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船の上で その1

 この世界に『害獣』が現れた五百年前。


 世界中が『害獣』の襲撃によって混乱に渦巻いている差中、突如として海のど真ん中に一つの『島』が出現した。

 現在城砦都市『アルカディア』がある場所から二百海里ぎりぎりに入るように姿を現したそれは、緑も生き物もいない岩だらけの場所で、大きさは直径十ギロメトルほどしかない、別に取りたててどういうこともない島。

 しかし、この島の真価は、其の島の中心に存在する一つの穴にある。

 直径ニ十メトルはあろうかという大きな穴は地下に向かってまっすぐ下りている、階段で。

 そう、階段でだ。

 見事なまでの石畳で作られた階段。しかし、決して誰かが作ったものではない。

 最初からそこに存在していたのだ。

 『害獣』の襲撃から数百年の後、城砦都市『アルカディア』が建設されてから数十年の後、当時の『アルカディア』中央庁の探索隊がここに訪れた時、すでにそれはそこに存在し、大きな口を開けて侵入するものを歓迎していた。邪悪な意志で。

 この島に一つの街が生まれるまで、実に三十五回もの探索隊がこの穴の探索に挑み、そして、三十四組の隊員が消息を絶った。最期の隊は何とか地上に戻って来たが、どれほどの恐怖を体験したのか、みな白髪となり、老人のようになってしまっていたという。

 だが、まったく無駄足となったわけではない。

 生き残りのもの達によって、地下世界の様子がようやく明るみになったからだ。

 

巨大地下迷宮(ダンジョン)


 誰が何の為に作り出したのか、地上の階段から続く世界、それは恐るべき魔物が跋扈し、必殺のトラップが仕掛けられた恐るべき迷宮の世界。

 決して笑って済ませられるような場所ではない。

 最初、『アルカディア』の中央庁はこの穴を封印してしまうつもりでいた。中の魔物が外に逃げ出せば、世の中がどうなるか、考えなくても結果が分かる。

 しかし、結局、最期の生き残りの隊員の持ち帰った証拠の品が、皮肉にも中央庁を愚行へと走らせる結果となってしまった。

 エメラルドグリーンに鮮やかに光る石。

 高純度の『念気』が結晶化して生まれた、恐るべき力もつ魔法石。



『賢者の石』


 

 この世界に元々存在し、『世界』そのものからその存在を認められているいくつかの奇跡の力の一つであり、我々の生活に絶対欠かすことができないエネルギー『念気』。

 念気製品の動力源として知られ、夜の闇を照らす念気街頭をはじめ、自動車、霊蔵庫や洗濯機、テレビ、あらゆるものを動かすためには絶対不可欠なもの。

 『人』の天敵である『害獣』を呼び寄せることなく使用できる奇跡のエネルギー『念気』。

 当然非常に有用なエネルギーであるのだが、作りだすのは容易ではなく大がかりな装置が必要になる。装置だけではない、作りだすための材料やら人手やら手間やら時間やら、それはもう大変なもの。

 ところが『賢者の石』は、都市で消費される十年分のエネルギーをたった一個で賄えるほどのエネルギーを内包しているのだ。

 それがわかったとき、城砦都市『アルカディア』の政治家、財閥、企業、全ての権力に関わる者達の天秤は安全とは違うほうに傾いた。

 そして、穴はふさがれなかった。

 権力者達は先を争うようにこの穴に探索者達を向かわせた。自らの欲望と野望の為に。

 しかし、通常の軍隊で勝てるような相手がこの魔窟に住んでいるわけがなかった。

 『賢者の石』どころか、帰ってくるのは探索者行方不明の報告ばかり。しかも、権力者同士が互いの足を引っ張り、他諸都市のスパイ達の横行が始まり、迷宮の探索は一向に進むことがなく、其の様相は一層混迷の色を深めていくばかり。

 このままでは都市単位の争いに発展しかねないと考えた南方諸都市連合は、ついにこの島を中立地帯にするよう『アルカディア』中央庁に要請。さすがのヨクボケ権力者達も事態の重さに今更ながらに気がつき、其の要請をしぶしぶながら承諾。

