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“Variant”   作者: 犬野ミケ
Summer 一章
20/22

二話

 夏のある日、エナサンの前に堂々と海原の如く広がる砂漠の中心で、一つの騎士団と一つのギルドが困り果てて往生していた。

 海原、とは言っても、本編の主人公であるルネは海など一度たりとも見た事がない。ついこの間の春先まで村の外へ一歩も踏み出した事が無かったという事実に加え、その村の内部で忌避され関わり合いを持たれなかった、世間知らずのルネにとって外の世界は全てが未知数であった。

 金色がかった癖のある緑色をした髪。それよりも少々金色の強い、大きな瞳。鼻と口は小作りで目だけが大きいその顔は、童顔と形容すべき幼さを残している。

 そして、その顔は。

 今はしとどに濡れていた。


「本当に申し訳ありません。慣れていないこの体では、コントロールが難しくて」


 そう言って甲斐甲斐しくルネの髪を厚手のタオルで吹き続けているのは、五歳程の小さな少女だった。しかし、外見の割には態度が落ち着いているし、声こそは子供のそれであるものの口調も大人びている、どこまでも違和感を覚えさせる少女である。

 服装も奇妙、といっても、少女のそれが果たして服と呼べるのかどうかは甚だ疑問ではあるのだが。少女は、シルヴィアの造りし擬人型の成功作品六体のうちの長男にあたるグラードのマフラーを、その幼い肢体に巻き付けているだけなのだから。際どい部分だけがマフラーで隠れている幼女の姿は、一部の特殊な性癖を持つ者には堪らないものがあるだろう。幸いな事に、このメンバーの中にロリコンはいない。


「兎に角、御迷惑を御掛けします、――――――ルーネ」


 この世でルネの事を『ルーネ・ギルデン』の本名で呼ぶのは六体だけ、もしかしたら七体。

 つまり、ルネの母にあたるシルヴィア・ギルデンが造った、戦闘用擬人型達である。

 艶やかに青いショートヘアにした髪を、左側だけ耳にかけた凛々しささえ感じさせる髪型。深い池の水面を思い立たせる、同色の瞳。マフラーの間から覗く右太股には、S字を基本とした水滴を模したベルヴェルグ。

 少女――――――雨のプルーは、少しはにかんだように笑った。


「これから、宜しくお願いしますね」


 春先に給仕服を着た妙齢の女性だったはずのプルーが、何故、少女になっているのか。

 そもそも、春先にロベール・モーリアに殺されたはずのプルーが、何故生きているのか。

 彼女がルーネの前に春の飛行艇以来、再び姿を表したのはつい先程、およそ半刻前の事である。



      *     *     *



「うーがー、あっちいよぉう」

「うん、そうだね。暑いよね」


 自分の保護者的立場にあるフィル・カーソンの言葉に、ルネは相手の言葉を反復するだけの適当な相槌を返す。

 暑すぎて頭が回らないのか、ルネの適当さ加減に何の疑問も抱かなかったらしいフィルが「あちいー」と同じ言葉を繰り返す。先程から何回も同じ言葉を口にしている事から、無意識の境地に入り込んでしまっているのかもしれない。

 フィルはメーディナ族である。彼ら一族の特徴は高い身長と、色素を持たない為に血色が透けて見える赤い瞳を、全員が例外無く持っている事である。また、男性であっても女性であっても、皆が怪力を持っている。人族と同じ筋肉の太さで見た目には、身長が高く瞳が赤いという事を除けば、大して変わらない。しかし、人族の三、四倍以上は力がある。筋肉がついているようには見えなくても、怪力が備わっている。それが彼らの、不思議な特徴の一つである。

 といっても、見た目に分かるのは身長と赤目くらいなもので、人族にも近い容姿を持った者はいるだろう。

 今のフィルは、その赤目を黒のサングラスで完全に覆っている。もちろんこれはただのカッコ付けではなく、色素を持たない故に紫外線に弱い瞳を保護する為のものである。そしてそのサングラスを外せば、見た者に鋭く衝かれた印象を与える瞳が現れるはずである。彼自身の特徴は、その鋭い目と短めの銀髪である。銀髪の方も、今は日除けとして被っているローダ騎士団指定の軍服と揃いの軍帽によって、見えるのは前髪の一部分と後ろの下の方だけである。年齢は、二十代半ば程。


