20:騎士団長襲来☆ 後編
「それにしても」
嵐のような騒ぎが一段落し、セバスティアンが淹れ直したお茶を飲むと、騎士団長は急に真面目な顔になった。
「アレクシオン、お前……逃げるようにして王都を出て行ったが」
「それは……」
「父さんが結婚相手を選ぼうとしたからか?」
アレクシオンは視線を逸らし、小さく頷いた。
「父さんは、僕の結婚相手を勝手に決めようとしましたよね」
そして意を決したように顔を上げた。
「リヒテルシュタイン家の繁栄のために、しかるべき家柄の娘を! とか言って」
「それは当然だろう! お前は名門の跡取りなんだぞ!」
「でも、僕は自分で選びたかったんです!」
アレクシオンは立ち上がった。
その瞳には、勇者の末裔としての意志が宿っていた。
「結婚は、家のためじゃなくて、自分のためにしたい! 一生を共にする相手くらい、自分の心で決めたいんです!」
「アレクシオン……」
「だから、自分の力で生きるために、ヴェルナ支部への配属を志願したんです!」
もう一人の勇者の末裔である騎士団長は、しばらく黙って息子を見つめていた。
部屋に沈黙が落ちる。
そして、彼は大きく息を吐き出した。
「父さんは、過保護すぎたようだな」
騎士団長は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「いつまでものんびりしているお前が心配で、ついレールを敷いてやりたくなった。……すまん」
「父さん……」
「だが」
騎士団長は、ニッと笑って私を見た。
「お前が自分の意志で選び、その隣にいるのがこんなに素敵な女性なら、父さんは何も言うことはない。むしろ大歓迎だ」
「ちょ、ちょっと!」
私は慌てた。話が飛躍しすぎている。
「まだそういう関係じゃありませんから!」
「まだ?」
騎士団長はニヤリと笑った。
「つまり、これからそうなる、ということかなチェリ嬢?」
「そ、それは……」
私とアレクシオンは、同時に言葉に詰まり、顔を見合わせてまた赤面した。
大人のからかい方って、本当に質が悪い。
その時、騒ぎを聞きつけたグラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼが続々と集まってきた。
「チェリ様、ご無事ですか?」
「敵襲かと思って駆けつけたぞ!」
「すごい音でしたね」
三人は騎士団長を見て固まり、騎士団長もまた、三人を見て固まった。
「……この気配」
騎士団長の目が鋭くなる。歴戦の武人の眼光だ。
「ただ者ではないな……」
「父さん!」
アレクシオンが慌てて割って入った。
「紹介します! こちらはチェリさんのご家族にも等しい方達で、僕の……友人たちでもあります!」
「友人?」
「はい! アイスクリーム屋のグラシエルさん、鍛冶屋のフレイムベルグさん、学校の先生のネクローゼさんです!」
三人は、珍しくぎこちなく挨拶した。
なにせ相手は、三百年前の宿敵の子孫であり、現役最強の騎士団長だ。
「ど、どうも……」
「よ、よろしくお願いします……」
騎士団長は、じっと三人を観察していた。
張り詰める緊張感。バレたか?
