27:新しい日々☆
収穫祭の熱狂から一週間。
街は、いつもの穏やかな日常を取り戻していた。
私もまた、お決まりの店番業務に勤しんでいる。
「聖女様、いつもの傷薬をください!」
「はいはい、毎度あり〜」
「聖女様、今日も一段と綺麗ですね!」
「ありがとうございます(慣れた)」
穏やかな午後だ。
西日が差し込む窓の外に視線を向けると、向かいの通りのジェラート店では、純白のエプロンをつけたグラシエルが、ご婦人方に囲まれている。
「いらっしゃいませ。本日のおすすめは、貴女様の瞳のように美しいアメジストブルーベリーです」
「きゃあ! 素敵!」
彼は無事、天職を見つけたようだ。
元魔王軍一の美貌と話術は、接客業において最強の武器となる。
少し離れた裏通りからは「おりゃああああ!」という裂帛の気合と、小気味良い金属音が響いてくる。
鍛冶屋に弟子入りしたフレイムベルグだ。
彼が打つ農具や包丁は、絶対に錆びないし折れない。と主婦層から絶大な支持を得ているらしい。
魔剣を作る技術を包丁に使うのはどうかと思う。
そして、新設された街の魔法学校。
その教室では、漆黒のローブではなくシックなスーツに身を包んだネクローゼが、教鞭を執っている。
「いいですか。魔法とは世界との対話です。決して『深淵』とか『虚無』とか叫べばいいものではありません」
「はーい、ネクローゼ先生!」
皆、それぞれの場所で、新しい生を謳歌している。
★
屋敷に戻ると、芳醇な紅茶の香りが私を出迎えた。
セバスティアンが、完璧なタイミングでティーカップを差し出してくる。
「お帰りなさいませ、チェリ様」
「ただいま。今日も一日、平和そのものだったわ」
私はソファに深く沈み込み、紅茶を一口啜った。
五臓六腑に染み渡る美味しさだ。
「グラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼ……皆様、見事に社会復帰されましたな」
「そうね。みんな、三百年前よりずっといい顔してる気がする」
私はカップを置き、ふとセバスティアンを見上げた。
長年連れ添った、忠実な従者。そして今は私の執事。
「ねえ、セバスティアン。貴方は……後悔してない?」
「何をご期待で?」
「三百年前のことよ。世界征服とか、魔王軍とか。私についてきたせいで、貴方は長い時を無為に過ごすことになったじゃない」
セバスティアンは、私の言葉に目を丸くした後、優しく微笑んだ。
その瞳には、時を超えた慈愛が宿っていた。
「後悔など、微塵もございません。あれはあれで、刺激的で楽しゅうございましたから」
「楽しかった?」
「ええ。ヴェリタス様と共に無茶をし、世界を敵に回して大暴れした日々は、私の誇りです」
彼はポットを持ち上げ、二杯目を注いだ。
「ですが、今のチェリ様の方がもっと輝いて見えます」
「……そう?」
「はい。今のチェリ様は、かつてよりもずっと――人間らしく、幸せそうですから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
私は、最高の執事を持ったらしい。
「ありがとう、セバスティアン」
「もったいないお言葉です。これからも、この命尽きるまでお側で支えさせていただきます」
★
「チェリさん、少しお時間よろしいですか?」
世界が茜色から消え紺色に染まるころ、アレクシオンがやってきた。
どことなくフォーマルな装いをしている。
私たちは庭に出た。
野薔薇が咲いていて、甘い香りが漂っている。
「チェリさん」
アレクシオンが立ち止まり、真剣な眼差しで私を見つめた。
その緊張が伝染し、私の心臓も早鐘を打ち始める。
「お祭りの日、話たかったこと……僕、チェリさんに伝えたいことがあります」
彼は一歩近づいた。
これは、逃げ場のない距離だ。
アレクシオンの腕前は騎士として相当なもの。
隙が無さすぎる。
「僕、チェリさんを好きになってしまいました。過去も、強がりも、たまに出る中二病も、全部含めて」
「最後のは言わなくていい!」
私は思わずツッコんだ。
アレクシオンは小さく笑った。
「でも、本当です。全部が愛おしい。チェリさんといると、世界が色鮮やかに見えるんです。チェリさんの笑顔を守りたいと思うんです」
彼はそっと、私の手を取った。
温かくて、大きな掌。
剣だこがあってごつごつしている。
