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旅立ちの理由 その5

「もう二人とも気がついていると思うけど、すでに今回の龍族の内乱事件については都市の中枢を預かる中央庁が認知済みなんだ。各種族にはそれぞれの独自のルールや掟があって、全てを同じ法律で括ることは難しい。よって基本的に中央庁は一族内の問題に関しては関与しない方針とる。普通はね。だけど、今回のことに関してはそういうわけにはいかない。家督争いが原因のただの御家騒動だけならともかく、他の種族を誘拐して奴隷売買していたとなると、見過ごすわけにはいかないでしょ? それで『揉め事処理専門部署(スーパースィーパー)』である『機関』に出動命令がでたんだよね」


 連夜さんの言葉に、俺と姉上は思わず息をのむ。

 一応、予想してはいたけれど、どうやらあのデブが引き起こしていた事件は、相当に大きなことだったらしい。

 なぜかって?

 この都市最強にして最大の武装防衛集団である『機関』がこの事件を担当しているっていうのがなによりの証拠だからさ。


 この城砦都市『嶺斬泊』の行政をはじめとする重要な公的業務一切を取り仕切る『中央庁』。

 その『中央庁』の中にあって、各部署では対応しきれない重要事態を迅速かつできるだけ周囲に被害をださずに解決する為に存在しているのが・・


 『揉め事処理専門部署(スーパースィーパー)』である『機関』だ。

 

 各都市間の微妙な外交問題、都市に住む様々な種族が抱える『人』種問題、『害獣』及びそれと同じくらい危険な『外区』の生物がもたらす脅威に対抗するための防衛問題などなど。

 本来それぞれの専門部署が対処しなくてはならない問題であり、勿論それぞれの部署のその道のプロフェッショナル達が全力で解決に日々当たっているわけであるが、極稀に法律の抜け道や複雑な『人』権問題といったいかんともしがたい障害が立ちふさがり、各部署に与えられた権限ではどうにもならないということが発生する場合がある。

 そのときに彼らの代わりその問題を引き継いで処理に当たるのが中央庁の特殊部署『機関』であり、そこにはプロですら解決に導くことが難しい問題を処理する為に集められたプロ以上のプロ、恐るべき能力を備えた有能な人材達が群れ集って在籍している。

 当然、その『機関』に所属している直轄部隊もまた例外ではない。

 各都市に存在している『害獣』ハンター達、あるいは彼らを束ねている傭兵旅団の中でも特に優れた者達を、長官、あるいは陣頭指揮官が自ら選抜しスカウトしただけあって、その実力は北方南方の都市群が抱える軍隊の中でも屈指のもの。

 みながみな、様々な『害獣』と戦いを繰り広げ生き残ってきた実績を持つ猛者達。

 その英雄好漢達が事件解決の為に投入されたってことは。


「ひょっとして、もう事件は解決しちゃったってことですか?」


 導き出した自分の予想を恐る恐る目の前に座る人間族の少年に問いかけてみると、少年は困ったような笑顔を浮かべて口を開いた。


「とりあえずね。とりあえずは今回の騒動は終了かな。首謀者である龍乃宮(りゅうのみや) 高級(こうきゅう)氏については、愛人宅に潜伏しているところを美咲さんの諜報部隊が急襲して身柄を確保した。また、側近の恫奸(どうかん)が率いる反乱軍の主力部隊に関しては、詩織さんが率いる直轄部隊が出張って、すでに完全に無力化してる。あとここだけがね、残っていたんだよね」


「そうだったんですか」


「うん、最後になっちゃってほんとにごめんね。真先にここに来たかったんだけどさ、ちょっといろいろとあってね。来るのが遅れてしまったんだ」


「いやいや、そんなこと気にしないでくださいよ。本来なら龍族だけで解決しないといけないことなのに、中央庁の方々にお手を煩わせてしまって。しかも、連夜さん達まで巻き込んじゃってるし」


 俺は結構本気で落ち込んで溜息を吐きだした。

 ちっと、話がそれちゃうんだけど、連夜さんのことについて少し話をしておきたいと思う。

 連夜さんは俺の師匠で物凄い『人』ではあるが、何を隠そうその立場はただの『一般市民』である。

 お父さんの仕事である『農業』を手伝っている半分社会人ではあるが、紛れもなくただの『高校生』で、それ以上でもそれ以下でもない。

 役人じゃなしい、警察官でもない。

 軍人でもなければ、傭兵でもない。

 本来なら、こんな危険なところに立っている『人』ではないのだ。

 ならばなぜ、ここにいるのか?


