21:黒歴史は酒の肴☆
三百年前の黒歴史は、酒の肴には最高すぎた件。
騎士団長が帰還し、アレクシオン邸の玄関修理が完了した数日後。
私が裏庭の草むしりに勤しんでいると、音もなく背後現れたセバスティアンが、どこか弾んだ声で言う。
「チェリ様、本日は我々の友人を招待し、親睦を深める宴、を開催したいと思うのですが」
「飲み会? いいわね! 楽しそう」
「(僕も参加します!)」
私が賛成すると、アレクシオンの家からぺかーぺかーと光の信号が届く。
どうやら彼ももちろん参加するらしい。
「ただし」
隣家の光に微笑みを返したセバスティアンが、意味深に目を細める。
「今夜のテーマは――温故知新。昔話を中心に語り合い、親睦を深めようかと」
「温故知新?」
「はい。過去の失敗や成功を振り返り、明日の糧にするのです」
嫌な予感がした。背筋に冷たいものが走る。
つい最近までの私は、ずたぼろかつおんぼろな可哀相な令嬢。
本当に可哀相エピソードしかなく、酒の肴にしたら場が暗くなりそうだし、三百年前の私といえば、中二病全開の魔王時代。
「ちょ、ちょっと待って。それって結局私の黒歴史暴露大会にいきつくんじゃ……」
「さあ、会場の準備をいたしましょう」
セバスティアンは、私の抗議をスルーして恭しく一礼し、去っていった。
★
「おお! 豪華だな! さすが元死霊遣いの侯爵様!」
フレイムベルグがジョッキ片手に目を輝かせている。
「セバスティアン、仕事が早いですね」
ネクローゼがワイングラスを傾けながら感心している。
「グラシエル、あなたその樽みたいな容器は何?」
「飲み会用の特製アイスです。アルコール入りもありますよ」
元魔王軍四天王が勢揃いし、そこへ勇者の末裔が混ざるという、歴史の教科書が見たら発狂しそうな光景だ。
「それでは、乾杯しましょう」
セバスティアンが音頭を取る。
「乾杯!」
カチン、とグラスが触れ合う軽やかな音が響いた。
私は、ロゼワインを一口飲んだ。芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。やばい、美味しすぎて、つい飲みすぎちゃいそう。アレクシオンも楽しそうにお酒を飲んでいる。少し頬が紅潮していて、それがまた妙に色っぽい。
私は、彼の横顔を見て、少しドキドキした。
「早速ですが、ここで思い出話を、皆様から披露していただきましょうか」
セバスティアンが、ニヤリと悪い顔をした。
「では、私から」
グラシエルが元気に手を挙げた。
「ヴェリタス様……いえ、チェリ様が初めて独自の魔法陣を描いた時のことです」
「ちょっと待って! それダメ!」
私は慌てて止めようとしたが、もう遅い。
「チェリ様は――万物を支配する究極の魔法陣。を開発しようとされてましたね確か」
グラシエルは楽しそうに語り始めた。
「しかし、魔法陣が複雑すぎて、途中で文字の配置に混乱されまして」
「やめて!」
「適当に線を引いたら、魔法陣が大爆発しました。あの見事な御髪はちりちりに焦げ付き、顔面煤だらけのまま……け、計画通り、と震え声でおっしゃいました」
「かわいいですね」
アレクシオンは真顔で答えている。この人の脳内構造はやっぱりちょっと理解できないかもしれない。私を見る心のフィルターは漆黒を光に変えている。
「可愛くない! ただの失敗じゃん!」
彼に「可愛い」と言われて、恥ずかしさより嬉しさが勝ってしまうのが悔しい。
「では、俺も!」
フレイムベルグが二杯目のビールを飲み干し、豪快に笑った。
「ヴェリタス様が全軍の前で初めて演説をされた時のことだ!」
「やめて! お願いだから!」
「チェリ様は、漆黒のマントを翻し、高らかに宣言された!」
フレイムベルグは立ち上がり、芝居がかった口調で再現を始めた。
「――我が名はヴェリタス――世界の理を知る者。今こそ……今こそ……えっと……」
「あああああ!!」
私はクッションに顔を埋めた。
「そうです、途中で台詞を忘れられたのです」
「必死に懐を探されておりました」
グラシエルが嬉々として補足する。
「常に、カッコいい台詞を夜なべして考えては、紙に書いて持ち歩いておられましたからね……」
「努力家なんですね……」
「やめてぇぇぇ!! フォローしないでぇぇぇ!!」
「私の番ですね」
ネクローゼが、冷静に三杯目の赤ワインを口にした。
彼は少し顔が赤いが、語り口は淡々としている。
「チェリ様が、世界経済を崩壊させようとした時のことです」
「それはさすがにシャレにならないから……」
「いえ、実はあれ、最初はもっとメルヘンな計画だったんです」
「え?」
そうだったっけ?
