表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
16/33

Chapter.12 「コーエンの過去」

 リンネの工房にある台所には洒落たティーカップなどはなく、代わりに木製のジョッキがいくつか並べられていた。床に青魔晶石が嵌められた氷室があり、そこを開けると食材と一緒にお茶も冷やされている。

 俺はそのポットを取り出し、ジョッキ二つと一緒にテーブルまで運んだ。


「どうぞ」

「ああ」


 それをジョッキの八割程度まで注ぎ、コーエンさんの前に差し出す。

 その後、自分の分も注いで、吐き出しそうな感情を飲み込むように半分ほど一気に呷った。コーエンさんは唇を湿らす程度に口を付けている。


 五分ほどだろうか。しばし無言状態が続いた後、コーエンさんの方から口を開いた。


「オレは――、アリマ、お前に謝らないといけないのかもしれない」

「?」


 コーエンさんに頭を下げられるような心当たりは俺にはない。むしろ多大なる感謝を込めてこちらの方が頭を下げなければいけない立場だ。

 首を傾げた俺を見て、コーエンさんは意を決したように言葉を続けた。


「オレさ、今は石屋やってるけどよ、前は魔装士だったんだよ」

「はぁ、そうなんですか」


 謝罪云々と脈絡がないように思えてやや戸惑ってしまい、気の無い相槌を返してしまった。が、コーエンさんはそれに気を悪くすることもなく続きを話した。


「まぁ、だったつってもな、一度試験に受かっちまえばその認定が消えるわけじゃねぇから、今もそうだっつえばそうなんだけどよ」


 魔装士というのは検定試験のような仕組みに近いらしい。違う点は試験を受けるランクを受験者が決めるのではなく、試験結果に応じたランクが交付されるという所だ。

 ちなみに咲良は(S・A・B・C・D)の五段階の内、Aランクとして認定を受けていると耳にした。


「当時のオレはS級になることを目指していた。S級ってのはよ、通常の試験じゃなれねぇんだ。まずはA級の認定を受けて、それから協会に多額の寄付金を積み、それでやっと挑戦権が得られる」

「挑戦権?」

「そうだ。S級は世界に八人しかなれねぇって決まってる。要はその八人の誰かよりも自分の方が上だってことを証明しなくちゃいけねぇわけ。その挑戦権だ」 


 具体的には、定められたルールの元で試合を行うそうだ。もちろん魔装も使用する。


「その挑戦権を得るにはまずはとにかく金が必要だった。そんな時、高額報酬の依頼が協会から出された。当然、報酬に見合っただけの危険な仕事――、原魔の討伐だ」



    *****



 ――三年前、一体の原魔が現れた。

 ソイツはやたらと行動的で、凶暴で、近隣の街や集落を次々に襲って回っていた。ソイツがばら撒く瘴気のせいで計り知れない数の魔獣も一緒になって暴れ出すと、空気感染する伝染病のように、一気に被害が拡散していった。


 魔装士協会はその事態を重く見て、八人のS級魔装士を中心に編成した討伐隊を各地に派遣した。

 その内の一つ、当時最強と謳われたS級が指揮を取る原魔担当部隊に志願した魔装士はA級十二名の精鋭たち。


「そこに当時のオレも参加した。一番報酬が良かったからな」


 S級になる為に必要な寄付金を用意立てる為だ。


「そして、まだA級だった『アイツ』もいた。プロフェッサー、いや――、実の名をシルバ=ハモニカ」


 シルバは魔装士としても腕は確かなようだったが、それよりも当時から魔導技師として注目を浴びていた。本人も自分は魔導技師だと言っていたし、それまで討伐隊などにも参加したことはなかった。


「けど、シルバは原魔討伐に志願していた」


 俺は黙って耳を傾ける。


「で、その隊の指揮を取っていた最強のS級ってのが、アイツの妹だったんだ」

「妹?」

「ああ。つってもな、当たり前だが工房にいたサクラのことじゃねぇぞ」


 名はセシリア=ハモニカ。魔装士としての資質も戦闘技術も実兄より数段優れ、更にはシルバの作り上げた特大の三日月斧型魔装を易々と使いこなすその容姿から『三日月の姫君』の通り名で名を馳せた、その当時の世界最強魔装士だった。


