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旅立ちの理由 その3

 俺も姉上も自分の武術にはちょっと自信があるからね。

 対人戦闘なら俺も姉上も結構いろいろと経験済みなのさ。

 だから、すぐにこの場での戦闘は終了する、そう思っていた。

 言いわけになるかもしれないけど、油断していたというわけではない。

 だが、絶対に慢心していなかったかと聞かれると、ちょっと自信がない。

 それまでこの場にいたのが普通の衛兵クラスの兵士ばかりだったものだから、あとから侵入してきた後続の兵士達もそれと同じだろうくらいに考えていたんだ。

 楽勝爆勝、あとからのこのここの場に侵入してきた新手の敵もすぐに蹴散らして、この馬鹿騒ぎも終わり終わり。

 俺も姉上もそんなことを思っていたんだが。

 だが、それが大きな思い違いだってことを、俺達姉弟はすぐに思い知らされることになった。

 濃緑色の迷彩戦闘服で身を包み、あとから侵入してきたその兵士達は、姉上の必殺の斬撃をものの見事にかわしてみせたのだ。

 それだけではない、一瞬呆気に取られてしまった姉上の隙を見逃さず、すかさず反撃までしてくる始末。

 かろうじて、それに気がついた俺が姉上の前に飛び出して反撃の一撃を全てはじき返してなんとか事なきを得たが、反撃を封じるだけで精一杯。

 それどころか、見事なまでの連携攻撃で俺達に攻撃をさせず、一方的に攻め立ててくる。

 一旦態勢を立て直すために後退しようとしても、俺達の周囲はきっちり取り囲まれていて後退どころか逃げることも不可能だ。


 やっべぇ、マジでやべぇ、絶対絶命大ピンチ!!

 こいつら明らかに実戦経験があるプロの傭兵達だぜ。


 今回の反乱の黒幕である首謀者のデブは、龍族以外の種族を見下している。

 だから配下の者達は全員龍の一族に連なる者達ばかりで構成されているわけなんだけど、そんな身内だけで固めて強い兵士がいるわけない。

 そう思ったから、今回の反乱はすぐに鎮圧できるとタカをくくっていたんだけど。

 どうやら俺達の認識は甘かったみたいだ。

 あのデブ、自分の野望の為にあっさりと主義をかえやがった。

 だって、今、俺達を取り囲んでいる傭兵達、明らかに龍族じゃないんだもん。

 カマキリ型の昆虫型種族、確か、『グリーンサイト』って名前だったかな。

 四本腕のうち上腕二本からは大きな鋭い刃を備えた鎌が生えていて、下腕にはそれぞれ二枚の小型盾を装備。

 まさに攻防一体の四本腕は、俺達姉弟を次第に追い詰めていく。


「姉上、ちょ~っと雰囲気やばくね?」


 次々と襲い来る大鎌の連撃をなんとか捌きながら、背中越しに姉上に声をかける。

 すると俺の背後で同じように鎌を弾き飛ばしている姉上が苦い口調で答えを返してきた。


「弱気なことをいうでない、晃司。『害獣』に比べればこの程度どうということはないではないか」


「まあ、そうなんですけどね。でも、やっぱやばいっすよ、これ」


 ちらっと視線を東方庭園の端へと向けてみる。

 そこにある隠し通路の出入り口からは、まだまだ濃緑色の兵士達が湧きだしている姿が。

 これほんとにやばいよ。

 たとえ、この場にいる連中を倒したとしても、まだ後ろにいるみたいだし、これ本当に詰んだ?