私は顔を上げた。
「チェリ様は当初、世界中の金貨をチョコレートに変える魔法。を開発しようとしていました」
「ぶっ!」
フレイムベルグがビールを吹き出した。
「チョコレート!?」
「はい。世界中が甘い香りに包まれる、素敵じゃない? と」
ネクローゼはクククと笑いをこらえている。
「私が、貨幣価値がなくなり、経済が崩壊すると指摘したところ、金貨は金貨のまま価値をなくせばいいのね! 私天才すぎる! と」
「結果、あの大恐慌へ……」
「ちょ、ちょっと待って! 私そんな馬鹿なこと言ったっけ!?」
「言いました。はっきりと。議事録も残っています」
ネクローゼが断言した。
アレクシオンは、お腹を抱えて笑っていた。涙まで出ている。
「チェ、チェリさん……発想が可愛すぎる……」
「だから可愛くないの!!」
「では、最後に私も一つ」
セバスティアンが、優雅に紅茶(ブランデー入り)を口にした。
「チェリ様が、初めて私に命令をされた時のことです」
「セバスティアンまで……」
私はもう諦めて天井を仰いだ。
「チェリ様は、私に、ザガン。今すぐ敵を全員倒してきなさい!と、それはそれは勇ましく命じられました」
「……で、でも、私、貴方達の上司だったし……」
「はい。しかし、私が部屋を出た直後、扉の向こうから小声で――無茶ぶりしすぎかしら……怪我しないといいけど……心配、と聞こえてきました」
「えっ、聞こえてたの!?」
「はい。死霊遣いは総じて聴覚が鋭いので」
セバスティアンは悪戯っぽく微笑んだ。
「チェリ様は、いつも強がって悪ぶっておられましたが、本当は誰よりも情が深く、優しかった」
「セバスティアン……ザガン……」
私の目に、不覚にも涙が滲んだ。
「だから、私たちは貴女についていったのです」
グラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼも深く頷いた。
「貴女が本当に世界を支配したかったわけじゃないことは、皆分かっていました」
ネクローゼが静かに言った。
「チェリ様は、ただ寂しかったんですよね」
グラシエルが優しく笑った。
「だから俺たちは、チェリ様の家族になりたかったんだ」
フレイムベルグが拳を握った。
「とっても、素敵な関係ですね」
アレクシオンが、目を潤ませて言った。
「三百年前から、こんなに深い絆があったんですね」
「ああ。だから、今も一緒にいる」
フレイムベルグが頷いた。
「そして、まもなくアレクシオン殿も、家族――の一員です」
グラシエルが微笑んだ。
「アレクシオン殿、我々の大事な主を……よろしくお願いしますね」
ネクローゼが意味深に言った。
「ところで、アレクシオン殿」
フレイムベルグがニヤリと笑った。
「貴殿も、何か暴露話はないのか?」
「え?」
「チェリ様との、ここだけの話とか」
「きゃーーーー!!」
私は悲鳴を上げた。
「それはダメ! 絶対ダメ! 勇者の守秘義務違反よ!」
「でも、気になりますよね」
グラシエルが目を輝かせている。
「あ、あの……」
アレクシオンが、ほんのり頬を染めて口を開いた。
「実は、初めて港でチェリさんを見た時、なんて綺麗な人なんだろう、って思って……」
「アレクシオン様!? 港って、まさか上陸した時居たの!?」
「それから、ずっと気になってて……どうやって話しかけようかって、毎日鏡の前で挨拶の練習をしてました」
「やめてぇぇぇ!! 聞きたくないけど聞きたいぃぃ!!」
私は顔を両手で覆った。指の隙間から彼の顔を見てしまう自分が憎い。
「でも、ある日突然、隣に引っ越してきたって。挨拶に来られて。これはもう運命を感じちゃったんです。お話したチェリさんは優しくて、笑顔が素敵で……僕の想像していたよりもずっと素敵な人でした」
その時、アレクシオンが壁に立てかけていた聖剣カリバーンが、ぼんやりと光り出した。
「んあ? 何だ、飲み会か……騒がしいのう」
眠そうな、しわがれた声。
「カリバーン、起きてたの?」
「ああ……途中から聞いておったわ……面白かったぞ……Zzz」
また寝た。
「起きてて!」
「ハッ! すまん」
カリバーンが再び明滅した。
「ヴェリタス……いや、チェリ嬢」
「何?」
「儂も一つ、三百年前の話をしよう」
聖剣が低い声で語り始めた。
「貴様と戦った時、貴様は最後に何と言ったか覚えておるか?」
「え?」
私は記憶を辿った。
三百年前、勇者との最終決戦。聖剣カリバーンの一撃を受け、意識が途切れる直前。
「確か……次はもっと上手くやる、って……」
「そうだ。そして、その後に小声で、今度は普通目指す、と言った」
「!」
私は息を飲んだ。
「聞こえてたの……?」
「ああ。だから儂は、貴様がまた復活した時、どう生きるのか見守っておった」
カリバーンは優しく、温かい光を放った。
「そして、貴様は本当に普通に市井にまぎれ溶け込み、絆を作った。それも、最高の友をな。立派だ」
「カリバーン……」
「だから、儂も貴様を認めた。今度は……友として……それに、良い伴侶候補も見つけたようじゃしな……お似合いじゃよ……Zzz」
また寝た。
「最後まで起きてて!!」
笑って、泣いて、また笑って。
三百年前の黒歴史も、今の幸せな時間も、すべてが愛おしい肴だった。
テーブルの下で、アレクシオンの手がそっと私の手に触れる。驚いて彼を見ると、優しく微笑んでいる。
「ずっと一緒ですよ」
彼の声は、お酒のせいか、いつもより甘く響いた。
「僕たち、仲間ですから」
仲間。
握り返した手から伝わる体温が、答えのような気がした。
魔王城の玉座で孤独に震えていた私は、もういない。
今は、騒がしくて温かい仲間たちと、大切な人が隣にいる。
「あ、そういえば」
フレイムベルグが最悪なことを思い出したように言った。
「チェリ様、闇の帳よ、我を包め!って叫んでマント翻したら、自分の足に絡まって広間の大階段から転げ落ちたことありましたよね」
「それは墓場まで持っていきなさいいいい!!」
「折角復活したのに……暫くは今世を楽しむつもりなんだが、伝説のフライパンもまだ作れてないし」
私の絶叫が、夜空に響いた。
フレイムベルグ、魔剣作るために鍛冶屋に修行いってるんじゃないの。




