Chapter.07 「予感――妹は今……(前編)」
咲良の噂を聞いた俺はあの日以来、方々咲良の行方を追っていた。
その手始めとして、まずヴァルカンという街にはコーエンさんとリンネに同行してもらった。
そこではすぐにこの世界で暮らす咲良の様子を耳にすることができた。
咲良が泊まっていたという宿の女将さんは咲良のことを『笑顔が生き生きとした女の子』と評しており、それだけでもこの世界で元気にやっていることがわかる。
弱気になって落ち込む咲良というのはイメージにないが、あれでいて寂しがりな一面もあり、それを気にかけていたのだが、まぁ楽しくやっているのならそれに越したことは無い。
噂にもあったアケオス荒野の狼魔獣討伐の話も聞けた。
さすがに千体というのは尾ひれがついただけのようだったが、それでも無事に討伐を果たしたらしい。魔装士の才能があるというのも間違いないだろう。
また、その街の魔装士協会という所では咲良も参加したらしいヴォルノイン火山討伐隊の詳細を知ることができた。
参加人数二四名。
討伐目標は火山全域に発生した魔獣の群れ。
そしてその根源たる原魔という存在。
報告によればその目標は達成されたそうだが、決して無事とはいかなかったらしく、生きて戻ってきたのはたった五名だそうだ。
受付にいた女性からそう聞いた時はさすがに息を飲まずにはいられなかったが、その五名に咲良が含まれていると聞き、安堵した。
改めてその無事を確認できたことは大きな収穫だ。
そのヴォルノイン火山にも行ってみたが、魔獣はすっかり討伐されていたのか、その姿は一体も確認されなかった。
「悪いがオレはここで。大口の注文が入ってな、仕入れに行かなきゃいかん」
コーエンさんはその後、仕事で違う街へと行き、俺と小次郎は二手に分かれることになった。
まず小次郎だが、アイツは討伐隊で生き残ったという人物を訪ねている。
中でも、咲良を討伐隊に推薦した指揮官殿も生存者に含まれているらしく、かなり生きた話が期待できるだろう。
何でもその『プロフェッサー』なる人物は相当な有名人らしい。
魔導技師業界の権威と呼ばれ、フォレノス魔装士協会の長を務めているそうで、リンネとコーエンさんもその高名を耳にしたことはあると言っていた。
特にリンネは同職による興味からか「アタシも行く!」と言い張ったのだが、結局コーエンさんがそれを認めなかった。まぁ当然だ。大事な妹を小次郎と二人旅させるなど、そんな真似を許すはずもない。
何より俺たちを含め、全員分の旅費をコーエンさんが立て替えてくれている。財布の紐を握っている人物がノーと言えば、リンネには無理を通すことができないだろう。
「ほら、リンネは帰ってろ、な。お土産買ってくから」
コーエンさんは不貞腐れるリンネをなだめながら俺に言った。
「アリマ、コルパは魔獣の被害がよくある街だ。十分に気をつけろよ」
そして俺は、これからコルパという港町に向かう。
ヴォルノイン火山討伐隊の後、その港で咲良らしき人物が目撃されたという情報を耳にしたのだ。
「はい。色々とありがとうございました」
いつか、この恩はしっかり返さねば。
俺はそう胸に刻み、馬車へと乗り込んだ。
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ややべたつく風が潮の匂いを運んできた。
コルパは港町というだけあって海に面している。単純なイメージとしてだが、港町と聞いて俺は横浜だとか神戸だとか、そんな都市を勝手に想像していた。都市は言い過ぎかもしれないが、それなりに栄えている場所だと思っていたのだ。
だが、実際来てみれば漁村といった方がしっくりくる。どこでも波の音が聞こえてくるような、そんな静かな場所だった。
噂では、ここに現れた巨大なクラゲ魔獣を咲良が一撃で葬ったらしい。
俺はまず、その魔獣のことから聞いて回った。
「魔獣かい?