「あっちぃ……」

「さっきから五月蝿いねぇ」


 そう言ってフィルの背中を勢い良く叩いたのは、フィルと同じくメーディナ族であるポーレット・ラウランだった。彼女のかけているサングラスとフィルのかけているサングラスのデザインは同一の物で、揃いのそれをかけて並び歩いている姿は仲睦まじく見える。


「だって、暑いモンは暑いんだよ。暑いと言って何が悪い」

「……ま、それもそうね」


 艶かしいプロポーションの体の腰に手を当て、フィルの言葉に納得してふむふむと頷くポーレット。その顔は、サングラスを外していなくともかなりの美人だと窺い知る事が出来る。赤い髪は無造作に背中に垂らしバンダナを巻いた頭と、腹や腕や胸元を中心として大胆に露出した服装は彼女の奔放さをよく表しているとも言える。ポーレットは行商人ギルド・ヴォーリャの食品全般を扱っている。


「コラ、ポーレット。納得すんじゃねぇ。暑いって言ったら、余計に暑くなるような気がすんだろうが!」


 この猛暑の中それなりに元気そうに怒鳴ったのは、行商人ギルド・ヴォーリャを率いるセイン・ウスタスである。実質十九歳でギルド一つを纏め上げる手腕は、素晴らしいの一言に尽きる。そもそも行商人ギルドという組合自体が珍しく、まともに活動しているのはこのヴォーリャくらいのものである。行商は大陸の各地を旅して回らなければならず、常にバリアントの襲撃という危険と隣り合わせだからだ。それでもヴォーリャが無事なのは、ローダ騎士団と協定を結んでいる為である。ローダ騎士団行商人ギルド・ヴォーリャを行商の道中護衛し、行商人ギルド・ヴォーリャはローダ騎士団に無料で物資を回すという契約があるのだ。


「『暑い』の代わりに『涼しい』って言ってろ!」

「えー……セイン、何か変だよ?」


 滅茶苦茶な要求をしている事に、セインは気付いているのだろうか。ルネは思わず声を上げる。

 遠くからでも目立つ、肩に触れるか触れないかの長さの橙色の髪と、同色の瞳。

 彼はギルドの団長以外に、情報屋という副業を持っている。速さ、正確さ、量の全てが一級品の情報屋であり、常連の客も多い。ただし彼は、自分の仲間や信頼する知人の話は絶対に売らない。幾ら金を積んでもそれは同じ事である。


「セイン、ルネの言う通りです。自分が訳の分からない事を言っていると、理解していますか?」

「うぅっ……」


 まだ未成年で未熟なセインの保護者であるルーファス・ノジャンにたしなめられて、セインが口ごもる。ルーファスには、中々頭が上がらないらしい。副団長という立場もあるのだろう。

 ルーファスは先の尖った耳と華奢な体つきから見ての通り、エフェル族である。セインよりも長い金髪は癖がなく清流のように背中に垂れている。右目は思慮深そうな青、左目は片眼鏡に隠れていてよく見えない。

 彼の属するエフェル族は、美しいモノを徹底的に好む。しかしやはり、同じエフェル族でも個人の感性は違う。理解できないモノを好む輩だって、中にはいる。

 その筆頭が、少し前を歩くウィンストン・マーシュだった。


「ん~、こんなに暑かったら、バリアントもろくにいないのかなぁ?」

「そんな事はないはずだが? 砂漠にだって、生息している個体がいる」


 落ち着いた声で返答をした方が、ウィンストンである。淡い水色の髪は彼の美貌て良く合い、互いに引き立てあっている。前髪と耳の間の一部分、つまりもみあげにあたる場所は、他の部分よりも伸ばされていて歩く度に揺れている。ウィンストンは、隣を歩くストエカス・デュオの闘争時の血塗れの姿を好むという、麗々しい外見からは想像できないとんでもない美観の持ち主である。

