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8:不本意な再会☆

 街に漂う不穏な気配。

 ちょっとセバスティアン!? 不穏な顔して私の不安煽らないでよね!?


 迷宮探索から三日後。

 私は街の薬屋で、いつも通り店番をしていた。


「聖女様、この傷薬をください!」

「聖女様、サインもらえますか?」

「聖女様、僕と結婚してください!」


「最後のは却下です」


 相変わらず賑やかで平和な日常だ。

 しかし、その日はどこか様子がおかしかった。

 なんだろう、この違和感。


「ねえ、聞いた? 昨日の夜、北の森から変な音がしたって」

「私も聞いた。すごく低い、地響きみたいな……」

「魔物が増えてるって噂もあるわよ」


 道端で井戸端会議に勤しむ街人の会話が耳に入る。

 私は胸の奥に、妙な既視感を覚えた。


 その日は店主が、商会の寄り合いがあるとのことで、勤務時間もいつもより短め。

 店を早めに閉めて、家路に向かう。

 

 夕暮れの街は、いつもより静かだった気がする。


 私が店番を終えて帰宅するなり、執事はとびきり深刻な顔で、しかし完璧に淹れられた紅茶を差し出してきた。 アロマの香りが強すぎる。リラックス効果のあるハーブを通常の三倍は入れているに違いない。


 つまり、それほど事態は切迫しているということだ。


「チェリ様、単刀直入に申し上げます」  


 セバスティアンは重々しく口を開いた。その両肩には、魔法生物が鎮座し、主人の感情に合わせてブルブルと震えている。


「私が放った偵察使役魔のセバスちゃん1号2号が……」

「セバスちゃん……今、貴方の肩に乗ってるやつ?」


 ロマンスグレー執事の両肩で、げっ歯類の小動物が、キラキラした瞳をこちらに向け、得意げにすっと立った。ちょっと可愛いから譲ってほしい。


「これは私が丹精込めて、練り上げた魔法生物なので、御譲り出来かねます」


 1号2号はセバスティアンの感情をなぞる様に、しおしおと縮こまる。


「セバスちゃんたちが、古の魔力反応を感知しました。街の北、東、西の三方向から……我々の勇猛果敢にして最強と謳われた、あの魔女王軍幹部勢と同質の魔力を」


 私は紅茶を吹きそうになるのを、令嬢としての矜持で辛うじて飲み込んだ。  

 だが、気管に入ってむせる。


「ゴホッ! ま、まさか……封印が解けたっていうの?」

「はい。おそらく、先日の迷宮探索でチェリ様が放った魔力に共鳴したのでしょう。三百年の時を経て、彼らは……最強最悪の魔女王ヴェリタス様もとい、今はただの無能令嬢チェリ様の魔力を感知し主の帰還を悟ってしまったのです」

