良い日旅立ち、二人旅 その2
え? なんで俺と同じ龍族じゃなくて、モモンガなのかって?
う~~ん、説明が非常に難しいなあ。
まあいいか。
正確に言うと、チイ姉ちゃんは、俺の実姉、『龍乃宮 姫子』の身体から分裂して生まれてきた三つの分身のうちの一人なんだ。
今から五年以上も前のことになるんだけど、俺の姉上、姫子は、神通力を暴走させて、三つの身体に分裂してしまうという事故を起こした。
一つは美少女の姿。
一つは少年の姿。
そして、最後の一つがモモンガの姿だったんだよなあ。
で、ここから説明がややこしくなっていくんだけどだけど、姉上自身の記憶を持っていたのはモモンガの分身だったんだ。
つまり、分裂した三体の中でモモンガこそが姉上の本体だったというわけ。
それに対して美少女姿の姉上や少年姿の姉上は記憶を持たない木偶だったわけだけど、当初、それがわからなくて龍の一族はパニック状態に陥った。
まあ、普通、美少女姿の姉上を本体だと勘違いしても仕方ないんだけどさ、ともかく、モモンガの姉上が本物だってことがわかるまで、結構な時間がかかってしまった。
で、その間に、とんでもない奴らが先に真相を掴んでしまったものだから事態はさらに悪いほうに転がり始めちゃったんだよね。
その悪い奴らっていうのはほかでもない、例の王弟高級をはじめとする長老会の連中だったんだ。
やつらは、木偶の分身を利用して傀儡政権を作ろうと暗躍し始めた。
記憶を持たない美少女姿の姉上や、少年姿の姉上に自分達で作り出した都合のいい記憶を刷り込んで王位継承権に祭り上げ、自分達でいいように操ろうとやりたい放題し放題。
疑惑の目を向ける現龍王の待ったの声も無視して、自分達の計画を推し進めていたんだけど、そんな奴らにとって真実を知るモモンガの姉上は非常に邪魔。
奴らは姉上を抹殺しようとしたんだけど、間一髪のところで連夜さんが姉上を助け出した。
で、まあそれ以降いろいろとあった。
それはもういろいろと。
ちょっと話が長くなるから話せないけど、ともかくいろいろとあった。
で、いろいろとあって去年のこと。
姉上は連夜さんや兄者達の助力の元、紆余曲折の末に美少女姿の分身の身体を取り戻して、ようやく『人』の姿にもどれた。
いや~、本当によかったんだけどさ。
だけどその際に、分身のほうの人格がね、取り残されることになった。
高級や長老会によって作り出された人格だったわけだけど、そのまま消すのはあまりにもかわいそうだって思った姉上は、分身の人格を消さずに置いておくことにしたんだ。
そして、彼女は本当の意味で俺達の兄弟姉妹になった。
いずれ、姉上の身体から取り出した卵巣を使って新しい身体を作り出して、彼女の身体として与えられる予定になってる。
だけどさ、その間、その人格を保管しておく容れ物が必要になるよね。
そこで、これまで姉上が使っていたモモンガの身体にしばらくその人格を入れておくことになったんだよな。
まあ、つまりは、身体と心を入れ替えっこしたってことなんだ。
そして、改めて誕生したのがモモンガのチイ姉ちゃん。
あ、わかってると思うけど『チイ姉ちゃん』ってのは、『小さいほうの姉ちゃん』って意味で、ちゃんとした名前じゃないからね。
と、いうか、チイ姉ちゃんに正式な名前はまだないんだ。
チイ姉ちゃんが『龍乃宮 姫子』の分身で、悪い奴らに操られていたってことはさっき説明したよね。
悪い奴らはチイ姉ちゃんに『龍乃宮 姫子』の名前と記憶を与え、本物の『龍乃宮 姫子』に祭り上げようとした。
なので、彼女としては生れてからずっと『龍乃宮 姫子』だったわけで、姉上の身体から分裂しこの世に生まれてから数年間、自分自身が『龍乃宮 姫子』であると全く疑うことなく生活してきた。
まあ、当り前だよね、事実を知らされていないんだから。
ところが、本当の姉上がチイ姉ちゃんが使っていた身体を取り戻したことで、『龍乃宮 姫子』として復活を果たした。
それはつまり、チイ姉ちゃんが『龍乃宮 姫子』ではなくなってしまったってこと。
相当ショックだったと思う。
事実、入れ替わってからしばらくの間は、チイ姉ちゃん、塞ぎこんでいたし。
ごめん、話がそれた、元に戻すよ。
チイ姉ちゃんの名前なんだけど、最初は姉上がモモンガ姿だったときに使っていた『龍乃宮 瑞姫』っていう偽名をそのまま使おうかって話だった。
いい名前だし、そのままもらってもいいと思ったんだけど、でも、チイ姉ちゃんが、『ちゃんと自分自身の名前がほしい』って言いだしてね。
結局、チイ姉ちゃんのちゃんとした『人』の身体ができるときまで名前はお預けってことになった。
で、ちゃんとした名前ができるまでの間、呼び方をどうするかってことだったんだけど、それについてはある『人』の一言で簡単に片付いた。
『小さい姫子ちゃんだから『ちぃ』ちゃんね』
あ、安直すぎる。
安直すぎると思ったけど、誰も逆らえないほど偉い『人』だったので、ある『人』以外は誰も文句は言わなかった。
『お、お母さん、ちょっとそれは安直すぎない?』
『もう~、レンちゃんったら。『ちぃ』ちゃんってかわいいじゃない。ねぇ、『ちぃ』ちゃん』
『連夜は気に入らない? 『ちぃ』って名前かわいくないと思う?』
『いや、かわいいとは思うけど』
『じゃあ、『ちぃ』でいいです!!』
いいのかよっ!?