 連夜さんのお母さんにその秘密がある。

 

 連夜さんのお母さんは、ドナ・スクナーといい、『揉め事処理専門部署(スーパースィーパー)』である『機関』の頂点に立つ『長官』を務めているのだ。


 『中央庁』の役職は全て世襲制ではない。

 だから俺達のように王族に生まれたからという理由だけで、その役職に対しての責任が発生したりはしない。

 あくまでもその権力も責任も、当事者である連夜さんのお母さんのものであって、連夜さんにはない。

  

 ないのであるが。


「いや、それこそ晃司くんが気にする必要はないよ。今回のことに関しては、自分から首を突っ込んだんだし。今回の奴隷売買についてはちょっと因縁があってね。ほら、僕って人間族でしょ、何度か奴隷として売られそうになったことがあってね。それでちょっと『K』達に手伝ってもらって僕を誘拐しようとしていた『人』達を調べていたんだ。そしたら、剣児がそれに関わっていることがわかって、止めようと思って踏み込んだら、龍族の王弟が関わっていることが判明して、いや、もう、なんだかジェットコースターみたいにあれよあれよと大ごとになっちゃった」


 そう言ってなんともいえない苦笑を浮かべて見せる連夜さん。

 ほんとにこの『人』苦労しているんだよね。

 人間族ってさ、この世界じゃ物凄く差別されている種族なんだ。

 二百年ほど前にある事件があって、そのせいで他のたくさんの種族から目の敵にされている。

 でもさ、それってその当時の人間族の『人』達のせいで、連夜さん達のせいじゃないと思うんだけどなあ。

 まあ、ともかく連夜さんは今も物凄く差別されながら日々を生きている。

 そのせいで事件に巻き込まれることが多くて、今回のこともご自身が仰っているように本当に巻き込まれた結果なんだろうと思う。

 だけど。 


「連夜さんが巻き込まれたってことはわかりました。だけど、ある程度のところでうちの母さんや、ドナ長官に危ないことは任せて、連夜さん自身はもう関わりにならないほうがよろしいのでは?」


「うん、まあ、そうだね。素人の僕が首を突っ込むとかえって邪魔だしね」

 

「あ、いえ、そういうつもりで言ったんじゃ」


「いいんだ。自分でもわかってるから。でもね、危ないことを全部『人』に任せてしまって、自分は安全なところにっていうのがどうしても我慢できなくてね。玉藻さんとか、姫子ちゃんにはいっつも怒られているんだけど、どうしても治らないんだよなあ。それにさ、僕にしかできないってこともいくつかあるんだ。荒事となると全く役に立たない僕だけど、それでもできることはある。それがわかってる以上、見て見ぬふりはできないんだ」