 そして、ストエカスは狩りを得意とするアーバン族の出である。彼の闘争本能の強さは、その血から来ているものなのだろう。些か強すぎる事は、否めないが。赤茶色の髪と、同色の瞳。それから、猫のような獣耳と尻尾。その色はルネにいつも、乾きこびりついた血を連想させる。そのストエカスの髪は下段を残し上段の髪を後ろで丁寧に結われているが、これは彼が自分でやっているのではなく、ウィンストンに毎朝やってもらっているのだ。

 二人共に、ローダ騎士団の戦力である。


「ねぇ、ルネ。バリアントをモサーッて呼んだりとかできないのかい?」

「モサーッ? 出来ない事もないと思うよ」


 この暑さを全く気にしていないのか、ストエカスがルネの肩に腕を回してくる。

 少々と言わず特殊な体の仕組みを持っているルネだが、この暑さの中で密着されると流石に鬱陶しい。

 言う通りにすれば離れてくれるだろうという結論を出し、ルネがもう一つ持っている姿に変化する時に破いてしまわぬよう服を脱ごうとした、その時。


「わー! ちょっと、何してるの、ルネ!? こんなところで脱いだら、日光で火傷するって」


 突然、膝の裏に来た衝撃に崩れそうになった体を、並外れた身体能力を活用してなんとか持ち直したルネ。

 斜め下後方を振り向くと、そこにはルネの足にがっしりとしがみついたネルス族の男、ライリー・エディッサがいた。

 男と言っても、幼児のようなその体躯は少年と形容すべき姿である。というのも、ネルス族の特徴は全員が幼児のような可愛らしい姿をしている事であるからだ。ただし彼らの平均寿命は短く、男性で四十九、女性は五十五程である。その代わり、成年と見なされる年が十六と早い。ライリーは今年で二十歳だからもうとっくの昔に成人 していて、セインには「もうそろそろ、結婚とか考えたらどうだ?」と言われている。


「えーと……バリアントを呼ぼうと思って」

「余計に駄目だよ」


 外見には全く関係なく、内面は立派な大人である。そして、更に大人達の中でも数少ない常識人と言えよう。

 茶髪は後ろで団子にして、石工兼宝石職人である彼の作業に邪魔にならないように、一つに纏めてある。少しくすんだ色合いをした緑色の瞳が、怒りの色を湛えていた。


「何故、大人しく歩けないのかな?」

「ひゃっひゃ、我等が大人しくなんて、無理あるよ!」

「鼻と口を塞いで座ってろ、と言われるのと同じある!」


 不安定な馬車の上で、それでも落ちずに腹を抱えて転げ回っているのは、ヴォット・ザクとスピキオ・ザクの双子だった。

 髪型は二人とも短髪で、顔立ちもそっくりである。声も動作も何もかもが似ていて、一つだけ相違点があるとすれば、それは髪の色と瞳の色ぐらいだ。兄のヴォットは栗色で、弟のスピキオは亜麻色。そして強いて上げるとするならば、襟足から一房だけ伸びている赤髪が右の肩に流されているか、左の肩に流されているかという点だろうか。しかしこれは風が吹いてきた時に左右が逆になる時もあるため、あまり有効な見分け方ではない。

 二人の顔立ちが西の方の人々に近いのに、なまりが東のある地域のものであるのは、彼等が西の人と東の人とのハーフだからである。


「ちゃんと大人しく歩いている人はいるんじゃねぇの。ほら、イオリとか」

「あれは違うあるよ。イオリは大人しいんじゃないある」

「大人しいんじゃなくて、ただ無関心なだけあるよ」


 双子が揃ってセインに反論する。拗ねたようなその顔に、ポーレットがくすりと笑った。

 話に上げられた当人はちらりとこちらを一瞥しただけで、何も言わずまた前を向いてしまった。双子の言う通り、彼は何に関しても無関心を貫き通している。

 イオリ・ナガサワ。極東に位置する地域の出で、黒髪黒瞳を持つ。西の人にはない艶やかさとしなやかさを持ったその黒髪は、後頭部で赤い組紐を使って一つに纏められている。位置的には彼の目と同じくらいの高さで結われているのだが、側頭部の髪を緩く持ち上げているため、下に凸状を描いている。イオリはルネのナイフの師でもあり、ルネはその事をイオリが引き受けてくれた事にとても感謝している。


