表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された無能令嬢。前世魔王だった黒歴史から卒業して、ひっそり隠居生活を送りたいのに、かつての部下たちまで復活してきて散々です  作者: 水月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

26:因果応報☆

 因果応報は、忘れた頃にやってくるというが、時には三百年待たずとも、特急便で届くこともあるらしい。


 北方大陸にある歴史ある古都。

 その中心に聳えるアンブロシア公爵家の屋敷では、この数ヶ月、もはや恒例となった怒号が響いていた。


「何だと!? また投資が失敗しただと!?」


 アンブロシア公爵の怒声に、老執事が小さく肩を震わせる。


「申し訳ございません。しかし、出資した商船が海賊に襲われ、積み荷ごと沈没したとの報告が……」


「言い訳はいい! これで三度目だぞ! 三度目!」


 公爵は、机上の書類を床に叩きつけた。  

 ここ数ヶ月、アンブロシア公爵家は見事なまでに不運の連鎖に見舞われていた。  

 期待の新規事業は大コケし、所有する鉱山は落盤事故で閉鎖。

 領地の農作物は謎の害虫被害で全滅寸前。  


 まるで、貧乏神が屋敷に住み着いたかのようだ。


「お父様……これはもしや、何かの呪いではありませんの?」  


 長女のロザリンドが、青ざめた顔で恐る恐る口を開いた。


「バカなことを! 我が家に呪いなど!」


 公爵は一蹴したが、その目は泳いでいた。  

 彼自身、あまりの不運続きに薄気味悪さを感じていたのだ。


「ところで、お父様」  


 次女のカタリナが、扇子で口元を隠しながら言った。


「最近、南方大陸のカイエン帝国にあるヴェルナという街に、聖女が現出したとの噂ですわ」

「聖女?」

「ええ。どんな病も治し、魔物を退け、街に莫大な繁栄をもたらしているとか。なんでも、神の愛し子だそうですわよ」


 公爵は顎髭を撫でながら考え込んだ。


「その聖女に会って、我が家の不運を払ってもらえないだろうか……。このままでは破産だ」

「ええ、ええ、それは良い考えですわ! 旅行ついでに浄化してもらいましょう!」


 ロザリンドが目を輝かせた。  

 こうして、アンブロシア公爵一家は、藁にもすがる思いで遥々ヴェルナへ向かうことになった。  


 しかし、彼らは知らなかった。  

 噂の聖女が、かつて自分たちが無能と罵り、ゴミのように捨てた姪だということを。



 数日後、アンブロシア公爵一家はヴェルナに到着した。


「なるほど、田舎町かと思えば、随分と活気があるな」  


 公爵は、賑わう街並みを見て感心した。  

 行き交う人々は皆笑顔で、店先には豊かな商品が並んでいる。

 自分たちの領地とは大違いだ。


 街の住人に聖女の居場所を尋ねると、誰もが誇らしげに教えてくれた。


「聖女様なら、中央通りのガードランドの特殊薬取扱店で働いておられますよ」

「薬屋? 聖女が?」

「ええ、うちの聖女様はとても気さくな方ですからね。庶民派なんです」


 庶民派という言葉に、公爵は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 高貴な聖女が下々の仕事をしているなど、理解しがたいのだろう。


