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旅立ちの理由 その4

「うっさいうっさい!! コウくんは黙ってなさい!!」 

 

「黙っていられるわけないでしょうが、連夜さんは俺の大事な師匠なんですよ!! 何やってるんですか、姉上!? 連夜さんを凌辱するつもりですか!?」


 そう、この少年の名前は連夜(れんや)



 『宿難(すくな) 連夜(れんや)



 姉上と同じ御稜高校に通う高校三年生。

 この世界に存在する何百何千という種族の中で、最弱と言われる人間族の少年。

 が、しかし。

 この『人』に『最弱』なんて言葉は当てはまらない、絶対に当てはまらない、間違っても当てはまったりはしないのだ。

 確かに人間族という種族そのものは弱い。

 身体能力はどう頑張っても中の下くらいまでしか発達せず、巨人族や高位の獣人族には到底敵うものではない。

 かといって、聖魔族や妖精族のように特殊能力があるわけでもなく、『魔力』、『霊力』、『神通力』なんてものも勿論ほとんど持ってない。

 まさに種族的には最低辺中の最低辺種族。

 だが、何度でも言うが、この『人』は違う。


 違うのだ。

   

 身体能力が低くても、特殊能力がなくても、『異界』の力の才能が皆無でも、この『人』はここにいる誰よりも強い。

 確かに武術の腕だけで判断するなら、恐らく俺の兄者『K』が最強に近い存在だと思う。

 しかし、『人』という存在としては、間違いなくこの『人』こそが最強なのだ。


 彼の『人』が持つのは、どんな種族の者でも決して敵わないであろう、鋼のように強靭な精神。

 自らが『家族』、『兄弟姉妹』、そして、『友達』と位置付けた者達を誰よりも大切に想い、彼らがピンチに陥ったときは自らの命の危険も顧みずにそこに飛び込んで行く覚悟。

 誰が諦めようと、どんな障害が待ち受けていようとも、決して諦めない、絶対に諦めない、最後の最後の最後まで諦めない心の持ち主。


 彼の『人』が持つのは、どんな種族の者でも決して敵わないであろう、膨大な種類の『技術』、『技能』、そして、『知識』。

 たゆまぬ努力でそれらを身につけたこの『人』は、それらを縦横無尽に使いこなして様々な難事を切り抜ける。 

 単純な暴力ではない、異界の力でもない、しかし、それは奇跡を呼ぶ力、そんな力の持ち主。


 俺も兄者も、そして、姉上も何度この『人』に助けられたかわからない。

 俺達兄弟姉妹の大恩人であり、俺の師匠でもある。

 

 え? なんの師匠かって?


 う~ん、一個単一のものを教えてもらっているわけじゃないから、説明するの難しいなあ。

 『外区』で生きて行く為に必要なサバイバル術や、大牙犬狼(ダイアウルフ)快速鳥(マッハドードー)の乗り方、薬草霊草の見分け方といった『害獣』ハンターとしての知識技術から、料理洗濯炊事といった生活術まで実に様々に教えてもらってるんだよねえ。

 小さい頃から俺の為に、いろいろな大事なことを教えてくれた『人』

 兄者と同じく、俺が越えるべき壁であり、山の頂点に存在している『人』


 それが連夜さんなのだ!!

 

 その大事な恩人であり師匠である連夜さんが困っているのに黙ってみていることができようか!?


 否、断じて否である!!


 俺は連夜さんにべったり抱きついたまま離れようとしない姉上に近づくと、力づくてひっぺがえそうと試みる。

 しかし、姉上はとんでもない馬鹿力で連夜さんに抱きついたまま、押そうが引こうが一向に離すことができない。


「りょ、凌辱って!? ち、違うわよ、何言ってるの!? そ、そんなこと私がするわけないでしょ」


「そうじゃないなら連夜さんを放してくださいってば!!」


「何言ってるの!? 放してしまったら連夜に逃げられちゃうじゃないのよ!!」


「逃げられるようなことするからでしょうが!!」


「もう、ああいえばこういうし、どうしてコウくんはそうなの!? あ、もしかしてあれ? 大好きなお姉ちゃんを取られたくないっていうこと? もう、コウくんったらいつまでたっても甘えん坊さんなんだから。しょうがないわねぇ」


「き、気色悪!! 姉上、キモイこと言うのはやめてもらえませんか? ほら、こんなにも鳥肌げぼあっ!?」


 あまりにも姉上が突拍子もない気持ち悪いことを言いだすので、盛大に鳥肌がたった片腕を見せつけるように差し出すと、次の瞬間抜くても見せずに解き放たれた姉上の拳が俺の頬にめり込んだ。

 完全に無防備だった俺はまともに食らって盛大に吹っ飛ぶ。

 土煙を巻き上げながらごろごろと庭園の中を転がっていく俺。

 日頃から鍛えてはいるものの、武術の達人である姉上の一撃は流石に痛い。

 それでもなんとか痛みをこらえて立ち上がった俺だったけど、視線を姉上のほうに向けてみると、そこには烈火のごとく怒り狂った姉上の姿が。

 