 そして、南方諸都市連合の管理に置くということで、件の穴の上に巨大な一大都市が作られた。それが城砦都市『オーブシード』だ。



「わかったか?」


 簡単に説明をとりあえず終えた俺は甲板の上で振り返った。

 

「クークー」


「寝るなーーーーー!!」


 俺の目の前で、クークーと眠る南方山猫型獣人(ファクスリンクス)族の少女の姿に俺は思わず甲板を拳骨で殴りつけた。

 ゴスッ、という大きな音が響き、少女の大きくフカフカの耳がハネ、ビックリしたように大きな目を開けておきあがって来る。


「何だナ? なんだナ? 海龍型『害獣』の攻撃かナ? それとも人食い巨大鮫の襲撃かナ? は!! さては海賊だナ!! よーし、実力を示す大チャンス!! ボクの力を見せてやるんだナ!!」


「何を一人で盛り上がってるんだ、君は」


「おもしろい子ねぇ」


 半分寝ぼけた表情で立ち上り拳を振り上げる少女の姿に思わずため息をついてしまう俺とチイ姉ちゃん。

 やれやれ。


「え!? 違うのかナ?」


「あのねえ、君が『オーブシード』のことを知りたいというから説明していたんでしょうが」


「あれ、そうだったかナ? ナハハハハハハ」


「ったく。人が親切に説明してあげてるというのにグーグー寝てしまうし」


「だ、だってだって、すごく難しいんだもん。ボクの頭そんなによくないのに意地悪なんだナ」


「ど、どこが難しいんだ? 観光用パンフレットに書いてあるような内容だぜ? だいたい、城砦都市『オーブシード』って言えば、この『阿』大陸で最も有名な都市だろ? 普通小学校の授業でならうだろ?」


「一般教養いつも寝てるもん」


「だああああ・・」


 南方山猫型獣人(ファクスリンクス)族の少女の言葉に一気に脱力する俺。

 何か俺がよく知ってる奴を思い出してしまうのは気のせいか? 

 きっとナナの担任の先生は苦労しているに違いない。


「いいもん。別に知らなくても死なないもん。だからもう寝るもん」


「ハイハイ。しかしだな、まだ昼間なんだけど」


「だからお昼寝なんだナ」


「まあ、それはいいとするとして、なんで俺の足を枕にする?」


「だって好きなんだニャ。ここがいいんだナ」


 あぐらを掻いて甲板に座る俺のそばにやって来たかと思ったら、太股に其の小さな体を預けるように寝そべりグーグー眠り始めた。

 どうでもいいけど、手の平の肉球で太股をプニプニするのはやめてほしい。

 オイオイ。


「ちょ、ちょっと、ナナちゃん。コウくんを枕にしてもいいのは、私だけなんだからね!!」


「いや、ちょっと待て、チイ姉ちゃん。その主張はおかしいぞ」


 俺の肩の上で盛大にぷりぷりと怒り、明らかにずれた主張をナナへとぶつけるチイ姉ちゃん。

 そんなチイ姉ちゃんの声に、ちょっとだけ目を開けたナナ。

 妙に勝ち誇った笑顔を浮かべると、ニヤリと口の端を歪めながら余裕の一言。

 

「早いもの勝ちなんだナ」


「えええ~~!? そ、そんなのズルイよぉっ!! コウくんは、お姉ちゃんのものなのに!!」


「いや、どっちの主張もおかしいから。それよりも、暑いって、ナナ。君の天然の毛皮は確かに冬にはいいだろうが、夏場にそれは厳しいんだけど」


「生え変わって今は夏用だナ。だからボクは涼しいニャ」


「いや、だから、俺は暑いんだよ。オーイ、聞いてるか? もしもーし!!」


「クークー」


「結局寝ちゃうのか」


 諦めた俺は大きくため息をついて、少女の小さな頭をポンポンと軽くたたいた。


 まったく、成り行きとはいえとんでもないツレができてしまったものだ。

 俺の膝枕で眠る奇妙な道連れ。

 話は数時間前に戻るのさ。




 船に乗る前、俺は南方最大の交易都市『アルカディア』に滞在していたわけだが、そのときあることがきっかけで知り合うことになったのが、アルカディア波打際農業組合ノーム族担当区域の皆さん。

