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5:自給銀貨三枚☆

 適当に煮込んだ草汁が、万能霊薬(ハイポーション)(アルティメット) 認定された件について。

 あるある。

 ないよ!


「チェリ様、ご報告がございます。当家の金庫が空になりました」


 朝食の席で、執事セバスティアンが淡々と告げた。

 テーブルの上には、最後のパン。すなわち端の固い部分と、森で採取した、たぶん食べられる草サラダ。


「……冗談でしょ? 貴方がせっせと貯めこんでいた宝石類や前世の私が収集していた曰く付きの骨董品は?」

「はあ、ほぼ呪物に近かっため、質屋の店主が気絶してしまい、買取を断られました」

「……私のお宝を呪物扱いなんて、滅ぼしたくなるじゃない」


 私は背後から、おらおらと湧き上がる黒いオーラ底冷えする冷たさを感じながら、パンの端を食いちぎり、決意した。


「仕方ないわね、働くわよ」

「なななななんと! 魔王たる御方が労働!? いっそ隣の末裔殿の邸宅を襲撃し、お宝を……」


「だめ、平和に暮らすの。そう、私は今日から、働く元令嬢よ」


 さっそく街の掲示板に張り出されている求人を見に行き、一軒の店に目をつけた。


 ――急募:薬師助手。経験不問。薄給。店主が高齢のため、重い釜を持てる方歓迎


 なんか、素直な感じ、気に入ったわ。

 陰キャ魂を感じるような気がして。


「ここね。薬の調合ならいけるでしょ」


 訪れたのは、路地裏にあるボロボロの薬屋ガードランドの店だった。

 店内は陰鬱で埃っぽく、煮込みすぎた雑巾のような異臭が漂っている。

 

「ほう、あんたが助手希望のお嬢さんかい?」


 店主のガーランド爺さんは、老眼鏡で私をじろじろと見た。


「はい。力仕事と掃除なら得意ですので、雇ってください」

「ふん、まあいいだろ。仕事は単純だ。裏の釜で、初級治癒薬を煮込むんだ。調合法は壁に貼ってある通り。時給は銀貨三枚だ」


 即雇用された私は、裏の調合室へ案内された。

 そこにあったのは、錆びついた大釜と、しなびた薬草。


「調合法は……弱火でじっくりことこと半日煮込む。泥色になるまで」


 思わず、眉をひそめた。

 半日? 正気? そんなに煮込んだら、薬効成分が熱分解してただの苦い水になるわよ。

 今の時代の錬金術レベルって低すぎない?

 栄華を極めた後の退廃ってところなのかしらね。


「……面倒ね。さっさと終わらせて、あとは昼寝」


 私は周囲に誰もいないことを確認すると、私は指先を鳴らす。

 有効成分だけを抽出し、分子レベルで再結合させた。


 一瞬で薬草から有効成分だけが金色の雫となって抽出される。

 ついでに風味を良くするために、ポケットに入っていた庭の雑草……もとい昔の私が品種改良した超回復ミントをちぎって投げ込んだ。


 所要時間は、欠伸一つ分。

 出来上がったのは、透き通るような美しい翡翠色をした液体だった。

 調合法通りの泥色とは似ても似つかないが、まあ初めて、ということで誤魔化せるだろう。


「店主さん、できましたー」

「あん? まだ昼にもなっとらんぞ、サボるな……って、なんだそのキラキラ光る、ううう美しい液体は!?」


 ガードランド爺が腰を抜かしそうになった時、店に血相を変えた冒険者が飛び込んできた。


「おい親父! 薬だ! 最上級治癒薬をくれ! 仲間が地竜の猛毒牙でやられたんだ!!」


 担ぎ込まれたのは、顔色が紫色になり、虫の息の兵士だった。

 毒が全身に回りきっている。いわゆる、初級的な治癒薬では手遅れだし、最上級治癒薬なんてこの零細店にあるわけがない。


「む、無理だ……ウチにはそんな高級な薬は……」

「くそっ、もうダメなのかよ!」


 男が絶望に泣き崩れる。

 私はふと、手元の瓶を見た。

 ……これ、さっき適当に作ったやつだけど、解毒成分も入れたっけ?