「だから……僕と、一緒にいてくれませんか」
不意に視界が滲んだ。
三百年前、私は魔王ヴェリタスとして恐れられた。
誰もが私にひれ伏し、誰もが私を遠ざけた。
けれど今、勇者の血を引くこの青年は、私の全てを知った上で、手を握ってくれている。
「……バカね」
我ながら信じがたい事に、声が震えた。
私は、前世でも現世でも、誰かの恋愛対象になったことがない。
そして誰かを、愛したこともない。
「僕が、ですか?」
「そうよ。元魔王で、精神年齢は三十路越えの面倒くさい女を好きになるなんて」
「でも、好きなものは好きです。理屈じゃありません」
アレクシオンは、迷いのない瞳で私を射抜いた。
「チェリさんの答えを、聞かせてください」
私は、彼の目を見た。
そこには、嘘も偽りもなかった。
ただ、純粋な想いがあった。
「あの……私、恋愛とかそういうのすごく疎いの。だから自分の事も良くわかってないし、それに、たまに中二病出ちゃうし。だからひとつだけ、今思ったことだけ言うわね。アレクシオン様が隣に居ると、楽しい……です」
「大丈夫です!」
彼は私の手を強く握りしめた。
「僕が全部受け止めます! チェリさんの長い詠唱の、僕が一番のファンになります!」
「――ありがと」
★
その夜、屋敷にいつもの面子が集合していた。
グラシエルが音頭を取り、クラッカーが鳴らされる。
「ついにやったか、アレクシオン!」
フレイムベルグがアレクシオンの背中をバシバシ叩く。
「いいカップルですね。占いの通りです」
ネクローゼが満足げに頷く。
「誠に、おめでとうございます」
セバスティアンが深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと! みんな知ってたの!?」
「当然です。見ていれば分かります」
グラシエルが涼しい顔で言う。
「実は、先日、アレクシオン殿から告白作戦の相談を受けましてな」
ネクローゼがネタばらしをした。
「アレクシオン様!?」
私が睨むと、彼は照れくさそうに頭をかいた。
「だって、みんな仲間ですから。心強かったですよ」
「さあ、乾杯しましょう!」
セバスティアンが、とっておきの年代物のワインを開けた。
「チェリ様とアレクシオン様の、新たな門出に!」
「「乾杯!!」」
その時、アレクシオンが背負っていた聖剣カリバーンが、ぼんやりと光った。
『おお……これは……めでたいのう……』
「カリバーン、起きてたの?」
『うむ……良い告白じゃった……青春じゃ……Zzz……』
また寝た。
「最後まで起きてて!」
三百年前の敵も味方も、今は一つのテーブルを囲んで笑い合っている。
なんて不思議で、なんて素敵な縁だろう。
「カリバーン、本当に可愛いですね」
アレクシオンが微笑む。
「ああ、拙者も好きだぞ、あの剣」
フレイムベルグが頷いた。
★
宴が終わり、静けさが戻った夜。
私は一人星空を見上げていた。
かつての私は、力に溺れ、孤独だった。
世界を支配しようとして、結局何も得られなかった。
でも今は、何も持っていないはずの私が、こんなにも満たされている。
「チェリさん」
アレクシオンが、隣に並んだ。
「まだ起きてたんですか?」
「ええ。少し、考え事」
私は彼を見上げ、微笑んだ。
「私ね、自分で言っている無能令嬢って肩書き、結構気に入ってるの」
「え?」
「無能だからこそ、みんなに助けてもらえる。無能だからこそ、あなたの隣にいられる。……魔王より、ずっと素敵だわ」
アレクシオンは優しく微笑み、私の肩を抱いた。
「チェリさんは無能なんかじゃありませんよ。僕にとっては、世界一の聖女です」
「買いかぶりすぎよ」
私たちは手を繋ぎ、夜空を見上げた。
無数の星々が、私たちを祝福するように瞬いている。
「アレクシオン様」
「はい」
「恋愛初心者の私に、いろいろ教えてね」
「もちろんです」
そうして、私たちの新しい物語が始まる。
魔女王でもなく、ただの無能令嬢でもない。
愛すべき仲間たちに囲まれた、幸せな私の物語が。
風が心地よい。
私は空に向かって、小さく、しかしはっきりと呟いた。
「この幸せな時が、永遠に続きますように――」
今度は中二病のポエムじゃない。
心からの、私の願い。
ひとまず本編?完結です!
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