妻のドレスを勝手に選ぶ夫
妻の着るドレスや服を勝手に選ぶ夫に文句を言う話です。長めになります。
『お茶会の主催者と同じ色のドレスを着て参加してはならない』というのが、この国では当たり前のルールとなっていた。
しかし、サリベート・キャストリア侯爵夫人が主催したお茶会にて、リナ・シュタイン伯爵夫人はサリベートと殆ど同じ赤色のドレスを身に纏い出席してきた。
「ちょっとリナ、そのドレスは何なのよ?!」
お茶会に参加している夫人や令嬢達がひそひそと遠巻きにリナを見つめる中、リナのドレスを非難するように質問したのはリナの姉であるジュリア・ストロン伯爵令嬢だ。
この国ではお茶会の主催者と同じ色のドレスで参加する事は失礼に値した。主催者が着るドレスの色は事前に出席者に公表する事になっている。意図しない限り色が重なる事はない筈なのだ。
「一体どういうおつもりですが、シュタイン伯爵夫人?」
主催者であるサリベートは眉を顰めながらリナを問うと、リナの表情は悲しみで歪んでいき涙目になってしまった。
「っ…う、うぅ…!」
「え…、リナ…? 一体どうしたのよ?!」
リナは両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き始めた。ジュリアは戸惑いながらもリナを心配する。サリベートと他の出席者達も、何か事情がある様子のリナを気にかけ遠巻きに見つめる。
「ねぇリナ、どうしてキャストリア侯爵夫人と同じ赤色のドレスで参加してしまったの?」
「それはっ…。」
ジュリアがハンカチを差し出しながら問うと、リナはハンカチで涙を拭った。
「…バイスに、言われたからです。」
「バイス様に?」
バイス・シュタイン伯爵はリナの夫だ。約半年前にリナとバイスは結婚した。
「シュタイン伯爵が夫人のドレスを選んだ、という事ですか?」
「…はい。」
サリベートの質問にリナは頷いた。夫が妻の為にドレスを選ぶ事は珍しくは無い。それにジュリアが知る限りでは、リナは結婚してから毎回バイスが選んだと言うドレスで夜会やお茶会に参加していた。ちなみにバイスが選んだというドレス達はリナに似合っていて、今回のドレスもセンスは悪くない。
「バイス様は色の事を知らなかったの? リナは何も言わなかったの?」
バイスは赤色が駄目な事を知らなかった、もしくは別の色と勘違いをして用意してしまったのかもしれない。だが何にせよ、出席者であるリナが知らない筈がない。リナがバイスに説明し、別のドレスで参加していれば良かっただけの話だ。
「っ…、バイスは私に、自分が選んだドレス以外の着用を認めてくれません。」
「…!?」
リナの言葉に、ジュリアとサリベートだけでなく全員が驚いてしまう。リナの目には再び涙が溜まり、リナはハンカチで拭った。
「…リナ、詳しく教えて頂戴。」
「…グスッ、はい…。」
ジュリアが真剣な顔でリナに事情の説明を求めると、リナは鼻を啜りながら話し始めた。
◇◆◇
「リナ、今度の夜会はこのドレスを着て。」
「え?」
今から約3ヶ月程前、バイスはリナにドレスを渡してきた。結婚してからリナはバイスが選んだドレスを着て夜会やお茶会に参加しているが、夜会に参加する事が決まった直後に、しかも既に用意されている事なんて無かった為、リナはとても驚いてしまった。
さらにその後も2人で出席するパーティーだけでなく、リナだけが参加するお茶会のドレス、友人と遊びに行く為の目立たない服など、部屋着以外は全てバイスが事前に何の相談もなく勝手に用意するようになってしまった。
「…お願いバイス、私が着る服なのだから今後は私に選ばせて欲しいの。」
そんな日々が2ヶ月程続き、勝手に決められている事に少し不満を感じたリナはバイスにお願いをした。
「…何故だ、俺が選んだ服が不満なのか?」
バイスはとても不満そうだった。リナは焦り、バイスを怒らせたくなくて首を振った。
