解放された礼に、一生を捧げる決意
ある研究所では存在してはならない、言い換えれば存在する事を思われてさえいない、そんな研究が行われていた。研究の成果は半分成功、そして半分失敗であった。研究、所の持ち主がたった一人で進めていた。未完成であってもたった一人でこの研究を半分まで進める事ができたのは、偉業と呼んでも差し支えのない事だろう。
だが、この研究が最後まで成し遂げられる事は、ない。
何故ならば、研究者は研究室の中心で赤黒い肉片へと果てているのだから。
こんな大量の血液が本当に人一人の体の中に収まっていたのかと疑わしくなる光景。端が乾き始めて赤黒くなった水溜まりに肉と脂肪が浮かび、骨が頭を出している。辛うじて顔だけが原型を留めていて、しかしそれが逆に気味悪さに拍車をかけている。視神経ごと毟り取られた片目が、虚ろのように開けられた口腔内に放り込まれているのが、趣味の悪い冗句のようであった。
この実験について知っているのは研究者と実験台、それから実験台に手を貸した者達のみである。そして、生き残った者達はいずれもこの研究に手を出すつもりはなかった。
両者とも、研究成果にはまるで興味を示さず。
実験台に手を貸した者達は、自分達の創り上げた肉片をただ見下ろして。
そして実験台は、研究室の端にいた。
実験台は二人、背の高い方はまだ二十歳にも満たないであろうという青年、背の低い方は十歳ぐらいの少年だった。青年が頭を垂れ、少年はされるがままになっている。青年が恭しく口を開いた。
――――――助けていただき、ありがとうございます。
綺麗な響きで紡がれた言葉に、少年が戸惑いの声を上げる。
――――――俺は何もしていない。俺はただ、見ていただけだ。
――――――それでも、結果として。
青年が後を見やる。そこには、かつて研究者であった肉片と、それを作った者達の姿があった。
肉片を作ったのは、実験台の少年より幾らか年上だろうと思われる六人の少年達。そして彼等を統率しているのは、一人の男だった。青紫色の三つ編みを垂らした、男だった。少年達と男は、右上腕部に雀の刺繍がしてある藍色の軍服を着ている。
――――――結果として、私は解放されました。あなたのその、行動によって。
青年は顔を上げて、低いほうの目をまっすぐに見つめる。
――――――だから、私はあなたに一生を捧げましょう。
口の開閉を繰り返し、出すべき言葉を捜し続ける少年。
青年には、一つまみほどの迷いもなかった。
冗談も誇張も一切抜きにして、青年は少年に一生ついていく覚悟を固めていたのだ。
――――――あー、お二方。ちょっといいかのぅ?
そこに割り込んできたのは、外見の割りに年寄りじみた口調の、聞くだけで張り詰めていた気が緩んでしまう声。タイミングが良いのか、悪いのか解らない。
言葉を発したのは、藍色の軍服集団を率いる青紫色の髪をした男だった。男の顔の左半分だけを覆った道化を模した仮面が、状況にそぐわないヘラリとした笑みを浮かべている。青紫色の髪をした男も、飄々とした態度で笑って見せた。
――――――行く宛はあるのか? 無いんじゃろ? なら、どうじゃ。儂等と組まんかのぅ?
青紫色の髪をした男の唐突な提案に、実験台の少年だけでなく、今度ばかりは青年の方も度肝を抜かれた。助けられたとはいえ、こんなあからさまに怪しい男の率いる集団に、手を組めと誘われているのだ。驚くなと言う方が難しい。
しかし青紫色の髪をした男は彼等の表情に構わず、異様に長い袖をパフパフと左右に振る。
――――――なにも、儂等の中に入れとは言っとらん。儂等と協定を組まんかと聞いておるのだ。
青紫色の髪をした男が、仮面に覆われていない方の瞳を細めて笑う。
その笑みを見て青年は、両目を合わせて見たくない、と思った。じっと見ていれば、引き込まれてしまう、言いなりになってしまいそうな静かな圧力がそこには存在していた。片目だけでも、気味が悪い。では、両目を合わせてしまえば、どうなるのか。考えたくも無かった。
――――――悪くない案であろう。どうじゃ?
実験台だった青年は、同じく実験台だった少年を見上げる。
彼が一生の忠誠を誓った少年は、空気に呑まれかけたような重々しい動作で頷いた。つまりそれは、男の決断である事も意味している。
男はそっと目を閉じ、自分達二人が歩んでいくであろう未来について、思いを馳せた。
尤も、その未来がどこまで続いているのかは、解らなかったが。
疲れてるからかな……読み返してみたら、文章が酷くグデングデンですね。
次から、ついにSummer編の本編に入りますよー!