船に乗る前に その2
で、家に案内されたんだけど・・どこが狭いわけ?
ノーム族が工芸に造詣の深いドワーフ族の親戚らしいということは聞いてがいたけれど。
おじいさんの家は、東方様式の素朴な木造作りの家なんだけど、家というよりまるで昔の武家屋敷みたいに大きい。 しかも中に入って更にびっくり、天井も高いんだよ。
俺って平均身長以上だと思うんだけど、これなら巨人族でも楽に暮らせるくらい、天井が高い。
「コ、ここなんですか?」
「すご~い、ひろ~い」
「ああ、わしはもっぱら野菜栽培のほうに才能が偏っているから、家の建築は恥ずかしながらこんな情けないものになってしまったがのう」
いや、情けなくないっすよ。
っていうかノーム族ってスゴイ。
それにしても、ノームって西域の北の果てを発祥とする一族だって連夜さんから聞いた気がするんだけど、こんな東方昔ばなしみたいなイメージでいいのか?
それともその土地に感化されちゃうのかな。
まあ、妖精って自然とか風土に影響され易いだろうからなあ。
この人もその口だろうなあ。
と考えながら、おじいさんに広い屋敷の中を案内された俺とチイ姉ちゃんは、やがて、一つの部屋に通された。
「ばあさん、今、帰ったぞ」
「おや、おじいさん遅かったですねえ」
坊や~よい子だねんねしな~、今も昔も変わりなく~
はっ!?
いやいや、目の前の光景が昔見たアニメにそっくりだったのでついトリップしてしまった。
通された部屋の真ん中、昔ながらの囲炉裏があり、そこで野菜を煮込んだ鍋をのんびりかき混ぜていたこれまた小さなおばあさんが、おじいさんの姿を見てしわだらけの顔を更にくしゃくしゃにして微笑んだ。
黒光りする板が張りあわせられた床、似たような色の飛騨の名工によるものと思われる桐箪笥。そしてかすりの着物を着たおばあさん。
オイオイ、アンタらホントにノーム族なのか?
絶句するオレをよそにおじいさんはドッコイショと紺色の渋い色の座布団の上に座り、おばあさんと話し始めた。
「今日も一日ご苦労さんでしたねえ、おじいさん」
「ああ、ちと疲れたかの」
「そうでしょう、そうでしょう」
なんか、今にも山へ芝刈りに、川に洗濯に出かけそうな雰囲気に呑み込まれっぱなしの俺とチイ姉ちゃん。
「なんか、昔話にでてきそうだね」
「うん、俺も今、同じことを考えていた」
悪い人たちではないというのはわかるが、精神的に結構来るものがある。
「ところでおじいさん、そちらの学生さん達は?」
「おお、そうじゃそうじゃ。実はのう、この学生さん実は武芸者の方らしくてのう、島にいく船に乗るつもりじゃったそうなんじゃが、乗り遅れてしまわれたらしくてのう」
「あらあら、まあまあ」
「それでのう、宿を探してみられたそうなんじゃが、町は高校生の武道大会のせいで宿がいっぱいダッタらしくてのう」
「そうですか、それは難儀されたことでしょうね。いいですよ、おじいさん。泊めて差し上げましょう」
「オオ、オオ、ばあさんならそう言ってくれると思っておったわ」
「お若い方、さあさあ座ってください。大丈夫ですよ、この囲炉裏から出ている炎は錬気の炎ですから、熱くないんですよ」
意外なノーム族の生態に触れて軽いカルチャーショックを受けていた俺はおばあさんの言葉でようやく自分が汗をかいていないことに気がついた。
「す、すご~い、コウくん、この囲炉裏ほんとに熱くないよ」
俺の肩から飛び降りたチイ姉ちゃんは、ひょこひょこと囲炉裏に近づいたあと、振り返ってびっくりした表情を俺に向けてくる。
チイ姉ちゃんの横に近づいて、囲炉裏に手をかざしてみる。
「ほんとだ、全然熱くない」
「でしょ~」
どういう仕組みかわからないが、ほんとに熱くない。
真夏の中、これだけ燃え盛っている炎の前にいたら、普通は滝のように汗を流している筈だ。
しかも、この家おそらく風の結界が張ってあるのか、恐ろしく涼しい。
外はねっとりと絡み付くようないやーな暑さだというのに。
なるほど、この家って古く見せてあるだけで、実際にはふんだんに最新技術を使った家なんだろう。
そう考えるとすごいな。