「ううん、そうじゃないの! バイスが選んでくれたドレスと服はとても素敵だわ、でも」
「なら別に良いだろう。」
リナが最後まで言う前に、バイスは口を挟んできた。
「リナはこれからも俺が選んだドレスと服を着れば良いよ。」
「っ…。」
バイスはニッコリと穏やかに、けれど圧を感じさせる笑みを浮かべながらそう言った。そんなバイスにリナは気圧されてしまい、口を噤んでしまった…。
「バイス、赤いドレスは駄目よ。他のドレスにして頂戴。」
そしてサリベートとのお茶会が決まると、バイスは早速ドレスを用意した。よりによって、サリベートと同じ赤色のドレスだった。流石に断らなけらばならないと思い、リナはバイスに言った。
「…折角選んであげたのに、文句を言うのか?」
前回よりもバイスは不満を露わにし、不機嫌になった。
「っ、…ねぇバイス、やっぱりこれからは私が自分で決めるわ。私のドレスを選ぶのは大変でしょう?」
バイスの機嫌を損ねない様に、けれどちゃんと意思表示をしなければと思ったリナは冷や汗を流しながらもはっきりと言った。
「…前にも言ったよね? リナはこれからも俺が選んだドレスと服を着れば良いんだよ。」
だがバイスは考えを変える気はないと、不機嫌なまま返事をした。
「っ、ど、どうして…?」
「…。」
どうしてリナの意思を無視してまで自分がリナのドレスや服を選びたいのか分からない。何処か異様なバイスにリナは怯えながらもバイスに尋ねるが、バイスは答えずに笑みを浮かべた。
「お茶会当日は俺が送り届けるよ。そのドレス、絶対に着てくれよ?」
「…っ、せ、せめて色を変えさせて! 赤色は」
「五月蝿いっ!!」
どんなにバイスが怖くても、サリベートと同じ色になってしまう事だけは回避しなくてはならない。リナは赤色は駄目だと言おうとしたが、バイスの怒鳴り声がリナの声をかき消してしまった。
「ひっ…!?」
その剣幕に、リナはか細い悲鳴を上げてしまった。
「っ! …怒鳴ってごめん。でも、折角僕が選んであげたドレスなんだから着て欲しい。絶対にリナに似合うからさ。」
「…う、ん。」
気不味そうに謝罪をするバイスに、リナはまた怒鳴られるのが怖くて嫌で、ただ頷く事しか出来なかった。そして赤色は駄目だと知っていても、バイスの目が怖くて他のドレスを選ぶ事が出来なかった…。
◇◆◇
「…と、言う訳なんです。」
「…。」
リナの話が終わり、お茶会は沈黙に包まれた。
「…何よ、それ。」
妹が受けた仕打ちに、ジュリアはバイスへの怒りで眉を顰める。
「…ごめんなさい、キャストリア侯爵夫人。」
「…事情は分かりました。」
リナはハンカチで目を押さえながらサリベートに謝罪する。サリベートは泣き続けるリナを気の毒そうに眺めながら返事をした。他の出席者達もリナに同情の目線を送っている。
「バイス・シュタイン伯爵との夫婦仲については、部外者である私が口を挟むべきではありません。ですが、私のお茶会に影響を与えられた事に関しては抗議させて頂きたいと思います。今後、他の誰かに迷惑をかける事を阻止する為にも…。」
お茶会はもう楽しめる雰囲気ではない。リナがサリベートと同じ色のドレスを着て参加した事が原因で台無しになってしまった。その原因となったバイスに主催者としてサリベートは抗議しなければならない。もしかしたらバイスはサリベート及び、キャストリア侯爵家に対して敵意を抱いているというアピールの為に、リナに赤いドレスを着せた可能性も無くは無かった。
「皆様、この件は暫く伏せて頂きませんか。話し合いが終わり次第、迷惑をかけた皆様にも必ず報告しますわ。」
サリベートの言葉にジュリアとリナを除く全員が頷いた。真相がはっきりとする前に今回の事が広まれば、リナがバイスに理不尽な目に遭わされるかもしれない。サリベートとキャストリア侯爵家に敵意があると感じたならば徹底的に叩きのめす必要もある為、まだ秘密にして貰いたいのだ。