「えっと、どうして今頃……? セバスティアンなんて私が上陸する前から目覚めてたみたいじゃないの……」


 セバスティアンは得意げに胸を張る。


「私は封印されたわけではありませんから! 自ら眠りについていただけなので」

「あ、そう」


 かるく聞き流していた私を見て、セバスティアンはさらに顔色を悪くさせ、両肩のセバスちゃん1号2号もふるふると瞳を震わせる。


「……最悪だわ」


 私は頭を抱え、ソファに沈み込んだ。  

 かつて私が――若気の至りで、世界を粛清するとか言って集めた、選りすぐりの戦闘狂たちが復活する。  

 平穏な隠居生活どころか、世界大戦の火種になりかねない。


「ですがチェリ様、物は考えようです」  


 セバスティアンが私のスカートの裾を直しながら、慰めるように言った。


「彼らも三百年眠って、多少は頭が冷えているかもしれません。それに、今の貴女様には心強い仲間もおります」


 仲間、という言葉に反応したかのように、窓の外からピカッ、ピカッと光の信号が届いた。  

 隣人のアレクシオンだ。

「無事ですか?」「夕飯は食べましたか?」という合図である。  


 ……怖い。彼は彼で、別のベクトルで重い。

 とはいえ、押し掛けられても困るので、私は左手に光球を産み出すと、窓に向かって左右に振る。


「大丈夫ですよ、チェリ様。貴女のお心は昔よりずっと強くなられました。本当の意味で」


 セバスティアンは、気の毒そうな顔で微笑んだ。


 日が落ち、星空が広がった頃。  

 私の淡い期待を打ち砕くように、北の山の方角でド派手な爆発音が響いた。  

 天を衝くような、青白い光の柱。  

 大気を凍てつかせ、万物を沈黙させる絶対零度の輝き。


「……あの演出、間違いないわね」

「北の古聖堂です。一番手は……彼のようですな」


 私は深いため息と共に立ち上がった。  

 見て見ぬ振りはできない。放っておけば、街ごと氷漬けにされかねないからだ。


 玄関を出ると、そこには既に馬に跨り、私の分の手綱まで握ったアレクシオンが待機していた。


「チェリさん! あの光を見ましたか!?」

「ええ、見たわ。……って、準備が良すぎません?」

「聖女である君なら、きっと駆けつけると思って! さあ、行きましょう!」


 あまりに真っ直ぐな瞳。  

 私は毒気を抜かれ、黙って馬に跨った。  

 セバスティアンも当然のように同行する。  


 北の山道を駆け抜け、私たちは古びた聖堂跡へと到着した。


 現場は、既に異常事態となっていた。  

 駆けつけた騎士たちが、聖堂を取り囲んでいるものの、誰も近づけないでいる。  

 聖堂を中心として、半径百メートルが完全な凍土と化しているからだ。


「ひぃっ、なんだこの寒さは!」

「鎧が凍り付くぞ!」


 地響きと共に、聖堂の扉が開く。  

 そこから吐き出されたのは、物理的な冷気だけではない。

 圧倒的なまでの威圧感。


「ふぅ――三百年ぶりの外気か。……少し、温いな」


 現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ、美貌の騎士だった。  

 透き通るような青白い肌。氷柱のように鋭く、しかしどこか憂いを帯びた瞳。  

 魔女王軍幹部四天王がひとり――氷結の騎士グラシエル。


 彼は優雅に伸びをすると、私の方へと視線を巡らせ――そして、劇的に目を見開いた。


「……おお」  


 氷の仮面が砕け、歓喜の色が浮かぶ。


「その魂の輝き、その孤高なる魔力の波動……! 間違いない、我が主ヴェリタス様!」


 グラシエルは流れるような動作で私の前に滑り込み、跪いた。  

 周囲の騎士たちがざわめき、剣を抜こうとするが、アレクシオンがそれを制する。


「お待ちしておりました、我が女王よ! さあ、今こそ世界を氷河期に沈め、愚かな人類に裁きの鉄槌を……」

「待った」  


 私は無表情で彼の手の甲を叩きおとす。


「グラシエル、口を慎みなさい。あと、その世界を氷河期にとかいう物騒な公約は撤回して」

「は……?」

「今の私はチェリ。ただの善良な市民よ。世界征服なんていう、人類の尊厳を無視した根暗な事業からは撤退したの」


 グラシエルは、きょとんとした顔で私を見上げた。  

 知的な彼にしては珍しく、理解が追いついていないようだ。


「チェリ……様? 世界征服、やらない……? 撤退……?」


 そこに、アレクシオンが一歩踏み出した。


「グラシエル殿、とおっしゃいましたね。僕はアレクシオン。この街の騎士団支部長です」


 グラシエルは、瞬時に騎士の顔に戻り、アレクシオンを見据えた。


「……ほう。その放たれる清廉な気配、勇者の血統か。三百年の時を経ても、その輝きは失われていないようだな」

「光栄です。ですが、チェリさんを困らせないでいただきたい。彼女は今、静かな生活を望んでいるんです」


 グラシエルは視線を私に戻し、それからアレクシオンを見、また私を見た。  

 数秒の沈黙の後、彼は納得したように頷いた。


「なるほど。理解しました」

「え、早っ」


「つまりヴェリタス様は、力による支配という旧時代的な手法に見切りをつけ、市井に紛れて内側から世界を掌握するという、より高度な文化侵略の局面に移行されたのですね?」

「違うわよ!? ただ隠居したいだけ!」


「ふむ……隠居、ですか」  


 グラシエルは顎に手を当て、真剣に考証を始めた。


「確かに、世界を征服した後の統治経費を考えると、支配者として君臨し続けるのは非効率的です。ならば、一市民として気ままに暮らす方が、生活の質は高い……実に合理的だ」


「ねえ、本当に分かってる?」

「承知しました。では私も、チェリ様の隠居を全力でサポートいたしましょう」

「本当に!?」


 グラシエルは立ち上がり、涼しげに微笑んだ。


「ええ。三百年も眠れば、私も多少は丸くなりました。とりあえず、この街で職を探します。私の氷魔法を活かして、夏場のアイスクリーム市場を独占するというのはいかがでしょう?」

「……まあ、悪くはないわね」


 私が安堵の息を吐いた、その時だった。  

 今度は東の空が、毒々しい赤色に染まった。


「……チッ」  


 グラシエルが舌打ちをした。


「あの品のない魔力波動……間違いありません。脳筋のフレイムベルグです」


 セバスティアンが天を仰ぐ。


「東の廃坑ですね。やれやれ、今夜は忙しくなりそうです」


 私はマントを翻した。


「行くわよ。あいつが山を焼き尽くす前に、物理的に黙らせるわ」

「お供します」  


 グラシエルが氷の剣を生成する。


「もちろん僕も行きます!」  


 アレクシオンも当然のように剣を構えた。


 私は、ふと込み上げてくるものがあり、夜空に向かって手を掲げた。


「フフフ……集いし戦友たちよ。今こそ、新たなる戦いの幕が――」


 ハッとした。  

 全員が見ている。

 アレクシオンのキラキラした目と、セバスティアンの生暖かい目が痛い。


「――開けるけど、平和的に! 話し合いで解決しましょうね!!」


 私は顔を真っ赤にして叫び、馬に飛び乗った。  

 背後でアレクシオンが「チェリさん、今の台詞カッコよかったです!」と叫んでいるのが聞こえたが、全力で無視した。

 

 セバスティアンは俯いているが、肩が小刻みに震えている。

 滅するぞ。


 こうして、私たちは眠らない夜を駆けることになった。  

 三百年越しの同窓会は、まだ始まったばかりである。


「ところで、ヴェリタスって……僕のご先祖さまの勇者に首を落とされた稀代の悪女の事かと思っていたんですが」



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