全ての事において意味を失った虚ろな心
その念は憧憬に近い物だった。そして、それ以上の「意味」を孕んでいた。
少年の父は小さな道場を持っていた。そのせいもあり、少年も幼い時分より刀術を父に習っていた。まわりは立派な剣士になるよう声をかけてくれたし、自分もそうなると信じて疑わなかった。
少年の父は強かった。子供相手という事で十二分に手加減されていたであろう稽古でも、一度として一本もとる事が出来なかった。それは大人が相手でも同じ事で、少年の前で父が負ける事は決してなかった。
だから、少年にとっての父は目標であり、憧れであったのだ。いつか自分もあの高みまで上り詰めたいと。
それが少年の全てだった。延々と、延々と。
その出来事が起こるまでは。
少年の父は、小さくはあるがそこそこに名の知れた道場を持っていた。評判を聞きつけた道場破りも後を絶えなかった。彼の父は変わった人物であった。道場破りには必ず真剣を持たせ、自分もまた同じように真剣を構えるのであった。魂と気合を込めるためなのだと、父は度々少年に語っていた。
その日も、いつものように道場破りが来た。いつものように彼の父は真剣を手渡した。そして、いつものように互いの誇りをかけた試合が始まる。
筈だった。
道場破りは刀を手渡された直後、その刃を鞘から抜き放ち父の胸に一閃浴びせたのだ。夥しい量の血が道場の床に叩きつけられ血溜りを作った。
今思えば、その道場破りは寄生型のバリアントに憑かれていたのだろう。
少年は恐怖に駆られながらも、ほんの少しだけ身を乗り出して父の動向を見つめた。あの誇り高い、強い父がどのようにして敵に反撃するのかが気になったからであった。しかし、それは悪い意味で裏切られた。
父はあろう事か敵に背中を見せ、その場から逃げ出そうとしたのだ。当たり前に背中から着られ、あっさりと少年の父は息絶えた。
しかし少年はそれを見ていなかった。何より、父が敵に背中を見せて逃亡を図った事に動揺していた。少年は父を失った事より、父に裏切られた事に対してショックを受けていた。彼にとって父は全てであり、彼の全ては父で埋め尽くされていた。それが一息に奪い取られたのだ。後には空虚しか残らない。
少年は家を飛び出し、あちこちを彷徨い歩きながら刀の腕を磨いていった。虚ろな心で虚ろな瞳で偽の自分を被りながら。生きる意味はなかったし、生というものに執着する理由はどこを探しても見つからなかった。ただし、死ぬ意味も無かった。死にたいとは思えなかったし、死ぬ意味も無かった。ただ、虚ろに日々を過ごしていた。
ある日、旅の途中で変わった男に会った。青紫色の瞳を持った男は、ゆっくりと瞬きして言った。
――――――理由が無いなら、儂が何時かしら与えてやろう。自分で気付くまで、の。
男は少年に共に来るかと聞いた。少年は虚ろな心の気まぐれで、その男の手を取った。