「キャストリア侯爵夫人、話し合いの場に私も同席させて頂けませんか?」
「ええ、構いませんよ。」
「有難うございます!」
妹を心配した姉の同席にサリベートは快く頷いた。ジュリアはサリベートに心から感謝をすると、泣き止んでいたリナを見た。
「リナ、暫くはストロン伯爵家に泊まりなさい。」
ジュリアはリナに優しく声をかける。
「え? …で、でも…。」
「貴女とバイス様をこのまま一緒になんて居させられないわ。泣き腫らした顔でシュタイン伯爵家に帰って、バイス様に何て言うのよ?」
「それは…。」
ジュリアの指摘にリナは気不味そうな顔をした。
「今は2人きりにならない方が良いわ。」
「…はい。」
リナは申し訳無さそうに、けれど安心した様子で頷いた。
「…あ、あの、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
リナはサリベートと出席者達に向かって改めて謝罪をした。周りは気にしなくて良いとリナを気遣ってくれた。ジュリアはリナを連れて一足先にお茶会から去り、ストロン伯爵家に帰った。
◆◇◆
2日後、ジュリアはストロン伯爵家で穏やかな日々を過ごしたリナを連れてシュタイン伯爵家を訪れた。両親はとてもリナを心配してバイスに憤りを見せていた。しかしサリベートに同席の許可を得ていたのはジュリアだけだったので来る事は出来なかった。ジュリアは両親にリナを頼むと言われ、当然だと頷いたのだった。
シュタイン伯爵家に到着したと同時に、キャストリア侯爵家の馬車も殆ど同じタイミングで到着した。
「我がシュタイン伯爵家へようこそ。御足労頂き有難うございます、キャストリア侯爵夫人。」
「…お出迎え、有難うございます。」
「っ…。」
ジュリアの隣に居るリナから緊張が伝わってくる。ジュリアの視線の先には使用人と共に玄関で出迎えるバイス・シュタイン伯爵の姿があった。バイスはサリベートに挨拶をすると、ジュリアを見てきた。
「ジュリア様、お久しぶりですね。」
「…ええ、お久しぶりです。」
バイスに言いたい事は沢山あったが、最低限の礼儀を弁えてジュリアは抑え込んだ。
「……では、此方へどうぞ。」
「っ…。」
バイスはリナを少し見たが、何も言わずにシュタイン伯爵家に入っていく。バイスの後ろ姿をリナは悲しそうに見つめた後、目を伏せた。そんなリナを見て、ジュリアはバイスへの怒りをより一層募らせるのだった。
「早速本題に入らせて頂きます。私のお茶会でリナ・シュタイン伯爵夫人は私と同じ赤色のドレスで参加されました。主催者と同じ色のドレスで参加するというは罪ではありませんが大変失礼な行為に当たります。それは貴族であれば、男女関係なく知っている常識の筈です。」
部屋に案内され、全員分の紅茶が配膳されたと同時にサリベートが口を開いた。
「シュタイン伯爵夫人は赤いドレスを着るつもりは無かった。しかし伯爵に赤いドレスで参加するように強く指示されて、そのまま参加せざるを得なかったと聞きました。それは事実ですか?」
「…はい、そうです。」
少し間はあったが、バイスは素直に認めた。
「シュタイン伯爵は私が赤いドレスを着る事を知っていましたか?」
「いいえ、知りませんでした。知っていたら赤以外のドレスを選びました。」
次の質問には間を空ける事なくバイスは返事をした。
「…シュタイン伯爵夫人は何も言わなかったのですか?」
リナの話を聞く限りでは、バイスに怒鳴られて遮られてしまい、主催者と同じ色になってしまうから駄目だと伝える事は出来なかった。リナは何も言わなかった、と言われてバイスは悪くないと主張される可能性が高かった。
「…キャストリア侯爵夫人が赤いドレスでお茶会を主催する、という言葉は聞いておりません。ですがリナは赤いドレスは嫌だと、そう言っていました。」
