第7話 (どうしよ……トイレ行きたい……)
チーンッ
1階に辿り着くと、アーチボルト氏は
シルベーヌたちに報告をしていた。
シオンとイザベラも笑顔で迎えてくれる。
「カエデさんおかえりなさい。
アーチボルト伯爵の相手は大変だったでしょ?
あの人ダンジョンマニアだから」
「いえ、そんなことはなかったですよ」
楓は苦笑いして答える。
「って伯爵?」
楓は聞きなれないが知っている有名な
伯爵という響きに驚く。
「うん。ダンジョンに
自ら来るなんて変わり者の貴族よね」
「あ、やば……ぜんぜん言葉遣いとか
気にしていなかった……」
楓はゾッとするが
「いいのいいの」とシオンとイザベラに言われた。
本当にいいのだろうか?
「あら? チーズのいい香り?」
「あっ!」
楓は思わず口を抑えた。
「ごめんなさいね。失礼したわ。
美味しそうだったからつい」
イザベラは謝る。
「いえいえ。実はこれを食べてたのです!」
楓はポケットからカロリーフレンドを出す。
「まあ、変わった入れ物ね? 何か食べ物なの?」
「日本の固形食です」
「固形食?」
「保存の利く食べ物ですね。よかったらどうぞ」
イザベラの手に乗せたカロリーフレンドは
消える気配がない。
譲渡可能アイテムってやつなのだろう。
イザベラは警戒し、
「アナライズ」ぼそっ…
小声でアナライズを唱えたようだ。
楓は苦笑し、イザベラの様子をうかがう。
パッケージの開け方に苦戦していたため、
開け方を教えると
カロリーフレンドが姿を現し、
チーズの良い香りがエレベータ内に広がった。
「クッキーみたいなものなのね。
栄養バランスも良いわ。
チーズの良い香り」
「食わないなら、もらうぞ」
シオンは彼女の手に乗ったカロリーフレンドを
ひょいと摘む。
「んっ。うまいな!
塩味とチーズの香りがたまらんな!
もう一本ないか?」
「あなたねぇ。私がもらったものよ!」
「あはは。もう一本ありますからどうぞ」
楓は2本入りの1本をイザベラに渡す。
「まあ! とても美味しいわね。
これだけでもお店が開けそうだわ!」
「ありがとうございます。
私の国の有名なお菓子です」
楓は自分が作ったわけもないのに
自文化を褒められた気がしてそう言う。
「じゃあ、他にもこんなに美味しいものが?」
「そりゃあ、もちろんですよ!」
楓は胸を張る。
「うわっ! すごく興味があるわ!」
イザベラ大興奮だった。
その後、アーチボルトとシルベーヌの
協議が終わり、
正式に国王へ報告する準備が整った
とのことだった。
「ダンジョンはすぐに認可されますので、
カエデ嬢。ダンジョンマスターの件
よろしく頼みますぞ」
アーチボルトを筆頭に従者たちは去っていく。
「さて、僕たちも行こうとするか」
シオンが言うと、楓は急に不安になる。
自分はこのエレベータから降りられないのだ。
知り合って信頼のおけるシオン達が
居なくなったら、どうすればよいのだろう。
「心配しないで。僕たちも明日また来るから」
「そうね。さすがに緊急招集で
そのままダンジョンに入ったから……
すこしくらい支度を整えたいわ」
不安になるが、彼らもダンジョンの攻略で
疲れているであろう。
楓は笑顔で見送ることにした。
「じゃあね。カエデさん! また明日!」
二人は手を振りながら帰って行った。
だが、楓はその後を
追いかけたい気持ちでいっぱいだった。
「カエデ嬢、心配するな」
そんな様子を見たシルベーヌは
優しく声をかけてくる。
「ここにはダンジョンの正式許可待ちの冒険者が
山ほどいるからな。何かあれば
そいつらを使い走りにしてやれ」
彼は豪快に笑う。
「あと、俺の部下のナディアを置いていく。
用があれば何でもいってやってくれ」
ナディアという戦士風の女性は軽く会釈を行う。
「ま、狭いがすぐに出られる方法も見つかるさ」
また明日な、と言って、シルベーヌも去る。
残されたナディアはエレベータ前に
座り野営の準備をしているようだ。
エレベーターのフロアにはすでに
日が差し込まなくなっている。
もう外は夜なのだろう。
異世界に来て初めての夜だ。
楓はひとりぼっちになってしまった。
(不安だなぁ……)
見たこともない場所で、知り合って間もないが
シオン達に依存していたことを思い知る。
(でも、明日にはまた会えるはず……
頑張れ私! しっかりしろ私!)