 あ~、もうしょうがない。

 こういう戦法は好きじゃないし、俺らしくないんだけどもう方法がないよね。

 

「姉上」


「なんじゃ、今忙しいんじゃが」 


「俺が、突破口開きますから援軍を呼んできてください!! このままじゃ、手詰まりです、ジリ貧です!!」


 切羽詰って早口になり聞き取りづらくなっているとは思ったが、なんとか俺の意思は伝わったらしく、姉上は覆いかぶさってきた兵士の一人を前蹴りで盛大に蹴り飛ばしたあと、俺のほうへ不機嫌そうに振り向いた。


「なるほど、私が援軍を呼びに行っている間、おまえが一人ここで持ちこたえるということじゃな!?」


「そうです!! 行ってくれますね、姉上」   


 一刻の猶予もない。

 姉上の返事を聞いた後、すぐにも突撃を敢行しようと身構える俺。

 しかし、そんな俺の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。


「だが、断る!!」


「そうですか、断ってくれますか・・って、ええええっ!?」


 危うくずっこけた状態で敵の中に倒れこみそうになる俺。

 幸い俺の行動を何かの攻撃モーションと思ってくれたのか、兵士達は一斉に後ろへと回避行動を取ってくれたので袋叩きだけは免れた。

 あぶねぇっ!! こんな間抜けなやられ方だけはいやだ!!


 俺は慌てて態勢を立て直すと、とんでもない答えを放ってくれた実姉に、困惑の視線を向ける。


「な、なんでですか、姉上!?」


「そんなこと決まっているではないか」


「お、俺のことが心配だからですか? 大丈夫です、俺がしぶといことは姉上もよくご存知のはず」


 弟想いの姉上。

 きっと俺のことが心配で一人残していくことができないのだろう。

 なんとも泣けてくるシチュエーションだったが、ここはなんとしても脱出して援軍を呼んで来てもらわねばならない。

 俺は安心させるように無理に笑顔を作って愛する姉上を見つめた。

 だが、姉上はさらに俺を驚愕させる一言を言い放つ。


「おまえのことなんかどうでもいいんじゃ!!」


「やっぱりなぁ、俺のことなんかどうでも・・って、なんですとぉぉぉっ!?」


「多少殴られたり斬られたりしたって、おまえの超生命力があれば、速攻で治るじゃろうが。全然心配なんかしとらんわ、馬鹿バカしい。私よりもよっぽど頑丈な体してるくせに」


「ひ、ひどい!! ひどいわ、姉上、あんまりよ!!」


 よよよと、泣き崩れる俺の横っ腹にていていっと容赦なく蹴りを入れる姉上。


「え~い、しゃっきりせんか。だいたいだな、折角久しぶりの大ピンチの状況を迎えているというのに、ここで逃げてしまったらだな」


「逃げてしまったら? なんですねん、姉上」


 もう、大体姉上の企みの正体がわかってしまった俺は、あほらしくなってジト眼で姉上を睨みつける。

 すると、姉上はなんだか急に顔を赤らめると、身体をモジモジとくねらせ始める。


「だってだって、逃げちゃったら白馬の王子様が登場するタイミングが」


「うっわ、あざとい!! あざとすぎますよ、姉上!! 確かに、あの『人』のことだから超絶にいいタイミングで助けにくるだろうけど、そこまでしますか、普通!? 龍族のピンチなんですけど、マジで!? ってか、俺達自体も結構ピンチでしょ、今!?」


「そうなんだけどぉ~、恋する乙女としては見逃せないシチュエーションというかぁ~、最近、ちょっとエロ狐にいいようにされちゃってるからぁ~、ここでちょっと差を縮めときたいしぃ~」


「どうでもいいけど、その口調でしゃべるのやめていただけませんか? ウザイしキモイし、かなりイラッとくるんですけど」


「も、もう、うるさいなあ、コウくんは!! 『姫子』の口調でしゃべるのいい加減疲れるのよ!!」


 逆ギレ気味にが~~っと俺に食ってかかってくる姉上。

 だが、そのとき、横合いから突っ込んできた兵士の一人が、姉上に向けて死の大鎌を振り下ろすのが見えた。

 そのスピード、その角度、その間合い、全てが奇跡のように絶妙で、今からではかわすことも防ぐこともできない。

 俺が割って入るだけの時間も勿論ない、姉上の命は風前の灯火。




 な~んて、向こうの兵士達は思っていただろう。




 違うんだなあ、そうじゃないんだなあ。


 よく考えてみてほしい、戦闘の真っ最中、しかも大ピンチだってときにこんなに余裕で会話ができるものだろうか。


 できるわけない、普通なら、必死に戦っているはずだ。

  

 にも関わらず、俺も姉上も途中から妙にリラックスして、それどころかコントまがいのことまでやってのけていた。

 

 なぜか?


