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“Variant”   作者: 犬野ミケ
Spring 六章
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愛しき人に世界を見せたいと願う者

 男の恋人は、生まれつき手足が不自由だった。その代わり治療における妖術に非常に長けており、彼女はそんな自分を自嘲気味に藁って「他人を癒せる代償に、自分を癒せる力を失っているのよ」と言っていた。事実、その通りで、彼女は人を治す事はできても、自分を治す事は出来なかった。なかなか外にも出られなかった為、青白い肌をしていた彼女の願いは「自分の体で世界を見る事」ただそれだけだった。身体こそは病気がちであったものの、彼女の精神は芯の一本通った強かさを持ち、容姿もそれに見合う美麗さだった。男と彼女は、小さな村の隣同士に住んでいた。いわゆる幼馴染という存在であったが、知り合った当初は必要以上に構ってくる彼女を疎んでいた。

 ある日、男が散歩でもしようと家の外に出た時、それは目に入ってきた。隣の家、嫌ってすらいた彼女の家。その彼女の寝室の窓を通して見えたのは、不自由な身体を必死に動かして何とかして窓を開けようとする彼女の姿だった。思わず、危ないから止めろ、と怒声を上げた男に、彼女は気まずさの入り混じった複雑な微笑を浮かべ――――――窓を開こうと苦闘を続けた。

 男は舌打ちをして、彼女の部屋に押し入った。迷わず彼女の寝室の扉を開け、窓枠の前に膝立ちにもなっていない姿勢でいる彼女を乱暴に後ろから抱き止め、代わりに自分の右腕を伸ばして窓を開けた。そして、座り込む彼女の体を抱き上げ、窓を外を見せてやる。

 何故こんなものが見たかったのかと問おうとして自分の腕の中にいる彼女を見下ろすと、彼女もまた、男の顔を呆けたように見上げていた。

 男は疑問を口に出そうとして、そのまま固まってしまう。


 幼馴染である、その女の目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。


 恐らくその瞬間だったのだろう、男が彼女に惚れたのは。

 男は一人前の妖術師になる為の勉学に励み、彼女に精巧な義手と義足を作った。そうして彼は、彼女に世界を見る為の力を与えていく。時には、自分で調合した薬を飲ませたりもした。無論、彼女に飲ませる前に毒見をしたりもした。

 やがて彼らは一人の女児を授かる。男が調合した薬が効いたのか、体の弱かった彼女が命の危険に晒される事は無かった。

 子供を授かり、幸せに包まれていた二人。年月を経て、彼らは気付いた。


――――――自分達が年を取っていないという事に


 それだけではない、命の危機に瀕した事が無かった。出産は困難と言われていた彼女が無事に女児を産めた事も、明らかな異常である。すぐに体が再生する訳ではない、全く傷つかない訳でもない。ただ、普通の傷と同じスピードで回復していき、決して死に至る事はない。優秀な妖術師である彼らはすぐに悟った。

 自分達は不老不死になったのではない、常人よりも魂と体の結びつきが強くなっただけなのだ、と。例えば、人の一生を百までのバロメーターで表したとする。年を重ねる、もしくは怪我をしたり、病気がちになる事でそのバロメーターはだんだんと減っていく。そして、彼らのバロメーターは、何らかの作用によって百を大きく飛び越え、千にも万にも達していたのだ。

 しかし、皮肉な事に、彼女の体が治る事は無かった。それが定めだと嘲笑うかのように。それでも、彼らは落胆する事は無かった。

 娘が大きくなり、子供を孕んだ頃、男はある決断をする。旅に出る、と。正確には、彼女に世界を見せてやる為の特別席を用意しよう、と。

 そして男は娘の反対を押し切り、愛する妻だけの為の玉座の準備を始める。玉座には組織の存在が必要だと、男は考えた。組織をつくるには、ある程度の人数がいる。そこで、男は将来有望そうな十にも満たぬ子供を集める事にした。


 例えば、檻の中で大空を思う、翼をもがれた小鳥。

 例えば、全ての事において意味を失った、虚ろな心の持ち主。

 例えば、猟奇的な捕食者。

 例えば、捕食者を肯定しる配偶者。

 例えば、その姿で生を得た故に奪われ、壊された双子。


 男は集団の頂点に妻の名を置き、自身は副団長として収まった。そしてその組織は数十年でその名を大きく轟かせる事となる。

 それこそが――――――


――――――ローダ騎士団である。

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