 いつものこと。

 こう言って、この『人』はいつも一番危ないところにその身を置くんだよね。

 まあ、予想してはいたけどね。

 でも、もう終わったんだ。

 だから、連夜さんには平和な日常に戻ってほしい。

 そう思った俺は、できるだけ能天気な声で話かける。


「でもまあ、とりあえず、終わりっすよね。ここの後始末は俺達龍族でなんとかしますから、連夜さん達は帰還してください」


「ああ、うん、そうだね。じゃあ、後は任せて僕達はここを撤収するよ。多分、あとから詩織さん達が事情聴取に来ると思うけど」


「げ、母上が来るんですか!? できたら美咲さんのほうがいいんだけどなあ」


「あはは、それそのまま詩織さんに伝えておこうか?」


「や、やめてください!! 母上に殺されてしまいます!!」


 慌てて首をぶんぶんと横に振る俺を楽しそうに見つめたあと、連夜はゆっくりと立ち上がり俺達に小さく手を振った。


「じゃあ、僕は行くね。二人とも今日はゆっくり休んでね」


「ええ、連夜さんも」


「それじゃあ、僕はこれで」


 そのまま俺達に背を向けて立ち去ろうとする連夜さん。

 しかし、そのとき、それまでずっと黙って聴き手に回っていた姉上が連夜さんを呼びとめた。


「待って」 


「どうしたの? 姫子ちゃん?」


 姉上の声はかなり小さい声だったけど、何故かスルーできない強い意志が感じられた。

 それを連夜さんも感じとったのか、すぐに立ち止まって姉上のほうに怪訝そうな表情を向ける。


「連夜は、このあとどうするの?」


「ああ、うん、一旦『サードテンプル』の中央庁庁舎に戻るよ。まだいろいろとやらなくちゃいけないことがあるし」


「え? ちょ、ちょっと待ってください、連夜さん、とりあえず、終わったんですよね? ほとんど解決したんですよね?」


 あのデブが起こした反乱軍は全て鎮圧されて、事態は収束したはず。

 もう、連夜さんが危ない場所に行かなくていけないようなことはないはずだ。

 そう思っていただけに、連夜さんの答えは結構ショックだった。

 ふと横を見ると、姉上は連夜さんの答えが『予想通り』というような表情を浮かべている。

 いったいどういうことがわからずにいる俺は、視線で連夜さんに問いかける。  


「あのね、晃司くん。確かに暴動を起こそうとした輩は全て取り押さえた。でも、それで全部が全部解決ってわけじゃないんだ」


「なんでですか? もう、首謀者も実行部隊もつかまりましたよね?」


「でも、奴隷として売られてしまった『人』達の行方がまだわかっていない」


「!!」


 連夜さんの口からでた言葉。

 それについては全く俺の頭の中にはなく、俺は衝撃でしばらく言葉を紡ぐことができなかった。

 

「その『人』達を探さないといけないし、あいつらの残党が他にもまだいないかどうか調べきれていない。それにこれはまだ未確認なんだけど、高級って奴は『魔薬』の密売や、禁術兵器の作成とか、他にいろいろと重大犯罪に手を染めていたみたいでね。それについてもちゃんと調べないと。ともかく、やらなきゃいけない仕事はまだまだ山ほど残ってると思う。単純に力だけでは解決できないことがいっぱいあるんだ。そしてね、僕は思う。単純に力で解決できないことを解決することが、特に重要なことなんだってね」


 力で。


 力で全て解決できると思っていたわけじゃない。


 でも、目に見える障害が全て取り除かれれば解決したことになるとは思っていた。

 

 目に見えないところにあるものについては全く考えていなかったし、考えもしなかった。


「晃司くん」


 呆然とする俺に近づいてきた連夜さんは、俺の肩に自分の手をそっと置いた。


「全てを考える必要はないと思う。『人』にはできること、できないことがあるし、考えること、考えられないこと、考えてはいけないこと、考えないといけないこと、それもまた『人』それぞれでみな違うのだから。ただね、選択できるようにはなっておきなさい。いずれを選ぶかは君次第だけど、少なくとも選択肢が見えることがまず大前提だ。選択肢が見えなければ選ぶことはできない。選択肢がみえなければ守れるはずのものも守れなくなってしまう。とりこぼさなくてもいい大事なものまでとりこぼしてしまうことになってしまう。だから、だからそのために、君はもっといろいろなものを、その目で、耳で、鼻で、口で、そして手で、知るべきだと思う。もっともっと広い広い世の中に出て自分自身の目や耳や鼻や口や、その手で知るべきなんだ。わかるね?」


 そう言って二度ほど俺の肩を叩いた連夜さんは、今度こそその場から立ち去っていった。

 俺の横に座っていた姉上は連夜さんの後をすぐ追いかけようとして立ち上がったけど、俺の様子がおかしいことに気がついて足を止め、結局、連夜さんを追いかけなかった。

 無言で連夜さんを追いかけるように促してみたが、姉上はゆっくりと首を横に振ってその提案を却下する。

 そして、俺の横に座り直した。


「いいの? 連夜さん、行っちゃうよ」


「わかってる。でもまあ、今日はあなたの側にいるわ」


「いいですよ、子供じゃあるまいし。一人になりたいから、そっとしといてくれませんか?」


「何も言わないわよ。どうせ自分で答えを出さなきゃいけないことだしね。それに私も通った道だから」


「姉上も?」


「そうよ。だから、あなたも自分で答えを出さなきゃね」


 東方庭園の端っこに座り込む俺と姉上。

 気がつくと連夜さん達の姿はなく、代わりに龍族の親衛隊の『人』達や、中央庁の直轄部隊の『人』達の姿がちらほら見え始めていた。

 俺達姉弟や、連夜さん達に倒された襲撃部隊の兵士達を連行していく者や、動けないでいるものを担架で運んでいるもの、あるいはその場で何かを尋問しているもの実に様々だ。

 それらをぼんやりと眺めながら、俺はいろいろなことを考え続ける。

 これまでのこと、今日のこと、そして、これからのこと。


 答えがでないまま、時間だけが過ぎて行く。


 何も言わずに俺の手を握ってくれている姉上の優しい手の感触を感じながら、俺はそれでも考え続けた。


 いつまでもいつまでも。

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