「何をボーッとしてなさるんじゃ、はよう、荷物を置いて座りなされ」
「ああ、すいません」
あほ面を浮かべて立ちすくむ俺とチイ姉ちゃんの姿を不審そうに見詰めておじいさんがいった。
俺はその言葉でようやく我に返り、赤面しながらあわてて座る。
「若い方がいらっしゃるとわかっていれば、もっと違ったものをつくったんですけどねえ。さてお口に合えばいいですけど」
様々な野菜や魚を煮込んでいた味噌汁らしきものを俺に渡してくれるおばあさん。
チイ姉ちゃんには、物凄く小さな陶器のお椀らしきものに同じ味噌汁を入れてくれて、チイ姉ちゃんはそれをおっかなびっくり受けとっていた。
よく見ると、どうやら酒を飲むための猪口のようだ。
なるほど、確かにチイ姉ちゃんにはぴったりの器かも。
「ア、あの、いいんですか? ごちそうになって」
「いいんじゃ、いいんじゃ。若い衆が遠慮なんぞしたらイカン。はよう食べなされ」
「ハ、ハイ。じゃあいただきます」
せっかくだから箸を付ける俺とチイ姉ちゃん。
ズズウーーーーーー。
ウ、ウメーーーーーー!!
「どうですか? お口にあいますか?」
「ウ、ウマイッス!! メチャクチャウマイッス!!」
暑い真夏のさなかにまさかこんな熱いもの食べるとは思わなかったが、涼風がよく効いたこの部屋で食べるとスゴイ、おいしい!!しかも野菜、魚ともに新鮮なものらしく、甘みすら感じる。
ウウ、都会では絶対食えない良質の食材だよ。
「ウマイッス!! ホント、ウマイッス!! なぁ。チイ姉ちゃん」
「う、うん、それがね、コウくん」
「なんだよ、チイ姉ちゃん。全然食べてないじゃん」
「あ、あちゅいの」
「まさかの猫舌!?」
テーブルの上にちょこんと座るチイ姉ちゃんは、猪口を両手で持ったまま情けなさそうにちっちゃなちっちゃな舌を出してこちらを見てくる。
「コウくん、ふ~ふ~してぇ」
「子供か!?」
「だってぇ、あちゅくて食べられないんだもん」
「しょうがないなぁ」
俺はチイ姉ちゃんから猪口を受け取ると、中の味噌汁を拭きこぼしてしまわないように注意しながら息を吹きかけて冷ましてやる。
「ありがとう、コウくん」
「まったくもう、チイ姉ちゃんは。これじゃ、『姉弟』じゃなくて、『兄妹』だよ」
「えへへ、いいのいいの。それよりも、ほんとにこのお味噌汁おいしいね。ね、ね」
「だな。連夜さんの作る味噌汁に匹敵する美味さだ」
「あらあら。お気に召していただいたようでなによりだわ。慌てなくてもたくさんありますからね。それにご飯を今から装いますからね、たくさん食べてくださいな」
「ホッホッホ。若い者は遠慮したらいかんよ」
で、結局、ご飯を五杯もお代わりして、味噌汁も六杯お代わりしてしまった。
少しは遠慮しろよ、俺。
しかし、いくら俺でもこれだけ世話になってタダで済ませるほどあつかましくはない。
俺はメシを食った後、リュックの中から財布を取り出そうとした。
「金なんていらんよ」
「え!? で、でも、これだけお世話になって・・」
「別に金には困っておらんし、そんなつもりで連れて来たわけでもないしの」
おじいさんもおばあさんもニコニコと俺とチイ姉ちゃんを見詰めている。
ええ人達やなあ。
思わず感動しちゃう俺。
誰だ、わたる世間は鬼ばかりなんていう奴は!! っていうか田舎の人って優しすぎ!! 泣いちゃいそう。
って、そんなこといってる場合じゃない。
「ソ、それなら、何か俺にできることないですか? 一宿一飯の恩義は返したいんです。できることなら何でもします」
「うーん、そう言われてものう。どうしたもんかのう、ばあさん?」
「そうですねえ、困りましたねえ、おじいさん」
全然困った様子もなくニコニコと顔を見合わせる二人。
「そうじゃ」
「何ですか!?」
はたと手を打つおじいさんに、期待を込めてにじりよる俺。
「とりあえず蒲団敷くから、ゆっくり今日は休んで、明日考えればいいんじゃ」
「そうしましょう、そうしましょう。じゃあ、蒲団敷いている間にお風呂はいって来てくださいな」
「あらら・・」
オイオイ、なんかなし崩し的に俺、借りを返せないままになるんじゃねえの?