 答えは簡単だ、もうこの場の戦いは詰んでいたから。

 この場の戦いが詰んでいることを俺も姉上もわかっていたから。

 戦っている途中、俺と姉上は自分達の視界の端っこにある事象が映るのを捉えていた。

 それはこの戦局を大きく左右するもの、いや、はっきり言うなら俺達の勝利を確信できるものだった。

 

 だから、俺は今、姉上のことを全然心配していない。

 ほら、やってきた。

 思った通りの絶妙なタイミング。


 俺は今まさにその命を刈り取られようとしている姉上から視線を外し、少しだけ横にずらす。

 

 そのとき。


 まさにそのとき。

 

 そこに現れたのは、全身黒装束の一人の人間族の少年の姿。


 姉上の盾になるように前へと進みでた少年は、手にした小さな珠のようなものを絶妙なコントロールで兵士へと投げ付ける。


「勅令!! 『衝撃』!!」


 バンッ、と乾いた派手な破裂音が東方庭園に鳴り響く。

 それが聞こえたと思った次の瞬間には、目の前で鎌を振おうとしていた兵士が物凄い勢いで吹っ飛んでいくのが見えた。

 いや、その兵士だけではない、すぐにその周囲でも次々と破裂音が響き渡り、俺達を取り囲んでいた兵士達が面白いように宙へと舞っていく。

 自分達の周囲で起こっているとんでもない事態にようやく気がついた生き残りの兵士達は急いでその場を離れようとするが、それはもう完全に手遅れの状態だった。


 少年の後に続くように、いろいろな姿をした戦士達が混乱の戦場に飛び込んでくる。


 一見極上の美少女のように見えるエルフ族の少年と、その彼にぴったりと寄り添うのは白銀の獣毛の狼獣人族の少女。

 燃えるような赤毛の朱雀族の拳士と、漆黒のプロテクターに身を包んだ鋼霊妖精(スプリガン)族の装甲戦士。

 剛腕を振るうバグベア族の巨漢と雪のように白い髪の毛が美しい白澤族の麗人のカップル。


 人型姿のものばかりではない。


 中には一つの巨体から九つの蛇の頭を生やした大蛇の恐ろしい姿をした者がいるかと思えば、かわいらしいメイド服を身にまとった直立した猫の集団もいる。

 東方野伏(ニンジャ)装束に身を包んだ四本腕のバッタ型昆虫種族の者や、美しい女性の顔にライオンの胴と白鳥の翼を持つ異形の姿の者もいた。


 そのいずれもが凄まじい武力の持ち主達ばかり。

 彼らはカマキリ型種族の傭兵達の中に突入すると、物凄い勢いで彼らを薙ぎ倒していく。


 あるものは自らの拳や足で、あるものは手にした剣や刀、あるいは槍や弓で、そしてあるものは見たこともないような道具や特殊な術を行使して次々と群がる敵を倒していくのだ。


 だが、その中にあって一際目立つ圧倒的武力の持ち主が存在している。

 

 彼らの中心に立ち指揮を執るのは、顔に十文字の傷を持つ種族不明の堂々たる武人。

 百九十ゼンチメトル前後の堂々たる体格は分厚い筋肉の鎧に覆われ、その剛腕から放たれた拳の一撃で腕ききの傭兵達をまとめて吹き飛ばす。

 素手でカマキリ達の大鎌の連撃を掴み取って捩り切り、鋼の剣を跳ね返す堅牢なはずの小型盾をそのままぶち抜いて傭兵の全身の骨を強引に叩き折る。

 伝説の金剛力士もかくやというような物凄い暴れっぷり。

 

 彼の『人』の名前は『K』。


 王位継承権を捨て、名前を捨て、一族を捨てた元龍族の王子。


 何をかくそう俺の自慢の兄者、俺の憧れの超戦士、いつか辿りつきたい高みにあり、越えるべき壁にして山の『人』なのだ!!