って思ったけど、しょうがない。
こうして、チイ姉ちゃんは誕生したわけだ。
生まれてきた時期とか考えると、姉というよりも妹って感じがするんだけどさ。
『私はコウくんのお姉ちゃんなの!! それだけは絶対に譲れないのっ!!』
って言い張って聞かないもんだから、しぶしぶ承諾したんだけどなあ。
まあ、それはいい。
それはいいんだけど。
何故か、本体である姉上じゃなくて、いっつも俺にくっついて行動したがるんだよ。
なんで?
なんでそうなるの?
「連夜とコウくんはお姉ちゃんのモノだからです!!」
「ちょっ、チイ姉ちゃん、勝手に『人』の心の中を読まないでよ!!」
バックパックの中でちっちゃい胸をやたらとそらし、物凄く得意気なチイ姉ちゃん。
くっそ~、腹立つくらいかわいらしいなあ。
あ、そうそう、チイ姉ちゃんは、弱いけれど読心術を使うことができるんだ。
それほど深いところにある心を読み取れるわけじゃないけど、簡単な表層意識なら読み取れる程度には力があるんだよね。
『人』の姿の時には使えなかった能力で、モモンガの身体になってから使えるようになったらしい。
そうそうもう一つ余談。
能力もだけど性格もだいぶ変わったんだ。
『人』の姿の時にはかなり短気で暴力的な性格だったんだけど、モモンガの身体になってからは別人のように丸くなって、優しくなった。
連夜さんが言うには、この性格こそが本当のチイ姉ちゃんらしい。
『人』の姿の時の凶暴な人格は、その身体に宿した大きな力に引きずられてしまい、コントロールできなかったが故になってしまった性格なんだって。
生まれたばかりで、付け焼刃に作りだされた人格のチイ姉ちゃんに、王族の中でも一際強い力の持ち主である姉上の身体を乗りこなすのは相当に厳しかったんだと思う。
今はきちんと自分の身体を乗りこなしている姉上本人も、かつては乗りこなすことができずに暴走させて分裂させてしまったくらいだしねえ。
まあ、ともかく今のチイ姉ちゃんは外見も性格もとってもかわいくなってしまったのだ。
「こ、コウくんったら、かわいい、かわいいって。そんなに褒められたらお姉ちゃん、照れちゃうよ」
「いや、だから、『人』の心を勝手に読まないでってば!!」
ちっちゃい両手で顔を隠しながら、いやんいやんと小さく身体をよじらせるモモンガ。
ほんっとにかわいらしいな、チイ姉ちゃん。
もう、そのまま無害なペットとして生きてくれればいいのに。
「ペットじゃない!! お姉ちゃんはペットじゃないもん!!」
「もう、うるさいよ、チイ姉ちゃん。周りのお客さんに迷惑なんだけど」
「コウくんが変なこと言うからでしょ!?」
「言ってないよ。思っただけで」
「思っちゃダメッ!!」
今にも泣きだしそうな表情になったチイ姉ちゃんは、そのまま、俺の胸に飛びついてくると、そのままよじよじと顔の横にまでよじ登ってきた。
「お、お姉ちゃんはコウくんのお姉ちゃんなんだからね。お姉ちゃんのことペット扱いしたら、ダメなんだから!! お、お姉ちゃん、泣いちゃ・・うえええ」
「あわわわ、じょ、冗談!! 冗談だってば、チイ姉ちゃん!! ごめんなさい、本当にごめんなさい!!」
俺の耳元で大泣きするチイ姉ちゃん。
元がちっちゃいモモンガなので、声そのもののボリュームも小さいんだけど、耳元で泣かれると流石に大きく響いて聞こえる。
俺は何度も何度も謝り続け、なんとかチイ姉ちゃんの機嫌を直すことに成功した。
「ぐすんぐすん。コウくんは、もっとお姉ちゃんを大事にしないとダメなんだからっ!!」
