第16話 獣人の街
その晩、酔いから覚めた楓は、
EPの使い道を真剣に考えていた。
「まずは……やっぱりこれ。洗面台!」
EPを5000消費し、洗面台を召喚した。
水はシャワーのみで確保できたが、
やはり鏡もなければ、
身だしなみもチェックできない。
「下着……100EP,洗濯機……1万EP
洗濯したらどこに干そうかな……
部屋干しすると臭くなるかなぁ……」
アプリの中のカタログはかなりのページ数があり、迷ってしまう。
しかも機能や品目はまだ一部しか解放されていないらしい。
「簡易ベッド5000EPは高い……
でも寝袋は正直キツイ……
ええいままよ!」
ベッドを召喚した。
マットレス付きの敷布団に羽毛布団とタオルケット、それに枕だ。
「おっ! 十分良い寝心地だわ」
『ダブルベッドが解放されました』
その家具の前段階を解放すると、
次のランクが解放されるらしい。
「ダブルベッドはさすがに要らないわね……いけない、便利機能面もみなきゃ」
自分の生活を整えるのも大事だが、ダンジョン管理者として機能面についても
整える責任がある。
「えっと、目ぼしいものは……ボス討伐後の帰還ショートカット機能?
なんか便利そうだけど10万EPは払えないわね……」
ここでは簡単に決められないものばかりだ。
決められるものがあるとすれば……
「重量制限! これだ! 5000EPにて50kg増加できる」
ぽちっ
『おめでとうございます。エレベータの過重制限が250kgになりました』
「おお、まだ増やせる。そりゃ」
『おめでとうございます。エレベータの過重制限が300kgになりました』
「とりあえず100㎏も増えれば、
もう一人くらい乗れるように
なるんじゃないかな」
真っ先に浮かんだのはマッソー3兄弟だった。次彼らが乗ってきても、
服くらい着てきてくれるはずだ。
『末弟のメンですぞ!』
4人目のそっくりな筋肉が現れる想像をしてしまい、妄想をかき消した。
スマホで管理アプリを開く。
今日クリアされたダンジョンの
再生時間はカウントダウンしており、
早ければ明日のお昼すぎには使えるように
なるだろう。
「はぁ……3日目にして立派な管理者って感じになっちゃったなぁ」
楓はそう独り言を言い、眠るのであった――
4日目――
朝起きて、昨日卸たての洗面台で顔を洗った。
やはりシャワーで顔を洗うより何倍も便利だ。
鏡を使い手櫛で髪を整えた。
朝食を済ませ、エレベータを呼ぶと何か違和感があった。
「あれ、かご……大きくなってるよね?」
昨日は3人入れば窮屈だったエレベータの奥行が少し深くなっているのだ。
銘板の表示も400kgに変更されている。
「おー。これで筋肉ダルマに
囲まれても潰されないわ!」
そんなことを上機嫌に呟く楓であった。
4日目の朝はダンジョンへの列は比較的短い。
実質予約制になったのも大きいのかもしれない。
昨日再生されたダンジョンに行きそびれたパーティを送ることから始まる。
重量制限緩和の情報が出回るのが遅れ、
冒険者たちには慌てさせてしまった。
装備を取りに戻る者やパーティの
追加メンバーを探す者。
楓は宣言や相談無しに重量を増やしたことを反省するのだが、
「便利になったから良いじゃん」
とポジティブに考えることにした。
午前中の仕事がひと段落した所で、
ギルドマスターのシルベーヌが
仕事の様子を見に来てくれた。
「どうだカエデ嬢。仕事の塩梅は?」
「はい。どうにかやれてますよ」
そうか、とシルベーヌはご機嫌に返答するが、すぐに真剣な表情になり、
「この塔の情報は全て把握している。『そろそろ』だと思うから構えとけな」
「はあ? そろそろ?」
含みのある表現に楓は質問を返そうとするのだが、
「おー。これがバベルってやつかぁ!」
新参冒険者の来訪により、話が途切れてしまった。
楓は気にしながらも
「バベルにようこそ。ごめんなさい。
手頃な層は埋まってますが、エレベーターの内装だけでも見ます?」
と、営業モードに切り替えるのであった。
午後近くになりイザベラとシオンの二人が訪ねて来た。
予定ではもう少し早く来るはずであったが、昨日の疲れが残っていたのだろうか。
「ごめん。予定より遅れてしまったわ」
「いえいえ、お疲れでしょうから」
「いや、昨日の夜ストロング缶を何本も開けたからだ」
「何よ。シオンも寝坊したじゃない」
完璧に思えた勇者の二人のそんな様子を見て、楓は安心したように笑う。
「あ、そうだ。エレベーター大きくなったんですが、何か準備します?」
「いや、聞いてはいるが、特にはない」
100kg増えたというのにメンバー追加も考えてないらしい。
「ではダンジョンに向かいましょう。17階でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
エレベーターは3人を乗せて17階へと動き出す。
シオンはいつものようにポーションを買ってくれる。
楓にとっても彼は良客だ。
「そういえば、シオンさんは手に入れたいドロップ品とかあるんですか?」
「ああ、剣だな」
「そうですよね。武器は必要ですよね」