 まあ、ミント入れたし気分だけでも、すっきりするのでは。


「あの、これならありますけど。作りたてです」


 私は瓶を差し出した。

 藁にもすがる思いでそれを奪い取った男、仲間の口に流し込んだ。


 その瞬間、戦士の体が淡い光に包まれた。

 紫色の顔色が瞬時に健康的な桃色に戻り、裂けた傷口がじょわじょわと不気味な音を立てて塞がっていく。傷を塞ぐのみならず、薄くなっていた頭頂部に少し産毛が戻り、肌艶が赤子のようにつるつるなった。


「……う、うおおおお! 力が漲る! 毒が消えた! しかも毛まで生えた!!」


 地を這っていた兵士は、歓喜の声をあげながら、汚れた床の上をごろごろとでんぐり返ししている。

 よせ、埃が舞う。

 店主と仲間の男が、私の顔を一斉に見た。


「お、おい姉ちゃん! 今の薬は何だ!? 聖教国の上級聖水でもあんなに効かねえぞ!?」


「えっ? いえ、ただの治癒薬ですけど……ちょっと隠し味を入り……」

「隠し味ってレベルじゃねぇ! これは――万能霊薬・極――だ!!」


 そして、噂は光の速さで広まった。


 ――ガードランドの店に、死者をも蘇らせる女神がいる。

 ――無能と蔑まれた令嬢は、実は癒やしの聖女だった。


 一週間後、店の前には長蛇の列ができていた。


「聖女様! 俺の腰痛を治してくれ!」

「聖女様! うちの枯れた畑を何とかして!」

「聖女様!  私の失恋を!」

「ち、違います! 私はただの助手です! あと失恋は専門外です!」


 私が必死に弁明していると、人混みを割って、キラキラしたオーラを放つ男が現れた。

 隣人アレクシオンだ。


「チェリさん!? ここで何をしているんです!?」

「ひっ、ああああアレクシオン様……!?」


 彼は私の手を取り、感動にうち震えていた。


「君は……やはりただ者ではなかったのですね。その……癒やしの力。呪われていると言っていたのは、あまりに強すぎる聖なる力を隠すための方便だったのですね……!」

「えっ、いえ、あの」

「素晴らしい! 無能として追放されながらも、こうして庶民を救うなんて! 君こそ真の聖女だ!」


 アレクシオンが叫ぶと、周囲からは「聖女様万歳!」「チェリ様万歳!」と歓喜の声が上がった。


 やめてー!

 聖女なんて一番似合わないから!

 泣く子も黙る、極悪魔王なのよ!!!


 心の中で絶叫するが、もはや手遅れだった。


 それからも、私の作成する適当な煮汁は飛ぶように売れ、ガードランド爺さんは札束の山で泳ぎ、私は引き攣った笑みを振りまく羽目になった。


 ぐったりと疲れて帰宅した私を、セバスティアンが出迎えた。


「お帰りなさいませ、チェリ様。……街では、開港以来初、舞い降りた奇跡の聖女……と噂になっておりますが」

「……黙って。夕飯にするわよ」

「かしこまりました。本日のメニューは、アレクシオン様より差し入れのあったリザード肉でございます。聖女様に感謝を込めて、とのメッセージ付きで」

「……もちろん、食べるわ。悔しいけれど、あの人の差し入れが美味しいのは確か」


 私は分厚い肉を切り分け、したたる汁に思わず名付けしそうになる気持ちを押さえながら、深く反省した。現代の技術水準を甘く見ていた。

 次からは、薬効成分を九割以上削減した、ただの水に近い何かを作らなければ。


「セバスティアン、明日からは、遅効性薬の研究をするわよ」

「承知しました。では、飲んだ後に三日三晩苦しんでから治る、遅効性猛毒グロリアの雫を下地に……」

「や、そこは普通に治して!?」


 無能令嬢の仮面を守る戦いは、まだまだ続きそうだった。



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