 教えてもらった店は、こぢんまりとした店構えだった。  

 ドアベルを鳴らして中に入ると、薬草の独特な香りが鼻をつく。  

 カウンターの奥に、小柄な女性の後ろ姿があった。


「すみません、こちらに聖女様がいるとお聞きしたのですが」  


 公爵が尊大に声をかける。


 背後の棚からガラス瓶を取り出していた女性が「はいはい~」と気の抜けた返事をして、くるりと振り返った。


 その瞬間、店内の空気が凍りついた。


「「「ち、チェリ!?」」」


 そこにいたのは、かつて追放したはずの、無能な姪だったのだ。



「あ……お久しぶりですね、大叔父様。こんな辺境まで、何の御用でしょう?」


 私は、努めて冷静に言った。  

 心臓は早鐘を打っていたが、表情筋を総動員して無感情を貼り付けた。このところの騒動で精神を鍛えられた私は、ポーカーフェイスを習得したのだ。


「お前……生きていたのか」  


 大叔父は、幽霊でも見るような目で私を見た。


「はい。おかげさまで、しぶとく生きております」

「そして……お前が、噂の聖女なのか?」

「噂かどうかは知りませんが、そのように呼ぶ奇特な方もいらっしゃいますね~」


 私は淡々と、他人事のように答えた。  

 ロザリンドとカタリナは、口をパクパクさせて金魚のようになっている。


「む、無能のチェリが……聖女……? 冗談でしょ?」

「嘘よ! あり得ないわ! 魔力も無いクズだったのに!」


 混乱する二人を無視して、私は大叔父を真っ直ぐに見据えた。


「それで、皆様お揃いで、私に何か?」  


 冷たく尋ねると、しばらく呆けていた大叔父様は、オホンと咳払いをして背筋を伸ばした。  

 流石、貴族としてのプライドだけは一級品だ。厚顔無恥とも言うが。


「実は……我が家は最近、不運続きでな」

「それは大変ですね」  


 私の棒読みの相槌に、大叔父様は盛大に顔を歪めたが、背に腹は代えられないらしい。


「そこでだ。お前……いや、聖女に、我が家に呪いが掛かっていないか検分していただきたいのだ。報酬は弾むぞ」


 懐から金貨の詰まった革袋を取り出し、カウンターに置いた。  

 ジャラリ、と重い音がする。  

 私は、その革袋を一瞥し、鼻で笑った。


「お断りします」

「何?」

「私は、お金で動く便利な道具ではありません」


 私は、きっぱりと言い放った。


「それに、大叔父様は私に何をしましたか? 忘れたとは言わせませんよ」

「それは……」  


 大叔父が言葉に詰まる。


「確か、私を無能と罵り、家門の恥だと唾を吐きかけ、着の身着のままで追放したのではなかったでしょうか」

「あ、あれは……教育的指導だ!」

「言い訳は結構です。お帰りください。出口はそちらです」


 私が冷たく扉を指差した、その時だった。


 バァァァン!!