で、その予感は的中、結局おじいさん達とロクに話しを交わすこともできず、俺とチイ姉ちゃんは風呂から上がるとそのまま熟睡してしまった。
バカバカバカ、俺のバカ!!
しかも、朝になって目が覚めるとまたもやおじいさん達のペースに乗せられて朝ご飯を食べさせてもらった後、気持ちよく送り出されるところだったのだ。
危ないところで俺が我に返ったのは、玄関で老夫婦がかわした話しの内容だった。
「おじいさん、今日も出かけられるのですか?」
「畑が心配じゃからのう。いかんわけにもいくまいて」
「でも、ほらゴン蔵さんの畑にも出たとかいうムカデのお化けが出たら・・」
ムカデのお化け?
「ひょっとして、都市内部に原生生物が出現しているんですか?」
「アリャ、聞えてしもうたか」
「そうなんですね」
「・・困ったの」
「話してください。ひょっとして俺にできることが見つかるかもしれない」
渋る老夫婦をなだめ透かして、ようやくその重い口を開かせた俺は、老夫婦を困らせている相手の正体をしることができた。
『キャリオンクロウラー』
イモ虫のようなシルエットにムカデのような節足がいくつもついた体長三メートルになろうかという昆虫型原住生物。
攻撃力こそ大したことないが、胴体を真っ二つにされても頭をつぶさない限り生き続けるとんでもない生命力と、その体のいたるところから吹き出す体液は生物を麻痺させる効力を持っており、その体液を持って麻痺させた獲物を自分の巣穴に持ち帰っていきながら食らう何とも悪質な原生生物なのだ。
そんな奴が、おじいさんの大事な畑や、都市営念車の沿線付近に出没して近隣の住民に被害を与えているという。
勿論、この地方にも傭兵ギルドがある筈なので、傭兵が派遣されてきてもよさそうなのであるが、しかし、傭兵の別名は『害獣』ハンターである。
そう彼らの本分といえば、都市周辺に存在し都市の安全を脅かす危険な『害獣』達の速やかな排除にある。
原住生物の排除の仕事も行わないわけではないが、『害獣』と戦うことがなによりも最優先。
どの都市の傭兵達も動ける者はまず都市の『外』へと派遣されてしまうので、都市内の揉め事処理に回されることはほとんどない。
では放置されてしまうのかというと、そういうわけではなく、都市内でのこういった類の揉め事の処理は、都市の行政一切を取り仕切る『中央庁』が抱える都市防衛用に集められた直轄部隊によって処理されることになっている。
今回も直轄部隊が出張ってきて処理しないといけない内容であると思うのであるが・・
「一応この都市の中央庁には通報したのじゃがのう・・直轄部隊は武道大会の会場周辺の護衛や、武道大会に来場される近隣諸都市VIPの方々の警護で忙しくてそれどころじゃないらしいんじゃ」
「なんてこった・・」
肝心要の直轄部隊は、武道大会の運営に駆り出されているらしく、しばらくは来れないらしい。
何の為の傭兵ギルドなのか? なんの為の中央庁なのか? どっちも一般市民の平和を守るために存在しているんじゃないのか、まったく!!