 そのノーム族御一同皆様から、いもむし退治の依頼を受けることになってしまった俺。

 実は農業組合の皆様の畑は、いもむし型の原生生物『キャリオンクロウラー』に荒らされて大変なことになっていたのだった。


 いや、そんなの地元の傭兵ギルドやら中央庁やらに依頼すればいいじゃんって話なんだけどね、ある事情でどちらも現在大忙しの状態。

 とてもじゃないが、すぐには兵力を廻せないってことで、農家のみなさんはとっても困っていたわけ。

 そこにのこのこやってきたのが、この俺。


 いや、本当はね依頼を受けるつりなんかなかったのよ、ほんと。

 じゃあ、なんでそうなってしまったかというと、そこはそれ俺の運が悪いというか、要領が悪いというか、あるいはそのどちらもなのか。


 この都市についてすぐ、俺はある失敗をして宿を取ることができなかった。

 そんな俺に救いの手を差し伸べてくれたのが、農業を営むあるノーム族の老夫妻。

 その老夫婦から一宿一飯の恩を受けた俺は、その恩返しにと、老夫婦の畑を荒らしているといういもむしを退治したわけ。

 まあ、いもむし型の原生生物はしぶといけど、それほど恐ろしい相手じゃないのであっさり火だるまにしてやったんだけど、うっかりその現場を他の農家のみなさんにみられてしまったんだなぁ。

 実は、いもむしの奴ら他の畑にも大量発生していて、恩を受けた老夫妻のところだけじゃなくかなりの広範囲にわたって被害を出していたんだ。

 しかも被害の状況が結構ひどくてね、このまま放置しておくと本当に大変なことになりかねないってところまで来ていた。

 正直、手に余るかなぁと思いはしたんだよねえ。

 仲間がいるわけじゃないし、いくら相手が弱いって言っても数が膨大だし。

 

 でも、結局受けちゃったよ。

 なんかこのまま放置していくと、あとで後悔しそうだったから。

 

 そうして、依頼を受けた俺は、地道に一匹ずつ退治していった。

 仲間がいるわけじゃないし、本格的に装備揃えているわけじゃないしさ、まあ手間取りましたよ、ほんと。

 結局、全部駆逐するのに三日もかかってしまって、其の間、組合の集会所に泊まらせてもらったりで、あの老夫婦の他にも農業組合のみなさんと親交を深めたり、なんだかんだとまあいろいろありましたわ、ええ。

 でもまあ、ともかくさあ、あのあたり一帯のキャリオンクロウラーを駆逐した俺。

 まあ、ここまではよかったんだけど、成り行きでノーム族の皆さんの謝礼を受取ってしまったんだよなあ。

 断りきれなくてね、自分達の気持ちを是非とか言われてさあ。またそれが結構な額でね。

 でもね、後で気づいたわけだ。

 俺のやったことってひょっとして縄張り荒らし?

 だってそうだろう? この地域にもちゃんと傭兵ギルドがあるんだぜ、それをよそ者の俺が勝手に依頼を受けて謝礼貰ったら。


 マズイじゃん!!


 で、ことが大きくなる前にバックレようと思い、慌てて船に乗って『アルカディア』を後にした。

 幸い、最後のいもむしを退治したその日の便には間に合うことができて、ほっとしたんだけどさ。

 え!? 

 でも、いずれバレるんじゃないかって?

 まあ、確かにそうかもしれないんだけど、それほど心配はしていないんだ。

 と、いうのも、俺もチイ姉ちゃんも自分達の名前を明かしていないんだよね。

 あと、俺が向かおうとしている修行の地、城砦都市『オーブシード』ってところは流れ者の冒険者や傭兵達が当然ながら多い。

 それどころか、お尋ね者や犯罪者達も結構集まってきている危険な場所だから、わざわざそんなわけありだらけの危険地帯まで役人が追っかけてくることはないだろうと思ってる。