シオンはアイテムボックスより剣を出し、楓の前で抜いて見せる。
「うわ、ぼろぼろ……ずいぶん年季が入っていますね。ずっと使っていたんですか?」
刃こぼれと装飾が剥がれた剣を見せられ、楓は率直な感想を言う。
「この剣は昨日のダンジョンで使うのが初めてだった」
「えっ……どうみても」
使って何年も経ったように見える。
「俺の先天スキルにより、使った剣はすぐにこうなるんだ」
「先天スキル?」
「生まれ持ったスキルのことよ。スキルが強力なほど、呪い、つまり制約が強くなるの」
楓はポカンとする。
「俺は強力な剣の力をスキルで得ている。その代償に剣から嫌われてしまっているってことだ」
「そうなんですね。あんまりピンと来ませんが」
「もしかしたら、カエデがエレベーターから出られないのもスキルの代償なのかも。こんなダンジョンを操作したり、触れられなかったり、規格外ではあるから」
「はは。そんな代償あるならスキルいらないんですけどね……」
楓は乾いた笑いを浮かべる。
「俺は折れない剣が欲しいんだ。世界中のダンジョンを探したが、そんな剣は無かった」
シオンは剣を鞘にしまう。
「だが、このダンジョンにはそんな夢のような剣が存在すると確信しているんだ」
シオンは子供のように目をきらめかせて、語る。
「だったら、私のエレベーターダンジョンを
管理するスキルも無駄じゃないーーってことですよね?」
「ああ、勿論だ」
少し感動してしまった。自分はただのエレベーターの運転手で、ダンジョンに誰かを
送るしかできないと思っていた。
だが、シオンのようにバベルに期待を寄せる冒険者はいっぱいいるのだ。
「シオンさん!私も応援しますので、最強の剣を手に入れましょう」
楓はシオンにエールを送った。
「ああ!」
シオンも嬉しそうにそれに応える。
「それはそうとイザベラさんも何か先天スキルってやつあるんですか?」
「秘密」
「え~」
「女ってのは秘密が多い方が素敵なのよ」
はぐらかされた気はするが、
「シオンは割とお人よしだから、スキルについてもベラベラしゃべるけどさ、
スキルをバラすのが嫌いな人もいるから注意するのよ」
と釘を刺された――
「でもいいですよね。やっぱり見える形で何ができるか、
何ができないか分かるんですもの」
楓はため息をついた。
「カエデさんは元の世界で何かしてたの?」
イザベラは興味深そうに尋ねる。
「あー。適当な大学にいって、それからSE……えっとコンピュータソフトのプログラミングを」
「こんぴゅーた?」
「ぷろぐらみんぐ?」
この世界にない言葉を表すのはとても難しい。頭を悩ませていると
「とりあえず大学出ているって聞いて驚いたわ……」
「そうだね……」
二人とも意外という表情で楓の顔を眺めている。おそらくアホの子だとでも
思われていたのだろう。
「まあ、大学の後は名ばかりの大手で毎日残業で――あっ、得意なことありました」
「え? なに?」
「毎日浴びるほどお酒を飲んでました――お酒飲むのは得意かもです……」
「お酒? あははは。そりゃあのストロング缶一杯飲んでいれば強くなるだろうね」
「今度、シルベーヌと飲んでみるといいわ。彼も強いから」
なんか馬鹿にされたような気がしたが、まあいいやと、楓はエレベータのひと時を楽しんだ。
そんな空気も17階に到着間際になると変わった。さすが二人は歴戦の冒険者だ。
気持ちの切り替えを瞬時に行い、扉が開くのを武器を構え待っている。
「奇襲があるかもしれないからな」
「ええ。そうね」
もしかしたらダンジョンのレベルも1階昇るごとに、それだけ上がっているのかもしれない。
チンーー『17階に到着しました』
エレベータのドアが開くと、ワイワイという人?の賑やかな声が聞こえてきた。
エレベータがたどり着いたのはなんと街の広場らしき場所。そこから見える大通りには獣の耳を
した亜人たちが列をなして歩いている。
「何……だ。ここは……イザベラ解析は?」
「おそらくダンジョンの中は間違いないんだけど、彼らは敵意はなさそうね……」
「獣人の街……?」
楓はエレベータから見える範囲を確認する。石造りの家は現代風とはかけ離れ、質素で単純な作りだ、
亜人たちはエレベータから異邦人が見ているというのに、誰も気づいていないように、近くを素通りしている。
「まるでNPC……」
「NPCって? カエデさんは何か知ってるの?」
「ノンプレイヤーキャラクター、つまり、ゲーム中に出てくる意志を持たない登場人物みたいだなぁって」
「よく分からないが……刺激しないほうがよさそうだ」
「そうね……いきなり暴徒化されたら……ゲームオーバーね」
二人は警戒しながら、エレベータの外に出た。
「すまんカエデ。おそらくは夕方までには帰れないだろう」
「わかりました。気を付けて! 力になれるか分かりませんが、定期的に監視してますので」
「危なくなったらすぐに引き返すから心配しないで――」
シオンとイザベラは亜人の人並みに消えて行った。
一人残された楓は怖くなり、エレベータの1階のボタンを押した。
(なんだろう、大勢人がいるのに、死んでいるような街だった……)




