Chapter.09 「再会(前編)」
「その後、僕たちは三人の死体を発見したのだよ」
小次郎が左頬をそっと抑えた。
「……どうだい?」
そして、話し終えたと言わんばかりにそう尋ねてきた。いや、話し終えたのだと俺が瞬時に気付けなかった。
「あ……、もしかして今のが咲良のことか?」
小次郎の話したその女性――、殺人現場で見たという、頬を切りつけてきた女性は、聞く限りではとても咲良とは思えない。俺が咲良の兄だからとかそう感じるとか、そういう域を越えている。逆に、なぜそれを咲良だと思ったのか、こっちが訊きたいくらいだった。
「そうなのだよ。さっきも言ったけどね、外見的には咲良さんで間違いない。さすがに服装はこちらの世界の物になっていたさ。でも顔や体格は僕が知る咲良さんで間違いなかった。一目で僕もリンネ嬢もあれが咲良さんだと判断したのだよ」
小次郎が言った、根本的、根源的に何かが違うという言葉。あれはどうやら的確な表現だったようだ。外見以外が全て別人になったような、そんな印象を得る。
個としての本質的な部分が変貌してしまうほどに危険な状態。
確かにそう考えられなくもないが……。
「声はどうだった?
会話したことは無くても違いはわかるだろ?」
「フム。咲良さんの声だったのだよ。僕は合宿中、咲良さんが何かを話している時はできる限り聞き耳を立てていたからね。もちろんそれくらいはわかるさ」
小次郎は自慢げに言い、それにリンネが「キモっ」と声を上げた。
俺が言いたいことはリンネが代弁してくれたので、俺は俺で思考することにした。
その殺人現場にいた女性は外見的特徴に加え、声も咲良で間違いないという。しかし、それ以外は別人であると俺は感じた。小次郎もリンネも違和感を覚えたらしい。
可能性として挙げられるのが、まず、先も述べたように『個を失う、個が変貌するほどに、咲良がおかしくなってしまっている』ということ。
だが、俺はそれに納得がいかない。
ヴァルカンでの咲良はその街の人に『笑顔が生き生きとした女の子』という印象を与えていた。それはまさにいつもの咲良だ。問題は無い。
次にコルパ。そこの人々に咲良が与えた印象は『死神のように笑う怖くて冷たい女の子』と変わっていた。その話を聞いた時、俺は人違いかと思うのと同時に、咲良を襲う危険性にも思い至った。
スマホの存在で事実が確定される前に、別人であってほしいという願望こそあったものの、それが咲良であるという可能性を直感していたのだ。
判断条件は今までと同じ、『人伝に訊く』というもの。
にもかかわらず、今回の件に関して俺は微塵もそれが咲良だとは感じなかった。コルパでも個が変貌するという側面から見ると共通なのに。
その理由を決定付ける為、俺は小次郎にこう問いた。
「その咲良の話した内容だが、一言一句間違いないか?」
「ウム。自信を持って間違いないと言えるのだよ。僕の記憶力を疑うならば去年の『月刊剣道ライフ』四月号の二八ページに掲載された咲良さんのインタビュー記事を全て暗唱してみせるが――」
「うるさいだまれ。なぁリンネはどうだ?」
「え、アタシ?