 とりあえず夏休みの間だけごまかせればいい。

 どうせ夏休みが終わったら一度は実家に帰らなきゃならないんだから。

 そういうわけで、俺とチイ姉ちゃんは何とか一日一便の大型フェリーに乗り込むことができた。

 幸いまだ手配書は回ってなかった。

 学生武道大会が忙しいんだろう。でも用心するに越したことはない。

 なるべく目立たないように行動するべく、俺はフェリーの中を移動し始めた。


 ちなみにチイ姉ちゃんは船に乗るなり速攻で眠ってしまった。

 俺の着ているジャケットの内ポケットの中で絶賛お昼寝中。


 しかし、こうしてみるといろんな種族の奴がいるものだ。

 俺の友達にもいるエルフ族、頑強な体と器用な指を持つドワーフ族、恐ろしくすばやい動きを持つリトルフット族、オリエンタルドラゴンの幼生体という噂のあるシャオロン族、様々な獣の姿をした直立型の獣人族、生まれながらに体に紋様を刻んでいる紋様妖精(スティグモート)族、半人半馬のセントール族。他にも俺の知らない種族のもの達がいっぱいこのフェリーに乗り込んでいた。

 全てが冒険者ではないだろうが、それでもスゴイ人数だ。

 それに、この中の幾人かは俺でもわかるほど強烈な力の持ち主だ。

 たとえば、海を見詰めているあの黒豹タイプの獣人族の女性戦士。

 出るところは出て引っこむところは引っ込んでいる素晴らしいスタイルなんだけど、それ以上に目を引くのはその鍛えられた肉体。

 ムチのようで無駄なところが一切ない筋肉。

 見かけだけの筋肉ではないと一目見ただけでわかる。

 しかも、其の背中に括り付けられた大型の武器をみてみろ。

 俺も教科書でしかみたことないけど、あれはハイランス。

 バスタードソードの柄の部分が伸縮自在になっていて、伸ばせば槍、たためば剣っていう何とも凄まじい武器である。

 かつて西域でその名を轟かせた傭兵国家『スカイランド』のプロの傭兵剣士集団ハイランダーが開発した必殺の兵器。

 と、いうことは彼女はハイランダーだということだ。

 

『ハイランダー』


 今はなき傭兵国家『スカイランド』を発祥とする職業剣士。

 長い年月をかけて発展したその剣技は八幡朝廷のサムライ、シャンファ帝国の武侠に匹敵する。

 剣技だけではない、あの名探偵ハーロック・タイムズも会得していたという八幡の古武術に更に改良を施した独自の無手武術バリツ・改を使いこなすという戦闘のプロフェッショナル達。

 おそらくあの御仁も相当にやるとみた。

 世界は広い。

 あらためてそう思う。

 これなら、俺も自分を高めることができそうだ。

 しかし・・

 なんか廊下ですれ違う人がみんな俺を見ている気がするのだが気のせいか?

 それだけじゃなく、なんか明確な敵意をはらんだ視線も感じる様な気もする。

 この視線、この気配、どこかで感じたことがあるような気がするんだけど、いったいどこだったかな。

 視線の主を探ろうと周囲を見渡す俺。

 しかし、振り返った瞬間、その気配は霧散してわからなくなってしまった。

 ちくしょ~、なんなんだよ。

 龍の王族なんてやってるもんだから、狙われる理由、狙ってくる相手には事欠かないけどよ、相手がわからないていうのはやっぱ気持の悪いもんだぜ。


 俺は諦めることができず、なんとか気配の主を探ろうと周囲に自分の気を張り巡らせる。

 しかし、予想通りというか先程の気配は、もう微塵も感じることができない。

 俺の気のせいだったのか?

 いや、そうではないと思うんだけどなあ。


 まあ、いいか。

 もし、今のが間違いなく敵意の持ち主の気配だというなら、いずれ俺の前に姿を現すだろう。

 そのときにケリをつけるさ。

 

 ところで、敵意とか害意のある気配はなくなったけど、やっぱり周囲の目は俺のほうに集中しているなぁ。

 いったいなんなんだ?

 なんか注意して周囲を見渡してみると俺を指差して笑っている奴もいるようだが!?


 あれ?


