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4:隣人は天敵の末裔☆

 引越し挨拶の手土産にクッキーを持っていったら、聖剣を突きつけられそうになった。

 泣きたい。


「セバスティアン、準備はできた?」

「はっ。こちら、隣家への献上品……いえ、ご挨拶の品でございます」


 ロマンスグレーな執事姿のセバスティアンが恭しく差し出したのは、籠に入った焼き菓子だ。

 

 ちなみに、彼が最初に用意しようとした『激辛呪饅頭』は全力で却下し、私が一晩かけて焼いた普通のクッキーである。


 薪の暖炉に火をいれて、一定の温度まで高めて、小麦粉とバターとその辺で摘んできたベリーと砂糖と卵を入れたんだったけかな。

 なんせ引き取られ先の大叔父一家から迫害されていたチェリの住処が、八割型厨房だったのもあって、普通の家事だって一通りできる。


 あれ、私って意外とおすすめ物件では!? 

 良妻として! 


「相手がどんな人でも、近所付き合いは円滑に。それが穏やかな隠居生活の基本よ」

「承知しております。しかし、万が一我が主を侮辱するような不届き者であれば……」

「その時はひたすら笑顔で受け流すのよ。滅ぼさないでね」


 私たちは隣にある、丘一つ分離れている、白亜の豪邸へと向かった。

 この界隈は高級住宅地と事故物件エリアの境目だ。お隣さんは見るからに立派な邸宅だが、残念ながら私たちの館のせいで住人の引っ越しが続いているらしい。


「ごめんくださいませ。隣に引っ越してきましたチェリと申します」


 私がドアをノックしようとした瞬間、扉が勢いよく開いた。


「はい! いらっしゃい!」


 現れたのは、太陽を人間にしたような爽やかな青年だった。

 金色の髪に青い瞳。鍛え上げられた肉体。そして、眩しすぎる笑顔。

 直視しただけで、私の陰キャ闇属性が精神的にダメージを受けるほどの、光属性。


「あ、はじめまして……あの、これ、心ばかりですが……」

「おお、わざわざ! 私はアレクシオン。カイエン王国騎士団の支部長をやっています。いやあ、あのお屋敷に人が入るなんて、どんな強者かと思っていましたが、こんな可憐な女性だったとは!」


 アレクシオン。

 その名前を聞いた瞬間、私の背筋に寒気が走った。

 そして、セバスティアンの目から不穏な赤い光が漏れそうになるのを、私は慌てて肘打ちで制止した。

 アレクシオンって、三百年前、私の居城に乗り込んできて私の首を斬り落とした、光の勇者アレクシオンと同名ではないか。


「さあさあ、外でお話もなんですから。どうぞ中へ!」


 だがしかし、彼は、私の顔色が土気色になっていることにも気づかず、強引に邸宅の中へ招き入れた。

 応接室に案内された私は、そこで信じられない光景を目にした。

 暖炉の上に飾られた、一振りの古びた剣。

 刀身に聖なる文字が刻まれた、あの武器。

 

 聖剣カリバーン……!

 なんであんな無造作に置いてあるの!?


 てか、こいつもしかして勇者の末裔!?


 あれはかつて、私の『絶対防壁(アブソルルス)』をバターのように切り裂いたトラウマ兵器だ。


「おや、あの剣が気になりますか?」


 私の視線に気づいたアレクシオンが、照れたように頭を掻いた。


「あれは我が家に代々伝わる家宝でして。初代アレクシオンが、暴虐無道の魔王ヴェリタスを討伐した聖剣、と言われているものなんですよ」

「ぼ、暴虐無道……。へ、へえ、すごいですねえ」


 頬が引きつる。

 横でセバスティアンが「貴様……我が主を侮辱するか……」と小声で呪文を唱え始めたので、私は踵で彼の足を全力で踏みつけた。


「でも、もうボロボロで錆びついちゃってるんです。今の時代、魔王なんていませんし、ただの骨董品です」


 アレクシオンは笑って、優美な所作でポットから紅茶を注いでくれた。

 私は冷や汗を拭いながら、平静を装う。


「そ、そうですわよね! 魔王なんておとぎ話ですもの!」

「ええ。ですが、言い伝えでは……魔を統べる女王はいずれ復活する、とも言われています。もしそんな輩が現れたら、僕がこの剣で真っ二つにしてやりますよ! 市民の安全を守るのが、騎士の使命ですからね!」


