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コウちゃんと色鉛筆

作者: 海野もずく

 コウちゃんは、よく、誰かの赤い色鉛筆を欲しがっていた。

 自分の色鉛筆があるのに、

 コウちゃんは、いつも誰かのところに行って、

 赤い色鉛筆貸して、

 と言うのだ。


 皆、コウちゃんが自分の赤い色鉛筆を持っていることを知っていた。

 だから、最初はみんな、

 コウちゃんに色鉛筆を貸そうとしない。


 でもそうすると、コウちゃんは思い切り暴れる。

 自分の色鉛筆もその子の色鉛筆も、

 みんな一緒にばらまいて、

 手足をばたつかせて怒るのだ。

 そして叫ぶ。

 貸して、貸して、貸して、と。


 そうなると、幼稚園の先生ですら困ってしまう。

 宥めても宥めても、

 コウちゃんの怒りは収まらない。

 一体何度、先生はコウちゃんに、

 怪我をさせられたことだろう。


 コウちゃんを落ち着かせる方法はただ一つ。

 簡単だ。

 色鉛筆を貸してあげればいい。

 もちろん青や緑じゃない。

 血のように、

 真っ赤に光る赤い色鉛筆だ。

 仕方ないから、

 先生もその子にお願いする。

 赤い色鉛筆貸して、と。


 コウちゃんは、

 しぶしぶ貸してくれたその色鉛筆を手にすると、

 奇声をあげ、

 満面の笑みを浮かべて、

 教室を飛び出して行く。

 やがて、

 別人のように落ち着きを取り戻したコウちゃんは、

 貸してくれてありがとう、

 と言って、

 その子に赤い色鉛筆を返すのだった。


 あたしも何度か、

 コウちゃんに赤い色鉛筆を貸したことがある。

 あたしの家は貧乏だったから、

 小指くらいに短くなってしまった、

 汚らしい色鉛筆だったけれど、

 コウちゃんはそんなことお構いなしに、

 とても喜んでいたのを覚えている。

 

 多分、皆の色鉛筆は長い。

 あたしのだけ、短い。

 だから、

 気づいた。

 コウちゃんの手から戻ってきた赤い色鉛筆の、

 先っぽが、

 少しだけ、 

 ほんの少しだけ、


 湿っていることを。




 あるとき。

 あたしはコウちゃんの後をつけた。

 狂ったように、

 誰かの色鉛筆を持ってはしゃぐコウちゃんの、

 後ろをそおっと、

 追いかけた。


 コウちゃんは、

 滑り台の後ろにいた。

 青い、ゾウさんの形をした、

 滑り台の後ろ。


 そこでコウちゃんは、

 ひっそりと、

 持っていた赤い色鉛筆の、

 先っぽを、


 舐めた。

 口に含んだ。

 飴を舐めるみたいに。

 その味を、

 その匂いを、

 その色を、

 味わっていた。


 五分くらい経ったか。

 コウちゃんは口から赤い色鉛筆を取り出すと、

 教室に向かって、

 走り出した。

 とっても、

 清々しい顔をして。


 皆言っていた。

 コウちゃんは不思議。

 コウちゃんは変。

 コウちゃんはおかしい。

 コウちゃんは気持ち悪い。

 コウちゃんは汚い。

 コウちゃんは、

 コウちゃんは、

 コウちゃんは。


 どうしてコウちゃんは、

 誰かの色鉛筆を欲しがるのだろう。

 どうしてコウちゃんは、

 赤い色鉛筆を欲しがるのだろう。

 どうしてコウちゃんは、

 赤い色鉛筆を舐めるのだろう。

 おいしそうに、

 愛おしそうに、

 気持ち良さそうに、

 赤い色鉛筆を、

 口に含むのだろう。


 どうして

 どうして

 どうして


 どうして、

 私は、

 あのとき、

 コウちゃんから返してもらった、

 赤い色鉛筆の、

 湿った部分を、

 汚い部分を、

 不思議な部分を、

 そっと、

 優しく、

 

 舐めたのだろう。


 

 

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