Chapter.01 「身に覚えがありました」
ヴァルカンからフォレノスまでの距離は徒歩で半日ほど。
日が暮れる前には着きたいと俺たちは夜明けと同時に宿を出発した――のだが、その道中、運のいいことに同じ方向へ向かうという商人が馬車に乗せてくれたおかげで、フォレノスに到着したのは太陽が真上に昇る頃だった。
「お兄。早く着いたし、協会行く前にご飯食べてかない?」
「じゃあコーエンさんも誘ってみるか」
「うん。お世話になりっぱなしだし、今日は私たちでごちそうしよう」
「だな」
魔晶石の店を営んでいるコーエンさんは配達でヴァルカンまで来た際、必ず俺たちが働く宿に顔を出してくれる。温泉が気に入ったとは言っていたが、異世界から来た俺たちが上手くやっていけているのかと心配してくれているのだろう。
咲良を捜していた時も支えてもらったし、その恩義は少しずつでも返していきたい。
と、コーエンさんの店までやってきた俺たちだったのだが――。
「ま、待つのだよっ、なんでこの僕が連行されなくてはならないんだいっ!?」
その店先では、見慣れたもやし男が大声を上げていた。
小次郎は現在、コーエンさんの店でバイトをすることでリンネへ支払う魔装代を稼いでいる。
長い髪を縛り、額には手ぬぐい、そして前掛けを下げたその姿はすっかり板についており、まるで酒屋の兄ちゃんって感じだが、今はなぜか三人の――おそらくは魔装士と思われる男たちに囲まれていた。
「おい小次郎……。お前、ついにやらかしちまったんだなぁ……。覗きか、痴漢か?
それとも万引き……、いや、食い逃げ?」
俺がそう言って近づくと、小次郎はすがるような視線をこちらに向けてくる。
「あ、有馬くんっ……と、さ、ささっ、咲良さぁん!?」
「……こんにちは、小次郎さん。あの……、食い逃げしちゃったんですか?
いくらお金がないからってダメですよ。しっかりと罪を償ってきてくださいね……」
咲良のその言葉に、小次郎はこの世の終わりのような顔をして、
「ち、違っ、僕は無実なのだよぉ……」
と、瞳を潤ませる。
すると、小次郎を囲む三人の内、最も若そうな一人が俺に向かって鋭い視線を送ってきた。
「ん、アリマというのはキミだな。ムサシノアリマで間違いないか?」
「……ええ、まぁそれは俺のことですね。で、アンタ達は?」
高圧的なその態度に、自然と俺の方も言葉に力がこもる。
「我々は此度、新しく任に就かれた支部長直属の魔装士だ。『コガネジョウコジロー』、そして『ムサシノアリマ』の両名を拘束、連行せよとの命を受けている」
「……ちょちょ、ちょっと待って。それって支部長さんからの命令ってこと?」
「如何にも」
「だったら人違いじゃないですかね?
呼び出されてるのは妹のムサシノサクラなんですけど……」
「その件も把握している。だが、我々が連行せよと命じられたのは先に述べた二人で相違ない」
「だって、俺はコイツと違って食い逃げなんてしてないですよ!?」
俺が男にそう訴えると、
「ボクもそんなことしていないのだよっ!!」
と、隣で小次郎が叫ぶ。
「……だったら、俺たちが拘束される理由はなんです?」
どちらにせよこの後、俺も咲良に付き添って魔装士協会に顔を出すつもりではあったが、だからといって連行されるのとはわけが違う。理由もわからないまま従う謂れもないだろう。
そもそも俺には拘束されるようなことをしでかした覚えは一切ないのだ。
「キミたちには機密奪取の嫌疑が掛けられている」
「……機密?」
「ねぇ、お兄……『きみつダッシュ』ってなに。速く走れるヤツ?」
そうそう。ボタンを押すと速く走れて、一マスくらいの穴ならそのまま通れる――って違うよ咲良、それはBダッシュだよ。
機密奪取。つまりは、俺たちが何らかの機密を奪ったということだ。
「身に覚えが――」
「協会に忍び込み、先代支部長であるプロフェッサーの研究成果を奪い去った」
『…………あ』
俺と小次郎の声がハモる。
「その実行者がコガネジョウコジローとリンネ=トルディア。それを教唆したのがコーエン=トルディア、そしてキミ、ムサシノアリマということらしいが?」
はいはいはいはい、身に覚えがあります。ありました。
確かあの時は小次郎が囮となり、その間にリンネがプロフェッサーの私室から資料を盗み取ってきたと言っていた。そもそもが窃盗。機密奪取だけでなく、不法侵入のおまけもつく。
俺とコーエンさんがその教唆をしたと言われると若干微妙なところではあるが、俺の為にやってくれたことには違いがない。
咲良のことやら原魔の出現やらですっかり頭から抜け落ちていた。
つか、今の今まで罪の意識が全くなかったぜ……。
「……あのぅ、ちなみにあとの二人は?」
「すでに協会へと連行済みだ」
「ああ、コーエン氏とリンネ嬢は昨夜、魔装士協会に呼び出されていたのだよ」
「…………」
捕まるのがいずれは元の世界へ帰る俺たちだけならば何とでもなるが、それにあの二人を巻き込むことは出来ない。恩人に更なる迷惑をかけないようにする為には、まずは一連の罪を全てこちらの責任として引き受ける必要がある。
ま、そうなれば逃亡生活が確定するようなものだけどな……。
「お兄、どうするの?」
「ハァ……、呑気に昼飯食ってる場合じゃないらしいな」
新支部長次第では『話せばわかる』という可能性もまだ残っている。
今は素直についていくのが一番だ。
「ご同行頂けるか?」
「……ええ」
こうして俺たちはすごすごと魔装士協会へ連行されていったのだった。