「ナハトを上げるならまだしも、って感じだな」


 フィルがライリーの頭の上に手を置く。子供扱いを酷く嫌がるライリーは、首を左右に激しく振ってその手を払った。

 一方で名前を上げられた本人、ナハト・ブロワはイオリとは違い笑顔で歩いてくる。


「私は皆が騒いでいるのを見るのが好きなのだ。私自身にはそんな元気などはないのだよ」

「相変わらず話が早いねぇ、ナハトは。遠くにいたのに俺達が話してた内容を知ってるんだもん。にゃあっはは! 説明のし甲斐ってモンがないよ?」

「お前は説明なんて面倒な事をする気はないだろう」


 ナハトの背中を平手でバンバンと叩くストエカスを、ウィンストンが軽くたしなめる。

 ストエカスの言葉に、ナハトは肩を竦めただけだった。

 ナハトは妖術師で、その中でも珍しい先見のベルヴェルグを扱える者である。ギルド・ヴォーリャでは占い師をやっており、彼の占いは良く当たると有名だ。それもそのはず、ナハトは将来が見えるのだから。そこらにいるような尤もらしい事を言って金を取る者共とは格や存在している世界からして違うのだ。

 黒髪黒瞳、褐色の肌を持った彼の容姿は長い巻き毛と目元辺りまでを覆うベール、痩躯のせいもあってか女性的に見える。


「……あぁ、そういえば」


 砂漠に入ってから大人しくしている者があと二体と一人いた。それから、大人しくせざるを得ない状況にある者も二人いる。

 二体と二人が一緒の馬車の中に入り、残りの二人は自分の馬車に籠ってしまっている。

 少しだけでも様子を見ておいた方が良いという判断を下し、ルネは自分の馬車の中を空いた窓から覗いてみる。


「ねぇ、大丈夫? 何か、足りない物とかない?」

「きゃはっ! ルネ! あたしとユーグは全然大丈夫だよ。うん、こっちの二人はあれだけど」


 ぶつからんばかりの勢いで窓枠に飛び付いたのは、十歳にしてギルド・ヴォーリャで踊り子を務める、アデラ・カノルザだった。目に鮮やかな長い金髪を左右の高い位置でツインテールにしていて、アデラが動き回る度に揺れている。濃い青をした瞳は大きく、悪戯めいた光を浮かべていて可愛らしい。ひらひらとそよぐ衣装を纏っていて、布の面積が大きい割りに露出が多い。体型は年齢に相応して幼い物ではあるが、アデラの天真爛漫さは人気がある。

 そしてその後ろで微笑みを浮かべているのは、アデラの相棒のユーグ・バルバロサである。彼はアデラが踊る時の曲を奏でる楽士をしており、いつも弦楽器のリュートが傍らに置かれている。年は二十歳前半だろうか。アーバン族である彼の、猫のような獣耳と尾は髪と同じ漆黒である。長い髪は右肩の辺りで金属の髪飾りを使い緩く束ねられており、その髪の間から覗く端正な顔はいつも静かに口を閉ざしている。言葉を操れないユーグの心情を口よりもよく表すのは目で、その金瞳はアーバン族の例に漏れず瞳孔が針のように細い。こちらも鮮やかな布を多用した衣装を着ているが、アデラとは違って露出が少ない。

 この二人は客に娯楽を売る者達であり、舞台に出るのだから下手な日焼けをされては困ると、セインによってルネの馬車に押し込められたのだった。

 それから、アデラとユーグの二人が、自分達の馬車ではなくルネの馬車にいる理由。


「確かに。グラード、ネジュ、死にそうな顔になってるけど?」

「……うん? ルーネ……?」

「…………」


 本が一冊と着替えの何着か以外に殆どの私物がないガランとした馬車の中心に、二体は横たえられていた。

 ルネの問いに僅かながらも反応してうっすらと目を開いたのは、雹のグラード。ルネの母であるシルヴィアが造った、自らの意思を持つ戦闘用擬人型の一体で、彼は二番目に造られた個体、現存してあると考えられている中では一番目で長男にあたる。冷たい蒼氷わ思い浮かばせる薄水色の髪と同色の瞳。夏の昼間なのに、しかも砂漠の中心だというのに、冬用の厚手のロングコートとマフラーを着用している。夜になれば冷えるとはいえ、まだ昼間なのにその格好はかなり暑いだろう。