「妹のことが心配だったのか、自分の作った魔装が原魔に通じるかを確かめたかったのか、そのどちらもなのか……。まぁ知ったことじゃねぇけど、とにかくオレたちはそこで出会ったんだ」


 セシリア指揮の元に掲げられた原魔討伐作戦は以下の通り。

 原魔が次に襲うだろう箇所に先んじて隊を配置する。

 そして現れた原魔を取り囲むように陣取り、辺りの魔獣をA級たちが、原魔本体をセシリアが相手取る。

 それだけだった。

 セシリアと他の魔装士では実力差もあり、且つ、セシリアの魔装が共闘に不向きな大型だった為、それが最善だと下された。もちろんそれに異を唱える者はおらず、世界最強が負けるはずがない、と誰しも思っていた。


「その作戦の舞台となったのはオレたちの故郷だった。まだ親父とお袋と一緒にリンネもそこで暮らしていた」


 すでにコーエンさんは近隣の街で一人暮らしを始めていたそうだ。


「オレの夢が魔装士だったように、リンネは魔導技師を目指していた。

――お兄ちゃんの魔装はアタシが作ってあげるから!――

 なんつっててな。俺もリンネの作った魔装で戦いたかった」


 そんなリンネも、両親や村の人たちと一緒に予め避難させてある――はずだった。


 村の中で身を隠して待ち構える討伐隊。

 そこに件の原魔が姿を現した。


「その手には、ぐったりとしたリンネを引き摺って」


 原魔は村へ到着する前に村人が避難していた場所を襲ったのだろう。


「その場の全員が動揺した。けど、一番動揺したのは間違いなくオレだ。作戦なんて頭から抜け落ちた。ただただ叫んだよ。妹なんだ、助けてくれ、協力してくれ、救ってくれ、って」


 しかし、誰の目から見てもリンネの生死は絶望的だった。


 いくつもの街を滅ぼし回る凶悪さ。

 魔獣とは比べものにならない凶暴さ。

 そんな原魔と相対して、すでに事切れていると思われる人物を奪い返そうなどと考える魔装士はいなかった。


「しかもオレが叫んじまったせいでな、奇襲を掛ける前に警戒されちまった。もうそれからは各個撃破、行き当たりばったりの乱戦だ。そんな中でも、オレはひたすらに叫ぶことしかできなかった。体が固まっちまってた」


 コーエンさんがリンネのことをどれだけ大切に思っているかは俺にもわかる。もし咲良が同じ状況になったら、ショックで俺も動けないかもしれない


「そんな中、オレに声を掛けてきたヤツがいた」


 右手に自身と同じくらいの三日月斧を抱えた美しい金髪の女魔装士。

『三日月の姫君』こと、セシリアだった。


 セシリアは言った。


『ボクにも兄様がいるから』


 その一言だけを告げ、迷わず原魔に向かっていった。


 すでに数人の魔装士が原魔に為す術もなくやられている。その屍を越えて、セシリアは立ち向かっていった。


「ホントならオレが行かなきゃいけねぇのに。すっかり震え上がっちまった足は動いてくれなかった。でも――、彼女が突き動かしてくれた」


 セシリアは強かった。一人で原魔と互角に打ち合い、そして、隙を作った。


『まだ生きてるよ!』


「その瞬間、オレは走った。セシリアと原魔の脇をすり抜けて、リンネの元まで一直線に」 


 たが、過度の瘴気に中てられたせいでリンネは瀕死の状態だった。一刻も早く対処を施す必要があった。


「オレはそのまま、リンネを抱えてその場から走り去った。近くに医者がいるのを知ってたんだ。村はずれに一人で住む偏屈な爺さんで、避難しろっつっても聞かなかったからな」


 振り返ることもしないまま、リンネを医者まで運び込んだ。

 挨拶する間も惜しんでリンネを診せた。

 だが、いつもならば文句をたれながらも的確な治療を施す老医が、その時ばかりは顔を歪ませ、首を横に振った。

 それは、無慈悲なまでに下された宣告に等しかった。


「オレはすぐに飛び出したよ。死にゆく妹を見ていられなかったわけじゃない。たった一つ残された、可能性に賭けたんだ」




 コーエンさんはジョッキのお茶を一口。

 そして続けた。


「知ってるか?