ああ、よぉ出よる」
海沿いの小屋の入口で作業している皺くちゃのお婆さんがそう話す。
どうやらここはクラゲの魔獣がよく出没しているそうだが、被害が出ているのは主に海上でのことらしい。漁に出た舟に襲いかかったり、海産物を荒らしたりとそういったことのようだ。
「いつもは大きいんでもせいぜいこぉんなもんさ。所詮クラゲだかんねぇ、船上さ上がってこや動きもとろうなるし、群れられりゃちと困るけんどよぉ、じゃなけりゃひよっこ魔装士でも追い払えっとっとね」
普段は大きくても一メートルほど。所詮はクラゲが元なので舟や陸上では動きが鈍く、群れになると厄介だが、少々のことなら駆け出しの魔装士でも十分に対応可能。
訛りが入っていて聞き取り辛かったが、要約するとこんなところか。
だが、この場からでも被害の傷跡は目についた。
壊れた桟橋を現在男たちが必死になって直しており、漁に使う木舟だろう残骸が一か所に集められていたりもする。
「おお、こんまえ出たんはかっくべつにでかくてなぁ。橋んとこまで上がってきよった。皆おったまげたんだぁ。オラさ小屋くらぇあったん。ありゃ親玉やなかったんかいなぁ」
この小屋くらいに大きいクラゲ魔獣が最近出たらしい。
おそらくそれだ。
「その魔獣を倒したのってどんな人でしたか?」
噂ではそれが咲良となっている。信憑性を確かめる為にも、こちらからは敢えて咲良の特徴を話さなかった。
「若ぇ女の子さぁ。えんらく強い子での、そんにもおったまげたねぇ。われより何倍もおっきい魔獣相手に一突きだ。一突きで仕留めちまったんだよぉ!
たんまたまここに来ていたみてぇだけんど、もしあの子がいねかったら……、ああゾッとするさぁね」
どうやら噂は真実らしく、お婆さんは興奮した様子でそう言ったが、すぐにその顔を曇らせた。
「だけんどねぇ、オラそん子にしてもゾッとしたんよ。いんやぁ、魔獣なんかよりもよっぽど震え上がっちまったさぁ」
お婆さんはその魔獣よりも、それを倒した若い女魔装士の方が怖かったという。
「えっと、その女の子の何がそんなに怖かったんですか?」
まず前提として『怖い』というのはとても咲良に似つかわしい言葉ではなく、これは兄としての贔屓目を抜いたとしてもいえることだ。
顔の作りもキリッとしたというよりはほんわかしているし、喋り口調も緩やかだし、人に与える印象は柔らかいと思う。
さすがに魔獣を相手取っている時は真剣さが出ていたとは思うが、そこまで怖いと震え上がらせるようなほどとは考えにくい。
「オラ見たんだぁ、笑ってんの。笑って魔獣を一突きしたんだよぉその子は。オラ、その子は死神かもしんねぇって思ったんよぉ」
もしかすれば、魔獣を相手に戦うのが楽しくて笑っていた、とも考えられるが。
死神のように笑う……、あの咲良が?
「けんどな、オラたちがお礼言いに集まったときゃ、そんりゃあ冷えたお顔をしとったよ。なんも受け取らず、なんもしゃべらず、そんままどっかに行っちまったんだぁ」
俺はその話を聞いてすぐに、咲良ではない、人違いだと思った。
だが――、同時に嫌な予感もした。
「こんな、そん子が落としていったモンなんよぉ。オラにゃなんかサッパリやけんど、アンタにゃわかんかいな?」
そう言ってお婆さんが小屋の中から持ってきた物は――、スマホだった。
咲良が使っている機種と同じ。
人違いではなく、嫌な予感の方が当たっていた……?
背筋が震えた。汗がドッと吹き出した。
そんなことが起こり得るのか。俺は何とか抱いてしまった予感を払拭できないかと頭を動かした。
咲良は優しい。
何かに夢中になると確かに周りが見えなくなることがあるが、それは往々にして自身のことよりも誰かの為である時の方が多かった。
今回も結果的に見れば、咲良はこの街を救ったことになる。
だが果たして、咲良の目には街の人々の姿が映っていたのだろうか。
おかしい。
おかしい……。
何かが、咲良に起こったのかもしれない。
俺の抱いてしまった嫌な予感が、不安に形を変えて大きくなっていく。
お婆さんには俺から返しておくと伝え、スマホを受け取った。
電源は入らない。多分電池切れだろう。
何も映し出さないその暗い液晶は、代わりに俺の心境を映し出しているかのようだった。