 対してピクリとも反応しなかったのは、雪のネジュ。こちらもシルヴィアの戦闘用擬人型で、一番最後に造られた個体、四男にあたる。真っ白な髪と、それよりも僅かに灰色がかった瞳は、色が抜け落ちたというよりも白い色を被せたという印象を受ける。着用しているのは襟や袖に小さなベルトが付けられたカッターシャツと灰色の長ズボン、膝下まであるブーツで、右手首には小さく細いベルトを腕輪代わりに巻き、左手はハーフフィンガーグローブを付けている。


「二人共、暑いなら服を脱げば良いのに」


 その言葉にグラードが自分の首の後ろ、うなじの部分を指で指し、今度はちゃんと反応を返したネジュが自分の鳩尾の辺りを示した。そこには、擬人型の印であるベルヴェルグが刻まれている。できるだけそのベルヴェルグを人目に晒したくないという意思表示だろう。ルネも納得して頷く。

 二体の力はその名にもついている通り冬にこそ本領発揮されるものであって、夏、しかもこんな暑い土地では一割どころか微塵も使えない。体調にも来るかしく夏に入ってから元気が無さそうにしていたのを、砂漠地域に入った途端に倒れてしまい、この有り様である。まさかこんなに弱っている二体を放置していく訳にも行かず、こうして家族のような関係にあるルネの馬車で寝かされている。そして、アデラとユーグはこの二体の世話の為にルネの馬車に乗り込んでいるのだった。


「もう! そんな事を気にする人なんて、この中にはいないのに!」

「…………」


 アデラが、二体を出来るだけ涼しく楽にしてやる為に使っていた扇子を放り出して、憤る。無口、というより言葉を失っているユーグも、頷いて眉をしかめ、同意を示していた。

 それでもグラード達はグラード達なりの拘泥する事があるのだろう、決して動こうとはしなかった。単に辛くて動けないだけなのかもしれないが。


「ん、まぁ、こっちはアデラとユーグがついてるから、安心かな」

「えへへー」


 アデラが照れ臭そうに笑う。この二人に限らず、ギルド・ヴォーリャのメンバーもローダ騎士団の団員も全員、なんだかんだで面倒見が良いから安心だろう。

 ルネはアデラとユーグに軽く手を振り、残りの一人が乗っているはずの馬車へと足を向ける。ルネのものもそうだが、ローダ騎士団のものはギルド・ヴォーリャのそれとは違い、馬ではなくベルヴェルグによって制御されたバリアントが引いているのだが、当てはめるべき妥当な言葉が無いため一括して馬車と呼ばれている。


「ねぇ、リム? リームー? リムってば!」


 窓が閉められた馬車の中は、光の関係で明るいこちらからはよく見えない。何回もノックして名前を呼び様子を伺ってみるものの、一向に馬車の主は顔を出さない。

 この馬車主はリム・レムといい、ローダ騎士団の副団長である。聞いた話によると、このローダ騎士団の団長はルネの祖母であるテオファーヌ・ギルデンであるらしいのだが、リムとテオファーヌの詳しい関係はルネも良く知らない。第一、テオファーヌはもう死んでいる。死者を団長に仕立てるという事にどんな意味があるのか、ルネには分からなかった。

 一本の長い三つ編みにし、鈴で留めた青紫色の髪。顔の左半分を覆う、道化のように派手派手しい原色を使った面。外見の割りに、年寄りじみた口調。全てが謎に包まれた人物である。ルネをローダ騎士団に入れると言い出したのも、リムだ。


