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異世界の魔装士(ウィズリート)  作者: 秋川葉
第一章 ミッシングマイシスター
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Chapter.11 「リンネの考察」

「気に入らなかっただけ。初めはね」


 その日の日没頃。

 リンネの工房まで戻ってきた俺たちは、まず何かに勘付いた様子のリンネから話を聞くことにした。


「気に入らなかったって、何がだい?」


 プロフェッサーは高圧的な態度だったと思うが、その点に関してはこちら側に責があるともいえる。出入り業者だと思いきや、荷を届けるだけではなかったのだ。あちらからすれば警戒するのも当然で、ましてや元々も地位の高い人物なのだからそれくらいは致し方ない。


「アナタたちはサクラのことばかり気にしていたでしょうから気付かなかったかもしれないけど、プロフェッサーが部屋に入ってきてアタシたちを見た時のあの目。あれは警戒とかそういうことじゃなかったわ。完全なる敵意――、ううん。もっと言えばね、自宅に入り込んだ虫でも見るような目だったわ。それでカチンときたわけ」


 リンネはテーブルをバンと叩き、鼻息を荒くした。

 少なからず、同じ魔導技師として高名なプロフェッサーという人物への興味を持っていたリンネだ。その興味には期待や憧れのようなものも含まれていたのだろう。

 それが第一印象で大きく崩れ去り、幻滅と怒りがあのような言動を生んだきっかけだったのかもしれない。


「アリマ。アナタももうわかっていると思うし、ハッキリ聞いちゃうけどさ。アレってサクラ本人なんでしょ?」


 俺の中からは、もう認めたくないという気持ちは消え失せた。

 散々確認もしたし、これ以上は自分分をごまかすことなど不可能だ。


「ああ、咲良だよ。間違いない」

「うん。ま、あそこがプロフェッサーの工房だってわかった時点でみんなそう思っていただろうけどね。アリマが認めるならもうそれは事実ということ。それはいいわね?」


 俺も小次郎もコーエンさんも頷いた。


「でも、現在のサクラは正常じゃない。アリマ、その明確な根拠を挙げてみて」

「……第一に、俺の妹は本来ボクっ子ではない。第二に、咲良は兄のこと『お兄』と呼ぶはずが、『兄様』になっていた。その上、それをプロフェッサーに向けていた。第三、俺のことがわからない様子だった」


 特に第二、第三は俺に多大なるダメージを与えてくれた。今改めて口にしても胸が張り裂けそうになる。

 ただ、第一だけはたまにはいいかなって気がしないでもない。もちろん正常に戻ってくれた上での話だが。


 俺が列挙し終わると、リンネは「よくできました」と言って話を続けた。


「でもさ、今の三つの内、普通起こり得るのって三つ目だけだと思わない?」


 普通というのが何を示しているのかパッとわからず、俺は補足を求めるようにリンネへと視線を送る。


「だからね、前にアリマが話してくれたサクラの性格的な話よ。何かに夢中になって、その度が過ぎるあまりに周りが目に入らなくなる。その結果がもたらす状況っていうのに当て嵌まるのが三つ目のそれだけってこと」


 俺はそう言われて考えた。


 今までは夢中になった咲良にも確かに俺の言葉は届いていたが、今回はその域を越えた事態となっている。

 だが、この事態は今までも起こり得たことだ。

 よってこれは本来の咲良が持つ性格的特性の延長線上にあるといえるだろう。


 では、残りの二つはどうか。

 何かに夢中になりすぎたことが影響していきなりボクっ子に変貌したり、口調が変わったりするのだろうか。


 頭の中が霞がかったようで答えがハッキリと見えない。

 原因と結果が結び付いていないように思える。


「要は、一つ目と二つ目は周りが見えてんのよね。誰かに対して自らを『ボク』と呼び表し、プロフェッサーを『兄様』と呼称する。これらは周りに向けられたものであって、逆に外部から何らかの影響を受けた結果だと推測できるわけ。単純に、咲良の性格と結び付かない結果が現れちゃっているのよ」 