「貴様、本当に死にたいらしいな」


「ちょ、家庭内暴力反対!!」


「やかますいわっ!! 折角久しぶりに連夜と二人っきりになれそうなのに、なんなのだ、おまえは!? 邪魔ばかりしおってからに!! あ、連夜、ちょっと待っててね。すぐに晃司を黙らせるからね」


「いや、晃司くんがかわいそうだから、やめてあげてよ。それよりも僕をいい加減解放してってば」


「ダメッ。連夜はここにいるの」


「なんでさ!?」


「だって、連夜にまだちゅ~してもらってないし、それ以上のこともまだしてないから、しないといけないし」


「ちゅ~はしません!! ってか、それ以上のことってなんなのよ!? いや、いいから、言わなくていいから!!」


 般若のような恐ろしい表情で俺に恫喝してくる姉上であったが、抱きしめている連夜さんに対しては天女のような優しい微笑みを浮かべて見せる。


 何この違い!?


 なんかいい加減頭に来たぞ。


 姉上は連夜さんの身体をそっと放して安全なところに避難させたあと、両拳をボキボキ鳴らしながらこちらへと近づいてくる。

 あ~、そうですか、やるってことですか。

 いいですよ、やってやりますよ。

 俺はこちらにゆっくりと歩いてくる姉上を睨みつけると、両腕を前に突き出して半身に構える。


「ほほお、私とやるというのか?」


「吹っかけてきたのは姉上でしょうに。でも、受けますけどね。いつまでも俺が姉上よりも下座にいると思われるのは業腹ですし」


「ふふふ、いいだろう。どれほどおまえが成長したのか、私に見せてみろ」


「いいですよ、ただし、見物料は高くつきますが」


 俺と姉上は大人一歩分もない超至近距離で対峙し合う。

 それはお互いの必殺の間合い。

 一度放てば避けることは不可能、相手の攻撃を食らいたくなければ、相手よりも早く、速く、疾く、その一撃を相手に極めるしかない。

 そのチャンスはほんの一瞬。

  

 俺も姉上もそのことはよくわかっている。


 わかっているからこそ、俺も姉上も決して手は抜かない。


 己の誇りを賭け、いざ勝負!!


「いくぜ、姉上!!」


「来い!! 晃司!!」


 燃え上がる覇気、膨れ上がる闘気。

 一つの決着を求め、俺と姉上は生と死の挟間をかける。


 雄叫びをあげて二つの闘志が今、激突の時を迎えた。


 唸りを上げて俺と姉上の拳が相手へと迫る。

 疾風よりも早く、烈風よりも激しく、猛り狂う旋風そのものとなった拳が、互いの顔面めがけて吸い込まれていく。

 研ぎ澄まされた感覚によって、周囲の風景がスローモーションのように映る。

 その超感覚の世界の中にあることで、俺は、わずか、ほんのわずかに姉上の拳のほうが速いことに気づいた。

 髪の毛一筋ほどの違い。

 だが、このままでは間違いなく姉上の拳が先に俺の顔面に叩きこまれ、その反動で俺の拳の威力が半減してしまう。

 それでは姉上は倒せない。

 しかし、今から回避行動を起こすことは不可能。

 ならば、これでジ・エンドなのか?


 いいや、まだだ、まだ手はある。


 俺は自ら姉上の拳の軌道上に頭を突っ込んだ。

 姉上の拳を顔面で受けるために。

 いや、正確には顔面ではなく、鍛え上げられた額で受けるのだ。

 俺の頭突きは岩をも砕く。

 その自慢の頭を姉上の拳にぶつける、そして、同時に俺の拳は姉上の顔面に叩きつける。


 今こそ、俺は姉上を越える!!


 二つの拳が互いの顔面へと吸い込まれる。

 決着のとき!!





 ・・と、思ったんだけど。





「やめんか!!」


「「ぎゃふんっ!!」」


 俺と姉上の間に突如として出現した一つの影。

 その影は、鋭い一喝と共に俺達の頭に巨大なゲンコツを振り下ろした。

 俺は思わず痛む頭を押さえてその場にうずくまる。

 ふと視線を前に向けてみると、姉上も同じような姿でうずくまっているのが見えた。


 俺は横に立つ影に涙目になった目を向ける。


「あ、兄者、ひどいよ、なにするのさ」


「そうじゃそうじゃ。兄上横暴じゃ」


「黙れ」


 猛抗議する俺と姉上の言葉を、重々しい口調で黙らせるのは、俺達の長兄『K』その『人』。

 俺と姉上は尚もめげずに食ってかかろうとしたが、兄者の貫禄たっぷりな視線の前にあえなく撃沈。

 これ以上何を言っても無駄だということを悟った俺達は、その場を去ろうとしたのだが、兄者に首根っこを掴まれて正座させられてしまった。

 あああ、久しぶりに兄者のお説教が!!