「中で倒れてたりするんじゃないあるか?」

「暑さで脱水症状起こして、ばったりと」


 ヴォットとスピキオの言葉が、ルネのリムに対する心配を募らせていく。完全に閉め切っているから、熱中症になっていたとしてもおかしくはない。

 あとで怒られても構わないからこの窓を突き破ってしまおうかと考えた、その時。

 ベチャ、と何かが窓にぶつかる音がした。


「――――――ッ!!」


 とっさに飛びのくルネ。反射的に、腰の重厚な造りのナイフに手が伸びる。

 リムが改良した、巨大で人の四肢を持つ兎のイナバが、喉の奥から低い唸り声を発する。

 双子もそう悠長に笑っていられなくなったらしく、馬車から飛び降りる。

 非常事態を心の底から楽しむストエカスと、ウィンストンが駆け寄ってくる。

 フィルが、セイン、ルーファス、ポーレット、ライリー、ナハトの非戦闘員を背後に庇う。

 イオリが、アデラ、ユーグ、グラード、ネジュが乗るルネの馬車の前に立つ。

 そして。


「う、わっ!!」


 窓に罅が入り白くなり、見る見るうちに広がっていく。それが四散するまで然程の時間も掛からず、飛んできたガラスから顔も守るために全員が腕を掲げる。

 窓を突き破り怒涛の勢いで溢れ出して来たのは、清浄な水だった。

 それから、水に押される形で中から飛び出してきた人影が一体。


「――――――はぇっ!?」


 それは、一糸纏わぬ姿をした、青いショートヘアの五歳程の少女だった――――――。



      *     *     *



「皆、何故、儂に変態を見るような目を向けるのか」

「十分、変態だよ。このロリコンペド野郎」

「儂は何も疚しい事はしていないぞ?」


 心の底から不思議がっているリムを、グラードが低い声で切り捨てる。

 グラードは馬車の中から出てきているものの、それは妹であるプルーが心配だっただけで体調はまだ優れないらしく、馬車に背中を預けて座り込んでいる。絶対に外さないと態度であれだけ示していたマフラーをプルーの体を隠す為にあっさりと渡した事から、彼等、擬人型達の互いに対する愛情の深さが窺える。因みに、最初はロングコートの方を着せようとしていたのだが、長すぎて裾を引きずる為、却下された。

 ネジュの体調はグラードよりも更に酷いらしく、馬車の窓の中からダラリと上半身を投げ出したまま身じろぎもしない。


「ネジュが『姉さんを殺した』とか言って、凄く怒ってたから……もう会えないかと思ってたよ」

「大丈夫ですよ。私達はベルヴェルグを完全に破壊されない限りは、何度でも修復可能ですから」


 へぇ、と感心して目を丸くしたルネに、プルーが影のある笑みを浮かべる。


「それでも、修復された私達が、壊れる前と全く同じとは限りません」


 プルーが眉尻を下げて困った様な表情を作ってから、口端だけを上に動かして笑う。何かを諦めてしまったかのような、諦観したような微笑だった。春先の妙齢の女性の姿をしていたプルーならいざ知らず、元気に満ちているはずの子供の顔がその表情を作ると、見る側に大きな違和感を抱かせる。端的に言えば、似合わない。

 プルーはその幼い自分の顔に同様に幼い両手を当てて、変わってしまった体を示すようにその手を下に降ろしていく。


「ほら、この体のように。いえ、体ならばまだ良いのかもしれません。もし、」


 プルーがそこで、一呼吸置く。

 子供らしい血色の良い手が、グラードのマフラーを縋るように握り締める。

 顎を引いて瞳を閉じ、何か込み上げてくるものに必死で耐えている様子だった。


「もし、人格や記憶に障害が出てこればと思うと、怖い」


 擬人型達は人間が死を恐れるのと同等に、自分達の存在が壊れてしまうのを心の底から恐れているに違いなかった。その欠陥した部分は、二度と戻らないかもしれない。その恐怖が、彼女達の根底にとぐろを巻いて居座っているのだろう。もしかしたら、過去に彼女達の誰かが元の人格や記憶を失ってしまったのかもしれない。

 一方のルネは何かを言おうとして口を開き、それから閉じた。さっきから、口の開閉を繰り返している。出そうとしたのは慰めの言葉ではない。感情の機微に疎いルネはそんなに気が利く性格ではない。もっと、直接的な言葉だった。口を閉じたのは、単に口に出す前に言おうとしていた事を忘れたからである。何時ものルネらしい、間抜けさだった。ルネは思い出そうと、顎に手を添えて首を傾げる。