「フム、それはやや矛盾しているように思えるのだよ。周りが見えなくなってしまった咲良さんが外部からの影響を受けるのだろうか?」


 俺の頭にかかった霞は小次郎が指摘した矛盾点に通じるものがある。

 周りが見えているのかいないのか。その点がハッキリしていないのだ。


「これはまだ想像だけど、その矛盾を無理やり取っ払える説が二つあるわ」


 リンネはまず人差し指を立てる。


「一つ、まだ周りが見えている時に何らかの影響を受けた。その結果、本来はアリマに反応するはずのところ、それがなぜかプロフェッサーに代わってしまった」

 

 過去、夢中になった咲良を俺が迎えに行ったように、何らかの影響を受けたせいで、咲良の中では俺の役をプロフェッサーが果たしている。そういう説だ。


 続けてリンネは中指も立ててVサインを作った。


「二つ、内部からの影響を受けている」

「内部から?

 それって咲良が咲良自身に影響を与え、受けているってことか?」


 自分自身が影響して何かが変わる?

 それは結局、自ら意識して変えたということになりそうな気もするが。


「う~ん、そうじゃなくてね。有体に言っちゃうと、二重人格みたいな」

「咲良さんの中に違う人格の誰かがいて、その人格がボクっ子だと、そういうことだね?」

「そうね」


 これまで咲良に多重人格障害の気はなかったが、それならあの別人ぶりにも納得できる。宣言通りに強引さは否めない意見ではあるが、当然全否定することはできない。


「ま、強引よね。我ながらそう思う。で、強引ついでにもう一歩踏み込んじゃうことにするわ」


 そう言ってリンネはVサインを握りこぶしへと変えて、前に突き出した。


「今話した二つのことをね、プロフェッサーがそう仕向けたと、アタシは考えたわけ」


 踏み込むも何も、そういった考えが出てくる時点で現在一緒にいるプロフェッサーが黒であると言っているみたいなものだ。なにせまだ見ぬ第三者がここに介入しているとはとてもじゃないが考えられない。

 その人物には一切利益が無く、そもそもそうする理由が見当たらない。


 だが、先程リンネ自身が前置きしたように、この筋道自体が強引で暴論だ。否定することができないだけで、同時に賛同もできない。


「……その根拠は?」


 そう。根拠がなければ。

 そして、リンネにはあるはずなのだ。そう考える根拠、理由が。

 でなければ疑わしきプロフェッサー本人をあそこまで挑発することはなく、この場で堂々と意見を述べることもなかったはず。


「残念だけど根拠とまではまだ呼べない。状況証拠、推論、その程度だと踏まえて聞いてね」


 リンネは俺たちが首肯するのを見ると、腰元にぶら下げていた魔装イグニスをテーブルの上へと置いた。


「魔導技師の本分は魔獣を倒す為の魔装を作ることにある。もちろんプロフェッサーも魔装を作っているんだけど、彼が権威とまで呼ばれる所以はね、この魔晶石の活用法についての研究にこそあるの」


 リンネは話した。


 魔晶石に重要なのは質である。色の鮮やかさ、中に描かれている螺旋模様の美しさ。その質が価値を決め、良いものはそれだけ高い魔力を宿し、魔装として利用される。

 では、質の低いものはゴミ同然なのかと言われるとそうではない。

 コーエンさんの店でも販売価格にして千倍以上の開きがありながら、低質な、一見して粗悪品とわかるものも店頭に出していた。


 それはイコール、クズ石にも買い手が存在しているということ。


 しかも、その買い手の数は良質な物を買い求める人の数よりも圧倒的に多い。

 なぜならそれは、主な顧客が魔装士ではない一般層の人たちだからだ。



 魔晶石はその色によって別種の魔力を宿しており、その各魔力を様々な用途で活用することができるらしい。


 赤なら火。ランプや調理用、炉など。

 青なら氷。食料保存、氷室など。

 緑なら風。麦などを粉にするのに使う風車や臼の動力源。

 黄なら土。硬化作用を利用した建築関連での利用。


 質の低い魔晶石はこうして人々の暮らしを支えるのに一役買っている。

 その基礎理論を組み立てたのがリンネ曰く、プロフェッサーとのことらしい。

 そして、エネルギー利用の側面だけでなく、魔晶石が持ち得る魔力を最大限に発揮させる利用法の研究も推し進めているそうだ。


「魔晶石って魔獣が落とすじゃない。なんでだと思う?