「…そうですか。」
バイスの答えに、キャストリアは少し驚いたように目を見開きながら返事をした。バイスの答えはリナから聞いた話とほぼ同じ回答で、自己保身に走らずに事実を話しているという印象をサリベートに与えた。
「では何故、赤いドレスは嫌だと言った夫人の言葉を聞かなかったのですか?」
この質問の回答次第では今回の件はバイスとリナの夫婦間の問題なのか、リナを利用してサリベートに敵意を抱いているという何かしらのアピールのつもりだったのかを見極められるかもしれない。キャストリアは注意深く、バイスを観察するように目を向けた。
「…あの赤いドレスは僕がリナの為に必死に考えて選んだドレスでした。ですので、絶対にあのドレスを着て参加して欲しいと強く思いました。しかしそのせいでキャストリア侯爵夫人に、御迷惑と不愉快な想いをさせてしまいました。」
バイスは立ち上がると、サリベートに深く頭を下げた。
「大変失礼致しました!」
「っ…。」
必死な様子で頭を下げるバイスに、今までの態度からもサリベートは自分への敵意はないと感じた。
「…謝罪は受け入れます。しかし私のお茶会だけではなく、今後二度とこのような事が起きないように考えて頂きたいのです。」
バイスの謝罪を受け入れる事にしたサリベートは今後の対策についての話を振った。理想としては、リナのドレスや服を勝手に選ばないようにするという言葉を引き出したいところだった。
「はい。今後は予めリナにドレスの色を確認してから検討する事に致します。」
「……そう、ですか。」
サリベートの狙いは外れる。色の確認をすると誓った以上、今回のような事は起きないだろうがリナの悩みは解消されない。しかし夫婦間の事に口を出せる立場ではない為、サリベートは何も言えなかった。
「…すみません、私から宜しいでしょうか?」
ジュリアが声を出した。リナとバイスの問題に口を挟めるとしたら、当事者であるリナとバイス以外に、この場ではリナの姉であるジュリアだけだ。もうサリベートが聞かなければならない話は終わった。サリベートは頷き、その後は見届ける事にした。
「バイス様、貴方はこれからもリナのドレスや服を決めるつもりみたいですけれど、リナが選ぶのは駄目なのですか?」
「……。」
ジュリアの質問に、バイスは何も答えずに笑みを貼り付けた。バイスの態度にジュリアは苛立つ。
「っ、リナは嫌がっています。リナは自分で選びたいとバイス様に話したと言っていました。リナの意思を無視しないで頂けませんか?」
「…。」
サリベートの時とは反対に、ジュリアの質問にバイスは答えずに沈黙する。ジュリアはバイスを睨みつけた。
「黙ってないで何か言って頂けませんか? まさかリナは何も言っていない、とでも言うつもりですか?」
「いえ、今後は自分で選びたいとリナは言ってました。」
今度は沈黙せず、そしてリナが言っていた事を認めるバイスにジュリアは驚く。
「っ! …だったら、どうしてリナが選ぶ事を嫌がって、バイス様が決めようとするんですか!?」
リナの意思を無視してまで選んだドレスや服を与えたところでリナが喜ぶ筈が無い。それなのにバイスがリナのドレスや服を選ぶ事に拘ろうとする理由が、ジュリアには全く分からない…。
「…余りにも、身勝手すぎると思ったからですよ。」
「…え?」
「…?」
バイスの答えにジュリアは呆けたような声を漏らした。サリベートも困惑する。
「結婚してからずっと、リナは僕に毎回、毎回…何を着れば良いのかと聞いてきたんです。」
「…!」
リナはハッとしたようにバイスを見た。そんなリナを見るバイスの目は、今までジュリアが見た事が無いほど、とても冷たかった…。
◇◆◇
バイスとリナは政略結婚で結ばれた。ジュリアは長女としてストロン伯爵を継ぐ立場だった為、必然的に相手はリナとなった。けれどバイスはリナとの結婚に不満なんて無かったし、リナと良好な関係を築きたいと心から思っていた。