 爽やかな笑顔でなんという恐ろしい発言。

 紅茶のカップを持つ手が震えて、カチャカチャと音を立てた。

 ここは敵の本拠地のど真ん中だ。


 その瞬間だった。

 びょろろんびょろろろーん、と聖剣が、不気味な音を発し始めた。

 錆びついていた刀身が脈打ち、震え出す。


「え? 聖剣が……震えている?」


 アレクシオンが不思議そうに剣を見つめる。

 これはまずい。

 非常にまずい。

 今すぐに滅ぼすか。


 聖剣には強大な闇の力を感知する機能が備わっている。

 今、この部屋には、強大な闇の力を有する可憐な令嬢に転生しちゃった私と、死霊遣いセバスティアンという、闇のフルコースが揃っているのだ。


 ごぉえええええーんごぉえええええええーーーん。

 振動は激しさを増し、まるで警報のように鳴り響く。


「な、なんだ!? 故障か!? いや、言い伝えによれば、確か……魔王級の邪悪を宿す闇……が近づくと反応すると……!」


 アレクシオンの目つきが鋭くなり、闘う騎士の表情に変わった。

 彼は聖剣に手を伸ばそうとする。


 言い訳を考えろ。誤魔化せ。無能で哀れな令嬢の設定を使え!

 そうだ!


「き、きゃああああっ!!」


 私はわざとらしく悲鳴を上げ、ソファの上に縮こまった。


「チェリさん!? どうされました!?」

「こ、怖い……! その剣が、私を……私を拒んでいるんですわ!」

「えっ? 君を?」


 私は涙目でアレクシオンを見上げた。


「私……生まれつき、厄災体質で、呪われているんです……。昔、邪悪な魔女に……お前は永遠に不幸であれ! って呪いをかけられて……だから、そんな聖なる剣は、私の体に染み付いた呪いに反応しているんですわ、きっと!」

「な、なんてこと……!?」


 アレクシオンの手が止まる。

 我ながら無理のある言い訳だ。だが、今生の私は魔力ゼロの無能として認定された。

 つまり、呪われていると言えば、辻褄は合う(はず)。


「そ、そうだったのか……見るからに非力な君を怯えさせて、申し訳ない!」


 アレクシオンは慌てて聖剣を布でぐるぐる巻きにして奥へしまった。


「なんて可哀想なんだ……呪いのせいで、聖剣にまで拒絶されるなんて。君は今までどれだけ辛い人生を……」


 アレクシオンの目には、涙さえ浮かんでいる。


 ……単純。

 いや、真っ直ぐすぎて心が痛む。


「決めました、チェリさん」


 アレクシオンは私の手を取り、熱い眼差しで見つめてきた。


「僕が、君を守ります」


「……はい?」


「お隣同士ですし、君のようなか弱い女性が呪いに苦しんでいるのを放っておけません! 英雄の末裔アレクシオン、貴女の守護騎士になりましょう!」


「しゅご……い、いえ! 結構です! 私、静かに暮らしたいので!」


「遠慮は無用です! 困ったことがあれば……鏡を反射させてください! すぐに駆けつけますから! もちろん、防犯のために毎日巡回もしますね!」


 私は引きつった笑顔で「ありがとうございますぅ……」と答えるしかなかった。



 ほうほうの体で屋敷に戻った私は、玄関でへたり込んだ。


「……セバスティアン」

「はい、チェリ様」

「引っ越し、検討しようかしら」

「しかし、あの男……守るなどと申しておりましたが、裏を返せば我々にとって都合の良い、人間の盾、になるかと。英雄の末裔が徘徊する館となれば、他の厄介な追手も近寄りますまい」

「……あ、確かに」


 セバスティアンの邪悪な前向き思考に、私ははっとした。


 灯台下暗し。という言葉がある。

 勇者の子孫が隣にいれば、まさかここに魔王の前世を持つ女が住んでいるとは誰も思うまい。


「それに、あの聖剣……手入れを怠りすぎてボロボロでしたな。調律していない弦楽器よりも酷い音でした。今の私であれば三秒で粉砕できます」


「手出し無用よ。……はあ。まあいいわ。利用できるものは利用しましょう」


 私は窓から、隣の邸宅を見つめる。

 アレクシオンが窓辺で、爽やかに手を振っているのが見える。

 どんな視力だ。


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