 兄者かっくいい!! マジで痺れるぜ!!


 排他的で自分本位なやつばっかりの龍族の長老達に絶望し、一族から去ってしまった兄者なんだけどさ、俺や姉上にはいつも優しくて、ピンチの時にはこうして必ず駆けつけてくれるんだよなあ。

 正義のヒーローっていうのがいるとしたら、まさにそれは兄者のことだぜ。

 ああ、俺もいつか兄者みたいになりたいなあ。


 な~んて、兄者の活躍をうっとりぼんやり見つめていたら、あっという間に反乱軍が鎮圧されちゃった。

 流石、兄者達は違うよなあ。

  

 俺は救世主たる兄者のほうへと足を向け駆け寄ろうとした。


 が、ふと視界に姉上の姿が映りその足を止める。


 姉上は先程まで浮かべていた超絶的に『漢前(おとこまえ)』な表情、そして、荒々しくも凛々しい武者ぶりから一転。

 見るからに儚げで頼りなげな風を装い、わざとらしく瞳を潤ませて、先程危機一髪のところを助けてくれた黒髪黒眼の人間族の少年へその視線を向ける。

 

「連夜」


 どこから出しているのか、聞いているだけで鳥肌が立ちそうな甘ったるい声を出して少年の名前を呼ぶ姉上。

 うっわ、気色悪。

 相手の少年もそれに気がついたのか、物凄く微妙な苦笑を浮かべながら姉上を見つめる。


「姫子ちゃん、ごめんね。なんだか余計なことしちゃったみたいだね」


「ううん、何言ってるの。本当に危ないところだったわ。助けてくれてありがとう、連夜」


 そんなこと言っちゃったりなんかしながら少年の腕の中に飛び込んでいく姉上。

 あざとい!! 物凄いあざといわあ、この人!!


「本当はそれほど危なくなかったくせに。演出がわざとらしいんだよなぁ」


「コウくん、うっさい。黙れ」


 人間族の少年に聞こえるように結構でかい声で言い放つ俺。

 しかし、俺の行動を予見していたのか、姉上は少年の耳を自分の両手で蓋をして聞かせなかった。

 くっそ~、こういうときだけ勘がやたら鋭いんだよなあ、この『人』。

 困惑する人間族の少年は、さりげなく姉上の身体を引き離そうとするのだけど、姉上はがっちりとその小柄な体を両腕でホールドして逃がさない。

 ってか、少年が見えないところで姉上の顔は邪悪な笑みを形作っているではないか。


「ちょ、姫子ちゃん、感謝の気持ちは十分伝わったからそろそろ放してほしいんだけど」


「ううん、こんなもんじゃ、私の気持は伝わらない。この胸にこみ上げてくる私の深い感謝の気持ちと『愛』を私の熱いベーゼに乗せてあなたに差し上げるわ」


「ええええっ!? いや、遠慮します!! めっちゃ遠慮しまくります!! そもそも感謝の気持ちはともかくとして『愛』はいらないから!!」


「いいから、受け取ってちょうだい!! ってか、受け取りなさいよ、もうっ!!」


 たこのように口をすぼめて、じりじりと少年の口へと自分の唇を近づけていく姉上。

 人間族の少年、絶対絶命の大ピンチ!!


 もう黙ってはいられない。

 俺はたまらず叫ぶ。


「連夜さん、逃げて!! 早く姉上から逃げてぇぇっ!!」


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