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7:迷宮探索デビュー☆

 軽い気持ちで入ったダンジョンが、なぜか攻略済みになったんだけど。

 なんで?


「チェリさん、少しお時間よろしいでしょうか」


 朝食を終えた頃、アレクシオンが屋敷を訪ねてきた。

 いつもの爽やかな笑顔だが、どこか真剣な面持ちだ。


「ど、どうされました? また聖剣が反応でも…?」


 私は内心ドキドキしながら尋ねる。


 近頃アレクシオンは頻繁に悪夢を見るらしい。

 聖剣が恨みがましい声で、錆を落とせ~錆落とせ~と迫って来るらしい。


 私的には、何かとんでも事件が起こったら怖いので、初回訪問時以降、隣の家の門から先に足を踏み入れていない。アレクシオンはほぼ毎日といっても差し支えない位、顔を出しに来るけど。そのたびにお菓子やらお酒やら差し入れしてくれるので、邪険に出来ないでいる。


「いえ、そうではなくて。実は騎士団の訓練で、新米騎士たちと古代迷宮に潜る予定なんです」

「はあ……それで?」

「チェリさんにも、同行していただけないかと。あなたがいてくれれば、新米たちも安心できますし……何より、僕も心強い」


 アレクシオンは少し照れたように頬を染めた。

 ……!

 私の心臓が、予想外の速さで鳴った。

 迷宮探索。

 冒険者っぽい活動。

 隠居前の思い出作り。

 そして何より、アレクシオンとの二人きり……じゃなくて、集団での健全な冒険!


「喜んで! ぜひ、ご一緒させてください!」


 私は即答していた。


「本当ですか! ありがとうございます。では明日の朝、街の東門から出発する事になっておりますので、その前にお迎えにあがりますね」


 アレクシオンは嬉しそうに帰っていった。

 私が浮かれた表情で見送っていると、背後から声がした。


「――チェリ様、お気をつけくださいませ」


 振り返ると、セバスティアンが意味深な笑みを浮かべていた。


「三百前のような……暴走は避けていただきたく」


 セバスティアンは、やれやれと言った感じで大袈裟に肩を上げる。

 感じ悪っ!

 浄化するぞ。


 翌朝、東門に集合すると、アレクシオンの他に三人の若い騎士見習いが待っていた。


「せ、聖女様が一緒とか緊張する……」

「あの、終末ほにゃららを使った方だぞ……」

「ヤべ、手震えてきた……」


 三人とも、実に解りやすい位ガチガチに緊張している。


「聖女じゃなくてただのチェリです! とてもか弱い女性です! 気楽に行きましょう!」


 できるだけ親しみやすく笑顔を作った。


「そ、そうですね!今日はよろしくお願いします!」


 新米騎士たちも、少しだけ緊張が解けたようだ。


 目指す古代迷宮は、街から徒歩で一時間ほどの丘の上にある。

 かつては初心者向けの訓練場所として有名だったが、最近魔物が増えて危険度が上昇しているらしい。


「チェリさんは、迷宮探索は初めてですか?」


 アレクシオンが並んで歩きながら尋ねてきた。


「え、ええ。初めてですよ」

「では、基本的なことだけ。迷宮内では僕の指示に従ってください。何かあれば、チェリさんは後方で支援を」


 チェリはもちろん、迷宮に関してデビュタントである。

 ヴェリタリスは真逆であるが。

 私、嘘言ってない。


 迷宮の入口は、苔むした石造りのアーチだった。

 内部は薄暗く、松明の灯りだけが頼りだ。


「では、行きましょう」


 アレクシオンを先頭に、私たちは迷宮へと足を踏み入れた。

 最初の通路は特に問題なく進んだ。

 しかし、広間に差し掛かったとき、新米騎士の一人が前に出ようとした。


「待って!」


 私はついつい反射的に彼の腕を掴んだ。


「え?」

「そこ、ダメ」


 私が指差した床の石畳は、他の部分と比べて微妙に色が違う。


「……罠ですね」


 アレクシオンが石を投げると、石畳が崩れて深い落とし穴が現れた。


「あ、危なかった…! チェリさん、どうして分かったんですか?」

「え? だって…石畳の色が微妙に違うじゃないですか」


 三百年前の建築様式だと、この位置に必ず罠を仕掛けている。


「すごい観察力だ」


 その後も、私は次々と罠を指摘した。

 壁から飛び出す毒矢。

 天井から落ちる石板。

 床に仕掛けられた回転する刃。

 全て、触れる前に回避した。


「聖女様、罠探知能力すごすぎます…」

「僕たち、まだ一回も罠に引っかかってないですよ」


 新米騎士たちが感心の声を上げる。

 私は冷や汗をかきつつ「本で読んでぇ~」とちょっとアホの子っぽく返事をしておいた。


 第二層に降りた途端、通路の奥からガサガサと音がした。


「魔物だ! 構えろ!」


 アレクシオンの号令で、騎士たちが剣を抜く。

 現れたのは、ゴブリンの群れ。十体以上いる。

 ゴブリンたちが武器を掲げて襲いかかろうとしたその瞬間、私は無意識に思った。


 邪魔だな。

 ピタリ。

 ゴブリンたちの動きが止まった。

 そして次の瞬間、全員が一斉にその場に叩頭したのだ。


『ヒ、ヒエェェェ……』

『コ、コワイ……』

『オ、オユルシヲ……』


 そう震えながら、道の両脇に綺麗に整列してゆく。


「……」

「……」

「……」


 全員が沈黙した。


「な、なぜゴブリンが道を譲ったんだろうか」


 アレクシオンが唖然として呟く。


「た、たまたまですよ! あ、アレクシオンさんの英雄オーラの所為じゃないですか?」

 