 兄者は非常に無口で口数が異様に少ない。

 それ故か、一言一言が異様に重いんだけど、それ以上に、一言口にするのに異様に時間がかかるんだ。

 説教の内容そのものはそれほど厳しいものではないんだけど、説教する時間が物凄く長くなるので、その間正座しっぱなしというのは非常に辛い!!


 今、戦闘終わったばかりでめっちゃくち疲れているのに、これは嫌だ!! 誰か助けて~~!!


 ふと、横を見ると姉上も同じ気持ちなのか、涙目になっている。


 うんうん、その気持ちはわかるよ姉上。

 俺達かなり頑張ったのに、ちょっと乱闘しただけでこれはないよね~。


 でもあれ? そもそも姉上が暴走しなければこんなことにならなかったわけで、俺ってとばっちりなんじゃね?


 なんだか、割りきれない気持ちになった俺は、抗議の言葉を発しようと兄者のほうに視線を向けてみたが、強烈なプレッシャーを秘めた視線で睨み返されちゃった。


 こ、怖いよ、兄者。


 もっと、かわいい弟に優しくしてあげて!!


 心の中で盛大に悲鳴をあげる俺。

 しかし、心の中で悲鳴をあげようが、実際に声に出して悲鳴をあげようがこの事態はかわらないとわかっていたので、抗議することを諦めておとなしく正座しておくことにする。


 あ~あ、ツイテナイなあ。

 肩を落とし、盛大に溜息を吐きだしながらしょんぼりがっかりする俺と姉上。

 

 これから長時間兄者のお説教かあ。


 なんて覚悟をきめかけていたのだけど、ここで救世主登場!!

 兄者の背後に何者かが近づいて声をかけた。


「『K』、もういいでしょ、二人とも今日は頑張ったんだし、このぐらいで勘弁してあげてよ」


「む、連夜か」


 し、師匠~~!!


「後は僕が引き受けるからさ、みんなの後始末を手伝ってあげてくれないかな。どうも龍族の王宮の中って僕じゃよくわかんなくてね。『K』からしてみれば、俺にはもう関係ないって思ってるかもしれないけど、助けると思ってさ、頼まれてくれないかな」


 本当に心から済まなさそうに頭を下げる黒髪黒眼の人間族の少年。

 その少年の姿をいつも通りのむっつりした顔で見つめていた兄者だったけど、小さくこくりと頷いて人間族の小柄な少年の肩を軽く二度ほど叩いた。

 

「わかった」


「ありがとね、『K』」


「無問題」


 連夜さんに短く了承の言葉を投げかけたあと、俺達に背を向けた兄者は、のっしのっしとこの場から離れていく。

 元龍族のはずなんだけど、今の兄者を見ていると巨人族に見えるよなあ。   

 

「はいはい。二人とも、もう正座はいいよ。とりあえず足を崩して」


「あ~、助かった」


「連夜~、本当にありがとう」


 兄者が視界から消えたのを確認した後、連夜さんは俺達に楽な姿勢を取るように進めてきた。

 もちろん、その提案に否やはない。

 俺も姉上もすぐに足を崩すと、しびれかかっていた足をもみほぐしながら救世主たる人間族の少年に視線を向ける。

 ほんま、師匠はええ『人』やで~。


「二人ともじゃれあうのはいいけど、時と場合と場所を考えてよね~」


「じゃ、じゃれあってないですよ、連夜さん!!」


「私は真剣に連夜に自分の気持ちを伝えたかったのに!!」


「「そもそも、こいつが!!」」


 呆れたような表情で語りかけてくる連夜さんの言葉に、俺と姉上は猛反発。

 間違いなく相手が悪いとばかりに、ほぼ同時にビシッと相手のほうを指さして見せるのだったけど。


「はいはい。姉弟仲が良くて大変結構です」


「「どこが!? 全然仲良くないじゃん!!」」


「わかったわかった。もういいから、とりあえず話を聞いてくれるかな」


 結構本気で睨みあう俺と姉上。

 しかし、その姿を見た連夜さんは、おかしくてたまらないとばかりにくすくす笑うばかり。

 なんだかなあ、やる気が削がれるんだよなあ。

 連夜さんの様子を横目で確認したあと再び姉上のほうに視線を戻してみると、俺と同じように困惑した表情になってた。

 同じこと考えているのが手に取るようにわかってしまってげんなりしたが、いつまでもこうしていてもしょうがない。

 肩の力を抜き、目の前で妙ににこにこしている連夜さんのほうに改めて身体を向け直した。

 そのときに横をちらりと見ると、姉上もちゃんと話を聞く態勢を作っていて、俺と姉上のそんな様子を確認した連夜さんは、表情をちょっとだけ引き締める。

 そして、今回の事件の顛末について語り始めた。


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