森の静寂 琥珀色のスコーン
「今だ、出せ! 焦げる寸前のこの香りが一番美味ぇんだよ!」
意志を持つオーブン・クロの声と同時に扉を開けると甘い香りが鼻をくすぐる。
こんがり焼けたスコーンをテーブルに置くと、大切に煮詰めた特製のマーマレードを持ってくる魔女・フィナ。
仕上げはスプーンですくった琥珀色のジャムを、熱を放つスコーンの頂へ。
「……見て、クロ。 氷の花を透かす午後のお日様みたい」
熱に触れたマーマレードが少しだけゆるみ、スコーンの凹凸をなぞるように艶やかに広がっていく。
鉄の相棒クロは誇らしげに熱い吐息を吐き出した。
「へっ、俺が完璧な温度で送り出したんだ。 そのジャムだって最高の舞台で踊りてぇはずだぜ」
「ふふ、いつもありがとうね」
フィナの微笑みに、微かに蒸気をプシューっと吐いて照れるクロ。
「じゃあ行ってくるわね」
「おう」
焼きたてのスコーンを包んでバスケットに入れたフィナが外へ出る。
今日は月に一度、森の管理石にお菓子を捧げる日なのだ。
外は白銀の世界。
真っ白な雪道を、白い息を吐きながら歩く。
大きなもみの木――通称「エルダー・ツリー」の前で立ち止まる。
その樹齢は数千年とも言われ、森のすべての記憶を見守っている。
フィナが雪を払うと根元に埋め込まれた「管理石」が琥珀色のスコーンに反応して淡いオレンジ色に明滅した。
「今月もこの森を静かに保ってくれてありがとう」
フィナがスコーンを捧げると管理石の光がスコーンを包み込み、まるで森が満足げに溜息をついたかのように枝に積もった雪がサラサラと舞い落ちた。
光が鎮まるとフィナは元来た道を歩き、自分の家へと帰っていく。
「おーい! フィナー!」
歩いていると後ろから獣人のリックが声をかけてきた。
「あらリック、まだ冬眠してなかったの?」
「だから冬眠しないって、何度言えば……。 年中冬のこの国では冬眠することはないよ」
「そうだったわね」
相変わらず冷めた言い方をするフィナに、やれやれと軽く息を吐き、バスケットに目をやるリック。
「おっ、お菓子を届けてきたのか。 家賃がお菓子って変わってるよなぁ」
「私みたいな魔女をこの森に置いてくれるんですもの。 お菓子を捧げるだけで住めるなんてありがたいわ」
家に入ると温かい空気が体を包み込む。
「おじゃまするよ」
「リックじゃねぇか。 その手に持ってるものはきのこか! しかも匂いからしてかなりの上物!」
「へっへーん。 僕の鼻は最高に美味しい食材を嗅ぎ分けるのさ」と得意げに鼻をヒクヒクさせるリック。
「さすが! 頼もしい犬だぜ」
「犬じゃなく獣人」
「リック、いつも美味しい食材をありがとう」
二人のやり取りにローブを脱ぎながら微笑むフィナ。
「フィナ、さっきから気になってたんだけど、この匂いスコーン?」
「ええ。 いっぱい作ったから食べる?」
「うん!」
「俺が予熱であっためといたぜ」と言うクロに近づきオーブン扉を開けると、ふわりと甘い香りが漂い予熱の温かさに思わず目元と口元が緩むフィナ。
少しだけ手を止めてクロとリックと初めて出会った日のことを思い出した。
それは半年前――
フィナは魔女の国を追放された身だった。
それでも振り返ることはしなかった。
吹雪の中、行くあてもなく森を歩いていた時、目の前に現れた黒いオーブンに声をかけられたのだ。
「お前、ずいぶん寒そうじゃねぇか。 俺の予熱であったまっていけよ」
ふわふわ浮いた喋るオーブンがなぜ自分に話しかけてきたのか……謎だったがとにかく今は暖を取りたくてオーブンの後をついていった。
案内された家の中へ入ると、白い毛の獣人が振り向いた。
「おい、リック! また勝手に上がり込んで! まあいい、客だ。 茶でも入れてくれ」
「客? 珍しいな」
リックと呼ばれた獣人と目が合うフィナ。
ドキリと緊張したが「寒かったでしょ。 暖炉の前で暖まるといい」と優しい声色で言うリックに安心して暖炉の前に座る。
「俺が予熱であっためてやるって」
「はいはい、君は所定の位置に戻ろうね」
リックがオーブンを持ち上げて移動しようとするとオーブンがフィナに向かって話した。
「紹介が遅れたな。 俺はクロ。 この家を守る者だ」
「私はフィナ……魔女よ」
「そうか。 まあゆっくりしていけよ」
表情がわからない喋る鉄のオーブンだけど、親しみやすくて陽気な口調にフィナの緊張はすっかり解けていった。
「フィナ! フィナ! ぼーっとしてどうした!」
「どこか具合でも悪いの?」
クロとリックが心配する声にハッと我に返るフィナ。
「大丈夫よ」
半年前、この二人に出会わなかったら自分は今頃どうなっていただろう……思い返しながらスコーンを皿に盛りつけた。
テーブルにはスコーン、マーマレードジャム、紅茶が並べられる。
「サクサクでおいしいよ。 フィナ特製のマーマレードジャムが合う」一口食べたリックが尻尾をふりふりしながら美味しそうに味わう。
「ったりめぇよ。 この俺様の焼き加減は世界一だぜ」
鼻はないが鼻高々に言ってるように見えるクロを見てクスリと笑うフィナ。
しかし笑みはだんだん寂し気な目になり俯く。
「フィナ?」リックが心配そうに問いかける。 クロも気になる様子だ。
「ねぇ二人共……何も聞かないでくれてありがとう。 どうして私が魔女の国を追放されたのか」
「聞かねぇよ。 今ここで笑ってりゃそれで十分だ」とクロ。
「話したくなったらでいいよ。 その時はちゃんと聞く」とリック。
フィナは目を潤ませた。
「辛気くせぇぞ。 もっと美味いもん食って元気出せ」
「そうだ、明日町へ買い出しに行こう」
「美味しい食材の嗅ぎ分けは僕に任せて」
フィナとリックは明日町へ行くことに。
「今夜の夕食はリックが持ってきてくれたきのこでシチューパイ作るわよ」
「俺様の出番だな! 美味しく焼いてやるからな!」
「フィナが作る料理ってどれも美味しいんだよね」
「まあそれもそうだが最後は俺様の腕にかかって」
「はいはい、君は所定の位置に戻ろうね」
二人のやり取りを見てフィナは、ここが私の居場所なんだと胸をなで下ろした。
今日も明日も雪の森であたたかな時間が流れていく。