 魔晶石にはな、実は五色目があるんだ」


 赤、青、緑、黄。その四色は目にした。

 が、もう一色はコーエンさんの店にも並んでいなかったと記憶している。


「紫ってのがある。サクラがしていた指輪みてぇな黒っぽいのじゃなくてな。もっと鮮やかな、透き通るような紫色だ。それは原魔だけが落とす貴重な物で、『命』が宿っている」

「命……ですか?」

「ああ、紫はな、どんな傷でも病気でも治してくれる。死者すら蘇るって噂もあるくらいだ」


 可能性とはそれのことだろう。


「セシリアでやっと互角っつう原魔のでたらめな強さを見たばかりでも、オレが敵うはずねぇってわかっていても、どうしても必要だった。それしかなかった……」


 コーエンさんはその当時を思い出してか、まるで口いっぱいの苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


「セシリアが負けるはずねぇって心底思ってたからな。そん時のオレは、そのセシリアからどうやって紫魔晶石を奪い取るか、そればかり考えていたんだ……」




 大急ぎで戻ると村一面が血の海と化し、そこに死体の山が積み上がっていた。魔獣のもあれば魔装士のもあった。

 一目見て終わったんだと思った。原魔の姿も見当たらなかった。


「オレはセシリアを探した。で、目に入ったのが、地面に突き立った彼女の魔装だった」


 その脇では、セシリアが天を仰ぐように横たわっていた。

 虚ろな視線と目が合うと、固く握られていた彼女の右掌がそっと開かれる。


『――キミには、これが必要だろう?』


 それが彼女の最期の言葉となった。

 その白く美しい掌にあったのは、紫色の螺旋模様が輝く魔晶石。


 セシリアは致命傷と引き換えに原魔を討ち取っていた。

 そして、万が一誰かに奪われない様、魔晶石を固く握り締め、それを必要とする男の到着を命の限り待っていた。


 今日初めて顔を合わした他人の為、ましてやその妹の為に、彼女は文字通り死力を尽くしたのだ。


「……その時、オレが何を思ったと思う?」


 そう問うコーエンさんの表情を見て、俺は察した。

 けど、言葉にするのが躊躇われた。


「よかった。これで妹は助かる」


 その場にいたら、きっと俺もそう思ってしまっただろう。


「そう思った。目の前で息絶えた恩人に対して、感謝の気持ちよりも、自分の願いが叶うことに喜んだ」


 そして、自身の命がここにあるという安堵すら押し寄せた。矮小で醜悪な自分に嫌気がさした。


「……そこでオレはふと気付いたんだ。手元に残された紫魔晶石を使えば、セシリアは蘇るかもしれねぇことに」


 死者を蘇らすというのは噂に過ぎなかった。だが、試す価値は十分にあったはずだ。


 だが、できなかった。

 セシリアに使ってしまえば、もうリンネが助かる道はない。

 そんなこと当然わかっていた。

 そう悩んだふりをすることで、自身に言い訳が欲しかっただけだった。


「セシリアはオレが夢見た本物の魔装士の姿だった。けど……、けどオレ自身は、自分のことしか考えられない、クズにも劣る存在だと、その瞬間に思い知った」


 ほどなくして、リンネは一命を取り留め、その後日、亡くなった魔装士たちの合同葬儀が執り行われた。


「そこにシルバの姿があったよ。俺以外全滅だと思っていたが、アイツも生き延びていたんだ。当然、事の顛末も把握していた」


 作戦を壊し、多くの犠牲を払う結果ともたらした。

 その中に、自身の妹も含まれ、且つ、それを見殺しにした。


 プロフェッサーからすれば、コーエンさんはそういう存在なのだろう。

 先程対峙した時に見せた二人の様子はこういった経緯があってのことだったのだ。


「シルバ=ハモニカという男はその日を最後に姿を消した。オレもその日を境に魔装士から足を洗った。こんなクズが目指していい夢じゃねぇって思ったんだ」

「でも、それは何が何でもリンネを救おうと――」

「いや、オレ自身が納得できなかった。良しとできなかった。結局オレは、自分のことしか考えてなかったんだよ……」

「…………」


 俺は何も言えなかった。


 コーエンさんが選んだ選択、考えたこと、それは俺も取り得るものだが、それを伝えても慰めにすらならない。

 過去が変わることも、ない。