 なんか背中が重たい気がする。


 俺はリュックを確認しようとふと後ろを振り返った。


「ナ」


「・・」


 リュックの上に大きな猫が乗っていた。

 トラジマのような毛色に、明るいサンイエローの大きな瞳が俺を見詰めている。

 何だ、猫が乗っていたのか。どうりで重たいわけだ。


「ネズミ」


「は?」


「ネズミがいるナ。ネズミの気配がするナ」


 背中の猫がかわいらしい声で俺に囁きかけてきた。

 ネズミって。

 俺が呆気に取られていると、猫はその手を俺の内ポケットへ突っ込もうとしてくる。


「ちょ、ちょっと待て。おまえ、なにやってるんだ!?」


「ネズミがそこにいるのはわかっているナ。ボクによこすナ。ネズミは御馳走ナ」


「ま、待て待て待て!! ね、ネズミって、そういうことか。これはネズミじゃない!!」


「嘘だナ。ちょっと変わった匂いだけど、それは間違いなくネズミの匂いなのナ」


「確かに似てるけど違うんだってば、やめろ!!」


 猫が言っている『ネズミ』の正体にようやく気がついた俺は、慌てて内ポケットを閉めて猫の手を払いのける。

 しかし、俺の背中にいる大きな猫は一向に諦める気配がなく、俺と猫の間で凄まじい攻防が続く。

 サンイエローの瞳を爛々と輝かせながら物凄い勢いで拳を突き出してくる猫。

 武術の心得のある俺から見れば、明らかに素人の動き。

 だが、その動作の中には決して油断できないところがあり、手を抜くことはできない程度には強い。

 なんなんだ、この猫。

 敵意とか害意とかはないみたいだけど、闘志だけはいっちょ前なんだよなあ。

 そうして、どれくらい俺と猫はやりあっていただろうか。

 突然、閉じていた俺が着ているジャケットの内ポケットが開いて、中からモモンガがひょっこり顔を出した。


「ん~~、なになに? なんの騒ぎなのぉ~」


「出てくるなチイ姉ちゃん!! 危ないからちょっと隠れてろ」


「へ?」


 寝ぼけ眼で周りをきょろきょろと見渡すチイ姉ちゃん。

 そのときだ。

 一瞬、ほんの一瞬、俺がチイ姉ちゃんに注意を向けた隙を見逃さなかった猫は、必殺の一撃をチイ姉ちゃんへと解き放つ。

 まさに神速の一撃。

 流石の俺も、防御が間に合わない。

 絶対絶命、あやうし、チイ姉ちゃん

 


 なんてな。



「ちぃちゃぁぁぁん、じゃぁぁぁぁぁんぷっ!!」


「な、なんナァァァァァァァ!?」


 内ポケットから弾丸のように飛び出したモモンガは、猫の拳を紙一重でかわし、そのまま上空へと高く飛び上がる。

 まさか自分が放った必殺会心の一撃を避けられるとは思っていなかった猫は、驚愕の表情を浮かべて絶叫。

 しかし、驚くのはまだ早いぜ、猫さんよ。


 チイ姉ちゃんの真骨頂はこれからだぜ!!


 俺達の頭上に高く舞い上がったチイ姉ちゃんは、そのまま身体を丸めて高速で回転、そして、十分加速が乗ったところで猫めがけて一直線に急降下してくる。


「ひっさぁぁぁぁっつっ!! 電光ちぃちゃぁぁぁぁん、きぃぃぃぃっく!!」


「ほげたらぷぅぅぅぅぅぅっ!!」


 上空より飛来したチイ姉ちゃんの小さな足が猫のほっぺにめりこむ。

 それがただのモモンガの一撃なら、めりこんだだけで大したダメージもなく終わりだったかもしれない。

 だが、残念ながらチイ姉ちゃんはただのモモンガでは決してないのだ。

 歴代の龍の王族の中でも最高最強の武力を持って生まれてきた『龍乃宮(りゅうのみや) 姫子(ひめこ)』。

 その彼女の身体から分裂して生まれたその身体。

 みかけはモモンガでも、中身は全くの別物。

 その小さな体に恐るべき龍の力を宿したスーパーモモンガ。


 それがチイ姉ちゃんなのだ!!

