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追放された無能令嬢。前世魔王だった黒歴史から卒業して、ひっそり隠居生活を送りたいのに、かつての部下たちまで復活してきて散々です  作者: 水月


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24/27

24:過酷接待に沈む☆

 休息とは、何もしないことではない。

 少なくとも、過剰な忠誠心に包囲された元魔王にとっては、それは生存戦略に近いものへと変貌する。


「……少し、疲れた」


 日記騒動による精神的磨耗に耐えかねた私が、薬草を煎じながら何気なくこぼした独り言。

 それがすべての発端だった。


「たまには静かな温泉宿で、泥のように眠りたい」


 その言葉が、影に潜んでいたセバスティアンや、壁の隙間に諜報用魔法生物を潜ませていた元四天王たちの聴覚を震わせた瞬間、隠居生活という名の平和は音を立てて崩壊した。


「チェリさん、準備は整いました。さあ、癒やしの旅へ行きましょう」


 翌朝。家の前に現れたアレクシオンは、なぜか完全武装だった。

 そして彼の背後には、かつて私が魔改造した伝説の海竜が陸上巡航形態とかいう、無駄に威圧感のある鋼鉄の脚を生やした姿で、不安そうに鎮座している。


「……アレクシオン様。これ、どうしたの」


「新しい移動手段です。街の連中は、天災が上陸したと勘違いしていましたが、騎士団の権限で黙らせました」


 私は顔を深くフードで隠し、泣きながら、しくしくと悲しい鳴き声を零す海竜の背に揺られた。

 静かに行くという選択肢は、出発の時点で粉砕されていた。

 海竜が水を求めて干からびそうになったころ、辿り着いたのは山奥のひなびた温泉地。


「我が君! ようこそ、療養所へ!」


 出迎えたのは、元四天王の一人、炎のフレイムベルグ。

 どうやら先回りしていたようだ。


 彼が指差す先には、昨日まで風情ある木造建築だったぽい宿が、黒曜石と溶岩の装飾に覆われた、禍々しい黒へとリフォームされていた。


「フレイムベルグ。元の宿はどうしたの?」

「脆弱でしたので、わたくしが鍛え直しました! 壁の厚さは城壁にも勝る。これで暗殺者の不意打ちも安心です!」


 静かな湯治客の姿はどこにもない。

 あるのは、宿の主人が恐怖で魂が抜けた顔で震えている姿だけだ。

 本当に部下のしつけが出来てなくて、恐縮の極み……。


 気を取り直して、目的の温泉へ向かう。

 だが、露天風呂の入り口には氷のグレイシルが立ちはだかっていた。


「チェリ様、温度管理は完璧です。私が絶対零度の魔力で外気を遮断し、フレイムベルグが底から地獄の劫火で加熱し続け、常に一点の狂いもない四十二度を維持しております」


 湯船を覗き込むと、猛烈な熱気と冷気がぶつかり合い、超高圧の蒸気爆破寸前のような轟音を立てている。リラックスどころか、一歩間違えれば物理的に消滅しかねない極限状態の風呂。


 片足を入れた瞬間に命の危険を感じ、三分で飛び出した。



「夕食の時間です、チェリさん」


 セバスティアンが用意したのは、もはや食材と呼ぶべきか迷う代物だった。


「深淵の底で千年に一度だけ捕れるという、絶叫イカの姿造りです。食べる瞬間に魂を浄化する効果がございます」


「……イカが私を睨んでいるんだけど」


「それが最高のスパイスです」


 口に入れるたびに、皿の上がイギャアアア、と呪うような声で騒ぎ立てる。

 味は美味しい。

 確かに究極なのだが、食卓がうるさすぎて地味に精神が削られていく。


 食事で疲労を重ねた私に、ようやく、待ちに待った泥のように眠る時間が来た。

 室内はまあ、及第点。

 広めの寝台に、落ち着く色合いのカーテン。

 気になるのは、部屋の隅には、抜身の剣を抱えて直立不動のアレクシオンがいることだ。


「アレクシオン様は……寝ないの?」


「チェリさんの安眠を脅かす不浄な夢は、僕がこの剣で切り捨てますので安心して眠ってくださいね。呼吸の一つ一つまで、見守りますから!」


「……寝られるわけないでしょうが!!」


 ネクローゼを除く元四天王たちは屋根の上で、王の呼吸を阻害する風を排除する魔法を唱え続け、枕元に移動してきたアレクシオンは全方位を警戒している。


 静寂、には確かに包まれている。

 それは、最強の者たちが全力を尽くして作り上げた、重苦しいほどに密度の高い沈黙だった。



 私は目の下に深いクマを作り、ガタガタと震える足で帰路についた。


「……チェリさん、お疲れのようですね。やはり一泊では癒やしが足りなかったかしら」

「いや。……家が、一番のパワースポットだわ……」


 ちょうど我が家に足を運んできたクラーリスが、疲れ果てた私の姿を見て笑いを落とす。


「おーっほっほっほ! 何かに取り憑かれたような顔をしていますわよ?」


「もういいから。今すぐ、何の変哲も味もしない水で、普通の白湯を淹れてちょうだい……」


 私のはじめての癒やしの旅は、こうして史上最悪の超過酷接待として幕を閉じたのである。



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