--Sakura's Chapter-- 「償い、責任、そして」
「気にしなくていい」
プロフェッサーさんは私に向かってそう言いましたが、そんなの土台無理な話です。
確かに無意識のことでした。その瞬間の記憶もありません。
ですが、それでも私は――、
この手で彼の左腕を切り落としてしまったらしいのです。
いいえ……、らしいなんて言い訳に過ぎませんよね。
頭では覚えていなくても、確かに私の右腕には何かを切った感覚が生々しく残っています。
この事実は何があっても許されることではなく、取り返しもつきません。
不幸中の幸い、などと言えた立場ではありませんが、ナハトムジークの切れ味が良かったせいか、プロフェッサーさんの傷口からは出血が少ないようです。自ら応急処置を済ませています。
唐突に起こった取り返しのつかない結果に茫然としながら、私はただ、その様子を見守ることしかできませんでした。
ヴォルノイン火山を後にした私たちは、その足でプロフェッサーさんの工房まで行きました。
左腕を失ったことで日常生活もままならないと思い、当然ながら私がサポートを買って出たのです。そこでも口癖のように何度も何度も「気にしなくていい」と私に言ってくれましたが、できる償いはそれくらいのことしかありません。
ですが、その工房にはちゃんとした執事さんがいらっしゃいました。私なんかがするよりも、その執事さんの方が的確に生活を支えてくれるでしょう。
それでも、何かせずには居られませんでした。
「仕事を手伝ってくれ」
だから、数日が経った後、プロフェッサーさんからそう言ってもらえたことに少しだけ救われました。
プロフェッサーさんは魔装士協会の職員でありながらも、同時に魔導技師を生業としているようで、このナハトムジークも自作らしいです。
私自身は魔装を作る専門的知識など持ち合わせていませんが、材料の調達や出来上がりを確かめることくらいはできます。
私はそれを引き受けました。
****
お手伝いは改良を重ねたナハトムジークの試し切りでした。
指定された場所へ赴き、そこに現れる魔獣を討伐する。
今のボクにできることはそれだけです
ある日、そのお手伝いを済ませた直後、一人の男性が声を掛けてきました。
「よくぞご無事で……」
えらく感動した様子のその男性はボクのことを知っている様子でしたが、こちらとしては見覚えが全くありません。
「えっと……失礼ですが、どちらさま?」
ボクがそう問うと、目の前の男性はとても寂しそうな表情を見せました。
本当に会ったことないと思いますけど……。
「お兄さんもこちらの世界に来ています。ご案内しますので、共に参りましょう」
男の人は言いました。彼女も何か言った気がします。けどボクにはその意味がわかりませんでした。
人違いかもしれない。だからこう答えました。
「でも、ボクはその兄様の為にしなければならないことがまだ残っていますし」
しかし、その人はしつこく迫ってきます。
「でしたらお手伝い致します。それを早く済ませて、カレに顔を見せてあげてください」
ボクはなぜか苛立ちを覚えました。
早く済ませて?
そんな簡単なことでは……、ってあれ?
ボクはお兄様に何をしてあげたかったんだっけ……。思い出せない。けど、大事なことだったと思う。
え、ダメって、何がダメなの?
だって、この人が――、うるさいな。もう黙っててよ。
「――ナハトムジーク」
ボクはその人の顔を切りつけました。
ボクがしたいと思う唯一のこと。それはボクだけができること。
それが何かは思い出せないけど、見ず知らずの人に邪魔されたくはありませんでした。
「兄様。ボク、頑張ります」