 店のドアが派手に開いた。本日二度目の来訪者だ。


「おーっほっほっほ! チェリさん、あら?」


 深紅のドレスを纏ったクラーリスが優雅に入店し、扇子で口元を隠しながら公爵たちをねめつけた。


「あなたたちは……んーーと、確か北方大陸の没落寸前……失礼、アンブロシア公爵家の方々ですわね」

「君は?」

「わたくし、情報屋のクラーリスと申しますわ」


 クラーリスは、毒のある笑みを浮かべた。


「実は、アンブロシア公爵家について、少々調べたことがありますのよ」

「調べた……?」

「ええ。最近の度重なる不運、あれは偶然ではありませんわよ」


 クラーリスは、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、パラパラと見せびらかした。


「公爵家が投資した商船。あれ、実は海賊と裏で繋がっている悪徳商人の罠でしたの。事前に危険な航路を選ばせたのですわ」

「何だと!?」

「鉱山の崩落も、コスト削減のための手抜き工事が原因。農地の不作も、肥料代をケチって手入れを怠った結果。すべて、記録に残っていますわ」


 クラーリスは、容赦なく事実を突きつけた。


「つまり、全て人災。貴方様の強欲が生んだ結果ですわ。そして」


 彼女は、更に鋭い眼光を向けた。


「公爵家は、今まで多くの人々を不当に扱ってきましたわね?」

「何を言う!」

「使用人への給料未払い。下請け業者への不当な値引き強要。そして……」


 クラーリスは、私をちらりと見た。


「身内への虐待」


 大叔父は、言葉を失い、顔面蒼白になった。  

 図星を突かれた人間の顔だ。


「因果応報という言葉をご存知ですか?」  


 私は、カウンターから出て、静かに告げた。


「悪い行いをすれば、必ず自分に返ってくる。神様は見ているんですよ」


「チェリ……」

「私は、大叔父様を恨んではいません」  

 小さく微笑む。

「恨む価値もないからです。ただ、あなた方の行いが、自分たちに返ってきただけ。それだけのことです」


 大叔父は、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。


「お、お願いです!」  


 それまで黙っていたロザリンドとカタリナが、高価なドレスが汚れるのも構わず、床に頭を擦り付けた。


「私たち、謝ります! あの時は酷いことを言いました!」

「死ぬほど反省してます! だから、助けてください! このままじゃ夜会にも出られないわ!」


 私は、彼女たちを見下ろした。  

 かつて私を見下していた彼女たちが、今は足元にいる。


「……本当に、反省していますか?」

「はい! 神に誓って!」

「なら、これからどうするつもりですか?」

「これから?」


「ええ。謝るだけなら、言葉を知っていれば猿でもできます」  


 私は、かつて魔王軍を率いた時の威厳を少しだけ込めて言った。


「大切なのは、これからどう生きるか、行動で示すこと」


 ロザリンドとカタリナは、顔を見合わせた。  

 そして、覚悟を決めたように顔を上げた。


「私たち……変わります」  

 ロザリンドが言った。

「使用人にも優しくします。贅沢も控えます」


「取引先にも誠意を持って接します。困っている人がいたら助けます」  

 カタリナも続けた。


 私は、少し考えてから頷いた。  

 嘘をついているようには見えない。

 追い詰められた人間は、時に劇的に変わるものだ。


「分かりました。ただし、条件があります」  

 私は指を三本立てた。

「一つ、使用人への未払い給料を利子をつけて全額支払うこと」

「は、はい」

「二つ、不当に扱った取引先に謝罪行脚を行い、正当な賠償をすること」

「分かりました」

「三つ、今後は誠実に生きること。二度と人を踏みつけにしないこと」

「誓います!」


 大叔父も、深く頭を下げた。


「チェリ……すまなかった」


「私は、大叔父様を許しませんよ」  


 許しを与えるほど、私は聖人君子ではない。


「ただ、変わる努力をするなら、その背中を押すくらいのことはしてあげます」


 私は、簡単な祈りを彼らの前で見せた。  

 キラキラと光の粒子が舞うだけの、演出重視の魔法だ。  

 彼らの不運は、呪いではなく彼ら自身の行いが招いたもの。  

 本気で変わる気があるなら、運気も自然と変わるだろう。


 店を出る時、ロザリンドが立ち止まり、小声で私に言った。


「チェリ」

「何?」

「あなた、本当に強くなったのね」  


 ロザリンドは、悔しさと羨望が入り混じったような、複雑な表情をしていた。


「昔は、私たちの後ろで泣いてばかりいたのに」


「人は、変われますよ。いつからでも」  


 今度こそ、私は、自然に微笑むことができた。


「あなたたちも、変われます」


「……ふん。せいぜい頑張るわ」  


 彼女はそう言って、少しだけ背筋を伸ばして去っていった。



 それから数ヶ月後。  

 クラーリスからの定期報告。


「アンブロシア公爵家、少しずつですが持ち直していますわよ」

「そう」

「私財を売り払って使用人への給料も完済し、取引先にも土下座して回ったそうですわ」

「へえ……やるじゃない」

「ロザリンド様とカタリナ様も、ドレスを質に入れて慈善活動の資金にしたとか」

「あら」


 私は、少しだけ心が軽くなった気がした。


「でも、公爵家の財政は火の車、毎日の食事も質素なものらしいですわ」

「それは、まあ、自業自得ね」

「おーっほっほっほ! その通りですわ! いい気味ですこと!」


 クラーリスの高笑いが、平和な店内に響き渡った。  

 私もつられて笑った。  

 因果は巡るのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