12:虚無の策士☆ 後編
「アレクシオン様、危ない!」
「死にますよ!」
私とネクローゼが同時に叫んだ。
アレクシオンは錆びついた聖剣カリバーンを地面に突き刺し、その聖なる波動で私たちの魔力を強引に中和させた。
「はぁ……はぁ……。二人とも、何やってるんですか!」
アレクシオンは、私たちを交互に睨みつけた。
いつもの爽やかな笑顔はない。本気で怒っている。
「え?」
「どっちもすっごくカッコいい、派手な魔法を使ってますけど……全然楽しくなさそうじゃないですか!」
アレクシオンは、両手を広げて訴えた。
「チェリさん、あなたは穏やかな隠居生活がしたいんですよね? なのに、なんでそんな悲痛な顔でビーム撃ってるんですか!」
「そ、それは……」
「ネクローゼさん、あなただって、チェリさんのために世界征服をしようとしてるんですよね?」
「……その通りです。それが私の忠義」
「なら、話し合いましょうよ! 殺し合う必要なんてないじゃないですか!」
アレクシオンの、あまりに真っ直ぐで、あまりに正論な言葉。
私とネクローゼは、毒気を抜かれたように魔力を霧散させた。
ネクローゼは、呆然とアレクシオンを見ていた。
「……話し合い、だと?」
「そうです! グラシエルさんもフレイムベルグさんも、話し合ったらすぐ仲間になってくれたじゃないですか!」
「しかし、私は絶対悪としての役割を果たさねば……」
「ネクローゼさん、本当はチェリさんが大切なんですよね?」
アレクシオンの問いに、ネクローゼは言葉に詰まり、視線を泳がせた。
そして、小さく呟いた。
「……ええ。誰よりも」
「なら、チェリさんの望みを尊重してあげてください」
アレクシオンは、聖母のような慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「それが、本当の忠誠ってやつじゃないですか?」
この天然ポジティブ勇者には、どんな魔王も敵わない。
ネクローゼは、パタンと魔導書を閉じた。
「……参りました」
彼は深くため息をつき、私の前に膝をついた。
「勇者の末裔に説教されるとは。……完全に計算外でした」
「ネクローゼ……」
「三百年前、貴女は優しすぎて、結果的に自分を追い詰めた。今回も同じになるのではと、私は過保護になりすぎていたようです」
ネクローゼは、憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。
「でも、貴女には今、仲間がいる。それも、勇者の末裔という最強の光まで」
彼はアレクシオンを一瞥した。
「これなら……もう私の絶対悪など不要ですね」
私は、ネクローゼの肩に手を置いた。
「ありがとう、ネクローゼ……心配してくれて」
「いえ……私こそ、独りよがりな演出で、貴女様を困らせてしまいました」
「じゃあ、これからは一緒に平和に暮らしましょう?」
ネクローゼは、ゆっくりと頷いた。
「……承知しました。では、私も何か仕事を探すとしましょう」
「魔法学校の教師などはいかがですか?」
セバスティアンがすかさず提案した。
「貴殿の膨大な知識と、その無駄に芝居がかった口調なら、生徒たちに人気が出るでしょう」
「……教師。悪くない響きですね。検討します」
ネクローゼは立ち上がり、ふと何かを思い出したように私を見た。
「ところで、チェリ様」
「何?」
「先ほどの『終焉浄化・極大版!!』……」
「……うん」
「語呂も良く、特殊効果も最高でした。流石です」
「やめて!!」
★
その夜。
私たちの屋敷に、全員が集まっていた。
グラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼ、セバスティアン、アレクシオン、そして私。
かつての敵味方が入り乱れた、奇妙な晩餐会だ。
「乾杯!」
グラスが触れ合う音が、心地よく響く。
「それにしても、ネクローゼさんの魔法すごかったですね!」
アレクシオンが目を輝かせて話題を振る。
「深淵虚無大災厄! 響きがカッコいいです!」
ネクローゼは顔を覆って悶絶した。
「三百年間ずっと練り上げていたのです……究極の魔法名を……」
「分かるわ……!」
私は思わず深く共感し、彼の手を握った。
「私も『終焉浄化・極大版』のネーミング、三日は悩んだもの……! なんか・極大版がいまいちしっくりこないんだけど」
「チェリ様とネクローゼは、やはり似ていますね」
グラシエルが薄く微笑む。
「昔からそうだったぞ。二人で変な作戦名やら技名を考えては、拙者たちに披露してた」
フレイムベルグがニヤニヤしながら暴露してくれる。
「作戦名:運命の軛よ、今こそ断ち切れ!とか」
「やめろぉぉぉ!!」
「やめてぇぇぇ!!」
私とネクローゼの絶叫が重なった。
アレクシオンは、そんな私たちを見て、本当に楽しそうに笑っていた。
「皆さん、本当に仲が良いですね」
「良くない! これは拷問よ!」
セバスティアンが紅茶を注ぎながら、満足げに呟いた。
「これで、元魔女王軍幹部四天王は全員揃いましたね」
「そうね……」
私は、騒がしい仲間たちの顔を見回した。
氷結の騎士グラシエル。
紅蓮の戦鬼フレイムベルグ。
虚無の軍師ネクローゼ。
死霊の操者ザガン(セバスティアン)
そして、勇者の末裔、アレクシオン。
世界を滅ぼしかけた魔王軍と、世界を救うべき勇者が、同じテーブルで笑い合っている。
「不思議な光景ね」
「ですが、悪くありません」
ネクローゼが、穏やかな表情でグラスを傾けた。
私は思った。
隠居生活は破綻しかけていたけれど。
この騒がしくて、恥ずかしくて、温かい日常も……まあ、悪くはないかもしれない。
窓の外では、月が綺麗に輝いていた。
私の黒歴史さえも優しく照らすような、穏やかな夜だった。