「はい、ごめんなさい」
「ちゃんと大事にするって約束する?」
「しますします。ってか、いっつも大事にしてるじゃん!!」
「うん、まあそうだけど、これからもちゃんと大事にするように」
「わかったってば。ちゃんと大事にします。チイ姉ちゃんは、俺の大事なお姉ちゃんです。これでいい?」
「うむ、素直でよろしい」
「やれやれ。それよりもチイ姉ちゃん、これはいったいどういうことなのさ!?」
「何が?」
「何がじゃないよ。なんで、ここにチイ姉ちゃんがいるの!?」
「なんでって、コウくんが心配だからついて来たにきまってるでしょ? 一人旅なんて生まれてから一度だってしたことがないじゃない。それなのに一人で武者修行の旅だなんて、危険すぎます。そんなのお姉ちゃん心配です!!」
俺の肩からぴょこんと膝の上に降り立ったチイ姉ちゃんは、小さい腕を腰にあてて俺を見上げながら、怒ったような表情で俺の顔を何度も指さす。
そんなチイ姉ちゃんに、『俺はもう子供じゃない』とか、『年上ぶって説教するのはやめてくれ』なんて言い返そうとしたが、チイ姉ちゃんの小さな小さな顔に俺のことを本当に心配している色が見えてしまい、口に出すことができなくなってしまった。
俺はそれでも俺は未練たらしく他に何か言い返す言葉がないか探してみる。
だが、やっぱり俺の頭の中にある貧弱なボキャブラリーには該当する言語はなく、俺は言い返す言葉を探すことを諦めた。
そして、静かに溜息を吐きだして別のことを口にする。
「王宮のみんなには隠していたはずなのに、なんで俺の計画ばれちゃったんだろ? 兄者にも連夜さんにも漏らしてないし、姉上には間違ってもしゃべってない。おかしい。なんでチイ姉ちゃんにだけバレてしまったんだ?」
理由がわからず首を捻る俺。
しかし、チイ姉ちゃんはそんな俺にあっさりとタネを明かすのだった。
「それはね、なんか最近、コウくんの様子がおかしいなぁって思っていたので、ずっと心を読んでいたからでした。お姉ちゃんに隠し事はできないのだ」
「な~んだ、そっか。俺って心を読まれていたんだ。なるほどなるほど。って、ダメだろうが、この馬鹿姉ちゃん!! 『人』の心を読むなってあれほど言ってんじゃん!! プライバシーの侵害だよ!!」
「大丈夫だよ、コウくん」
「何が? 何が大丈夫なのさ!?」
「だって、コウくんはお姉ちゃんのモノだから、お姉ちゃんがコウくんの心を読むことは許されているんです。法律でもちゃんと定められているんだよ」
「ああ、そうなんだ。法律で定められているんだったら、しょうがないよね。って、そんなわけあるかああああっ!!」
この後もチイ姉ちゃんと俺の口論は続いた。
城砦都市『アルカディア』に到着しても続いた。
正直、そのままチイ姉ちゃんを厳重に箱詰めにして宅急便で送り返そうかとも思ったけど、それはそれで帰りの道中で何かあるかもしれないと思ったら心配だし、かといって一緒に帰るわけにもいかないし。
結局、根負けして一緒に連れていくことにした。
あ~、もう~、なんでこうなっちゃったんだろ。
孤独な武者修行の旅のはずだったのに。
「いいじゃない。一人よりも二人のほうが心強いし。それよりもコウくん、修行もいいけど、観光もしようよ。私、『アルカディア』名物のオレンジシャーベット食べたい!!」
「ついていきなり観光って。それよりも、チイ姉ちゃん、俺の心を読んで相槌うつのやめてくんない!? ねぇ、姉ちゃん聞いてる!? ちょっとお!?」