檻の中で大空を思う、翼を捥がれた小鳥
少年の中に残る一番古い記憶は、おそらく泣いている母親の背中だろう。母は真っ白に塗られた箱の前で咽び泣いていた。その箱が父親の入る棺だとは、その時の少年には知る由も無かったが。
母親が激変したのはそれからだった。以前は明朗だった母親も、その瞳に生気を宿すことは無くなり、口元にはいつも貼り付けたような笑みが浮かべてあった。
そして少年の日々は大きく捻じ曲げられた。
手足は鎖で繋がれて身動きがとれないように、そして目は黒い布で覆われ周りが全く見えない状態にされた。母親はそんな少年と一日中会話をしていた。会話とは言っても、母親が一方的に少年に話しかけるだけの物で、少年はずっと黙って聞いていた。それが少年の全てだった。母親はいつも話の最後はこう締めくくった。
――――――私の愛する鳥は自由なそらを翔け回り、そして撃ち落された。悲しいことだわ、そんな悲しみはもう二度と味わいたくない。それならばいっその事、残った小鳥は自由に動ける羽をもいで、鎖をつけて、鳥籠の中に閉じ込めて愛でる。それが一番よ。だから貴方のこれも最善の選択なの。
全てを取り上げられ抵抗する術を持たない少年は、母親のされるがままだった。周りも異常な彼女に必要以上に関ろうとせず、少年の現状は黙認された。翼をもぎ取られた小鳥は大空を羽ばたくどころか、夢見ることすらも出来ない。
延々と、延々と。
だが、又もや少年の日々は大きく捻じ曲げられる。
ある日突然何の前触れもなく、少年の視界を黒く覆っていた布が剥ぎ取られた。それは母の壊れ物を扱うような手つきとは違った。久方ぶりに開いた視界には、滴り落ちんばかりの笑みを湛える男が映っていた。
男はゆっくりと口を開いた。その言葉は脳に直接染みこんでいくようだった。
――――――翼をもがれた小鳥よ、儂が新しい翼をつけてやろう。世界を見てみたくはないか? 空を自由に飛びまわってみたくはないかの?
いきなり現れた男の問いにも少年は躊躇わなかった。喩え嘘でも良い。空の一片の垣間見るだけでも良いから、自分は檻を抜け出したい。少年は迷わず頷いた。
小鳥は、安全だが狭い檻の中で一生を過ごすよりも、危険はあれど自由な大空を選んだのだ。