「バイス、今度の夜会はどんなドレスを着て行けば良いかしら?」
結婚して、初めて参加する夜会でリナはバイスにドレスの助言を求めてきた。
「リナなら何でも似合うと思うけど…そうだな、今の季節に合わせた色で良いんじゃないかな?」
バイスはドレスに詳しい訳では無いので、当たり障りないと思う返答をした。
「季節…その、具体的な色は何が良いかしら? それにフリルは沢山あった方が良いのか、肩は出さない方が良いのかとか、意見が欲しいの。」
「えーと、そうだな…。」
バイスは戸惑いながらも、自分が思い付く考えを口に出した。あまりにも細かく聞いてくるから困りはしたが、夫となったバイスの好みに合わせてくれようとしているのかもしれない。そう思って少し微笑ましくも思った。
「明日、友人と遊びに行く事になったの。ねぇ、どの服を着たら良いと思う?」
次に聞かれたのは、友人と街へ遊びに行く時の服装だった。ドレスではなく、平民に紛れるように目立たない服を選ぶだけだ。規則も礼儀もない。
「何でも良いんじゃないかな?」
その友人がどんな服を着て来るかも分からないバイスに聞くより、リナが自分で決めた方が良いとしか思えなかった。
「だって分からないもの…ねぇ、バイスはどれが良いと思う? それとも買った方が良いかしら? 買うとなると…ねぇ、どんな服にするべきだと思う?」
「…それなら、この服はどうかな?」
バイスはリナのクローゼットの中にある服のうちから、白い上着と黄色いロングスカートを指さした。
「これね? これが良いと思うのね! じゃ、じゃあ、アクセサリーはどれが良いと思う?」
「…。」
その後もリナはドレスと服は何を選べば良いのかと、毎回バイスに尋ねてきた。バイスが仕事で忙しい時も質問に来る事が多く、バイスはうんざりしていた。しかしリナに文句を言って傷付けたくなかった為、不満を胸に秘め続けていた…。
「リナ、今度の夜会で僕が着る服を君が選んでくれないか?」
ある日、バイスは今までとは逆にリナにバイスの服を選んで欲しいとお願いしてみた。リナがバイスの服を選び、バイスがリナの服を選ぶ。お互いの為に互いの服を選ぶのなら悪くない、そう思い提案してみた。
「そ、そんな…私には選べないわ! バイスなら何でも似合うわよ。」
しかしリナは自分には無理だと言い張り拒否した。
「…それなら、色だけでも良いよ。それか装飾品を選んでくれないか?」
「無理よ、私には何も言えないわ。大丈夫、何を選んでもバイスなら素敵だわ。」
「…そうか。」
リナはバイスに選ばせてきたのに、リナは選んでくれないどころか、色と装飾品でさえ何も意見を言ってくれない。不満は募っていくが、言ってしまえば今の良好な関係が崩れてしまう。バイスは笑みを貼り付けた。
「ねぇバイス、今度のお茶会は何が良いと思う?」
「私はバイスに選んで貰いたいの! お願い、明日までに考えておいて。」
「このドレスが良いの? …でも、これ2ヶ月前と同じだわ。」
「…あぁ、五月蝿いっ!」
部屋で1人、バイスは耐えきれずに不満を吐き捨てる。リナはドレスと服を1人で決められず、何時もバイスに選ばせる。端から見ればただそれだけの事だ。それなのに、何故こんなにも自分はストレスを抱えてしまうのか。リナへの苛立ちと自己嫌悪がバイスを苦しめる。
これまで不満を持ちつつも、リナのドレスと服を選んできてしまったバイスは今更断る事なんて出来ない。とはいえ不満をリナにぶつけたく無かった。何か良い方法はないのかと、バイスは考える。
「…そうだ、先に用意しておけば良いじゃないか!」
バイスは思い付いた。リナが街に出かける時、お茶会に出席する時、社交場に出る時用に予めバイスが回答を用意しておけば良い。リナがバイスに何を着れば良いかと質問に来たら、答えを渡せば良いだけだ。
