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追放された無能令嬢。前世魔王だった黒歴史から卒業して、ひっそり隠居生活を送りたいのに、かつての部下たちまで復活してきて散々です  作者: 水月


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23/27

23:発掘された聖遺物(あるいは深淵より出でし黒歴史)☆

 それは、地底深く、三百年もの間、誰の目にも触れずに眠り続けているはずの禁忌であった。


「チェリさん! 大変ですわ、大ニュースですわよ!」


 平和な午後の薬屋に、物理的な質量を伴った高笑いが突っ込んできた。

 クラーリスである。

 彼女は手にした号外を、カウンターで薬草を刻んでいた私の鼻先に叩きつけた。


「王立考古学調査班が、ついに発見したそうですわ。伝説の魔王ヴェリタスの、秘密の書庫を!」

「……は?」


 手から、すり鉢の棒が滑り落ちた。

 三百年、という歳月は、人の記憶を風化させるには十分な時間だったはずだ。

 だが、当事者ヴェリタスにとっては、昨日の晩御飯の内容よりも鮮明に蘇る――忘れたくて仕方のない記憶の宝庫でもある。


「場所は西の果て、魔力の澱みが激しいと言われていた禁足地ですわ。そこから、失われた古代の禁呪が記されていると思われる、重厚な革表紙の書物が一冊見つかったそうですの」

「禁呪……? そんなもの、あそこに置いてあったかしら……」


 脳裏に、当時の書庫の光景が走馬灯のように駆け巡る。

 あれは、魔王として君臨していた頃、深夜の魔力高騰に任せて、もし世界がこうなったら格好いいのではないか?という設定を書き殴り、誰にも見られないよう厳重に封印した、アレ。の、こと?


 嫌な予感しかしない。

 冷や汗を流していると、入り口から騎士団の制服を纏ったアレクシオンが現れた。

 その手には、既にクラーリスから提供されたのであろう、件の禁書の写本が握られていた。


「チェリさん、これを見てください。……素晴らしい。実に、心が震える内容だ」

「……え、アレクシオン様? 読んだの? それを?」


「ああ。魔王ヴェリタス……彼女は、単なる破壊者ではなかった。これほどまでに繊細で、孤独で、世界を愛そうともがいていたとは」


 アレクシオンの瞳は、これ以上ないほど澄み渡り、感動に潤んでいる。

 私は震える手で、その写本の頁を開いた。


 そこには、流麗な古代文字でこう記されていた。


 光は影を産み落とし、影は光を喰らう双子の蛇。  

 嗚呼、わたくしのソウルは漆黒の外套に包まれ、  

 誰にも届かない銀河の果てで、

 独り、

 永久とわ静寂しじまを奏でるだろう。  

 ――だって、今夜の月は、少しだけ赤いから。


「……っ、うわあああああああ!!」


 違う。それは魂の叫びではない。

 ただの、中二病を拗らせた魔王が、赤い月を見て気分が良くなって書いた、最高に恥ずかしいポエムだ。


「チェリさん!? どうしました、急に頭を抱えて」

「捨てて! 今すぐその本を焼却して! あ、待って、灰も残さず消滅させてちょうだい!!」

「何を言っているんですか! これは歴史的発見ですわよ!」


 クラーリスが瞳を輝かせる。


「見てください、この後半の、理想郷設定資料集と題された項目! 第一条:国民は全員、猫耳の装着を義務付ける……これはおそらく、人間と獣人の融和を象徴する、高度な政治思想に違いありませんわ!」


「違う! ただの私の趣味……じゃなくて、魔王の趣味よ! 思想なんて一ミリも入ってないわ!」


 必死の弁明も虚しく、アレクシオンは頁をめくり、さらに深淵を覗き込んでいく。


「ここなどは特に胸を打つ。――我が右腕に宿る紅蓮の龍よ、今はまだ眠れ。この契約の枷が砕け散るその日まで――彼女は、己の中に眠る強大すぎる力を、これほどまでの詩的表現で制御しようとしていたのか……」


「それはただの、安物のブレスレットが腕に食い込んで痛かっただけ……! てかあんたたち誰が書いてるか判ってて朗読してるでしょ! いじめ! よくない!」


 私は壁に頭を打ち付けたくなった。

 だが、事態はさらに悪化する。

 店の外から「我が君の! 我が君の御言葉が!!」と号泣するセバスティアンや、その他の四天王たちの気配が近づいてくる。


「チェリさん、安心して。この書物は、僕が騎士団の権限で保護する。そして、教科書に載せるよう王宮に掛け合おう。魔王を正しく理解するために、このポエムを次世代の若者たちに暗唱させるんだ」


「アレクシオン様、お願いだから。今すぐそれを異次元に追放して……!」


 そうして、私のささやかな現世での野望は、発掘された一冊の日記によって、物理的にも精神的に粉々に粉砕された。


 明日から、赤い月が空に浮かぶたび、引用される未来が、チェリの目の前にはっきりと見えていた。


 ――いっそ魔王として復活して、全人類の記憶を消去した後に死ぬ。


 そんな物騒な決意を固める私の横で、アレクシオンは「赤い月、か……深いな」と、また一つ深く頷いていた。



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