あ~、多分そんな感じだったと思う。けど、アタシはコジローほど変態じゃないからそんなにしっかりとは覚えてないわよ」
リンネは責任持てないという様に手をバタバタと振るが、確かに小次郎が抱く咲良への執着度合いから察すれば十分だろう。
以上のことから導き出される結論。それは――。
「咲良じゃない」
俺がそう呟くと、小次郎とリンネは眉根をひそめた。実際にその女性と顔を合わせた分、そう言われても納得できない部分があるのだろう。
しかし、どう考えても別人、もしくはドッペルゲンガーだ。
だから二人の気持ちを汲んで、俺は何気なくこう付け加えた。
「少なくとも……、『ここ』は、な」
人差し指で額をコンコンとノックしながら。
この時の俺はあくまで、よく似た別人だよ、と念を押す意味合いを持たせたつもりだった。
だが後に、それは誤りだったと俺は思い知らされることとなる。
****
翌朝。
小次郎とリンネの強い勧めにより、俺は咲良のドッペルゲンカーをこの目で見てみることになった。それが別人であるということに確信めいたモノを抱いてはいたが、それでも、それは話を聞いて得た憶測だと言われてしまえばそうかもしれないとも思った。
他にも咲良に関する噂の見分があったのだが、小次郎たちがドッペルゲンガーの自宅らしき場所を掴んでいたのだ。顔を切りつけられたというのに果敢にも追跡したらしい。
「小次郎。お前はストーカーの才能がある。間違いない」
「うん。アタシもそう思う。魔装士の才能よりもそっちの方が上よ。キモイからあんまり近付かないでくれる?」
俺とリンネがそう言うと、小次郎はファサッと髪をかき上げた。
「そんな才能はいらないのだよ。それに万が一にも僕がリンネ嬢をストーキングすることは無いからね、余計な心配は必要ないさ」
「それ、どういう意味よ?」
「そのまんまの意味なのだよ」
「その方がいい。コイツに気に入られるくらいなら魔獣に懐かれる方がまだマシだ」
「ムム、それはどういう意味だい?」
「そのまんまの意味だろ」
朝食を食べ終わった俺たちはそんな会話をしながらリンネの工房を出た。ちなみにコーエンさんは先日仕入れた品を配達すると言って、少し前に出立している。
まず俺たちが向かったのはフォレノスにある魔装士協会。ここではヴォルノイン火山討伐隊の指揮官だった人物、プロフェッサーの療養先を調べるつもりだ。
結局、他の生き残り魔装士は殺されてしまっていた為、討伐隊で咲良と実際顔を合わせた人物というとその一人しか残っていない。
まずはそのプロフェッサーなる人物から話を聞き、その後、ドッペルゲンガーの元へ向かおうというのがこれからの予定だった。
――だったのだが。
「え、ティアレイク?
そこで間違いないの?」
魔装士協会の受付でリンネがそう首を傾げていた。
「はい。当協会支部長であるプロフェッサーの工房はお伝えした通りで間違いございません。ですが、これもお伝えしました通り、ティアレイクの南側は協会名義の私有地となっておりますので、許可無き方の立ち入りをお断りしております。これから立ち入り申請なされますか?」
受付嬢がそう言って一枚の紙を差し出した。
「許可って申請出してさ、この場ですぐに貰えるの?」
リンネはその紙に目を通しながら、そう尋ねる。
「この場でというのは致しかねます。協会か商工会に所属しておられるようでしたら三日ほどで、それ以外の方ですと支部長による別途審査が求められます」
「ふ~ん、そう……。ちょっと考えてからまた来るわ」
「はい、かしこまりました」
リンネはあっさりと引き下がり、丁寧な対応をした受付嬢に見送られつつ、俺と小次郎も後に続いて協会を出た。
「時間が掛かるなら早めに申請出しておいた方がよくないか?」
俺がそう訊くと、リンネは「いいの、いいの」と軽く手を振る。
「それよりね。プロフェッサーの工房さ、サクラのそっくりさんをつけていった時の場所と同じだったわ」
「そうなのかい?
地名を言われても僕にはサッパリだったが」
「どういうことだ?」
「だからね、そっくりさんがいるのはプロフェッサーの工房ってわけ」
どうやら俺たちが調べようと思っていた場所は、すでに向かうつもりだった場所と同じだったらしい。
「偶然……にしてはでき過ぎ?」
リンネが言う。
小次郎もそれに「ウム」と頷き、俺は思わず顔をしかめた。
確かにでき過ぎだ。
要するに、討伐隊で咲良と顔を合わせたプロフェッサーという人物の元に『咲良によく似た人物』が出入りしているということになる。それを偶然の一言で片づけるのには無理がある。
むしろ知り合ったのを機に『咲良本人』が世話になっていると考えた方がまだ自然だ。
しかし、それでは俺が別人だと確信したこと自体が誤っていることになってしまう。
それはすなわち、咲良があの三人の魔装士を殺した最も疑わしい容疑者であるということに……。
しかもその上、男の家に世話になっているだと……。
「た、確かめるぞ。は、早く、ほら、申請を――」
「その必要は無いの」
急激な焦りに襲われた俺に、リンネがピシャリと言い切った。
「だってこの前、アタシたちはその工房近くまで跡をつけていったんだし。見張りとかもいなかったからね、要はバレなきゃ何も問題無いわ」
「フム。そういえば柵のようなものがあっただけだったのだよ」
「そ、そうなのか。じゃじゃじゃあ行こう、すぐに行こう」
場所はここからそう遠くないらしい。いてもたってもいられずに俺は早足で歩き出した。
「アリマ、そっちじゃないわ」