「バイス、今度のパーティーなんだけど…」
「あぁ、リボンがある黄色のドレスを持っていたよね? それを着て行きなよ。」
「え? …あ、うん。」
リナは驚いた後そのまま居なくなった。バイスはようやく、リナの質問攻めのストレスから解消されると思えた。
「これで良い、これで上手くいくぞ…!」
リナのドレスと服の予定はリストに書き出しておいた。仕立て屋でドレスを作って貰う必要がある時には色だけ考えておいて、デザインは仕立て屋に助言をして貰う事にした。リナを傷付けず、バイスのストレスを軽減させる最善の方法だと思った。
「…お願いバイス、私が着る服なのだから私に選ばせて欲しいの。」
それなのに、リナはバイスに文句を言ってきた。しかもリナに選ばせて欲しいだなんて、何を言っているのかとバイスは思った。
「ううん、そうじゃないの! バイスが選んでくれたドレスと服はとても素敵だわ、でも」
「なら別に良いだろう。」
今更、自分で選びたいだなんて都合が良すぎるとバイスは思った。それにリナが自分で選べるだなんて思えず、また質問攻めされるのは御免だと思ったバイスはリナの言葉を遮ってやった。
「バイス、赤いドレスは駄目よ。他のドレスにして頂戴。」
「っ、…ねぇバイス、やっぱりこれからは私が自分で決めるわ。私のドレスを選ぶのは大変でしょう?」
リナは再びバイスに文句を言ってきた。ドレスの色に文句を言われた事も腹立たしかったが、何よりドレスを選ぶのは大変だろうと、今更過ぎる言葉に頭の中が沸騰しているのではないかと思えるくらい煮え立った。
「…っ、せ、せめて色を変えさせて! 赤色は」
「五月蝿いっ!!」
今まで我慢していた感情が溢れ出したかのように、気がつけばバイスはリナに怒鳴っていた…。
◇◆◇
「…リナがこれからは僕を頼らずに自分で選ぶと言うのなら喜ぶべきなのでしょうね。でも、その言葉を僕は信用出来ないよ。」
バイスの話に、ジュリアとサリベートは何も言葉が出なかった。
「っ、それ…は…。」
リナは気不味そうな表情で、言葉が続かないまま黙り込んでしまう。
「何より、今まで僕は君の為に選んできたのに、それに対して感謝も謝罪の言葉も無いじゃないか。そしてキャストリア侯爵夫人とジュリア様を同席させて、僕だけが悪者かのように責め立ててきて…赦せないんだよ。」
「っ…。」
バイスは冷たくリナを睨み続ける。バイスの視線からリナは逃げるかのように俯いてしまう。
「っ、で、でも、こうなる前に私に相談してくれても良かったではありませんか? そんな事情があったのなら、私は相談に乗りましたよ。」
リナの態度から、バイスの話が本当なのだとジュリアは理解した。ジュリアは姉として妹のリナの事は大切だが、リナが間違っているならちゃんと注意する。お茶会の騒動になる前に相談してくれれば、バイスの力になってあげたのにと、悔しく思った。
「…言える訳ないじゃないですか。」
「ど、どうして?」
「?」
だがバイスは苦笑いをして首を振った。バイスの言葉と態度の意味が分からずジュリアは困惑した。傍観しているサリベートも同じ様子でバイスを見ている。
「リナ、もう全部話すけど仕方ないよね?」
バイスは俯いているリナに話しかけた。
「っ! 待って、それは…。」
「リナ?」
リナは身体をビクッ、と震わせながら悲痛な表情でバイスを見た。リナの態度に益々ジュリアとサリベートは困惑してしまう。
「それとも、リナが自分で話すかい?」
「…そ、それは……!」
「リナ、ねぇどうしたの?」
リナは顔色を悪くさせて俯いてしまう。ジュリアはリナを心配するも、全くもって状況を飲み込めていない。
「…僕が予めリナの服を選ぶと決める前に、もう1つ思い付いた案があったんです。でも…」
バイスは苦笑いをしたまま話し始めた。
◇◆◇
