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追放された無能令嬢。前世魔王だった黒歴史から卒業して、ひっそり隠居生活を送りたいのに、かつての部下たちまで復活してきて散々です  作者: 水月


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19:騎士団長襲来☆ 前編

 突然の訪問者はいつだって、災禍を呼ぶ。


 台風一過のような穏やかな朝、私とアレクシオンは彼の屋敷のサンルームで朝食を取っていた。  

 なんというか、その、自然な流れで。


 事の発端は数十分前。うちの敷地から脱走し、隣家まで逃げ出した鶏を追いかけた先でのことだ。  ちょうど朝の鍛錬を終えたアレクシオンが、豪快に井戸水を頭から被っているところに遭遇してしまったのである。  


 水滴が滴る引き締まった肉体と、朝日に輝く爽やかな笑顔。

 ……正直に言う、目の保養すぎた。


「あ、チェリさん! ちょうどパンが焼けたんです。食べていきませんか?」


 そんな爽やかなお誘いを断る理由もなかったし、件の鶏がアレクシオン家の玄関先で、ここけっ!と卵を産んでしまった以上、これを献上しないわけにもいかず。  

 

 結果、私は回収係のセバスティアン連れで、お隣さんの朝食卓に着くことになったのだ。


「チェリさん、このパン美味しいですよ。僕が焼いたんです」

「外はカリカリで中はふわふわ。アレクシオン様、料理もお上手」

「えへへ、一人暮らし長いですから」


 アレクシオンは照れくさそうに笑い、焼きたてのパンを勧めてくる。  

 エプロン姿の勇者の末裔。  

 その無害で家庭的な笑顔を見ていると、私の胸の奥で小さな鐘が鳴るような、妙な動悸が起こる。


 私の背後で給仕をしていたセバスティアンが、私の心情を代弁するかのように、口をパクパクとさせているのが気配で分かった。  


 脳内に、わざとらしいほど芝居がかった声が直接響く。


『お嬢様、お顔が緩んでおりますよ。大変だ、これは恋の病ですな。特効薬は――』


 うるさいわね!


 確かに、この所、アレクシオン様を見ると、変な感じがする。  

 病気だろうか。いや、聖女(仮)の私が病気など。  

 でも、この変な感じの正体を突き詰めるのが、少し怖い気もするのだ。 私はセバスティアンをジロリと睨みつけ、もやもやした思考をパンと一緒に飲み込んだ。


「そういえば、どうして一人暮らししてるの?」


 私は誤魔化すように、以前から気になっていたことを尋ねた。


「アレクシオン様、確か由緒正しい貴族の家のご出身よね?」

「ああ、はい。実家は王都にあります」

「王都?」

「ええ。僕、王都の騎士団本部から、志願してこの辺境ヴェルナ支部に配属されたんです」


 アレクシオンは少し苦笑いをして、紅茶のカップに視線を落とした。


「それで、こっちに家を構えて……実は、騎士団長を務めている父から少し逃げてきた部分もあって」

「逃げた?」

「はい。父が結婚相手を勝手に決めようとしたので……」


 その時だった。


 ドォォォォン!!


 玄関のドアが、攻城兵器で突破されたかのような爆音と共に吹き飛んだ。  

 瞬時に反応したセバスティアンと私が、同時に防御結界を展開する。  


「アレクシオーーーーーーーンッ!!」


 ガラス窓をビリビリと震わせる大音量の咆哮。


「ひっ!?」


 あまりの声量に驚いて私は椅子から飛び上がった。  

 パンが喉に詰まるかと思った。  

 対してアレクシオンは、珍しくも顔面蒼白になり、スプーンをカチャンと取り落とした。


「ま、まさか……噂をすれば……」


 破壊された玄関からズカズカと侵入してきたのは、アレクシオンを一回り巨大化させ、筋肉という鎧を着せたような壮年の男性だった。  

 立派なカイゼル髭。岩のような大胸筋。そして煌びやかな騎士団の制服。  

 何より特徴的なのは、その瞳が異様なほどキラキラしていることだ。


「アレクシオン! 元気にしてたか、我が愛しの息子よ!!」

「と、父さん!? どうしてここに!?」

「どうしてとは何だ! 息子の顔を見るのに理由がいるか! ハッハッハ!」


 男性は嵐のように笑い、部屋の空気を一瞬で支配した。  

 そして、結界の中で呆然としている私とセバスティアンに気づいた。


「おや? 君たちは……」

「あ、初めまして。チェリと申します……ただの隣人です」


 私が恐る恐る挨拶すると、男性は目を丸くした。  

 そして、アレクシオンを見た。  

 私を見た。  

 またアレクシオンを見た。


「アレクシオン」

「は、はい」

「これはもしや……」


 男性の瞳が、さらに輝きを増した。まるで太陽を直視したかのように眩しい。


「息子に! ついに! 好きな子ができたかーーーーっ!!」

「うわああああああ!!」


 アレクシオンが絶叫した。


「父さん、落ち着いて! 声が大きい!」

「落ち着いていられるか! 部下から報告を受けたんだぞ! いわく、支部長が最近、美しい聖女様と二人で市場を歩いている、とな! デートだな!?」

「デートじゃなくて、ただの買い出しで……!」


 息子の言い訳など聞く耳持たず、彼の父親は私の両手をガシッと握りしめた。  

 熱い。物理的にも精神的にも、キャンプファイヤーのような熱量だ。


「君が噂の聖女チェリさんか! 美しい! そして何より聡明そうだ! うちの筋肉バカの息子にはもったいない!」

「お褒めいただき恐縮です……」

「おお、謙虚だ! 素晴らしい! 完璧だ! 合格!」


 勝手に合格を出された。

 騎士団長はバシバシとアレクシオンの背中を叩いた。


「アレクシオン、お前よくやった! 父さん感動したぞ! 辺境に来て正解だったな!」

「父さん……恥ずかしいからやめて……」


 アレクシオンは耳まで真っ赤になっている。  

 私も、顔から火が出そうだ。


 好きな子って……まだ、そんな明確な関係じゃ……。

 でも、即座に否定する言葉が、なぜか喉につかえて出てこない。  

 ちらりとセバスティアンを見ると、彼はスッと気配を消して壁の花になりつつ、生温かい笑みを浮かべていた。


 後で覚えてなさいよ。



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