あら、そうね。そうよね……。えっと、なら、そうだわっ。アリマちゃんがお留守にするときは代わりを手配するということでどうかしら?」
「え、まぁそれならいいかもしれないですが……、そんな都合のいい人っていますかね?」
適当な人物に代わりを任せてしまってはそれこそ本末転倒だ。
基本的に俺が行う宿での仕事は掃除や後片付けなどの裏方で、客前に出ることこそ少ないが、その分、労働力が求められる。力仕事も多いし、家事をこなす能力が必要だ。
実家の道場を毎日欠かさず掃除していた俺にとってはさして特別なことでもなかったが、慣れてない者では逆に足手まといになりかねない。
しかも、そこに『俺がいない時だけ』という制約が加わってしまうのでは、ハイスペックニートでもなければそうそう見つからないだろう。
だが、グランマはすぐ脇にチラッと視線を送り、
「ねぇリュミちゃん、お願いできる?」
と、リュミエールさんに話を振った。
「はい、私がお引き受けします」
リュミエールさんも無機質な二つ返事でそれを了承する。
「そんな簡単に……、いいんですか?
グランマの補佐とか、それにトーマスさんの了承も――」
「お気遣いありがとうございます。ですが、どうぞご心配なさらずに」
いやいや、確かにそれも心配なんだけどね、その愛想の無さの方が不安になるんですよ……。
「リュミちゃんに任せてておけば本当に大丈夫よ、アリマちゃん」
「あ……、はい。それじゃあ……」
グランマに念まで押されてしまえば、これ以上ウダウダするのも返って失礼になってしまう。
かなり心配ではあるが、俺はしぶしぶと頷くしかなかった。
「ありがとう。コジローちゃんの方はどうかしら?」
「フム。僕に関しては現在の雇い主がそこにいるのだよ。コーエン氏、いかがかい?」
「ん、ああ。もちろんいいぞ。しっかり役に立ってこい」
「だそうなのだよ、グランマ。この僕とアリマくんに任せておけば、どんな魔獣でも仕留めて見せるさ」
小次郎は軽々しくそう言ってのけたが……、コイツ、重大なことを忘れているようだ。
「待て、小次郎。すみませんけどグランマ、一ついいですか?」
「どうしたの、アリマちゃん?」
「俺も小次郎もですね、魔装を持ってないんです。しかもリンネにかなりの借金を抱えてまして、魔装を買う余裕もないんですよ」
「あらあら……」
それを聞いたグランマは、困ったようにリンネへと視線を向けた。
「……そんな目で見ても借金チャラになんてしないわよ、アタシはっ。そこの二人とお兄ちゃん、それにサクラもだけど、全部で魔装四本分を立て替えてるんだもん。しかも一からの手作りよ?
それだけあれば工房だって改装出来ちゃうんだから――、ゼ~ッタイ、チャラになんてしないっ!」
貧乏どん底生活真っ只中だったリンネにとって、あの時俺たちに作ってくれた魔装はまさに命を賭けた代物だっただろう。俺としてもしっかりとその分は返済したいと考えているが、先立つものがないのもまた事実だ。
「じゃあ、二人の新しい魔装代は協会で持ちましょう。こちらがお願いしてることですから、それくらいはしないといけないわね」
グランマはそう言うと、リュミエールさんに指示を出す。
それを受けたリュミエールさんは、脇に置かれていた机の引き出しから長方形の紙束を取り出すと、インクと羽ペンと共にグランマへ差し出した。
「ん~そうねぇ……、これくらい、いえ、奮発してこうしちゃいましょう」
そう呟きながらすらすらと何かを書き、記入した紙束の一枚目をピリッと破いてリンネへと渡す。
「なっ!!」
おそらくは小切手のようなもので、魔装制作へ支払われる代金が記入されているのだろう。
その紙に目を落としたリンネは、今までに見せたことのないようなとんでもない顔をした。
あのプロフェッサーと対峙した時だって動揺を見せなかったリンネが、明らかにその金額を見て心を揺らしている。
「これならリンネちゃんが仕立てて――」
「やるわ!」
その返答は若干喰い気味に発せられた。
「これ、ホントに支払ってくれるのよね?」
「ええ、即金で。材料もこちらで用意するわね」
「即金っ!?
ひゃあ~~~っ。やったわぁっ。早速、工房の改装計画立てなくっちゃ!!」
くねくねと踊り出すリンネ。どうやらよほどの破格だったらしい。
しかし、グランマから発せられた次なる一言により、それは一転することとなった。
「じゃあ、明日の朝までお願いね」
「……へ?」
「明朝には任務に出発してもらわないと。だからそれまでにお願い」
「も、もし間に合わなかったら……?」
「残念だけれど、報酬はなしになっちゃうわぁ」
「は、はわわ……。お、お兄ちゃんっ、て、手伝ってぇ~!」
「お、おうっ!」
顔面蒼白させたリンネはコーエンさんを引っ張って部屋から脱兎の如く出て行った。
「それじゃ、アリマちゃんとコジローちゃんにはこれから試験を受けてもらいしょう。とりあえずの魔装はこちらで用意するから、今日だけはそれを使ってちょうだいね」
「……あ、はい」
「……わかったのだよ」
茫然としていた俺たちも、グランマと共にこの部屋を後にしたのだった。