「リナ、今度僕に何を着ていくか聞く時には、候補を幾つか決めておいて貰えないかな?」
結婚してから約2か月後、バイスはリナが幾つか候補を絞り、その中からバイスが選ぶのはどうかと提案してみた。多くても5着くらいまで候補を決めておいてくれれば、バイスもストレスが溜まらないだろうと思った。
「それは無理よ。候補を選ぶ事だって、私には難しいもの。」
「…そう、か。」
だがリナはバイスの提案に考えるまでもなく首を振った。バイスの中で苛立ちが込み上げるが必死に抑えた。
「…ストロン伯爵家に居た頃はどうしていたんだ?」
こんな調子だとリナの両親であるストロン伯爵か夫人、もしくは姉であるジュリアが決めていたのだろうかと思いながら、苛立ちを紛らわせる為にバイスは質問した。
「それは…。」
「?」
リナの表情が曇った。今の質問の何がリナの気分を落ち込ませたのか分からず、バイスは困惑する。
「…自分で決めていたわ。」
「は?」
リナの言葉が信じられず、バイスは驚きのあまり声を漏らしてしまった。
「それなら、どうして今は自分で選ばないんだ?」
バイスは本当に訳が分からなくて、苛立ちではなく純粋に驚いて質問した。
「…お姉様は何時も、私のドレスに文句を言ってきたから…選びたくないの。」
「…ジュリア様が?」
リナは悲しそうな顔をしながら、バイスにそう言った。
◇◆◇
「…私?」
「っ…。」
ジュリアの視線がバイスからリナに移る。リナは怯えた様子でジュリアを見た後に目を逸らした。
「ジュリア様はリナのドレスの色が雰囲気と合っていないとか、胸元のリボンが大きすぎるとか、レースが上品じゃないとか…必ず何かにつけて、リナに指摘していたそうですね。」
「…あっ。」
ジュリアには身に覚えがあった。1番初めは、本当にリナには似合わないと思って指摘していた。けれど指摘された時にリナが慌て、恥ずかしそうにする姿が面白くて可愛いと思った。その後は似合っても似合わなくてもリナの服装についてからかう様になっていた。
「…それが…嫌だった、て事?」
「…。」
ジュリアの問いにリナは俯いたまま何も答えない。ジュリアにとっては遊び感覚で、可愛い妹へのからかいだった。だがそれがリナを傷つけ、苦しめていたとは全く思わなかった。
「僕が選んだドレスなら、ジュリア様に文句を言われても自分が言われた訳では無い。そう思えて気が楽になったのかもしれませんね。」
「…リナ、そうなの?」
「…」
バイスの言葉は本当なのかと、ジュリアは呆然としながらもリナに確認する。しかしリナは何も言わない。だが否定しないその態度こそが肯定なのだと、ジュリアは思ってしまった。
「俺はジュリア様に文句を言われ続けた事で、リナは服を選ぶ自分のセンスに自信が持てなくなってしまったのかもしれないと思いました。」
「っ…。」
「…!」
バイスの指摘に、今度はジュリアが気不味そうな顔をして俯いてしまった。ジュリアがリナの事を傷つけて、そのせいでリナがバイスに迷惑をかけていたなんて、信じたくなかった。
「ジュリア様にこの事を話して2人の仲が悪くならないように黙っているつもりでした。それにリナの事を可哀想だと、助けようとも思いました。」
ジュリアとは反対に、リナは恐る恐るといった様子で顔を上げてバイスを見た。
「バ、バイス…私は」
「だけど、」
バイスはリナと目が合うと、再び冷たい視線となった。
「リナは僕が予め服を選んだ事に文句を言ってきたね。何か心境の変化があったの? それとも、そもそも自分のセンスに自信が持てなくなった訳じゃ無かったのか?」
「〜っ、わ、私は、その…そうじゃなくて…っ。」
バイスはリナを問い詰めるが、リナは言葉を詰まらせて沈黙してしまう。結局何も答えないリナに、バイスはため息を吐いた。
「はぁ…リナは結婚してからずっと僕に服を選ばせ続けた事を黙って僕だけを悪者にした。そして君が文句を言っていたジュリア様に庇って貰って…君は一体何がしたいんだ? 可哀想な自分に酔いしれているのか?」