しかし次の瞬間、彼はニカッと笑った。
「良い顔をしている! アレクシオン、お前は実に良い仲間に恵まれたな!」
「え?」
「この街は良いところだ! 個性豊かで骨のある連中ばかりだ! 息子をよろしく頼むぞ!」
騎士団長は、グラシエルたちの肩をバンバンと叩いた。
グラシエルたちは、あからさまにホッとした顔をした。
さすが親子、鈍感力が高いのか。
大海原のように広き心を有しているのか。
「それにしてもだな」
騎士団長は、セバスティアンを含めた全員を見回した。
「チェリ嬢は、こんなに多くの頼もしい仲間に囲まれているのか」
「え、ええ、まあ……」
「素晴らしい! やはり聖女には人を惹きつける人徳があるのだな!」
騎士団長は一人で納得して感動している。
「ところで」
彼が再び真面目な顔になった。
「君のご家族には、息子のことを話したのか?」
「家族……ですか」
少し言葉に詰まる。
アンブロシア家のことは思い出したくもないし、今の私には血の繋がった家族はいない。
「実は、私……身寄りがなくて」
「そうか……」
騎士団長は、痛ましいものを見るような、それでいて限りなく優しい目をした。
「なら、私と家族になればいい!」
「え?」
「アレクシオンと結婚すれば、君もリヒテルシュタイン家の娘だ! 父さんと呼んでくれて構わんぞ!」
「け、結婚って……だからまだそんな……」
「準備は早い方がいい! 式場は王都の大聖堂か? それともこの街か?」
暴走機関車だ、この人。
その日の夜、騎士団長は帰らなかった。
「今日は久しぶりに息子と酒を酌み交わしたい!」
そう宣言して、アレクシオンの家に居座った。
夕食は、元魔王軍四天王も交えて全員で大鍋料理を囲むことになった。リヒテルシュタイン家秘伝の出汁を惜しみなく使った、騎士団本部でこよなく愛されている料理だそうだ。
カオスな食卓だが、不思議と居心地が良い。
「それで、アレクシオン」
アレクシオン父が、ワインを煽りながら言った。
「告白はしたのか?」
「ぶっ!」
アレクシオンが盛大にワインを吹き出す。
「ちゃんと想いを伝えないと、他の男に取られるぞ。チェリ嬢はモテそうだからな」
「父さん! いちいち声が大きい!」
私は、赤面して慌てるアレクシオンを見て、思わずクスリと笑った。
でも、心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
というか、本当に告白……されたら、私、どうするんだろう。
拒む理由が、いまいち見つからない。
アレクシオン様と一緒にいると、世界が優しく見える。結婚したら毎日おいしいパンを焼いてもらえる。 これが恋でなくて何だと言うのだろう。
早朝に嵐のような騎士団長は帰ることになった。
「アレクシオン、元気でな。たまには王都にも顔を見せろ」
「はい、父さん。……ありがとう」
「チェリ嬢、愚息をよろしく頼む」
「はい……」
騎士団長は、最後にアレクシオンの耳元で何かを囁いた。
「ちゃんと男を見せろよ。逃げるなよ」
「父さん!」
騎士団長は、ハッハッハと豪快に笑い、馬に乗って去っていった。
「では、また来るぞ! 二人の良い報せを楽しみに待ってるからな!」
砂煙を上げて去っていく背中を見送り、私とアレクシオンは呆然と並んで立っていた。 嵐が去った後の静けさが、妙にこそばゆい。
「ごめんなさい、チェリさん。父が騒がしくて……」
「ううん、いいのよ」
私は笑って首を振った。
「お父様、とても素敵な方ね。貴方のことを心から愛しているのが伝わってきた」
「そうですね……ちょっと重いですけど」
アレクシオンも小さく笑った。
しばらく沈黙が続いた。心地よい沈黙だった。
「あの……チェリさん、父が言ってた話……」
アレクシオンは顔を赤くし、けれど真っ直ぐに私を見た。
その瞳に、いつもののほほんとマイペースな色はない。
「まだ……その……ちゃんとした準備ができてなくて」
「準備?」
「はい。一生に一度のことだから、ちゃんと格好つけたいので……もう少しだけ、待っていてくれますか」
彼の真剣な声が、私の胸を貫いた。
隣の屋敷の窓から、セバスティアンやグラシエルたちがニヤニヤしながら手を振っていた。
「お二人さん、いい雰囲気ですねー!」
「春ですねえ」
私は照れ隠しに指先を軽く鳴らす。
「地味に弾く」
空気砲で撃たれた四天王がバタバタと窓の向こうに消えていくのを横目に見ていた。