  

「うんぎゃらばぁぁぁぁっ!!」


 チイ姉ちゃんの必殺キックを食らった猫は、俺の背中から錐揉み状態でド派手に吹っ飛んで壁へと激突。


「成敗!!」


 俺の肩にシュタッと降りたったチイ姉ちゃんは、全然似合ってないやたら渋い声で決め台詞を口にすると、ビシッとポーズまで奇麗に決めてみせるのだった。

 ってか、よく見ると、いつのまに着替えたのか特撮ヒーローみたいなライダースーツみたいなの着ているし。

 上半身が黄色、下半身が緑のやたら派手なやつで、しかも、頭には赤い鳥みたいなサークレットまではめて、どこのコスプレマニアだよっていうような姿だ。

 だいたいいつ着替えたんだよ。

 それに、なんなのそのドヤ顔。

 ムカつくわぁ、なんかすっげぇ、ムカつく。

 モモンガのくせに


「いてててて、痛い痛い、チイ姉ちゃん、痛い!! なんで、俺のほっぺをつねる!?」


「コウくんが、変なことばっかり考えるからでしょ!? ムカつくってなによ!? お姉ちゃん、かっこよかったでしょ? ねぇねぇ」


「ちょ、ま、また俺の心を読んだな!? いい加減やめてよ、チイ姉ちゃん。痛い痛い、マジ痛い!! か、かっこよかったです、お姉さま最高!!」


「むふ~。最初から素直に賞賛してくれればいいのに、コウくんはほんと素直じゃないんだから」


「無理矢理言わせたんじゃ、痛い痛い痛い!! ちぎれるちぎれる!! ほっぺちぎれるから!!」


 やたら褒めてほしがるチイ姉ちゃんをなんとか引きはがした俺は、少し離れたところにある壁の前で眼を回して倒れている猫のところへと歩いていった。

 まったく、どこの飼い猫だろう。

 やたら好戦的な性格をしているけど、ほんと躾がなってないぜ。

 って、あれ? そういえば、この猫、言葉をしゃべっていたような。

 そう思い首を傾げながら、俺は倒れている猫をもう一度よく観察してみる。

 む、猫に髪の毛ってあったっけ? 

 輝くような金髪のロングヘアーだ。

 その金髪の間から覗いているとがって獣毛に包まれた大きな耳はどう見ても猫のものだけど、顔はどうみても『人』の少女。

 しかも、結構かわいらしい。

 身体も小柄ではあるけど、恐らく百四十ゼンチメトルくらいはあるんじゃないだろうか。

 迷彩色のTシャツに、ダブダブノ袖なし軍用ジャケット、それに同じ迷彩色の短パンに、大きな軍用ブーツを着用。

 普通の『人』と同じくらいの大きさ。

 スタイルもなかなかで、小さな体に不似合いな形のいい大きな柔らかそうな胸。

 猫って胸はなかった気がするが・・


「どこみてるのナ? エッチ!!」


「あ、ゴ、ゴメン」


 いつの間に気がついていたのか、床の上に横たわる猫は顔を真っ赤にしながら両手で胸を隠し悲鳴をあげる。

 その声であわてて視線を逸らす俺。

 カ、顔が火照る。

 と、思ったら、ほっぺが更に熱くなって


「いたたたたたたっ!! ちょ、チイ姉ちゃん、痛い!! なぜ、つねる!? しかも、なぜ力いっぱいつねる!?」


「え、エッチなコウくんは許しません!! 連夜といいコウくんといい、なんで、そんなに巨乳好きなの!? コウくんのエロ、色魔、スケベ!!」


「誤解だ、偏見だ、チイ姉ちゃんの思いこみだ!! たまたま視線がそこにいっていただけなんだって!!」


「じゃあ、コウくんは巨乳はキライなのね?」


「大好きです。大好物です。って、ぎゃあああああああっ!! ちょっ、やめやめやめっ、ほっぺがもげる、ほっぺもげるぅぅぅっ!! 暴力反対!!」


「コウくんのばかあああああっ!!」


 力いっぱいつねられた上に、ぽかぽかと盛大に殴られる俺。

 い、いったい俺が何をしたというんだぁぁぁっ!!


「変な一人と一匹だナ」


「おまえに言われたくないわああああっ!!」


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