「さっき顔を合わせるまで、オレはプロフェッサーがシルバってことを知らなかった。多分だけど、知ってるヤツは他にいねぇ。顔を隠しているのも素性を隠す為だろうな」

「リンネもこのことを?」

「ああ、知らねぇ。つかな、リンネはその頃の記憶を失っちまってんだ。原魔に襲われたことも、なんで自分が助かったのかも、なんで魔導技師を夢見ていたのかも、全部な」


 コーエンさんの表情が今日一番、悲痛に歪んだ。

 俺はリンネが以前、魔導技師を目指した理由について曖昧なことを言っていたのを思い出した。多分、リンネはコーエンさんが魔装士だったことすら覚えていないのだろう。


 それは、酷く悲しいことだと感じる。


「長々話して悪かった。詰まる所オレが言いたかったのは、シルバはサクラのことを死んだセシリアに仕立て上げてるんじゃないかってことでな」


 おそらくコーエンさんはあの咲良を見て、セシリアさんとダブるところがあったのだ。状況的に鑑みてもその考えには筋が通っている。


「で、元を辿れば、原因はオレにあるのかもしれない」


 だから謝る。そういうことだ。


「それは……」


 それは結局『たられば』に過ぎない。

 あの時、コーエンさんがセシリアさんに紫魔晶石を使っていたらリンネは助からなかった。

 もっと上手くやれていれば、何かが少しでも変わっていれば、もしかするとそういった状況を招かずに済む結果があったのかもしれない。


 でも、それはもう起きてしまった過去のこと。今更嘆いても結果は変えられない。

 俺は言い掛けた言葉を飲み込み、新たにした。


「それでも、いえ、それなら……、今回の一件でプロフェッサーは、実の妹に人殺しをさせたってことになります」


 あの感じから、咲良――、ここではセシリアさんとなるが、彼女の独断で三人を殺したとは思えず、何らかの指示がプロフェッサーから下されたと考えるべきだろう。想像するに、ヴォルノイン火山討伐隊で咲良に何かしたのを目撃され、その口封じを行ったといったところか。


「そう、かもな」

「俺はコーエンさんの話を聞いて、セシリアさんという人がそんなことをするとは思えませんでした。咲良が洗脳でもされて自分をセシリアさんだと思い込んでいるのか、それともセシリアさんの人格が咲良の中にあるのかはわからない。けど、どっちにしろ、実の妹を人殺しの道具にするようなヤツは……、絶対に許せない」


 そうだ。もし今言った通りなら本当に許せない。

 俺はテーブルの上に置いたままになっていたイグニスを手に取った。


 本音を言うと、コーエンさんの話を聞く前にはすでにプロフェッサーを殺したいと思っていた。

 頭の中も心の中も八割は殺意で埋まっていた。今すぐアイツのところまで乗り込んでバサリと切りつけてやりたい。そう思っていた。


 もちろんリンネの考えが正しいかどうか、現時点での確証がないのもわかっていたが、理由だとか動機だとか手段だとか、そんなモノは関係なく、咲良に良からぬことをしている疑いがある時点で俺の中では有罪だ。

 そして今、そこにプロフェッサーの実妹、セシリアさんが関わっているという可能性。それを聞いた俺の殺意は九割に達した。


 しかし、残る一割がその殺意を鈍らせた。

 俺は頭の片隅でこんなことを考えてしまっていたのだ。


 コーエンさんはリンネを救いたいと思った。

 その結果、夢を失い、恩人を見殺しにし、一人の男を狂わせた。

 でも、俺には当時のコーエンさんの行為を否定することなどできはしない。きっと俺だって、何を犠牲にしても咲良を救おうとしたはずだから。


 プロフェッサーはセシリアさんを失ったことで悲しみに暮れ、やがて己を狂わしたのだろう。

 目的も手段も未だ確かではないが、きっとどこかで妹にもう一度会いたいと願う思いがあったはずだ。

 アルマトリカに来てから咲良に会えない辛さを味わった以上、その思いだけは理解せざるを得ない。


 だが、そんな思いが理解できたとて、こうして咲良を利用されたとあっては俺も黙ってはいられない。


 コーエンさん。プロフェッサー。そして俺。

 皆、自分の妹を大切に思っただけなのに、なぜこんな負の連鎖になってしまったのだろうか。


 俺はそんなことをふと考えてしまっていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