「ええんじゃよ。例え出てきても奴は恐ろしくトロイからよっぽどのことでもない限り、捕まりはせん」
「で、でも大事な畑は・・」
「仕方ない。台風にでもやられたと思えば腹も立たんよ」
「そうですよ、命あってのモノダネですからね」
と、寂しげに笑うおじいさんとおばあさん。
俺とチイ姉ちゃんはその様子ににっこり笑うと、二人に見送られて港に向かうのだった。
「ねぇ、コウくん」
「なんだい、チイ姉ちゃん」
一宿一飯の恩義ある老夫婦に背を向けて、港へと歩きだした俺の肩の上で、チイ姉ちゃんはニヤリとほほ笑む。
全然似合っていない不敵な笑み。
だが、まあ、その意味はすぐにわかった。
「ぶちのめす?」
「ぶちのめす」
「ところでコウくん、肝心な畑の位置わかってる?」
「わからん。わからんけど、おじいさんの跡をついていけば、いいさ」
「おぅいぇ。ド派手に行こうぜ、相棒」
老夫婦の視界から完全に自分達が見えなくなるのを確認した後、俺達は急いで老夫婦の屋敷へと引き返した。
もちろん、別の道を使って、気がつかれないようにしてね。
何するのかって? 決まってるだろう!! 害虫退治だよ!!
ここで知らん振りするくらいだったら、最初から『害獣』ハンターになろうって思わないって。
一宿一飯の恩義、きっちり返しておかないと寝覚めが悪くてしょうがない!!
あんな親切なおじいさんの畑を荒らすようなやつは絶対に許すわけにはいかないしね。
いつになく熱血暴走気味になりつつある自分を自覚していたけれど、ここで熱血しないでいつするのかってものさ。
俺とチイ姉ちゃんは、畑仕事の道具を担いで畑へと向かうおじいさんの跡をつけた。
田舎のあぜ道を進むこと二十分ほど。
様々な野菜が植えられている広大な畑が見えてきた。
青々とした光景が広がる中、一か所、やたらどくどくしい黄色いの大きな点が見える。
「コウくん」
「うん」
「きっと、あれだね」
「そうだな。あれだね」
正直出てくるまで待たなきゃいけないなあなんて思っていたんだが、このやろう、何と朝も早く、しかも他のお百姓さん達が見守る中、堂々と畑を荒らしていたのである。
あまりの憎たらしさに、普段滅多にきれない俺の額の血管が音を立ててブチきれた。
「おじいさんが丹精込めて作った畑を堂々と荒らしやがって。絶対に許さん!!」
決着までわずか三分足らず。俺のぶちぎれ大激怒アタックの前に真夏のたき火と化したキャリオンクロウラー。
その亡骸の前で静かに合掌した俺とチイ姉ちゃんは、呆気に取られているノーム族のおじいさんに後始末をお願いし、その場を立ち去ることにしたのだった。
しかし、今回は一対一だったからよかったけど、これは向こうに着いたらそうそうに夏休みの間だけ付き合ってくれる仲間を捜さないといけないかなあ。
なんでかって?
俺、今の戦闘無傷で勝ったわけじゃないのよ。
確かに大きなケガはしてないけどね、その代わり小さなやけどとか擦り傷とかいっぱい体中にしてしまったんだよね。
こういう時、高校の友達がいれば回復術の一発で治してもらえるんだけど、やっぱり、ヒーラーである『療術師』の存在って大きいなあ。
まあ、でもこういう時こそ頼りっぱなしにならないように修行しようと思ったわけなんだけどね。それを考えると、これも修行かぁ。
俺はリュックの中から魔法の回復薬の入った小瓶を取り出すと苦笑しながらのみかけた。
すると、不意に肩をたたかれた。
「あんの~」
「はいはい? ウワッ!!」
振向くと、後ろにはノーム族の皆さんがズラリと・・
「な、な、な・・」
「あんた傭兵さんだベか?」
「え、ええ・・」
「そうしたらよう、トメじいさんのところの畑だけじゃなくて、オラ達のほうの畑のほうの駆除もやってくんねえかな?」
「ンダンダ」
「オラ・・タチって・・ゲゲゲ!!」
俺が恐る恐る畑のほうを見詰めると、広い様々な野菜畑のあちこちで、さっき倒したばかりのムカデモドキの姿が。
「え、えええええっ、イ、イ、一匹じゃなかったのぉ!?」
「あは、あはは、なんだか黄色い色がいっぱいみえるな」
「この陽気のせいで、大量発生したらしくてよ。金払うからやってくんねえかな」
「頼みますだ」
「このとおりだ」
「おねげえだ~」
「ハ、ハハ、ハハハハ」
俺、今日も船に乗れないのかな・・
「これも修行なんじゃない、コウくん」
「ソウダネ」