ナディアはエレベータの方を向かず、
フロアの入り口を見ている。
一応立ち入り禁止の表示がされ、
バリケードはされているが
ダンジョンへの不正侵入を
見張っているのだろう。
ナディアは無口なので会話は続かない。
居心地が悪くなった楓は
エレベータのドアを閉める提案をする。
「あの、ナディアさん……
エレベータのドア閉めても大丈夫ですか?」
「……? どうぞ」
よくわかっていなかったようだが、
ナディアの許可は得られたので
扉を閉め、狭いエレベータの中で
過ごすことにした。
外気が遮断されたエレベータは
気温湿度を考えると快適であった。
だが……
「せま……」
窮屈さだけが問題だ。
さらに問題が一つ……
(どうしよ……トイレ行きたい……)
エレベータの中にトイレなどあるはずがない。
カゴの中でしようと考えもしたが
明日シオン達が乗ってくる可能性を
考えると無理だ。
扉を開けて外に向かって……
(そんなはしたないことできるわけないっ)
恥ずかしすぎてできるわけがない……
頭をフル回転し、
エレベータ管理アプリをスクロールしまくる。
「も、もう! これしかない!」
楓は拡張機能の機械室への
入出許可をタップした。
どんな機能か分からないが、
エレベータ機械室に行けばトイレがあるかも。
無かったとしても、
ここで漏らすよりは100倍マシであった。
『機械室へのアクセスが許可されました。
カゴ内操作盤にRFボタンを追加しました』
なんと、ぽんとRFのボタンが操作盤に追加された。
「わからないけど、押しちゃえ!」
現れたボタンを迷いなく押すと、
エレベータが動き出し、
すぐにフロアの扉が開いた。
チーン
開いた先にあるのは明かりのついた廊下。
曲がり角に機械室は→という表示が出ている。
楓は恐る恐る、カゴの入り口に手を伸ばす。
手は空をすり抜け、問題なくフロアへと伸びた。
「出られる!!」
楓はエレベータを出ると、機械室の方へ大急ぎで上がった。
重圧な扉があるが施錠はされていない。
中に入ると
だだっ広い空間の真ん中に
でかい機械があるだけだ。
これがエレベータの巻上機なのだろう。
フロアを見渡すが残念ながらトイレはなさそうだ。
ピロンーー通知音だ。
「あれ!? 拡張機能に追加?」
期待を込めてみてみると、
そこには念願の表示が!!
「汲み取り式和式トイレ? な、ないよりは……」
タップすると機械室にドンという音が響き、
工事現場で見るような仮設トイレが現れた。
楓は慌てて入り用を足した。
本当に危なかった――
「はぁ……」
トイレからでた楓は大きく息をつく。
ピロン
また通知だ。
『エレベーター拡張機能に追加項目があります』
見てみると、
「シャワーに寝袋? いや、これ買いでしょ」
2項目を使うとEPの残りは970になってしまうが、
楓は迷わずタップする。
すると、機械室内に仮設の
シャワールームと簡易的な寝袋が現れた。
シャワーを出して見ると
水圧は弱いがお湯は出るらしい。
何処とも繋がっていないのだが不思議なものだ。
タオルや石鹸も欲しかったが、
EPの残りを考え、断念した。
「これで宿泊は何とかなる」
楓は安心した。
さらに楓は考える。
(食べ物と雑貨もあるし、
考え無しで拡張に使っていたら
EPが尽きちゃうわ。節約しないと)
とりあえずシャワーを浴びて考えることにする。
仮設シャワーには扉も目隠しもないので
抵抗があるが、無いよりはマシだろう。
楓はシャワーを浴びる。
何だかんだでシャワーを浴びると
リラックスできた。
楓はお風呂上がり、カロリーフレンドと水を飲み、
寝袋に潜り込む。
寝袋は思ったより快適で、
寝袋の外が寒く感じるほどだ。
だが硬い床で背中が痛い。
それから時間ができたので、
改めてスマホをじっくり操作する。
電波は圏外でアプリ以外の通信はできない。
異世界に来る前にいれていたアプリも消えている。
念の為110番したが繋がるわけが無かった。
ふと、会社のことが浮かんだが――
2秒で忘れることにした。
不思議なことが起こったのだから
会社など気にしている場合ではないだろう。
そもそも上司の顔を思い出し、せいせいした。
「仕方ないじゃない。異世界に来ているんだから。
明日サボりま~す」
高々にそう宣言する。
寝っ転がりながら拡張機能を見ると、
洗面台や水洗トイレ。布団など。どれも数千EPする。
とりあえずEPのためにダンジョンに来てもらい、
稼がなければならないようだ。
目が疲れたので、電気の消えない機械室で寝ることにした。
異世界に来て初日の夜はこうして更けていった。