「リムは、私を修復してくれていたのです。障害が出たのが体だけで……良かった……」

「そうだ! それだよ!」


 プルーのしみじみとした言葉にルネが大声で反応し、両手でプルーの両肩を掴む。いきなりの事に、プルーは目を白黒させていた。ルネは、どこまでも空気が読めない。

 プルーの両肩をしっかりと掴んだまま、ルネは彼女の背後を見やる。


「ね、リム。何でプルーを元のプルーも戻してあげないの?」

「戻すとは……そう簡単に言うでない。出来るならば、そうしておるわ」


 ルネの問いに渋い表情で答えたのは、折角の長い三つ編みを解いてタオルで水気を拭き取っているリムだった。実際、一番被害にあったのはプルーと共に馬車の中にいたリムであり、馬車から出てきた時は気管にも水が入ったらしく酷く咽ていた。

 着ていた軍服は馬車の中に干してある。外に干すと乾くのは早いが、湿った布に砂が付いて大変な事になるからだ。今は、軍服に変わりに私服を着ていた。リムの私服は軍服と対して変わらず、やはり袖口が長く広がったものである。


「しないのではなく、できないのじゃ。プルー達の創造主はシルヴィアであって、儂ではない」


 言ってから、リムが自分の言葉を反芻するように顎に袖の中にある手を当て、ゆっくりと首を横に振る。


「いや、それはこの場合、関係ないのか。ないのぅ。ルネ、プルーがその姿であるのには確固とした理由がある」


 三つ編みは解いても、道化じみた仮面は決して外さない。その仮面には、この男なりのかかづらいが存在するらしい。面は、その下の素顔を隠す。何か覆い尽くしてしまいたいものが、右の顔面にはあるのだろうか。ただし、リムの仮面は口のあたりが割られている。つまり、隠したいものは右の目にあたりに限定される。

 リムは露わになっている左目を細め、口元を引き締める。


「ベルヴェルグの力を培養していた器が割れ、力が外に漏れ出ていたのじゃ。何とか器を直したのは良いが、一度流れ出た力は戻らぬ。残った僅かなベルヴェルグの力でその体を動かすには、小さなほうが力の消費が少なくて良い」


 と、リムが身振り手振り交えながら話すのだが、袖がパタパタとひらめきすぎる上に手が袖から出てないので、どの動きがどの科白に対応しているのかいまいち良く分からない。

 だがそれは、ルネが図説付きなら話を理解し得る事を前提とした話である。実際にはそのジェスチャーが見えていたとしても、五歳児レベルの脳を持ったルネにはちんぷんかんぷんだ。ジェスチャーが見えていたと仮定しても駄目なのだから、今のリムの話などは論外である。単語そのものの意味は分かるものの、それを繋ぎ合わせて文章とした物の意味は解らず、事物として捉えられない。取り合えず、フンフンと適当な相槌を打つ。

 リムはタオルで頭をやや乱暴に拭きながら、話を続ける。


「心配する必要はない。新しく儂が造った器の中でプルーのベルヴェルグの力が培養されれば、体もそれに合わせて元の姿に戻るだろう」

「へぇ……やるね……」


 グラードが喘ぎ喘ぎ、言葉を搾り出す。妹が助かったという事実に、心の底から感動しているのだろう。苦しいだろうに態々声を発したのは、感謝の意を示したかったからに違いない。挑発するような言葉になってしまっているのは、照れを隠す為だと思われる。

 そんなグラードの真意を読み取ったのか「もっと褒めるが良い」などとリムが胸を張っている。


「リムの自慢はどうでも良いけどさぁ……あ、プルーちゃんが悪いなんて一言も言ってないけどよ」


 セインが仏頂面で口を挟む。


「早くしないと、っていうかただでさえ遅れてたんだ。エナサンと契約した日に間に合わないんだけど」


 路に市を開くのはただではない。その地域と契約し、場所代を払う必要がある。余計な金を払わなくても済むように、出来るだけ早くエナサンに到着したいというのがセインの本音なのだろう。

 セインのその言葉に、全員が重い腰を上げる。


「よし、では出発するかのぅ」

「……なーに仕切ってんのさ……ロリコンペド野郎」


 グラードがぼそりと呟いた言葉に、誰からとも無く笑声が零れた。

 ふわぁぁぁ!

 遅くなってごめんなさい!

 速さだけが取り得だったのに……


 しかも、今回はほとんどが人物紹介です。

 読みづらいにも程がある。


 色々、失礼しました……

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