 私は必死に誤魔化した。

 無意識出していた魔王並の威圧を雲散させようとバタバタとてを振る。


「勇者の末裔と聖女様、パネェっす」


 新米騎士の一人が、尊敬の眼差しで私を見た。

 私たちは土下座するゴブリンたちによって、完全な安全地帯となっている通路の中央を、申し訳ない気持ちで通り抜け、第三層に向かう。


 第三層に入ると、壁一面に古代文字が刻まれていた。


「何が書いてあるんだろう」


 新米騎士の一人が首を傾げる。

 私は壁の文字を見て、思わず口に出していた。


「――深淵の守護者、ここに眠る。目覚めさせる者すべて等しく災いあれって書いてあ……」


 全員の視線が私に集中した。


「……え?」

「チェリさん、古代語を?」


 アレクシオンが鋭い目で私を見た。


「じゃなくて! なんとなく雰囲気で読めた気がしただけです! きっと聖女の直感的な何かで!」

「直感で古代語が読めるんですか…?」

「雰囲気ですね! いかにもそういう事書いてありそー」


 私は若干顔を引きつらせながら笑った。

 アレクシオンは何か言いたげだったが、結局何も言わず先に進んだ。


 そして、私たちはなんとなく重たい空気を引き摺ったまま、最奥の大広間に到着した。

 天井は高く、中央には巨大な石造りの玉座がある。


「ここが階層守護者の部屋だな」


 アレクシオンが警戒しながら前に出た瞬間。


 ゴゴゴゴゴ……


 玉座が動き出した。

 いや、玉座ではない。玉座そのものが巨大なゴーレムだったのだ。

 ちょっとした家屋よりかは遥かにでかい石の巨人が、ゆっくりと立ち上がる。


「古代の守護者だ! 気をつけろ!」


 アレクシオンが飛ばした声に、新米騎士たちが怯えて後ずさる。

 しかし、私はその姿を見て、思わず呟いた。

 あまりにも懐かしかったからだ。


 ゴーレムが、私の方を向いた。

 そして、動きを止めた。


『……コ、コ、コノ、ハドウハ……』


 古代語で、低い声が響く。

 私は思わず俯いて独り言ちてしまった。


「なんで守護者試作号04が」


『……vyぇ、ヴェリタス様……』


 ゴーレムの目が、赤から青に明滅する。

 そして私は、片手で追い払うようにし、後ずさりながら言い訳を考えていた。

 まだ、廃棄されてなかったのねアレ……。


 ゴーレムの体が、光の粒子となって崩れ落ちる。

 塵となって消えていく。

 背後が、恐ろしく静かだった。

 恐る恐る振り返ると、全員が口を開けたまま硬直していた。


「……今、何が起きたんだ?」


 アレクシオンが震える声で尋ねた。


「え、えーっと! 浄化ですかね?」



 新米騎士の迷宮訓練は、怪我人が一切出ることなく終了。

 というか、罠を避けただけで、戦闘もせず。

 帰路、アレクシオンは完全に疑惑の視線を私に向けている。


「チェリさん…」

「は、はい?」

「君、本当は…」


 心臓が早鐘を打つ。

 バレた?

 正体がバレた?

 どうしよう、このまま街を出るべきか、こいつを消すべきか。


 その時、新米騎士が割り込んできた。


「聖女様すごかったです! 僕たち、一回も攻撃してないのに迷宮を制覇しちゃいました!」

「そうですよ! 罠も魔物も、これ勇者と聖女の固有技能、いわゆるチートってやつっすか」

「あのゴーレムが聖女様の前で眠りについたの、マジで感動しました! きらきらしてた」


 私は話題が逸れたことに内心ホッとした。


「それはみんなの頑張りのおかげですよ! なんといっても私は何もしてませんから! 付いていっただけですもん」


 アレクシオンは何か言いたげだったが、結局黙って前を向いた。


 翌朝生活費を稼ぐために、いつも通り街に出ると、既に噂が広まっていた。


「勇者の末裔と聖女様が伝説の迷宮を無傷で攻略!」

「魔物が聖女様に道を譲ったらしい!」

「古代の守護者が眠りについたって!」


 街中が大騒ぎである。

 私は疲れ果てて自宅に戻ると、ソファに倒れ込んだ。


「……セバスティアン」

「はい」

「ただの迷宮探索のつもりだったのに…」

「申し上げた通りでございます」


 私はクッションに顔を埋めた。

 しばらく沈黙した後、私は小さく呟いた。


「……でも、少しだけ」

「はい?」

「少しだけ……普通の冒険者っぽくて、楽しかったわ」


 セバスティアンは微笑んだ。


「お疲れ様でございました、チェリ様」



 その夜、アレクシオンは自宅で聖剣を見つめていた。

 このところ、夜な夜な夢の中で自分を苛めている剣は、微かに脈打っている。


「チェリさん……君は一体何者なんだ?」


 彼女の正体に疑問を抱きつつも、アレクシオンは確信していた。


「でも、悪い人じゃない。それだけは確かだ」


 そして、迷宮の奥深く。

 ゴーレムが消えた場所に、小さな亀裂が走っていた。

 古い封印が、少しだけ緩んだ証だった。

 その亀裂から、微かに古の魔力が漏れ出していた。

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