「っ…う、うぅ…!」
バイスの言葉に傷ついた様子のリナは目に涙を浮かべて泣き始めた。
「…。」
お茶会の時はジュリアがリナにハンカチを差し出したが、今回は差し出さない。ジュリアは何とも言えない顔でリナを見ている。リナのドレスに文句を言った事の後悔と、バイスにドレスや服を選ばせていた事を伝えなかった事に対するリナへの不信感など、思う事は色々とある。
「…何にせよ、僕のリナへの不満がキャストリア侯爵夫人のお茶会を邪魔する要因となった事は認めます。僕が自分の感情をコントロール出来ず、リナの話を最後まで聞かなかった事が悪いです。リナの話を遮らなければ、今回の件は防げました。」
「……。」
バイスはジュリアとリナを見ながら、今回の非は自分にあると改めて言葉にする。そんなバイス達を見ながら、サリベートは歯痒い思いを抱く。
こんな騒動になる前に、バイスは我慢せずにリナに正直に不満をぶつけていた方が良かったのではないか。それ以前にリナがジュリアに文句を言われる事に傷ついていると正直に話せば、ジュリアも態度を改めたのではないかと思ってしまう。
そして今、被害者だと思われていたリナが何を思って、何を考えて泣いているのかを、サリベートには理解する事が出来なかった。
「キャストリア侯爵夫人。」
「っ!」
考え込んでいたサリベートに、バイスが声をかけてきた。
「…先程の言葉は撤回します。俺は今後、リナの服装に一切口を出しません。リナが自分で選ぶと言うのなら、彼女に全てお任せしようと思います。」
リナにお茶会の主催者のドレス色の確認をした後、バイスがドレスを選ぶ。その言葉を撤回し、今後はリナのドレスと服について関わらないとバイスは宣言した。
「…そうですか、分かりました。」
バイスの言葉にサリベートは頷いた。ジュリアもリナも、バイスの言葉に口を挟まなかった。
バイスとリナが政略結婚である以上、そう簡単に離婚は出来ないのだろう。今回の件でバイスとリナの間には明確な溝が出来たと言える。今後その溝を埋められるか、埋めずにそのまま過ごしていくのかはサリベートには分からない。
そしてバイスとリナの夫婦の関係だけでなく、ジュリアとリナの姉妹の関係にも溝が出来た。この2人も今後、どうなっていくのだろうか…何れにしても、サリベートには何も出来ない。
サリベートが考えなければならない事は、今回の件をお茶会の出席者達にどう説明したら良いのだろうか、という問題だ。今後の事を考え、サリベートは頭を抱えるのであった。
こんなに長い短編は初めて書きました。読むの疲れてしまいましたよね…この小説のタイトル、いつか変えるかもしれません 笑 まず、最後まで読んで下さり本当に有難うございました!
『お茶会の主催者と同じ色のドレスを着てはいけない』というこの小説だけのオリジナルルールを加えました。今更ですがご了承下さい。
今回の話は登場キャラに対する賛否両論は人それぞれあると思います。明確にコイツが悪い、コイツは何も悪くない、と言える存在はいなかったのではないでしょうか。浮気や仕事を丸投げといった、なろう小説の問題行動とは違って、それ自体は話し合えば何とかなったかもしれない問題。けれど相手を傷つけている事に気が付かなかったり、相手への配慮や関係悪化を気にして沈黙を選んだり、誰にも相談せずに自分なりに解決方法を思いついたが上手く行かなかった事で悪い方向へと進み、大きな問題となってしまいました。後になって、こうすれば良かった、ああすれば良かったと後悔しますが…そんなお話でした。人間関係は難しいですよね。
ざまぁとも、スッキリする話とも言えない中途半端なお話となってしまいましたが、もし宜しければ評価して頂けると嬉しいです。有難うございました!