 そもそも魔晶石って何でできていると思う?」


 リンネがそう問い掛けてくるが、当然俺や小次郎が知ることではない。それにはコーエンさんが一言で答えた。


「瘴気だ」


 瘴気。動植物を魔獣化させてしまう気体。人間が吸うと病に侵されたり、精神に異常を来したりするらしい。


「そう。魔晶石は魔獣の中で構成された瘴気の結晶。魔獣の『核』みたいなものなのよ。その力をむやみに発揮させればもちろん危ない。そこをプロフェッサーは研究によってプラスの力に転じさせることに成功した」


 ここでいうプラスの力とは、主に精神的に作用する物を指すようだ。

 その魔装を使う者の闘志を沸かせたり、恐怖を討ち消したり、痛みを緩和したりと、そういった類のことらしく、確かに魔獣に立ち向かわなければならない魔装士にとってはプラスになり得る効果かもしれない。


 だが、俺はその話を聞いてゾッとした。


 この世界でプラスとされているその効果は、俺たちがいる世界では決して手を出してはいけない類の物に分類されている。


 麻薬。

 正しい使い方をすれば薬にもなるかもしれないが、それは元来『猛毒』だ。


「プロフェッサーなら、そのプラスとされている力をマイナスに転換させることもできるわよね」


 ようやく俺にもリンネの言う『根拠』が察せられた。


「あの黒い指輪か」


 咲良の右手小指に嵌められていた、リンネが魔装と見破ったあの指輪だ。


「ええ。あの指輪の色を見てピンときたわ。パッと見は黒っぽかったけど、光がかるとね、暗い紫に見えたのよ。純度の濃い瘴気の色そのものってわけ。指輪っていうのも魔装としては有り触れた型だし」


 要するに、こういうことだ。


『プロフェッサーは魔装を使って咲良を操っている。もしくは、別の人格を植え付けた』


 俺は思わず唇を噛み締めていた。


「取り敢えずアタシはさ、この推論が当たっているかどうかを調べてみようと思うんだけど」

「頼めるか?」

「いいわよ。てか、この中じゃアタシ以外には無理そうだしね~」


 リンネは気楽そうにパタパタと手を振ったが、「それに」と付け加える時には表情を険しくした。


「アタシは魔導技師としてアイツの研究は気に入らない。精神を操って人を強くしたりなんてアタシは絶対しない。アタシは違うやり方で最高の魔装を作るの。その為に敵を知る必要がある。これはアタシ自身にも必要なことだから」


 リンネは独り言のようにそう言うと席を立った。


「早速、魔装士協会に行ってくるわ。プロフェッサーの研究資料とかあると思うし。ま、簡単には見せてくれないと思うけどね。コジロー、アナタも一緒に来なさい」

「ん、僕で役立てることがあるかい?」

「なによ、夜道をか弱い女の子一人で歩かせる気?」

「フム。そういうことならボディーガードとして同行しよう」

「帰りに街でお米買うから、それ運んでよね」

「それはただの荷物持ちなのだよ……」



 二人は工房を出て行き、俺とコーエンさんの二人が残った。


「いいんですか?」


 俺はボーっとした様子のコーエンさんに話し掛けた。


「ん、何がだ?」

「いえ、小次郎とリンネ、二人だけで行かせてしまって」


 いつもならば「ダメだダメだ! オレが一緒に行く!」などと割って入るだろう。やはり、プロフェッサーに会って以来、様子がおかしい。


「ああ、今はいいんだ。リンネがいると話せないからな」


 何を、と問うのは野暮だろう。プロフェッサーとコーエンさんの間に何らかの関係――、言葉を借りるなら奇縁というヤツがあるらしいのはすでに察している。

 それを今から話すということだ。しかもそれはリンネには聞かせられることではなく、もしかすると咲良にも関係が及んでいる内容なのだろう。


「お茶、入れます」


 俺自身、リンネの考察を聞いて一息入れたい気分だった。

 でないと、心の底に生まれたどす黒い感情がどんどんと沸き出でてきそうで、話どころではなくなってしまう。


「――そうだな。頼む」


 コーエンさんも心の準備が必要なのか、それに同意した。



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